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2018年4月26日 (木)

無双直伝英信流の型 終りに

無双直伝英信流の型
終りに
 この大江先生・河野先生・福井先生の教本に依る「無双直伝英信流の型」のブログをアップしました処、先師を名指しで揶揄している、道を学ぶものとして不遜では無いかと仰る方もおられた様です。
 このブログは、「思いつくままに」を表題としています。然し決して頭で勝手に考えた事を書き連ねているわけではありません。
 資料を掲げそれに基づいた私見を述べるのは当然の事です。資料も読まず、稽古も疎かな人にとやかく言われるものではないでしょう。
 
 何故そうする、理解できない、教本は有っても読まないでビデオだけですまし、其れも疎かにしてへぼな指導者に教えを受けてさらにへぼになる。
 何故を問えば「こう習った」としか答えられない。
 ひどいのは「ビデオでそうだった」と言われて愕然としたものです。
 
 大江先生は明治維新で消えそうになった土佐の居合「無双直伝英信流居合」を新たに興された中興の師であり、その教えは今にしても生きています。
 河野先生は、戦後の混乱の中で門外不出などと思っている時代錯誤の土佐人に変わって全国に居合を精神も含めて広められたのです。
 福井先生は、土佐に宗家をと意地悪な人達の中で、全国に広まったものを土佐に埋もれさせずに一人奮闘された方でもあったでしょう。しかも、河野先生の居合心と形を忠実にその教本「大日本居合道図譜」に随って指導されたのです。
 
 此のブログを書かざるを得なかったのは、ある地区の組太刀を拝見して、「何故そうする」の疑問がふつふつと沸き上がり、大江先生や河野先生、福井先生の教本がありながらそれを無視している事。
 ビデオを見て勝手に解釈した半端な指導者の教えを良しとして地区指導にあたり、いつの間にか組太刀を演舞にしてしまったのが悲しくて仕方がなかったのです。
 土佐英信流の組太刀を書かれた大田次吉先生が「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰った言葉を思う時「教本に書かれた事が全てである、師匠の動作では不十分な処もあろう、教本をよく読み、よく考えて修行せよ」との意味もあると思うのです。
 武術を口にしながら武術を学ばない「事」への反発心の為せるものです。
 
 今日の日本の状況を眺めて、最も日本人らしいが、反面世界に対応できない愚者を生み出す「間違っていても上司の方針に従う事」によって「安住の地としての居場所を求める」情けない封建時代の名残や先の大戦時の心根に由来すると思えて仕方がありません。
 そして、我慢できなくなった者によって「内部告発」され、恥をさらし信頼を失う事が日本企業に頻繁です。
 それが、この居合と云う日本の伝統ある古典武術の世界にも、あやまちを押し通す輩によって脈々と宿っています。陰でグダグダ云う高段者や古参にうんざりしています。
 「嘘や、誤りで何が出来る、本物を求め、議論も出来ない、批判もさせない者に武術を学ぶ資格はない」位の根性がほしいと思ったものです。
 そして、「何故」と問えば、「福井先生の教えに従った」と返されて、其れならば徹底的に資料を集め本物は何かを求めた次第です。
 
 この「無双直伝英信流の型」のブログに幾つもその地区の「勝手な解釈」として掲載してあります。
 勝手に解釈して福井先生と異なる運剣動作を自分の道場内で行うのは勝手ですが、何も解らない初心の者に其れも他道場の者にも推奨するのはどうかと思います。
 我々のやり方が正しいというならば、その手附を教本として世に問い、福井先生の教本と異なる理由も明確にされ指導すべきでしょう。
 
 形は、申し合わせの踊りではありません。まして演武会用の出し物ではありません。形を稽古して他流にも勝てるだけの力量を求められている事を忘れてしまえば、時代劇を演ずる役者に劣るとしか言いようは有りません。
 居合という一人演武で何をしているのか、何処を切っているのか武的演舞を得々と演ずる踊り手が、形を正しく学ぶ事によって、魅力ある武術を修業する姿を見たいものです。
 
「思いつくままに」
 2018年4月26日にアップした投稿に2018年5月8日一部加筆訂正して投稿いたしました。
 
 
 
 

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コメント

論文等でも世間に発表されたものは、論理的におかしいということであれば、反論や批判に晒されるものです。
そして、検証や再検証、再反論などによって、揉まれていくのですが、ミツヒラ氏の「思いつくままに」は、多くの無双直伝英信流の剣士達にとって、まず、絶対に手に入ることのない「曽田本」のような貴重な原本資料を惜しみなく公開して頂いただけではなく、前者ほどではなくとも、今では古書店やネットでもなかなか手に入りにくい豊富な一次資料を引用して、分かりやすく比較・検証をされているので、とても勉強になります。

「先師を名指しで揶揄している、道を学ぶものとして不遜では無いか」と仰る方もおられたとの事ですが、そういう方はその方自身が「道」を学んでいないか、心が捻じ曲がって先人達が遺してくださったこの素晴らしい道を真剣に「勉強」したくない方々なのでしょう。((笑)

今後も楽しみにしておりますので、どうぞ、雑音をお気になさらず、術の理合を大いに語って頂けますよう期待しております。

烈堂さま
コメントありがとうございます。
先月末から、ブログの調子がおかしかったので十日分ほど消去しております。
山国を旅する予定が入っていましたのでそのまま出かけておりました。
明日から再び投稿をいたします。
無双直伝英信流の型は大江正路先生が古伝や居合を考慮して7本に纏められ時の中学生に解かりやすいものとされた様ですが、なかなか良く出来ていますが、その術理は伝え切れなかったようです。
まして戦後の居合か竹刀剣道しか知らない者には仕方のないことかも知れません。
形は武術の根源を秘めているもので、足の運びや、刀の刃の向き一つにも重要な奥義が籠められていると思っています。

心温まる励ましをいただき、なお一層修行に精を尽くす所存ですのでよろしくお願い申し上げます。
            ミツヒラ

投稿: 烈堂 | 2018年5月 1日 (火) 01時23分

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