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2018年4月 6日 (金)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録7

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
7.無雙直伝英信流居合目録
上意之大事3 
 10、鐺返・11、行違
 12、手之内・13、輪之内・14、十文字
読み解く
上意之物之大事の業名から次の伝書に相当する業名を拾い出してみます 
10、鐺返
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 
 該当せず 
白石元一長谷川流奥居合 
 該当せず 
尾形郷一無双神傳抜刀術兵法 
 該当せず 
大江正路剣道手ほどき 
 該当せず
英信流居合目録秘訣(参考) 鐺返
 座して居る時後ろより小尻を取て押しあぐるときは刀を抜く事ならず此時相手のひざ頭を踏み其のきおいに向うへたおれてぬき突くべし
11、行違
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 行違:  
 行違に左の脇に添えて払い捨冠って打込也
白石元一長谷川流奥居合 摺違:
 (歩行中摺れ違う際敵を斬る意)歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構へ右足をふみ出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を踏み出しと同時に、再び上段より斬り下ろす。
尾形郷一無双神傳抜刀術兵法 行違:
 (摺れ違いに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側を通り)鯉口を切り左足踏出しながら右手を柄に掛け、右足を踏出すなり刀を向うへ引抜き、左足踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み、更に右足踏出すと共に摺違いに刀を向うへ摺抜き(相手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜に振返へりつつ諸手上段に振冠り右足踏込んで斬込み刀を開き納め終る。
大江正路剣道手ほどき 行違
 (進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出出たる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまゝ前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまゝ体を左へ廻して、後方に向いつつ、抜き付右手にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る。
英信流居合目録秘訣(参考) 行違
 我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有、夜中に往来をするにうさんなる者の有時は自分の姓名を急に呼かくべし我に敵するものなればはいと答るもの也、其所を切るなり、旅抔にては白昼にも此心得有るべし又何んぞ言うを云かけて見るに我に敵する気ある者は必ず返答にあぐむもの也
12、手之内
・古伝神傳流秘書抜刀心持之事 
 該当せず 
白石元一長谷川流奥居合 
 該当せず 
尾形郷一無双神傳抜刀術兵法 
 該当せず 
大江正路剣道手ほどき 
 該当せず
英信流居合目録秘訣(参考)手之内
 敵と刀を打合はするに合刀せずと云事なし其合刀したる所にて敵の拳を押へて突くべし
13、輪之内
・古伝神傳流秘書抜刀心持之事 
 該当せず 
白石元一長谷川流奥居合 
 該当せず 
尾形郷一無双神傳抜刀術兵法 
 該当せず 
大江正路剣道手ほどき 
 該当せず
英信流居合目録秘訣(参考)輪之内
 敵と打合はするに輪にならずと云事なし上にて打合せ亦下にて合えばすぐに輪と成る竪横皆同じ其輪をはつして勝べし
14、十文字
・古伝神傳流秘書抜刀心持之事 
 該当せず 
白石元一長谷川流奥居合 
 該当せず 
尾形郷一無双神傳抜刀術兵法 
 該当せず 
大江正路剣道手ほどき 
 該当せず
英信流居合目録秘訣(参考)十文字
 敵と打合すれば輪と成り十の形となる互に打合せたる所は是十の形ち也其十の形になりたる所にて手を取れば勝也手の内輪の内十文字は別の事ならず皆一つに唱る事なり外の事にはあらず拳を取れと言事の教也
*
 大江正路の業名の引きあたった数が他よりも多く、業名だけならば英信流居合目録秘訣に近い様です。
 問題は手附の内容です。古伝神傳流秘書とも、細川義昌-植田平太郎-尾形郷一の手附ともずれています。これは何を意味するでしょう。
 当然英信流居合目録の内容とも合わないのです。大森流(正座の部)、英信流(立膝の部)は特に違和感は感じませんが、奥居合については疑問です。
 組太刀の改変と奥居合の改変には、江戸末期から明治の大きな変動が原因と思うのですが、私は明治維新前後に青春を迎え充分修練をすべき時期に、武士の職を解かれ生きるために誰もが居合処ではなかった、貴重な師からの指導が途絶え、目録ばかりが目に付いて中身の手附も口伝口授も看取り稽古も出来なかったのではないかと思います。
 
 そんな中で、大江正路は一人土佐の居合を独創したと云われながら必死で体系立てて守ったのかも知れません。現在の無双直伝英信流の隆盛を思えば中興の祖としてたたえるべき逸材とも思えます。
 しかし、唯神格化して崇めるばかりでは、林崎甚助重信の居合をしのぶばかりで実の無いものとなって、長谷川英信の改革を待たねばならなかった様に此の居合は消えてしまうでしょう。
 この時代居合を学ぶ者の行きつくところは、棒振りの運用上手になったとしても、業数をこなし得たとしても、大した意味はありそうにもない。
 武術を勝ち負けのスポーツとするも、健康体操とするも、華麗な踊りとするも、護身術とするもその課題を得られれば良いのでしょう。
 然し武術は互いのコミュニケーションの最後の手段でもあり、其処に至らせない心を、武術を修錬する中から学び直す時代であると思います。
 
 
 
 
 
 
 
 

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