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2018年7月30日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事11行違

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
11行違
 我左脇ヲ通ス宜シ切ル事悪シと知ルベシ行違サマ二抜テ突事宜シ又敵先二抜ントセバ先ン之テ手早ク柄二而胸ヲ突ベシ行違ノ詞ノ掛様ノ事大事有夜中二往来ヲスル二ウサンナル者ノ有時ハ自分之姓名ヲ急二呼カクベシ我二敵スルモノナレバハイト答ルモノ也其所ヲ切ルナリ旅抔二テハ白昼二モ此心得有ベシ又何ンゾ言ヲ云カケテ見ル二我二敵スル気有者ハ必ス返答二アグムモノナリ
 読み及び読み解く
 我が左脇を通すのが宜しい 切る事悪しと知るべきである 行き違い様に抜いて突事が宜しい 又 敵先に抜かんとするならば先んじて手早く柄にて胸を突くものである 行き違いのことばの掛け様の大事がある 夜中に往来をするにうさんなる者のある時は自分の姓名を急に呼び掛けるべきで 我に敵する者なれば「ハイ」と答えるものである 其の所を切るのである 旅抔にては 白昼にもこの心得有るべきである 又 何ぞ言(言葉)を云い懸けて見るに我に敵スル気有る者は必ず返答に倦むものである
 行き違う時は、我が左脇を通すのが良い、切るのは悪いもので行き違い様に抜いて突くのが良い。突きは確実性が高いのでしょう。
 敵が先んじて抜こうとしているならばそれに先んじて手早く柄に手を掛けて胸をつく。
 行き違う際の言葉の懸け様は夜中ならば自分の、姓名を呼び掛ければ敵する者ならば「ハイ」と答えてしまう。旅などでは白昼でも有効だと云います。
 敵する気持ちのある者は必ず返答に倦み何等か答えてきてしまう。
 この行違の心得で、「我が左脇を通す宜し、切る事悪しと知るべし、行違ざまに抜いて突事宜しい。又、敵が先に抜かんとせば先んじて手早く柄にて胸を突くべし」
 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事「行違」
 「行違に左の脇に添へて拂ひ捨冠って打込也」と稽古の手附は切る業を示しています。斬るより突けと云うのです。
 抜刀心持之事は「格を放れて早く抜く也 重信流)」ですから、土佐の居合はまず基本的な動作を身に着け、形を越えて行けと云い、其の中で切るより突事をのべているのでしょう。
 大江先生は、古伝の「行違」を業名を盗用して奥居合立業の「行違」として古伝の神傳流秘書「連達」を改変してしまいました。まず大江先生の「行違」
 「(進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出たる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまま前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまま體を左へ廻して、後方に向かひつつ、抜き付右手にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る」
 是は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「連達」です。「行違」とは全く違います。
 「歩み行内前を右之拳にて突其侭左廻に振返り後を切り又前へ振向て打込也」
 何故可笑しな改変をしてしまったのか全く分かりません。大江先生は林六大夫が土佐に持ち帰った居合の全てを知らなかったための独創としか思えないのですが残念です。
大江先生の兄弟子であった細川義昌先生の系統である無双神傳抜刀兵法尾形郷一先生の「行違」
 「摺れ違ひに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側を通り)鯉口を切り左足踏出しながら右手を柄に掛け、右足を踏出すなり刀を向ふへ引抜き、左足踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み、更に右足踏出すと共に摺違ひに刀を向うへ摺抜き((対手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜に振返へりつつ、諸手上段に振冠り、右足踏込んで斬込み、刀を開き 納め終る」
 是は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「行違」です。細川先輩に伝わり後輩の大江先生には伝わっていなかったとしか思えません。
 大江先生はこの古伝「行違」は奥居合立業の部「袖摺返」として「進行中抜き放ち、刀を左の身に添へ群衆を押開き進みつつ斬る」という替え業にしてしまったのでしょう。
 大江先生の改変は、奥居合に極端に表れています。正しく下村派の下村茂市からも谷村派の五藤正亮からも指導を受けていなかったとしか思えません。
 15,6歳で戊辰戦争、明治維新、数年して廃藩置県、廃刀令。下級武士にとって生きる事に必死だった激動の時代だったのでしょう。
 
 土佐の居合が消える寸前を中学生相手に指導して残そうとされた大江先生に、古伝の業と心を導かなかった細川先生にも問題が有りそうですし、請け入れる心を大江先生も持てなかったのかも知れません。
 明治と云う時代の日本文化の置き忘れは、150年の今日にも思い出そうとする大家も無く、師伝と称するものを真似るばかりの狭義な武的演舞の完成か、勝ち負けのスポーツに向けて進化し続けている気がします。
 まず、正しく見直し、其処から新し時代のコミニュケーションツールとしての武術を構築して行くべきなのでしょう。
 第9代林六大夫守政が土佐にもたらした無双直伝英信流の古伝は、古文書解読の学者でも、他流の師範にも根元には至れないでしょう。
 その流を学んで其の域に達しようとする人にしか読み取ることはできないのかも知れません。
 

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