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2018年1月31日 (水)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位1八相

曽田本その1
3業附口伝読み解く
2、詰合之位
 
一本目八相(仕打 納)(口伝二発早トアリ)
是ハ互二鞘二納メテ詰合テ相向ヒニ右膝立テ坐スル也互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)其侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面へ打込也此ノ時打太刀ハ十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也互二合ワセ血振ヒ足ヲ引キ納刀
読み
一本目八相(はっそう)(仕打 納)(口伝に発早とあり)
 是は 互に鞘に納めて詰合て 相向いに右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒れ様に抜き合いする也(互に右脛へ抜付ける) 其の侭膝を着き仕太刀は冠て面へ打込む也
 此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也 互に合わせ血振い足を引き納刀
参考
古伝神傳流秘書の詰合一本目「発早」
 (重信流也 従是奥之事 極意たる二依而格日ニ稽古春る也)
 楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也
読み
 発早(はっそう)
 (重信流也 是より奥の事 極意たるによりて確実に稽古するなり)
 楽々居合膝に坐したる時 相手左の足を引き下へ抜き付けるを 我も左の足を引きて虎の一足の如く抜いて留め 打太刀請ける上へ取り打込み勝也
参考
古伝神傳流秘書英信流居合之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
・読み
 左足を引き刀を逆に抜て留め 扨(さて) 打込み 後前に同じ(一本目横雲 ・・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る)
読み解く
 古伝神傳流秘書では、詰合(重信流也 是より奥の事 極意たるによりて確実に稽古するなり)、この詰合以降の業は極意業と言っています。
 古伝の教えを知らなかった為に、明治以降の土佐の居合は、他の武術を取り込みおかしな動作を得々として指導したり、大江先生が残した業以外は無双直伝英信流に非ずと言う次第です。
 大江先生も中学生向けにやむなく古伝を置いてきただけかも知れません。詰合もそんな憂き目にあっている仕組の太刀打かも知れません。

 神傳流秘書の詰合では「楽々居合膝に座したる時」ですが居合膝の座し方に解説も無く解りません。
 業附口伝の八相も「互に鞘に納めて詰合て 相向いに右膝を立て坐する也」です。
 戦国末期では正座は一般的でなかったと云う事を信じれば、胡坐か片膝を立てた坐り方だったのでしょう。即座に変に応じられる座り方は右膝を立て左足を爪立って左膝を床に着いた立膝の構えでしょう。其の儘左足甲を床について尻を下ろせば略現代の居合膝です。

 河野先生は甲冑を付けた時の座仕方と云い切っていますが、出典は何か誰の教えなのか疑問です。寧ろ攻撃態勢を保持した体構えと考えた方が自然です。

 互に片膝を立てて座して居る時相手(打太刀)より、腰を上げて左足を引くや我が右足に抜き付けて来る、我も即座に腰を上げ左足を引いて相手の刀を右足斜め前で虎一足の様に(左足を引き刀を逆さに抜て留め)受け留める。

 古伝は、相打ちではありません。相手(打太刀)に抜き付けられ請け止めています。相手請け止められて、上段に冠らんとする処我左足膝を右足に引き付け座すや相手の真向に打ち下す、相手頭上にて十文字に之を請ける処刀諸共斬り下ろして勝。
 チョット荒っぽかったですね。

 業附口伝では「互に左足を一足引きて倒れ様に抜き合いする也(互に右脛へ抜付ける)」相打ちを示唆しています。結果として相打ちに見えても相手の打ち込みを制して応じる古伝を学ぶべきでしょう。

 業附口伝の呼称「八相」は、神傳流秘書では「発早」でした。伝書が秘せられていたため口伝以外に伝わらなかったのかも知れません。「倒れ様に抜き合いする」の業附口伝の文言も首をひねってしまいます。

嶋 専吉先生に依る第19代福井春政先生の詰合之位一本目發早
「口伝に發早とあり、八相とも禄す。仕・打互に刀を鞘に納めたるまゝ詰め合ひて相向ひに右膝を立てゝざす 
双方左足を一歩後方に退きて立ち上ると同時に互に対手の右脛に斬付くる心にて(剣尖を下方に)抜き合す。
 次てその儘左膝を地につくと共に仕太刀は振冠りて上段より打太刀の正面に打込む、此の時打太刀は剣尖を右に頭上にて十文字に之を請け止むるなり。
 次て互に刀を合せ適当の位置に復し双方左膝を跪き血振ひ右足を退きて納刀」

*嶋先生の詰合之位一本目發早は、第19代の直伝を筆に納めたものの様で、「打太刀は剣尖を右に頭上にて十文字に之を請け止むるなり」と頭上での打太刀の受け留め方が、大江先生の居合道形の一本目出合の一般的に見る形です。
 大江先生の創作当時の打太刀の請けは「打太刀は左足より右足と追足にて退き、刀を左斜めにして受ける」でした。
 しかし河野先生の昭和17年1942年発行の大日本居合道図譜では「打太刀は左足より追足にて一歩退き剣先を右に刃を上に柄を左に出し刀を水平に前額上に把る」と変わっています。
 ここで、思わず、第19代が変えてしまったのかも知れないと思ってしまいました。
 穂岐山先生の直弟子野村凱風先生の「無双直伝英信流居合道の参考」に依れば河野先生と同じ「柄を左にし刀を斜にして真向へ打込来る敵刃を受止む」ですから、18代・19代共に大江先生の居合道形を一本目から変えてしまったと言える様です。
 書き付けられたものは、事実はどうでも残るものです。

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