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2018年7月16日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事4四角

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
4四角
 三角二カワル事無シ是ハ前後左右に詰合フ之心得也故二後ロへ迠マワッテ抜付ル也
読み及び読み解く
 三角に変わる事は無い 是は前後左右に詰合う心得である 故に後へまで廻って抜き付けるのである。
 三角の処の重要な心得は、複数に取り囲まれた時には一人ずつ深々と斬っていては遅れを取るので仕損じるものだ、居合の大事は浅く勝事が肝要で、並み居る敵の紋所の辺りに切先外れに払ってビクとして相手が臆したところを付込んで仕留めるのだ、と極意を語っています。
 当然三人でも四人でも同じ事と述べています。上意之大事はどんな場合でも仕損じるわけにはいかない、封建時代の根底にある武士社会の倫理が裏打ちされているわけで単なる試合とは分けが違うのです。
古伝神傳流秘書抜刀心持之事四角
 「抜左の後の角を突き右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也」
 上意之大事の四角は前後左右に囲まれた想定で我は十文字の交点に坐すとすればよいでしょう。
 古伝は左前・右前・左後・右後で×印の交点に我は位置しています。拘る事も無く場に応じて「おおらか」に運剣出来ない様では奥居合を学ぶ心掛けが出来ていないと云えるでしょう。
 正面に向いた我が体を、刀を抜きつつ右前の敵に廻り込み抜刀するや左後ろの敵を刺突し、右足を軸に左前の敵の紋所の辺りを斬り払い、右前の敵の紋所辺りを斬り払い、右後ろの敵も払って右肩から諸手上段に振り冠って右後ろの敵に斬り込み、右肩を覆う様に刀を振り被りつつ左廻りに右前の敵の斬り込みを請け流し、左前の敵の真甲に諸手上段から斬り下し、即座に右廻りに右前の敵に振り返り上段から真向に斬り下ろす。
 この様にすれば、三角の時の教えを守った運剣と成る筈です。
大江正路先生系統の現代居合ではこの上意之大事の心得は見られず一人ずつ深々と斬っています。尚且つ、敵の坐す位置がどうしたわけか変則で、左後・右前・左前・正面となっていて右後は空いています。
細川義昌先生系統の無双神傳抜刀術兵法の尾形郷一先生の「四角」
 「(四隅に居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り右手を柄に掛け腰を伸し右脛を立てつつ(右前に掛かると見せ)刀を其方向へ引抜き、咄嗟に、左膝頭で(左廻りに)後斜へ振り向き、左後隅の者を(右片手にて)突き直ぐ右にくるりと廻りつつ、諸手上段に引冠り、右後隅の者へ斬込み、直ぐ左へ廻りつつ、刀を頭上へ振り冠り(右前隅の者より斬込み来る太刀を受け流しながら)左前隅の者へ斬込み、直ぐ再び右へ振向きつつ、諸手上段に引冠り右前隅の者へ斬込み、刀を開き、納める。」
 この手附は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「四角」を演じている様です。
 この手附による四方切の替え業と称して第21代福井聖山先生が演じたビデオが残されています。大江先生の手附が替え業だったのでしょう。
 この下村派細川先生は大江先生の兄弟子でしたが、何故同様の四角が伝わっていなかったのでしょう。
 恐らく、奥居合まで十分指導を受けられる環境に無い大江先生が生きた明治維新が大きく影響したのでだろうと勝手に理解し、自ら独創を余儀なくされたか、あるいは江戸末期に既に奥義の教えは失念し替え業オンパレードだったかもしれません。

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