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2018年5月 6日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語1

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
読み解く
 「老父物語を書付置久しき事故失念之事多しあらまし此の如覚候儘記申也」
 この書き出しで始まる「居合兵法極意秘訣」は難解です。何を言っているのかさっぱり解らず、曽田先生の文字とにらめっこするばかりです。
 読めても意味が解らないのは、「かたちは出来ても剣術にならない」のと同じです。何処を斬っているのか不思議な居合みたいです。言われた通りやっているのにぼこぼこにされこれでは、かたなど無い方がましです。
 この居合兵法極意秘訣を書き残したのは林政詡記「明和元申歳猛冬吉辰賜之」と末尾の奥書があります。
 土佐の居合の第十代林安大夫政詡が之を書いて明和元年申歳1764年甲申(つちのえさる歳)猛冬吉辰(もうとうは10月の辰の日)に、第十一代大黒元右衛門清勝が之を第十代林大夫政詡から賜ったのでしょう。
 老父とは第十代林安大夫政詡の父第九代林六大夫守政の事でしょう。九代が語ってくれたことを十代が思い出しながら書いて十一代に贈ったものなのでしょう。
 老父の第九代林六大夫守政は寛文2年1662年生まれ享保17年1732年に70歳で亡くなっています。
 第十代林林安大夫政詡が「居合兵法極意秘訣」を書き記したのが明和元年1764年ですから、第九代林六大夫守政の死後32年後の事になります。
 「久しき事故失念之事多し」も素直な書き出しです。
 「あらまし此の如く覚え候儘記し申す」大凡このようだったと覚えているまま書いておくよと言います。
 神傳流秘書は業の手附で技の手順などを書きあらわしたものですが、これは日常の武士の心得や業の術理を述べています。
 現代居合では、指導出来る人も無く学べない、戦国時代の名残を持つ江戸中期の心得や今では迷信扱いされることなども含まれています。
 始祖林崎甚助重信公も長谷川英信や荒井勢哲なども、城主でもなく主を持たない武士と農民の堺を生きた武術家だったと思われますのでその身分は低いもので高度な戦術や政治論には至っていません。林六大夫守政も料理番です。
 読み進みますと、剣術の術理に於いては学ぶべき内容が豊富に書き込まれています。第九代林六大夫守政の剣術の師匠は大森流の創始者大森六郎左衛門です真陰流(新陰流?)がチラつきます。
 宮本武蔵の二刀の心得も何処で誰に習ったのかチラつきます。
 神傳流秘書の大森流居合之事の書き出しに「此の居合と申すは大森六郎の流也、英信に格段意味相違無き故に話して守政翁是を入れ候、六郎左衛門は守政先生剣術の師也、真陰流也、上泉伊勢守信綱之流五本の仕形有と言う、或は武蔵守卍石甲二刀至極の伝来守政先生限りにて絶(曽田メモ 此の五本の仕形の絶えたるは残念也守政先生の伝書見当たらず)」
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上泉信綱之流五本は恐らく三学円の太刀による五本(一刀両断・斬釘截鉄・半開半向・右旋左転・長短一味)でしょう。柳生新陰流ならば時代的には古流の三学でもその江戸遣でも尾張遣でも可能ですが真陰流ならば戦国期の名残の濃いものかも知れません。
 「思いつくままに」読み進んでゆきます。
 
 

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