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2018年1月10日 (水)

曽田本その1の3業附口伝原文を読み解くはじめに

曽田本その1の
3業附口伝原文を読み解く
はじめに
参考  
曽田虎彦・故竹村静夫君共に実演したり
太刀打之位
詰合之位
大小詰
大小立詰
(五藤先生、谷村先生業附口伝書に因り実演したるを詳述したり筆者曽田虎彦実演したり(虎彦記))
詳解したるにあらざるも竹村君と共に田口先生尓御指導と実兄(五藤先生の実弟土居亀江)の口伝によりあらましを記したり
読み解く
 昭和11年10月26日日本古武道振興会において陸軍戸山学校天覧道場で土佐の居合の太刀打之位を、打太刀竹村静夫先生、仕太刀曽田虎彦先生で演じた事を指しています。
 その写真も太刀打之位の四本目請込の業を演じる御両人のお姿が曽田本2に残っています。

 竹村先生はその後昭和13年2月に突然逝ってしまわれました。残された弟子が楠瀬庸方先生でした。

 この「業附口伝」には、古伝の組太刀である太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰の4種類が収められています。
 これは十六代五藤孫兵衛正亮と第15代谷村亀之丞自雄先生若しくは曽田先生の実兄土居亀江先生の師匠谷村樵夫自庸先生相伝の免許皆伝目録による業附口伝書に因り筆者の曽田虎彦が竹村静夫と実演したものである。
 詳細に解説をしてはいないが、田口先生のご指導と実兄の土居亀江の口伝によってあらましは記してある。

 土居亀江(小藤亀江)は曽田虎彦先生の実兄と云う事ですがここには(五藤先生の実弟土居亀江)ともあります。

 太刀、又は小太刀を持っての組太刀は神傳流秘書では
太刀打之事(11本)
詰合(11本)
大小詰(8本)
大小立詰(7本)
大剣取(10本)
の五種目(47本)が記載されていました。さらに前回の英信流目録の小太刀之位(6本)を入れますと、都合六種目(53本)の組太刀を土佐の居合は持っていた事になります。

 このうち、政岡先生は太刀打之位・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取までの五種目を解説済みで誰でも現代語で稽古できるようにされました。
 小太刀之位は、河野百錬先生が曽田虎彦先生から送られた「英信流目録」をもとにでしょう、「無双直伝英信流居合兵法叢書」に記載されています。

 おそらく、この「無双直伝英信流居合兵法叢書」は発行部数も少ないうえ当時の先生方は居合だけを演じるばかりで古伝の形には興味を示されなかったのでしょう。特に戦後にその傾向は強かったと思われます。

 小太刀之位はミツヒラブログで本邦初公開で素読の上動作を付けて置きましたが、実際に演じて不合理な処は課題としてご研究いただきたいと思います。

 今回の業附口伝はこのままでも明解なテキストになります。すでに政岡先生の動作や他の先生方の術理が世に出ていますので参考にされ、古伝をより親しめるはずです。

 大江先生の改変された無双直伝英信流居合道形を英信流居合の古伝である太刀打之位と誤って、それを絶対として打たれる方はいらっしゃいます。
 少し古武術に関心を持ち、工夫をすれば容易に古伝を稽古することができるでしょう。

 幕末から明治以降に失伝したと思われる土佐の居合を、曽田先生と竹村先生は稽古され、文章にされた「業附口伝」です。然し実演され打たれた仕組(組太刀・形)ですから、古伝とは時代の変化が有りそうです。古伝神傳流秘書の仕組を併記しておきます。
 しかし、竹刀剣道の直線運動や飛び込み打突、走り込んで抜き付けるなどの明治以降の動作を離れて、日本人本来の古武術の身体動作を身に付けませんと相方を設けて行う武的演舞になってしまいます。
  形は決められた一つの「かたち」をとことん稽古して、その上にそれだけではなく、そこから派生するあらゆる変化に応じる剣の術理を学ぶものです。

 此の業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生述による「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二に太刀打之位・第三に詰合之位・第四に大小詰・第五に大小立詰が(當流古傳之略述在文責筆者)とされて掲載されています。
 出典は明らかではありませんが曽田先生との交流から得られたものと断定しても良さそうです。
 河野先生は、無双直伝英信流居合叢書には、この曽田先生の記述された「業附口伝」は記載されていません。
 古伝神傳流秘書にあるものだけを原文で記載されています。解説はされていません。
 「大日本居合道図譜」では大江先生の無双直伝英信流居合之形七本のみ記載しています。そのためか古伝の形が失伝したといえるでしょう。
 「古伝には興味は無い、古伝は無双直伝英信流ではないから学ばない」と、いかにも分かった様におっしゃる先生もおられます。その癖「武術は」とか「昔は」とか「本当は」とか何を基準に仰るのでしょう。

 戦時中の昭和17年1942年4月18日から二週間高知におもむき、第19代福井春政先生・田岡 傳先生に、直に指導を受けられた嶋 専吉先生(不明)の備忘録が「無双直伝英信流居合術乾」として綴られています。

 其処には、古傳の太刀打之位・詰合之位が実際に指導され稽古した中から覚書されています。
 余暇に大小詰・大小立詰は「浅学の自分としては未だ躬らその扉を叩くの機会を得ないので福井先生御所蔵の文献をそのまゝ拝借謄写して他日の研究を期することゝし・・」とあります。これは文面を対比しますと曽田先生の業附口伝と略同じものです。

 業附口伝に嶋先生の覚書を繰り入れて参考にさせていただきます。業附口伝は第9代林六大夫政誠が土佐に持ちこまれた古伝神傳流秘書にある「仕組」の形を留めていますが、変形されている部分も有り古伝とは一線を引いて稽古されるべきものと思います。

 古伝は足の歩数運びなどのことは実戦的稽古形ですから、演舞とは違い「おおらか」です。武術としての術理も力量次第です。演武会での演舞では無い事を思い知らされています。業附口伝ではやや演舞的傾向が見られるのは、江戸時代後期から現代の形に対する考え方に依るのでしょう。勝ち負けを争う稽古は竹刀による試合形式で学び、剣の術理は置き去りにして形を軽視する傾向にあると思われます。

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