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2018年6月 4日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来2田宮平兵衛重正

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
2田宮平兵衛重正
原文略す
読み
 田宮平兵衛重正は関東の人成林崎重信に従って抜刀の妙を獲る実に変に尽き入神す 後に對馬と改たむ 其子對馬之守長勝父の伝を受けて同じく妙を獲て池田三左衛門輝政公へ仕う 老年常圓と改め紀州大納言頼信公へ仕え八百石を領す 其子掃部長家後に又平兵衛と改む 此の人弟子多くて諸国にて田宮流と云いて末流多し この平兵衛は大猷院様へ召し出され其の術を台覧備え奉る 名を天下に顕わす 其子三之助朝成のち常快と号す 其子次郎右衛門成常中納言吉宗公に仕えたてまつる末流多し
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読み解く
 この田宮平兵衛重正は、西條藩に伝わる妻木正麟宗家の田宮流では田宮平兵衛業正であって成正・成政・茂正・重政などと有るとされています
 奥州地方の伝書では、津軽藩の林崎新夢想流では田宮平兵衛照常、三春藩の林崎流では重正、新庄藩の林崎新夢想流では照常、と照常が良く使われたのか名をころころ変えたのか、同一人物であったかよくわかりません。
 いずれにしても、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正でここは通して置けばいいのでしょう。拘る方はご研究されればと勝手に諦めます。
 千城小伝の原文のまま載せておきます。読みと合わせてお読みいただければとご参考に。
 田宮平兵衛重正者関東人也 従林崎重信得抜刀之妙實盡變入神 後改對馬 其子對馬守長勝継箕裘之術仕池田三左衛門尉輝政 後致仕改常圓 赴紀州奉仕大納言頼宣教 領彩邑八百石 其子掃部長家後改兵兵衛 大猷大君欲見田宮芸 命頼宜卿被召江戸 登営其術奉備台覧顕其名於日域 其子三之助朝成後号常快 其子次郎右衛門成常継箕裘之芸奉仕中納言吉宗卿 其末流在諸州 可謂伝芳名於千歳者乎 有斎木右衛門清勝者 紀州人也 自幼弱従田宮長家練習有年 従朝成終其宗 延宝年中来江都以其芸鳴

「北条早雲記曰 勝吉長柄刀をさしはじめ 田宮平兵衛成政という者是を伝うる 成政長柄刀をさし諸国兵法修行し 柄に八寸の徳 みこしにさんぢうの利 其外神妙秘術を伝えしより以後 長柄刀を皆人さし給へり 然に成政が兵法第一の神妙奥義と云うは、手に叶ひなばいかほども長きを用ひべし、勝事一寸ましと伝えたり」
 田宮流については武術流祖録、撃剣叢談などにも記載があります。この曽田本にある道統の伝来は、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正ー長野無楽斎槿露までは明らかに千城小伝によると判断できます。
 それにしても、第十代林安大夫政詡の書き残されたものは、老父の話を書き留めて置いただけではなく、是等の武芸の流れや漢籍も含め、当時の書物を能く読んでおられた様です。
 

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