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2018年6月26日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事1行連左右

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
1行連 左右
外ノ物トハ常ノ仕組ヨリ外ノ大事ト云フ事也
1、外之物ノ大事
1行連 右ヲ片手打二左ヲ諸手ニテ切事モ有是ハ皆気ノリ二テスル心持也 歩ミ行ク中チ二刀ヲ抜我カ左ノ方ヲ突其侭冠テ右ノ方ヲ切是ハ敵ヲ左右二ツレタチ行ク時ノ事也或我ヲ左右ヨリ取コメントスル時抔ノ事也
読み及び読み解く
 外の物とは常の仕組(順番通りの組太刀や形)より、(決められたかたちの)外(ほか)に大事と云う事があると云うことである。
1行連
 右を片手打ちに左を諸手にて切る事も有る 是はみな気乗りにてする心持ちである 歩み行くうちに刀を抜き我が左の方を突き そのまま冠て右の方を切る これは敵を左右に連れ達て行く時の事である 或いは我を左右より取り込めようとする時抔の事である
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古伝神傳流秘書抜刀心持之事の9本目に行連の業があります。
 「立って歩み行く内に抜て左を突き右を切る 両詰に同じ事也」
 両詰と同じと云うことですから同じく古伝神傳流秘書抜刀心持之事の4本目両詰
 「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る 右脇へ抜打に切りつけ左を切る」
 第17代大江正路先生の場合は神傳流秘書の業名行連、両詰はどうした理由なのか何処にも其の理由が残されていませんが改変されて、古伝神傳流秘書の「行連」は奥居合立業の「行連」と「連達」に分けられてしまい、古伝神傳流秘書の「両詰」は奥居合居業の「戸詰」と「戸脇」に改変されてしまっています。
 古伝の業名を使って、違った業を独創、もしくは分解改変してしまった様です。大江正路先生は初め下村派の下村茂市に指導を受けたと云われますが、15、6歳の頃に明治維新ですから、十分指導を受けられたとは思えません。その後土佐を離れたりしています。
 谷村派の五藤正亮の後を引き継いで中学校の指導に当たるなどされた様ですが、谷村派の印可も下村派の允可も受けていたのか疑問です。
 允可などあろうと無かろうと大江先生が土佐の居合を残された功績には問題はないでしょう。
 無双直伝英信流の空白の明治だったものを復活させた事が大きな功績でしょう。門外不出などと言っているうちに伝書は飛散し、業技法も見よう見まねで業名と一致せず、中には独創した業もありそうです。
 私は古伝は古伝であって、伝書類が公になれば、正しい土佐の居合の伝承は日本の居合文化として正しく見直されて有志によって伝承され、大江正路先生以降の現代居合はそれとして研鑽を積み重ねていけばいいものと「おおらかに」見ています。
 特に河野百錬先生の居合は古伝とも、大江先生のものとも違った竹刀剣道とマッチした居合に変換してしまったと思っています。
 しかし、古伝を紐解かずして武術を理解できない事は、江戸期の武術流祖の業技法を学べば学ぶほどひしひしと感じます。それは業の順番や形は見よう見まねで出来ても、武術としての術には簡単に至れない事をいやと云う程味わっています。
 
 

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