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2018年8月

2018年8月31日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事3太刀目附之事1

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之大事(その1)
 敵ノ足二目ヲ付ケベシ是ニテ場合能ク知ルゝ而巳成ラズ臆セザル也是ヲ上見ヌワシノ位トモ云ナリ心ハ下二有ッテ事サ上二速二應ズル油断無ノ心ナリ
読み及び読み解く
 敵の足に目を付けるべきである、是に依って場の状況が能く知れる のみならず臆する事も無い 是を上を見ざる鷲の位とも云うのである 心は下に有ってするべき事は上にあり速やかに応ずることが出来る 油断の無い心である。
 目付けについては剣術の各流派によりそれぞれの考えがあるのか一定したものは無さそうです。
 この敵の足に目を付けていますと、すっ飛んできて注意が飛ぶでしょう。一般には遠山の目付けと称する相手の目から肩、胸、肱、拳の辺りを遠い山を見る様に、一点に居付かない目付けを推奨されます。
*
 そこで目付についてどのように心得が伝えられているか現代のテキストを調べて見ました。
 古伝研究の為に先生方のテキストを引用させていただきます。
椎木宗近先生著2012年発行「天真正伝香取神刀流」
 「二之目付之事:二之目付とは敵に二つの目付有と云う事なり。先づ敵を一体に見る中に目の付け処二つあり。切先に目をつけ拳に目を付く是れ二つなり。故に拳うごかねばうつことかなわず、切先うごかねばうつことかなわず、是れ二つの目をつくる所以なり。
 敵にのみ目をつけ手前を忘れてはならぬ故、己をも知り彼をも知る要心あるを以てかたがた之を二つの目付と云うなり。」
大竹利典先生著平成26年発行「平法天真正伝香取神道流」
 「観見二つのこと」見るということは、肉眼で見ること・・観とは心で見ることであって、これを心眼といいます。心眼とは、種々の事を分析して心に留めることです。・・それらの一つひとつに心をうばわれてはなりません。状況は常に変化しているので、とらわれてはいけないのです。・・」
樋口一著昭和11年「念流の伝統と兵法」
 「目付と云ふあり。目付は敵の顔を第一とし、次に拳に目を付けべし、拳に目を付ける時は遅く見へて凌ぎ易き處なり。勤め知るべし。
柳生宗矩著寛永9年1632年「兵法家伝書」渡辺一郎校注岩波文庫
 「兵法家伝書の殺人刀では、二星・嶺谷・遠山の三ヶ条は目着也。二星は敵の柄を握った両手の拳の動き。
 嶺谷は腕のかがみ、両腕の伸び縮み、上段に構えている相手に対する目付.右肱を嶺、左肱を谷とよぶ。
 遠山は両の肩先、胸の間をいう。うちこむ時は嶺の目付け、切合わせ、組物との時は遠山の目付けを心によくかくべし。二星は不断はなれざる目付也。
 二目遣之事:見る様にして見ず、見ぬようにして見て、間々に油断なく、一所に目をおかず、目をうつしてちゃくちゃくと見る也。
 兵法家伝書活人刀では、神妙剣見る事、三段の分別で心にて見るを根本とす。心から見てこそ目もつくべきものなれ。然れば、目にて見るは心の次也。目にて見てその次に身足手にて見るべし。身足手にて見るとは、敵の神妙剣にわが身足手のはづれぬ様にするを身足手にて見ると云ふ也。心にて見るは、目にて見む為也。目にて見るは、足手を敵の神妙剣の座にあてんと云ふ事也。」
*
 柳生新陰流の柳生宗矩による兵法家伝書をそのまま読んでも独特の用語が先へ進ませてくれません。渡辺一郎先生の校注によって読み進みます。
 柳生十兵衛による「月之抄」は宗矩・宗厳の伝が平行的に書かれていて、其の上十兵衛の考えが述べられていて面白いものです。たとえば
「目付三之事 二星 嶺谷 遠山 ニ星之目付之事 
 老父の云く敵の拳両の腕也。此の働きを得る事肝要也。
 亡父の目録には二星不断の目付左右の拳と書せる也。
 私云、二星付けたり色と云心持あり是は二星はあて処なり二星の動きを色と也二星を見んと思ふ心より色々心付く心第一なり重々の心持至極まで是を用る也。亦云二つの星と云心持も二つを一つに見る心持二つは一つなり。亦云目付八寸之心持と云事あり。是と太刀の柄八寸の動きを心懸れば二星色も其内にあると云心を以てなり。此ニ星の習い第一也。是より種々の心持有により初めて心を知と云々・・・」
宮本武蔵の目付はどうでしょう。
円明流三十五箇条
赤羽根瀧夫・大介著 武蔵「円明流」を学ぶより
 「目付の事 目を付くと云う所、むかしは色々あることなれども、今伝うる所に目付けは、大抵顔に付けるなり。目の納めようは、常の目よりも細きようにして、うらやかに見るなり。目の玉、動かさず、敵合ちかくとも、いか程も遠く見る目なり。その目にて見れば、敵のわざは申すに及ばず、左右両脇までも見ゆる目なり。
 観見二つの見よう、観の目強く、見の目よわく見るべし。若又、敵に知らすると云う目あり。意は目に付、心は付かざるもの也能々吟味あるべし。奥の目付け別なり。」
宮本武蔵著渡辺一郎校注 五輪書
 「兵法の目付といふ事 目の付けやうは、大きく広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よはく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也。敵の太刀をしり、聊かも敵の太刀を見ずといふ事、兵法の大事也。工夫有るべし。此目付、ちいさき兵法にも、大きなる兵法にも、同じ事也。目の玉うごかずして、両わき見る事肝要也。かやうの事、いそがしき時、俄にはわきまへかたし。此書付を覚へ、常住此目付になりて、何事にも目付のかわらざる所、能々吟味あるべきもの也」
宮本武蔵慶長十年落合忠右衛門尉への兵道鏡 
赤羽根瀧夫・大介著 武蔵「円明流」を学ぶより(底本森田栄、魚住孝至翻刻「宮本武蔵」)
 「目付の事 目の付け所と云うは、顔なり。面を除け、よの所に目を付ける事なかれ。心は面にあらわれるものなれば、顔にまさりたる目の付け所なし。敵の顔の見様の事、たとえば一里ばかりもある遠き島に、薄かすみのかかりたるうちの、岩木を見るごとし。また雪雨などの、しきりに降る間より、一町ばかりも先にある、やたいなどの上に、鳥などのとまりたるを、いずれの鳥と、見分くる様なる目つきなるべし。やたいの破風の懸漁、瓦などを見るに同じ。いかにも静まりて、目を付くべきなり。打ち所を見る事悪しし。わきは首を振る事なかれ。うかうかと見れば、五体一度に見ゆる心あり。顔の持ち様、眉間に、皺を寄すべし、額に、皺を寄する事なかれ。教外別伝たり。」
中山博道著剣道手引草
 「眼の付け方 眼は必ず遠山を望見する心持ちにて、一瞥敵の全体に注がねばならないものである。故に何処の点にも注意の欠くる事なく、又何処の点にも注視する事なき眼の練習をしなければならぬ。・・しかしながら一局部のみを注視してはならぬ。尚敵の眼に対しては、特に注意を要するものである。人の心は眼に表はるゝものであるから、敵の虚実を知るには最もよく其の眼に注意する事が必要である。」
高野佐三郎著剣道
 「目の附け方は大体敵の顔面に着目すれども敵の眼・拳等一定の部位に固着するは可ならず。恰も遠山を望むが如く接近せる敵をも成るべく遠く視、敵の頭上より爪先までを一目に見て注意の及ばざる隈なきやう勉むるを要す。
 敵を一体に見る中にも特に重きを置く点二つあり(注目するにあらず)一は剣尖にして一は拳なり。此の二点が動かざれば打出すを得ず。敵下段なれば動作の起りがまづ剣先に現はれ、上段八相の如きにありては拳に現はる、此の二点に注意し、早く敵の動作の起りを察して之を押さへ、又は先を撃つ等敵宜の処置に出べし(古来これを二の目付けと称せり。又敵にのみ目を付け我を忘るべからず、彼我の二つに目を付くる要ありとて之をも二の目付けといへり)撃たん突かんとする意志は悉く眼に現はるるものなるが、殊に我が敵よりも未熟なる時は忽ち我が眼によりて看破せらるるものなり、故に態と敵の眼を見合はずして帯の辺りなどに注目し敵を迷はすことあり(これを脇目附といひ又帯の矩と称して教へたる流儀あり)。」
 この太刀目附を集めているうちに面白くなってきました。今回はここまでとして次回にもう少し捜してみます。
 口伝と称して出鱈目な教えも多く、何故と聞かれても「そのようにならった」と答えるだけの諸先輩や、目付けの瞬間だけをとらえて「めつけがわるい」と云う形ばかりの、「のうなし」も多いものです。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年8月30日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事3太刀目附之事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之事
 敵ノ足二目ヲ付ケベシ是ニテ場合能ク知ルゝ而巳成ラズ臆セザル也是ヲ上見ヌワシノ位トモ云ナリ心ハ下二アッテ事サ上二速二應ズル油断無ノ心ナリ
読み
 敵の足に目をつけるべし 是にて場合能く知るゝのみならず 臆せざるなり 上見ぬ鷲の位と云うなり 心は下にあって事サ(?)上に速やかに応ずる油断無きの心なり

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2018年8月29日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事2太刀組附位

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
2太刀組附位
 互二太刀ヲ打下シ組付ケタル所二勝アリ敵ノ太刀ヨリ遅キト見ヱテモ上太刀ト成位アリ唯肝要ハ拳也
 組付タル処ニテ其気先ニテスク二突ベシ
*読み及び読み解く
 互に太刀を打ち下し組付けたる処に勝ちあり敵の太刀より遅きと見えても上太刀(うわだち)となる位あり 唯肝要は拳である
 組付けたる処にて其の切先にて直ぐに突くのである
 「互に太刀を打ち下ろし」ですから、上段から真向に互に打ち込むのであれば、新陰流の「合し打ち」と取れます。
 相手が真向に打ち下ろして来るのを我も真向に打ち下し、相手の太刀に上太刀となって、相手の太刀は我が頭上から外され、我が太刀は相手の真向をとらえています。
 「肝要は拳也」ですからこの合し打ちでも拳を捏ねないなどの口伝もあるのですが、此処では「合し打ち」で相手の太刀を打ち外して相手の拳を打ち、即座に切先を摺り込んで相手の胸を突く、と読み取れば良さそうです。
 或いは、相手の打ち下して来る太刀を新陰流の「和卜」で打ち外し拳に乗って勝のもありでしょう。
 古伝では江戸で習ったか土佐で身に着けたか柳生新陰流を第九代林六大夫守政は、此の居合に組み込んでいます。この伝書が学ぶ者に伝わっていれば無双直伝英信流も総合武術として格調高い武術として伝承されたでしょう。
 しかし、折角土佐に持ち込まれたこの「太刀組附位」は、この教えだけであって、稽古として業手附がすっぽ抜けています。林六大夫は恐らく大森六郎左衛門より真陰流の目録も伝授されなかったのでしょう。
 大森六郎左衛門もかなりの使い手であったかもしれませんが業技法の実技指導者であってもそれ以上では無かったと推察します。
 残念ながら、秘されたまま是等は伝承せずに、居合抜ばかりが伝承されたと云えるでしょう。
 この事は第17代大江正路先生によると云うよりも、大江先生に正しく伝承できなかった江戸末期から明治半ばの空白期間と人脈の疲弊状況によるものと思われます。
 従って現代居合が居合に片寄り武術論すら認識できない居合人を育ててしまったのもやむなしと云えるでしょう。
 一つの業から幾つもの想定すらも描けずに、決められた稽古順序に従って常に同じ想定での形ばかりの居合に拘り、武的演舞を良しとせざるを得ないのもやむおえないかもしれません。
 それでは、武術を語る事も、武術から学ぶべきものも少ないものと思えて仕方がありません。
 

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2018年8月28日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事2太刀組附位

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
2太刀組附位
 互二太刀ヲ打下シ組付ケタル所二勝アリ敵ノ太刀ヨリ遅キト見ヱテモ上太刀ト成位アリ唯肝要ハ拳也
 組付タル処ニテ其気気先ニテスク二突ベシ
 互に太刀を打ち下し 組付けたる処に勝ちあり 敵の太刀より遅きと見えても上太刀(うわたち)となる位あり 唯肝要は拳也
 組付けたる処にて其の切先にて直ぐに突くべし

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2018年8月27日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之事1居合心立合之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之事 付 大小指違之事
1居合心立合之大事
 敵ト立合兎ヤセン角ヤセントタクム事甚嫌フ況ヤ敵ヲ見コナシ彼ガ角打出スベシ其所ヲ如此シテ勝ン抔トタノム事甚悪シゝ先ツ我身ヲ敵ノ土壇トキワメ何心ナク出ベシ敵打出ス所二テチラリト気移リ而勝事ナリ常ノ稽古ニモ思アンジタクム事嫌フ能々此念ヲ去リ修行スル事肝要中ノ肝要也
 大小指違ト云ハ世人脇指ヲ帯二重二指刀ヲ三重二サスナリ居合ノ方ニテハ二重二刀ヲ指シ三重二脇ヲ差ス也敵二出合タル時大小ヲ子ヂ違ヘテ脇差ヲハ下シ指シ二シテ刀ヲ抜戦ベシ然ルトキハ脇差ノ柄マキル事無亦刀ノサヤノ鐺ハ子ル故二足ヲ打ツコトナク働ノ自由宜シ常二如此指スベシ
読み及び読み解く
 敵と立合い、とやせんかくやせんと巧む事甚だ嫌う 況や敵を見越し彼がかく打ち出すべし 其のところを此の如くして勝たんなど頼む事甚だ悪しヽ 先ず我が身を敵の土壇と極め何心なく出べし 敵打出す所にてちらりと気移りて勝事也 常の稽古にも思い案じ巧む事嫌う能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也
 大小指し違いと云うは世人脇指しを帯び二重に指し刀を三重に指す也 居合の方にては二重に刀を指し三重に脇差を差す也 敵に出合いたる時大小を捻子違えて脇差をば下し指しにして刀を抜き戦うべし 然る時は脇指の柄交ぎる事無く 亦刀の鞘の鐺跳ねる故二足を打つ事無く自由宜し常に此の如く指すべし
 居合心持ちは先ず我が身を土壇となして何心無く出て、敵が打ち出すところをちらりと気移りして勝つ事、とやかくしようと案じ巧むものでは無い。と教えています。
 もう一つは、大小の刀の帯への指し様の事で、居合は帯二重に刀を指し、三重に脇差を差す、敵に出合った時は大小を捻子違えて脇差を落とし差しにして刀を抜き戦うのである。そうすれば脇差しの柄まぎる(まざる)ことは無い。
 刀の鞘の鐺が跳ねても足を打つ事は無い、自由で良いし、常に此の如く指すものである。
 一般的には、脇差が刀の上にあるように指すので、土佐の居合は指し違いに、刀が上で脇差が下にあるように差し違えるとしています。
 その上、脇差を戦う時は落し差し(古伝の文言は「脇差をば下し指しにして」とあります)にするようにしろと言っています。
 通常の稽古では大方刀だけ差して稽古しています。脇指も差して稽古する事も良かろうと思って時々二本差しで稽古しています。
 江戸時代では殿中は基より家屋の中では脇差だけを差しているわけで、太刀での居合は何故の疑問があちこちから聞こえます。
 居合の発生は戦国時代です。太刀を佩いていたのであって、腰刀への転換期があって江戸時代になるわけで、甲冑を着て太刀を佩く事も稽古の意図するところとして残されたのでしょう。
 武士の役割の戦いの名残と、平和な時代の混線が明治維新まで引き継がれた、あるいは座して抜き付ける居合は懐古趣味であり、屋外での立居合が修行するものであったかもしれません。
 屋内では、短刀若しくは脇差での居合が完成されなければならなかったかも知れませんが、竹刀剣道に転化してしまったのかも知れません。
 浅野内匠頭の殿中での斬り付けなど、短刀を抜き出して急所を突き刺せば吉良上野介は即死していたでしょう。
 切腹、お家断絶はまぬかれ無かったのに何故の疑問が湧きます。刀を持っての武術は元和偃武を以て中途半端なまま今日まで置き去りにされている様な気がします。
 
 

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2018年8月26日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事1居合心立合之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1居合心立合之大事
 敵ト立合兎ヤセン角ヤセントタクム事甚嫌フ況ヤ敵ヲ見コナシ彼ガ角打出スベシ其所ヲ如此シテ勝ン抔トタノム事甚悪シゝ先ツ我身ヲ敵ノ土壇トキワメ何心ナク出ベシ敵打出ス所二テチラリト気移リ而勝事ナリ常ノ稽古ニモ思アンジタクム事ヲ嫌フ能々此念ヲ去リ修行スル事肝要中ノ肝要也
 大小指違ト云ハ世人脇差ヲ帯二重二指刀ヲ三重二サスナリ居合ノ方ニテハ二重二刀ヲ指シ三重二脇ヲ差ス也敵二出合タル時大小ヲ子ジ違ヘテ脇差ヲ下シ指シ二シテ刀ヲ抜戦ベシ然ルトキハ脇差ノ柄マキル事無亦刀ノサヤノ鐺ハ子ル故二足ヲ打ツコトナク働ノ自由宜シ常二如此指スベシ
読み
*
 居合心持ち肝要の大事 付けたり 大小指し違いの事
 居合心立合いの大事
 敵と立合い とやせんかくやせんと巧む事甚だ嫌う いわんや敵を見越し彼がかく打ち出すべしその所を此の如くして勝たんなどと頼む事甚だ悪し 先ず我が身を土壇と極め何心なく出ずべし 敵打出すところにてチラリと気移りて勝事なり 常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う 能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也
 大小指し違いと云うは 世人脇差を帯の二重に指し 刀を三重に指すなり 居合の方にては二重に刀を指し 三重に脇を指す也 敵に出合いたる時大小を捻子違へて脇差を下し指しにして刀を抜き戦うべし しかる時は脇差の柄紛ぎる事無し 亦刀の鞘の鐺 跳ねる故に足を打つ事無く働きの自由宜しい常に此の如く指すべし

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2018年8月25日 (土)

権力者を甘やかすのは何かその5

権力者を甘やかすのは何かその5
 武術を学ぶ最終目的は何でしょう。
 業技法を磨き上げ古来からの奥義を身に着け免許皆伝を手にする事などは目的とは言えません。
 K地区のSN支部のA支部長は、連盟の権威に裏付けされた段位相当の権力がある、従ってその秩序に従って上意下達を守らない者は支部運営に不当の者として除名とする、などと云って威張って見せています。
 自分勝手な理屈で、「Tは範士に昇段させてやったのに、お礼にも来ない、ケチな奴だ」とか。
 そうかと思うと、K地区ではお茶接待などでお世話になっているSH地区の女子に対し「俺に会っても挨拶一つしない、俺に何か遺恨でもあるのか」などと自分から気軽に挨拶しても居ないくせに怒っています。
 自分を大道場主と見せるためか、辞めてしまった元会員を休会扱いにして水増し会員数を誇って、連盟本部に報告し実働会員の会費から連盟会費を休会員に振り当ててもいます。休会の者の現住所すら判らなくなっている者も居る始末です。
 現在では正会員10名休会員24名どう見ても可笑しい。傘下の道場より正会員は少なくなっています。みんないつかは戻って来るとでも思っているならば脳天気です。
 それでも或る時、仕事の都合で休会していた者が復活して来て、稽古に励んでいました。ところがその者の模擬刀が、真向振り下ろされた際鍔元から折れて前方に飛び切先から道場の床に突き刺さり切先を床に残して再び折れてしまいました。
 公共の道場ですから当然使用中の損傷は弁償しなければなりません。床板は数枚はがして修理しなければならずかなりの出費が予想されます。
 彼は休会とは言え、かならず仕事のけりが付けば戻るつもりで、年会費も前払いで払っていました。会の団体保険も払われていると思った所、経理担当者の独断で稽古にも来ない者として彼を保険対象者登録をして居ませんでした。
 A支部長はそれにもかかわらず本人に弁償させ様とし、自分にも迷惑をかけたのだから「俺に詫びるべきなのに保険の事を持ち出すなどフザケタ奴」と決めつけ、除名処分にしてしまいました。
 その上「最近のIT産業に従事する者は武士道精神がなってない」、とITも知らないくせにわけもわからない理屈をこねて怒っています。
 何のことは無い、便利屋さんがノミで切先を掘り出し、接着剤を注入してタダで一件落着です。
 彼だって、模擬刀が破損するなど思ってもいない事だったでしょう。稽古中の事故なのだから会で補償する位の事は当然の事です、その捌きに彼は感激してお礼をA支部長にするのならわかります。
 頭がおかしくなったのでしょう、突然4月になって5月に支部の創立12周年記念の祝賀会をやると云い出す始末、12年間も支部の祝賀会などやったことも無いくせに誰にも相談せず、支部役員と話し合いもせずに、祝賀会の場所を個人的に親しくしていた休会の者に頼み場所も金額も決めてしまう始末です。
 12周年記念会誌も作ると各道場主にさっさと原稿を書かせてしまう。その上自分の作文を年次順に掲載させようと、十篇も持ち出し、自分の演舞写真も何枚も用意し目次迄仕上げています。
 自己顕示欲が強い事は居合などの演舞にとって悪い事ではありませんが、他の道場主を思いやる心が抜けています。
 其の上、今時原稿用紙にペンで書かれた物など印刷屋では迷惑です、持ち込む原稿はワードで其の侭印刷可能状況にしませんとA4一枚相当の変換費用が発生します。最初から所定のワード形式で作文が出来て居れば安く楽々処理できるものを無駄な金と時間を浪費させています。
 作文の内容は何のことは無い、支部の記念誌では無くA支部長の独断の遺言みたいなもので、意味不明の武士道精神の押付に過ぎません。
 4月、5月は連盟の全国大会もあります。会員の多くは社会人として実業を持っているため金銭的にも日程的にも暇な隠居爺さんと同じわけはないのです。
 次いでですがこのA支部長は体調不良と称して連盟の全国大会をさぼっています。
 月日をもう少し後にしたらと進言すれば「もう時間が無い」とすぐ死ぬような事を言って遮二無二自分の思いを通そうとして険悪です。まだまだ今日も元気に生きています。
 日大アメフトの不祥事にタレントで元日本陸上界の十種競技のチャンピオン武井壮さんが、最近のツイッターに良い事を載せています。
 参考になるのでその趣旨を、ここにお借りして「権力者を甘やかすのは何か」を考えて見たいと思います。スポーツについての発言ですが当然武術にも充当できるものです。
 「スポーツは努力して夢を叶えて幸せになる為のもの、くだらない権威争いとか保身の為に子供を扱うものでは無い。
 指導者の仕事はその知識と経験で最善の努力の時間を提供して世の中で生きていく為の武器や名誉や勝利より大切な人生を与えてあげる事。
 どんな道でも指導者の仕事は、常に新しい鍛え方や戦術を研究して選手に最短で最善の努力を提供する事で決して強権を翳して激務をこなさせたり利用したり自分の名誉を誇る事じゃない。
 どこぞの居合の段位取得年数の有り様を見てみますと、入会から最高段位迄最短の時間でも40年はかかる仕組みです。
 その上年齢制限や次の段位迄4年も5年も待たせる仕組みを当然の如く誰も疑いも無くやっています。
 その待ちの間に稽古を疎かにすることも覚えてしまい、時期が来たからと突然2、3カ月前に付け焼刃の稽古に現われ昇段しています。一度手に入れた段位を落される事も無い仕組みはナンセンスです。
 A支部長の様に、張り子の虎が棒を振っている様なへぼ居合でも十段になってしまう、其れも連盟会長の推薦だそうです。
 次いでですが張り子の虎とは、刀を手で振っているからのことで体で運剣できればいいだけですが、竹刀剣道や居合だけの人には出来ない様です。
 長くやっていただけで武術としての術理にも乏しく、本物を指導する事も出来ず「居合は上意下達である黙って従え」では笑ってしまいます。
 こんな者を十段にして、其の上幻の権威を翳し権力を振り回す者を支部長として認めて居たのではこの連盟本部も、最近話題の全剣連と同様に思えてしまいます。
 聞くところによると連盟会長の提案に誰も口を挟まず「ご無理御尤も」だそうですが事実ならば、役員の方達もそれでいいのでしょうか。
 事実ならば居合人口は減る一方でしょう。人が減れば組織運営は金銭的に難しくなります。いたずらに増やせば、レベル低下は眼に見えてきます。
 居合は、仮想敵相手の一人演武ですが、それだけに様々なシュミレーションによる知育体育の動きを幾つになっても学べるものです。
 其の上修行を重ね、それも何の為に居合を学ぶのかの自問自答に至る時「はっと気が付く事は」自分は勿論の事なお多くの人々が幸せになる糸口を、仮想敵相手のシュミレーション思考が教えてくれる道であると気が付くのです。
 邪魔をするのは権威を嵩に権力を振るう者を育成している仕組みにもあるのです。居場所が無いと不安でならない弱虫の日本人を引き付けておく最高の手段が段位制度でもあるのです、そして最悪の方法でもあるのでしょう。
 そして、「かたち」にはまっただけの動作と、上から目線の和をよしとする一方通行にあるのでしょう。
 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事10智羅離風車

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
10智羅離風車
 手拭ニテモ煙草入ニテモ向ノ面二投付ケテビクトスル所ヲ可切又刀ヲ抜キテ其手二扇抔ヲ持添テ打込躰ニテ其扇ヲ投ケ付ビクトスル所ヲ打込勝ナリ
*
読み及び読み解く
 手拭にても煙草入れにても 向うの面に投げ付けてビクとする所を切るべきである 又 刀を抜きて其の手に扇抔を持ち添えて打込むていにて其の扇を投げ付けビクとする所を打ち込み勝つのである
 手拭でも煙草入れでも相手に投げ付ければビクとするので其の隙に斬り付ける、又刀を抜いて柄手に扇などを持って打ち込むような様子で扇などを相手に投げ付ければビクとするので其の機に乗じて打込み勝つのである。
 どの様に扇を持ちどの様に投げ付けるのかの手附は有りません。扇を何処に持っていたのか、どのタイミングで柄手に添えるのか。
 それによって打込むと見せて扇だけを相手に投げ付けつのか、工夫が要ります。難しい事では無いけれど目標に扇が向って飛んで行かなければ相手はビクなどしてくれません。
 極意の心得には十分に理解して納得いくまで稽古が必要でしょう。極意ノ大事の「智羅離風車」の題名の由来は念じるばかりで何処にもありません。
 いずれにしても飛び道具で先制攻撃を仕掛けビクとする所を切る、無双直伝英信流の極意です。
* 
 極意ノ大事の10項目目「智羅離風車」の読みは「ちらりふうしゃ」でしょう。
 「ちらり」は光・影などが一瞬間、わずかに目に触れるさま、と広辞苑は解説しています。
 風車は何でしょう。物の動きを一瞬に捉える感覚は虫でも鳥でも優れています。人も同様に周囲の変化を敏感に読み取っています。
 極意の大事では、相手の虚をつく教えが十項目も語られていました。これを卑怯なふるまいと捉えるべきでしょうか。
 「・・右之ハタラキヲ敵ガスレバ此方ノ負ト成ル事ノ上ニテ是ヨリ外ノ仕筋無深ク工夫有ルベシ」と居合兵法極意秘訣の老父物語の中に残されています。
 更に「此所ハ我ト得道スヘシ外人ヨリ教ガタシ我ガ心二合点而無理二事ヲセズ気分一ッパヒニハタラキ見ル可シ此ノ上二イカヌワフタンレンカ心マドヒヱ合点セヌカ吾ヲク病カ真剣之時ハ天命天運外二ナシ・・」と突き放されます。自分で合点できなければ「修業が足らないよ」と云われてしまいます。
 河野百錬先生は居合に就いて疑問があると穂岐山波雄先生か、曽田虎彦先生にお手紙を出されています。
 「居合ハ本来ノ目的ヨリシテ剣道ノ所謂先々ノ先ニアラズシテ先又ハ后ノ先ノ一刀ト信ジマスガ 上意抜打ハ別トシ(之トテ上意ト呼ビテナストスル)一切「ダマシ」打二スル事は無之ト信ジマスガ・・」と質問されています。
 「ダマシ」打ち、と敵の虚をつく事の違いをどの様に合点するか、不意打ちと卑怯な行為とは何か、考えさせられるところでもあるでしょう。
 生死をかけての戦いとルールによるスポーツと混同すべき事とは全く違う事が理解出来なければ、居合も武的演舞で充分です。
 そして、裏には裏を返す、表裏一体の修行も当然ついているのです。古伝神傳流秘書に有る夏原流和之事には本手には本手之移、立合には後立合、小具足には小具足割とあって表と裏が語られています。
 武術の教本は、その域に達しない者には、読み解く事は出来ない。当然の事ですが、形を真似るだけの者が、講習会などで講師の解説が理解できないのも当然で、講習に出ても得られるものは少なかろうと思います。
 講習生の実力に合わせて講師が迎合する様でも困ったものですが・・思いつくままに。
 
 
 
 

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2018年8月24日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事10智羅離風車

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
10智羅離風車
 手拭ニテモ煙草入ニテモ向ノ面二投付テビクトスル所ヲ可切又刀ヲ抜キテ其手二扇抔添テ打込躰ニテ其扇ヲ投ケ付ビクトスル所ヲ打込勝也
読み
 手拭にても煙草入れにても向ノ面に投付けてビクとする所を切るべきでる 又 刀を抜きて其の手に扇抔添えて打込ていにて其の扇を投げ付けビクとする所を打込み勝のである

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2018年8月23日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事9遠方近所

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
9遠方近所
 我に敵スル者ト見ルトキハ其ノ者ノ側二寄リテ居ル事肝要也或ハ庭前ノ花二コトヨセ或ハ掛物ヲ見ル躰抔シテ側二近ヨリテ居ベシ刀二手ヲカケバ其侭手ヲ取ッテ引倒スベシ間ヲ隔テゝ居ル故二不覚ヲ取ルナリ或ハ意趣有ッテ仕掛ラレ丸腰ニテ出合テ不覚ヲ取タル者モ間々有之也是等モ此習ヲ得タレバタトイ丸腰ナリ共不覚ヲバ取マジ其故ハイヤ貴殿ノ短慮ナリ能ク合点セヨ抔ト云テ側二詰寄テ居ル時ハ刀ヲヌケバ引倒ス故丸腰トテモ不覚ハ取マシキナリ
 亦大事ノ仕物九寸五分ノ合口抔ヲ指近ク居テ思ワヌ処デ取ッテ引寄サシコロス時ハタシカに仕留ル也是等皆獅々王(獅子王)肝要也
読み及び読み解く
 我に敵する者と見る時は其の者の側に寄りて居る事肝要である 或るいは庭前の花に事寄せ 或いは掛物を見るていなどして側に近よりて居るものである 刀に手を掛ば其の侭手を取って引き倒すものである 間を隔てて居る故に不覚を取るのである 或いは意趣有って仕掛けられ丸腰にて出合いて不覚を取りたる者も間々之あるものである 是等も此の習いを得たればたとい丸腰なりとも不覚をば取らないであろう その故は「いや貴殿の短慮なり能く合点せよ」などと云いて側に詰め寄せて居る時は刀を抜けば引き倒す故丸腰とても不覚は取らないであろう 
 亦 大事の仕物九寸五分ノ合口などを差し 近く居て思わぬところで取って引き寄せ刺し殺す時はタシカに仕留めるものである 是等皆獅子王の心得肝要である
 適する者の近くにどんな場合でも寄りそう事、敵する者が刀に手を掛ければ其の侭相手の手を取って引き倒す。
 間を隔てて居るので不覚を取るので、譬えば意趣有って仕掛けられ丸腰で不覚を取る者も間々ある。
 是等もこの心得があれば、たとえ丸腰でも不覚は取らないであろう。それ故に「いや貴殿の短慮であろう能く考えて見給え」などと云って側に詰め寄っていれば相手が刀を抜けば引き倒してしまい、それゆえ丸腰であっても不覚は取らない。
 大事な、お上の命による仕物では九寸五分(短刀)を差して近くにいて、相手が思わない所で引き寄せ刺し殺せば確実に御用は果たせるmのだ、と云います。
 この心構えも相手に密着し先行する不意打ちの心構えで確実な成敗の必要性を説いています。
 

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2018年8月22日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事9遠方近所

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
9遠方近所
 我二敵スル者ト見ルトキハ其ノ者ノ側二寄リテ居ル事肝要也或ハ庭前ノ花コトヨセ或ハ掛物ヲ見ル躰抔シテ側二近ヨリテ居ベシ刀二手ヲカケバ其侭手ヲ取ッテ引倒スベシ間ヲ隔テゝ居ル故二不覚ヲ取ルナリ或ハ意趣有ッテ仕掛ラレ丸腰ニテ出合テ不覚ヲ取タル者モ間々有之也是等モ此習ヲ得タレバタトイ丸腰ナリ共不覚ヲバ取マジ其故ハイヤ貴殿ノ短慮ナリ能ク合点セヨ抔ト云テ側二詰寄テ居ルトキハ刀ヲヌケバ引倒ス故丸腰トテモ不覚ハ取マジキナリ
 亦大事ノ仕物九寸五分ノ合口抔ヲ指近ク居テ思ワヌ処デ取ッテ引寄サシコロス時ハタシカ二仕留ル也是等皆獅々王カンヨウ也
 我に敵する者と見る時は其の者の側に寄りて居る事肝要也 或るは庭前の花に事寄せ 或るは掛物を見る躰などして側に近寄りて居るものである 刀に手を掛ければ其の侭手を取って引き倒すのである 間を隔てヽ居る故に不覚を取るのである 或は意趣あって仕掛けられ丸腰にて出合いて不覚を取りたる者も間々これあるものである 是等も此の習いを得たらばたとい丸腰なりとも不覚おば取る事は無い 其れ故は「いや貴殿の短慮なり良く合点せよ」と云いて側に詰め寄っている時は刀を抜けば引き倒す故に丸腰とても不覚は取らないものである 
 亦 大事の仕物九寸五分の合口などを差し近く居て思わぬところで取って引き寄せ刺し殺す時は確かに仕留めるのである 是等はみな獅々王(獅子王)の(こころ)肝要である

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2018年8月21日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事8鉄石

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
8鉄石
 旅抔ニテ気遣シキ所ヲ通ル二ハ石ヲ袂二入レテ行クベシ尤是二不限用心ヲ為〆行先ハ必石ヲ袂二入行クベシ時二取ッテ是ヲ打ツクル也坐上ニテモ鉄石ノ心得有アノ者ヲ切ラント思フ時ハ其者ノ膝本ノタタミ抔ヲハタト敲クトキハ夫二気ヲウツス也其所ヲ切レハキリ安キ者也
 読み及び読み解く
 旅などに行き気遣わしい所を通るには 石を袂に入れて行のである 尤もこれに限らず用心のためには 行く時は先ず必ず石を袂に入れて行くのである 時と場合にはこれを打ち付けるのである 
 坐上であっても鉄石の心得有り あの者を切らんと思う時はその者の膝本の畳をハタと敲きそれに気を移すのである 其の処を切れば切り易きものである
 鉄石は鉄の様に硬い石、石の様に硬い鉄、堅固な心とも取れますがさて・・。
 旅ばかりでなく、何時も石を袂に入れて用心すべきで時によって石を打ち付けて気をそらして切ってしまう。
 座して居る時には畳を突然ハタと敲いて気がそれた所を切ってしまう。鉄石の心を持たなければ石も袂に残るばかりでしょう。
*
 鉄石の業名は古伝神傳流秘書の大剣取の4本目に有ります。この極意ノ大事鉄石と通じるものがあります。
 「是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なりに小太刀にて地をハタト叩いて気をうばうて入りてさす」
 簡単そうですが、中々難しい業です。
 小太刀を無形に持ち、居合膝に座す相手に向かって真っすぐ近寄らずに、ゆっくり筋を替えながら間境を少し超えたが相手が即座に抜き打って来ない。そこで歩み寄りつつ小太刀で床をハタと叩き相手が「うっ・何か?」と気移りした処を付け入って、相手の抜かんとする柄を制して刺す。
 読みは「てついし・てっせき」でしょう。
 

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2018年8月20日 (月)

権力者を甘やかすのは何かその4

権力者を甘やかすのは何かその4

 大江正路先生の兄弟子細川義昌先生系統の無雙神傳英信流抜刀兵法 貫汪館 館長森本邦生先生の連盟不祥事について代表として御門弟の方に示されたものと思いますがそのお考えです。

 facebookに投稿されておられるますのでお許しをいただき松原昭夫ことミツヒラのfacebookにシェアさせていただいています。

 ミツヒラブログの連載中の「権力者を甘やかすのは何か」と関連するお考えですからこちらにも全文を掲載させていただきます。 

 「私たちとは全く関係のない団体の出来事ですが、混同されてはいけないので記しておきます。私たちが行っているのは居合であり、居合道という言葉で表されるものとは別物です。

 日本に着いたら居合道の段位を金で買うことが問題になっていますが、そもそも、他流派の人間を別流派の人間が評価することができるのかどうか…。価値観が全く異なります。本来は流派の免許皆伝を得て、指導している者が自分の弟子を評価するものであって、指導もしていない人物を評価できるはずはありません。
 今回の問題は以下のように考えることができると思います。将来的に同様の問題が私たちの団体におこらないように。
1.他流派の者が自分の考え方に基づいて異なる流派の弟子を評価する事。
2.流派が同じでも全くといっていいほど考え方が異なる道場の者が他の道場に所属する者を評価すること。
3.そもそも古武道は免許皆伝を得た者が指導するのにもかかわらず、段位があるというだけで、流派を体得してもいないのに指導するため、考え方が異なる他者の評価する段位が必要になること。
4.他のスポーツのように収入がないこと。十分な収入があれば、そこまで卑しくはなれない。
5.上記に関連しますが、世間一般が武道はボランティアで教えるものという誤解があり、それに基づいて組織運営している事。・・・江戸時代であれば、藩の師範は藩主から禄をもらっていて、さらに+αの収入がある場合もあった事。それ故に弟子からは道場の維持費程度の謝礼しか必要としなかったこと。
6.段位は技量を示すものであるにもかかわらず、その基準が明確ではない事。・・・流派によって、道場によって考え方は異なるので、流派や道場をこえた段位制度に、もともと無理がある事。

 結論を言えば、古武道としての流派武道であるならば流派をこえた統一した段位制度には無理しかありません。
 また、流派の免許皆伝を得ていない者が、段位があるというだけで独立して流派を名乗って教えることには無理があります。
 流派を名乗るのであれば正しい道筋を歩むべきです。」

 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事8鉄石

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
8鉄石
 旅抔ニテ気遣シキ所ヲ通ル二ハ石ヲ袂二入レテ行クベシ尤是二不限用心ヲ為〆行先ハ必石ヲ袂二入行クベシ時二取ッテ是ヲ打ツクル也坐上ニテモ鉄石ノ心得有アノ者ヲ切ラント思フ時ハ其者ノ膝本ノタタミ抔ヲハタト敲クトキハ夫二気ヲウツス也其所ヲ切レハキリ安キ者也
 読み
 旅などにて気づかわしき所を通るには 石を袂に入れて行くのである 尤もこれに限らず用心を為さしめ行には先ずは必ず石を袂に入れて行くのである 時にとって是を打ち付くのである 坐上にても鉄石の心得有り あの者を斬らんと思う時はその者の膝本の畳などをハタと敲くトキは其れに気を移すのである そのところを切れば切り易きものである

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2018年8月19日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事7釣瓶返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣
3、極意ノ大事
7釣瓶返
 坐上ニテハ刀ヲバ抜イテ置クコト當然也然時二向フヨリ切カクルトキヌキ合スル間ナケレバ鞘ト柄トヲ取ッテ鞘共二請テ其侭引ヌイテ片手打二切ルベシ
 読み及び読み解く
 座る時は刀を腰から抜いて置くことは当然である そのような時に前より切りかかって来る時は 抜き合わす間がないならば 鞘と柄とを取って鞘供に請け 其の侭引き抜いて片手打ちに切るのである
 居合の稽古では太刀を腰に差したまま座して稽古しています。ここでは座す時は刀は腰から外して座すものと云います。
 釣瓶返の様に相手に斬り込まれて、刀を抜かずに請け太刀となって抜刀する業は土佐の居合には存在しません。
 取り立てて稽古せず共其の心得さえあればさして困難な抜刀ではないのですが、心得を身に付けて置かなければ咄嗟の用には役立ちません。
 他流には稽古業として存在しますので学んでおくのも良さそうです。

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2018年8月18日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事7釣瓶返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
7釣瓶返
 坐上二テハ刀ヲバ抜イテ置クコト當然也然時二向フヨリ切カクルトキヌキ合スル間ナケレバ鞘ト柄トヲ取ッテ鞘共二請テ其侭引ヌイテ片手打二切ルベシ
 読み
 坐上にては刀をば抜いて置くこと当然なり 然る時に向うより切り懸る時 抜き合いする間無ければ鞘と柄とを取って鞘共に請けて 其の侭引き抜いて片手打ちに切るべし

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2018年8月17日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事6外之剱

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
6外之剱
 自宅他家共二其坐二有ル物二心ヲ付ベシ箱之類ニテモ又ハケサ二ノ類盤之類ニテモ有之時ハ我ガ量二叶フベキヲ計其近所二坐しテ透間ヲ見テ是ヲ打ツケベシ亦常トテモ此心得有ルベシ其坐二有ルモノノ近所二ザスベシ亦我ガ居間二是二有ト常二心用イ置時ハ時二至ッテ利ヲ得ル也
 仕合抔望マレタル時向原ノ詞聞キタル上ハ油断スベカラス立合迠モナシスグニ何ニテモ取ッテ打倒スベシ又シナヱ抔クミテアラバ立合フ迠モナシ居ナガラ取カヱシテ打コロス可シ
 読み及び読み解く
 自宅、他家ともにその座に有る物に心を付けて置くものである。箱の類でも、又はケサ二(意味が解りません、ケサン?)の類、盤の類にても之がある時は、我が糧に叶うかどうかを計って其の近所に坐して、透き間(隙)を見て是を打ち付けるのである。又 常であっても此の心得有るのが良い。
 その座に有る物の近所に坐すべきで、また、我が居間では此処に是が有ると常に心を付けて置く時は、時に至って利を得られるものである。
 仕合などを望まれた時は向う腹(相手の)言葉を聞いた上は油断しないで、立合うまでもなく直ぐに何でも傍に有る物を取って打ち倒すのである。竹刀などを組んでいたならば立合うまでも無い、いながら取り返して打ち殺すものである。
 外之剱の表題と解説が一致しているかどうかは拘っても意味は無いでしょう。然し自宅に客人を迎えるにしても、他家に客に行くにしても、刀を身から離さざるを得ない場合があるでしょう、その場合「剱の外(ほか)」剱以外の獲物を以って戦う必要があるでしょう。
 他家では特に座す場所の附近に獲物があるか心を付ける、自宅でも同じで何処に何が有るか心がけて置くのが良いと云います。
 仕合を望まれた時は「向原ノ詞」を聞いた以上は油断せずにその場で直ぐに何か獲物を捕を取って打ち倒せ、と激しい文章です。
 「向原」とは向うは相手、原は腹と読んでみました。「相手の腹の内を言葉から察して油断せずに・・・」でしょう。
 他家に行って竹刀など組んであるのを見たら立合うなどの事では無く、直ぐにその場で打ち殺せと云って厳しい教えです。
 使者などに行って仕合と称してなぶり殺しもあったのでしょう。
 

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2018年8月16日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその3

権力者を甘やかすのは何かその3

 

前回の所で紹介した「神妙剣」を読んでみます。

この項目は20181214日にアップ予定ですが、先行しておきます。

 

神妙剣

 深キ習二至テハ実ハ事(業)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑ヘシムルの知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤(謝)テ居ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤(謝)ヲモ曲ゲテ勝ニワ非ス誤(謝)ル可キ筋ナレバ直二誤(謝)ルモ勝也

 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剣ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲボヱノ為二其ノ端ンヲ記置ク也

読み及び読み解く

 さて、神妙剣を読んでみましょう。

 然しその奥にあるものは、己を正しいと信じ貫き通すだけの物を持たなければ読んでも意味は無いものです。奥義とはいえないでしょう。

 業技法も、居合の極意も充分修練を積み重ね、何時如何なる変が起ころうとも応じられるに至って、実はその様な業事では無く、常住坐臥(いかなる時でも)この心を持ち、ニ六時中忘れてはならない事が神妙剣である。

 彼れ怒りの色が見える時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむる(叡)智を身に着け、即座に気を見て納める事が肝要中の肝要である。

 是、戦に至らしめずして勝ちを得るものである。さりながら、我は彼の怒りに臆して謝り(原文は誤)て居る事と心得る時は大いに相違するのである。

 兎に角、彼に負けざる道で、彼の怒りを納める事が出来ない時は、彼を殺さないうちは我も死なないと云う程の道である。

 亦、我が誤っていることを何が何でも正しいと云い張り曲げて勝つのではない、謝るべき筋があるならば直ぐに誤りを正し謝るも勝なのである。

 彼の気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたのである。委しい事は書面に書きあらわし難い、心覚えの為にその一部を記し置いた。

 如何に武術に優れ、どの様な相手と対しても負ける恐れはないとしても、行き着く所は戦に至らしめずに勝ちを得る事であると云い切っています。

 コミュニケーションの最終手段として武術が用いられるとするのも、いつの時代にも、国と国、個人と個人で行われしかとして扱われていたかもしれません。一部の権力者が保身の為に用いて来た手段とも取れるものが目立つのが悲しい

   この曽田本に記された最終章は、勝つとは何かを考えさせる一文でもあるのでしょう。

 

 寄り添うものは前に向かって進む、己の心ばかりかも知れません、信じた道を歩く以外に道は無いのでしょう。

 論語に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」。並以下にもかかわらず、時期が来たのでもらえた段位に、其れも目録程度の印可です。それを以って嵩に懸かって来ても何の事も無いのです。

 居合を続けて、行きつくところが己の権力行使の自己満足の保持であっては、そんなところに所属する意味は或るのでしょうか。

 趣味の集団で40年頑張ったご褒美が段位、集団の権威を嵩に権力をもって、服従させようとする愚かなことで、何をやってきたことか。

 相手をするのもばからしいのですが、あまりにもこのところあちらこちらで目に付く事が多すぎます。マスコミに迎合するのでもなく、役立たずの上意下達をこの団体は当たり前として求めているのだとしたらこれから始める人も考え直すべきものでしょう。

 

 

 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事6外ノ剱

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
6外ノ剱
 自宅他家共二其坐二有ル物二心ヲ付ベシ箱之類ニテモ又ハケサンノ類盤之類ニテモ有之時ハ我ガ量二叶フベキヲ計其近所二坐シテ透間ヲ見テ是ヲ打ツケベシ亦常トテモ此心得有ルベシ其坐二有ルモノノ近所二ザスベシ亦我ガ居間二是二有ト常二心ヲ用イ置時ハ至ッテ利ヲ得ル也
 仕合抔望マレタル時向原ノ詞聞キタル上ハ油断スベカラス立合迠モナシスグニ何ニテモ取ッテ打倒スベシ又シナヱ抔クミテアラバ立合フ迠モナシ居ナガラ取カヱシテ打コロス可シ
 自宅他家共に其の坐に有る物に心を付けるべきである 箱の類にても 又はけさんの類 盤の類にても之有る時は 我が量に叶べきを計り 其の近所に坐して透間を見て是を打ち付けるのである 亦 常とても此の心得有るべきものである 其の坐に有る物の近所に坐すべきである 亦 我が居間にこれに有と常に心を用い置く時はいたって利を得るものである
 仕合抔望まれたる時 向う腹の詞聞きたる上は油断すべからず 立合うまでも無し 直ぐに何にても取って打ち倒すべきである 又 竹刀抔組みてあれば立合う迠もない 居ながら取り返して打ち殺すべきものである

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2018年8月15日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事5逢意時雨

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
5逢意時雨
 火村ノ風二異ル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶碗ヲ取ッテスグニ打付ベシ又自宅ヱ敵来タラバ我レ茶ヲ汲デ持出て其の茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也
読み及び読み解く
 逢意時雨の題名です。折角会う機会が出来てお互いに理解できると思わせておいて、時雨れる様な感じでしょう。
 従って、前回の教えの「火村ノ風」と同様で異なる事は無いと云います。前回は煙草盆を持って来てくれたのに火入れを相手に打ち付ける、捕物に行く前に灰を石と一緒に紙に包んで隙を見て相手の顔に打つ付ける。
 相手の害意などと言うより我が先んじて相手を惑わしています。それが極意であると臆面もなく「大事だぞ「」と教えています。
 逢意時雨も、仕物に出かけて行き茶を所望して出されるや、その茶碗を持って相手の顔面に打ち付けるのです。
 又、我が家に相手が来たのであれば、茶を汲んで持って出て「どうぞ」と云って、相手が茶を飲もうと手を伸ばす、其の手を取って引き倒し固めるのです。
 是を卑怯と見るのは、やらねばならない事の重さを推し測る力も無い、信じた事を貫き通す大丈夫でも獅子王の心も無い者の戯言でしょう。
 信じた事を貫き通す事も碌にせずに、世間が悪い、社会の犠牲者だと云って無差別に刃物を奮う者が。このところ後を絶ちません。
 何もせずに陰口ばかりの弱虫も情けないものです。いずれ爆発してしまうものです。
 奥居合の暇乞いを不意打、騙し討ちだから演武会では御法度だとか、正々堂々と公に試合って倒せとか、兵は詭道も知らない似非者が武術を論ずる資格はなさそうです。
 ルールにのっとった剣道などは是スポーツですから、其の枠内で最大の効果を出せばいいもので、武術と混同すべきものでは無いでしょう。
 何処までやるかは、我が人生哲学による倫理観であって、刀を抜く事の重大さを知らない者の偽物の言葉は・・単なる武的演舞では意味はないのです。
 刀を以て己の信ずることを貫き通す、武術は人のコミュニケーションの最後の手段であったとしても、現代は人を殺傷する武術での結論はあっては成りません。
 しかし、信じた事を貫き通すには、やるべき事、云うべき事、納得してもらう努力は怠るべきものではないでしょう。
 そして、認めさせなければ意味の無いものです。
 
 

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2018年8月14日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事5逢意時雨

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
5逢意時雨
 火村ノ風二異ナル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶椀ヲ取ッテスグニ打付ベシ又自宅ヱ敵来タラバ我レ茶ヲ汲デ持出テ其茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也
 火村の風に異なる事なし 是は茶などを所望して其の茶椀を取って直ぐに打ち付くものである 又 自宅へ敵来たらば我れ茶を汲んで持ち出してその茶を取らんとする手を取りて引き倒して勝つのである

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2018年8月13日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事4火村風

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
4火村風
 仕物抔二行タル時其物ト物語抔ヲシテ却而色二アラワサス扨煙草盆を持出シタラバ其
火入ヲ取ッテ打付ケテ然而ヲクレタル所ヲ勝ベシ亦捕者抔二行二灰ヲ帋(紙)二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンブクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドウスル也或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也一人密談シイタル二脇ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケケルニ帋(帋(紙)シカト包テ有リタル故却而不開ヲンブクノ如クナルモノニテ面ヲ打タル故イヨ二相入気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立
 読み及び読み解く
 上司の命で捕物に行く時、その者と物語などして少しも色に出さない、そこで煙草盆を持ち出して来たらばその火入れを取って打ち付けて相手が臆している処を勝つものである。
 亦、捕者などに行くのに灰を紙に包み、其灰の中に石を入れ「おんぶく」の様にして持ち、相手の面に打ち付けると「ぱっと」開いて眼が暗むのである、そのところを捕えるのである。たとえ開かなくとも石を入れて打ち付けるので相手は、気が顛倒するのである。
 或はこの事を聞き齧って捕者の役に行く、密談にことよせて捕える仕組みである、一人で密談している時に脇より紙に灰を包み打ち付けるのに紙をしっかり包んでいるので却って開かない、おんぶくの如くになる、面を打つので(イヨ二相入気バリテ ?)気ばかり頑張ってとり急ぐので、これでは伝を知らない事で用に立たない。
*
 煙草盆の火入れを相手に投げつけて相手が臆するところを捕える。
 事前に灰を紙に包んで中に石を入れて置けば相手に当たってパッと開き眼が暗み、たとえ開かなくても石が入っているので気が顛倒する、其処を捕える。
 この話を聞きかじって捕手の役に出かけても、密談中に脇で灰を紙に包んで打ち付けてもしっかり包んであるので開かない。オンブクの様に当たるだけだから、気ばかり焦って捕えようとして役に立たないのはこの伝を知らないからである。
 こんなところでしょう。
*
 「おんぶく」は土佐の方言なのか、今では使う人も少ないかも知れませんが、紙に包んで上を捻った「おひねり」の事のようです。

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2018年8月12日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事4火村風

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
4火村風
 仕物抔二行タル時其物ト物語抔ヲシテ□而(却而曽田メモ)色二アラワサすさて煙草盆ヲ持出シタラバ其火入ヲ取ッテ打付ケテ然而オクレタル所ヲ勝ベシ亦捕者抔二行二灰ヲ帋(紙)二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンプクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドフスル也或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也一人密談シイタル二脇ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケケル二帋シカト包ミテ有リタル故却而不開ヲンブクノ如クナルノニテ面ヲ打タル故イヨ二相入気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立
読み
 仕物などに行きたる時其の者と物語などをして却って色にあらわさず さて 煙草盆を持ち出したらばその火入れを取って打ち付けて しかして臆くれたる所を勝つものだ 亦 捕りものなど行くに灰を紙に包みその灰の中に石を入れ オンブクの様にして持ち相手の面に打ちつくるとパッと開いて眼が眩むのである その所を捕えるのである 譬え開かずとも石を入れて打ちつくる故に顛倒するものである 或いはこの事を聞きくさし捕手の役に行く 密談にことよせ捕る仕組みである 一人密談したるに脇より紙に包み打ち付けけるに紙しかと包みありたる故却って開かず オンブクの如くなるのにて面を打ちたる故(イヨニ相入?)気ばりて取り急ぎたると 是伝を知らざる故に用に立たず
 オンブクについては判りません。ご存知の方はご教授ください。

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2018年8月11日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事3地獄捜

曽田本その1
6英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
3地獄捜
 闇リニ取籠リ者抔有ルトキノ心得也夫而已成ラズ惣而闇ニテ人ヲサガスノ術也刀ノ身ト鞘ト半分抜掛テ鐺ヲ以一面二マセ捜スベシ鐺二物之サワルヲ證二抜テ可突亦鞘口三寸計二切先ヲ残シ居ナガラ静カ二四方ヱ廻シテサクルベシ九尺四方何事モ知レ申
*
読み及び読み解く
 暗がりに取り籠り者などある時の心得である 夫れは已に出来ない 総じて暗がりで人を捜す術である 刀の身と鞘とを半分抜きかけて 鐺で一面に混ぜる様に捜すのである 鐺に物が触るのを証拠に抜いて突くのである 亦 鞘口三寸ばかりに切先を残してその場に居ながら静かに四方へ廻して探るのである 九尺四方何事も知れるものである
 今では、首を捻ってしまいそうですが、やって見ましょう。中々うまくできませんが下緒も上手に持たないと鞘だけ落ちてしまいます。
 もたもたやっていれば反対に突かれそうです。

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2018年8月10日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事3地獄捜

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
3地獄捜
 闇リニ取籠リ者抔有ルトキノ心得也夫而已成ラズ惣而闇ニテ人ヲサガスノ術也刀ノ身ト鞘ト半分抜掛テ鐺ヲ以一面二マセ捜スベシ鐺二物之サワルヲ證二抜テ可突亦鞘口三寸計二切先ヲ残シ居ナガラ静カニ四方ヱ廻シテサクルベシ九尺四方何事モ知レ申
読み
 暗闇に取り籠り者などある時の心得也 夫れ已にして成らず 惣じて闇にて人を捜すの術也 刀の身と鞘と半分抜きかけて 鐺を一面に混ぜ捜すべし 鐺に物の触るを證に 抜いて突くべし 亦 鞘口三寸ばかりに切先を残し 居ながら静かに四方へ廻して探るべし 九尺四方何事も知れ申す
 

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2018年8月 9日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその2

権力者を甘やかすのは何かその2 
 座蒲の上に腰を下します。曹洞宗陽谷山龍寶寺の今朝は風も無く、ほんの10分ほどの距離を歩いただけで、汗が噴き出て来ます。
 本堂にはエアコンも扇風機も無く、一口ポカリでも含みたい処ですが、持ち合わせなどあるわけもなく、其のまま座禅に入ります。
 
 「権力者を甘やかすのは何か」をアップしました処、慢心を戒める一文が送られてきました。
 常に前へ前へと向かって歩いて行きますと、途中で足踏みしている人を、知らず知らず追い越してしまう事もあるはずです。
*
 足踏みには大きく二つあります。
 一つは気持ちは前を向いて居ても、体が衰えて思うように動かないため、稽古をサボリだす足踏み。永年武道をやって来た人に多いですね。武道は頭と体によるものですから稽古を疎かにすれば忽ち衰えてしまいます。
 二つ目は、目指すものは居合であったのに、段位を登りつめ、組織でも顔を効かせられる様になると居合はそっちのけで、連盟の権威を背中に、権力を振り回し、己の立場を守ることだけに、気を入れるばかりになって稽古をサボりだす足踏み。是も武道を好む六十過ぎの古参の者に多いですね。
 「俺が一番、俺を批判し、俺の指示すること以外はやってはならない、まして俺の出来ない事を学ぶとは何事か」と、頭から湯気を立てて怒りだす驕りも哀れなものです。
 その上、自分の過去の幻の業績が通じると思う慢心が、「お前に何が解る、俺の立場になってからほざけ」と喚き、威圧しようとする。
 さて、その過去の業績。
 はて居合は40年程続けてきた様で長く続けることが唯一の業績でしょう。その他の実業では目ぼしいものは見当たらない。何か本を書いていたというのですが、すでに絶版となって何処からも手に入らない。再版するだけの要求もないのでしょう。
 この人はその時代と共に生きている事を否定してしまう、また普遍的なものを見つめずに独善的な解釈をすれば、唯の復古趣味の夢物語にしかならず定番にはなり得ないものです。
 このブログの参考に、なだいなだ著「権威と権力」―いうことをきかせる原理ときく原理ー、を傍らに置いています。この本は1974年昭和49年第1刷発行で2016年平成28年第53刷発行です。
 本人は書き続ける気力が失せたとか、書きたいことは書いたと云っている様ですが、居合同様に宗家の真似事の棒振りに終わり、資料を纏めたに過ぎず、思想的に生涯発信し続けるものをもたないので読み捨てになってしまい印象に残りません。発信する、是はすごいエネルギーを必要とします。
 そんな中で、居合だけは、40年もやって来たのでしょう。時が来れば昇段審査が受けられます、初段から最高段位迄に規定の年月を過ぎて昇段審査を受ければ、上がって行かれます。段位とそれに相応しい評価かは疑問ですが、長い事続けて最高段位がもらえたのでしょう。
 その居合も、目録を得た程度ですから、業を覚えて一人演武が出来るにすぎません。
 目標を持った稽古をしていませんから、老齢の者に往々にしてある体力と気力が失せて、どんどん廃ってしまいます。
 段位と自分の社会的価値を混同している人を見受けるのですが、ただ真似をしてきただけの人にそれは有り得ないでしょう。
 地位相当の立場を周囲に認めさせるのには、段位と門弟の数しかないと思ったのでしょう、実際に稽古に励む会員10名、休会と称する辞めてしまった水増し会員24名。一目で異常です。
 権威を背中に、権力があると錯覚した人生、やれやれ困ったものです。その権力に威嚇されて、間違っていても云う事を聞く哀れな人達、どれも困ったものです。
 送られてきた文章の一部をお見せしましょう。
 出典はMisterkei0918さんの「驕りや慢心は可能性を潰す」と言うブログです。

 「驕りや慢心は可能性を潰す


 焦りは周囲に配る心使いを失い、人心の安定を損なうものです。

 相手への思いやりや信念に基づかない怒りや憤りは、やがては自らの立場を失い、却って他人からの怒りや憤りを買うものです。そして驕りや慢心はやがてその人を破滅に追い込むようです。

 自分が優位な立場であろうとも、相手を無視した態度や行動はやがては優位性を失い、却って人間的に見下げられる始末になってしまいます。

 相手に利益をたとえもたらしたとしても、それで人心が買える訳ではなく、反対に信頼を損なっている事を覚えておいたほうが良さそうです。・・・・」

ーお送りいただいた文章の一部ですー

 どんな小さな集団でも永年トップに立つと、知らず知らず心に驕りがはびこってきます。

 弟子の慢心を戒める積りが己の慢心で自ら首を絞めて居る事になります。

 弟子が師に随うには、師としての光がありそれを学びたくて弟子となり、学んでも学んでも師も前を向いて歩いて行ってしまう。弟子を鏡に己を磨くのでいつまで経っても越えられない、これが理想的な関係です。

 

 弟子が師の域を超えた部分は師も見習って取り込む、それをより伸ばすために師としての手助けをする。夫れだけの人としての大きさが必要でしょう。

 弟子の慢心を戒められるのは、弟子が初心の頃にいつまで経ってもうまくならないのに、出来たつもりの思い上がりを諭すことぐらいの事が精一杯のことです。

 そして最もぶざまなのは、権威を背中に背負って、権力を嵩にして、俺の推薦が無ければ昇段は望めない、と、弟子に恭順を強いて威圧することで得る優越感を露わにすることです。

 段位などどうでもいい者には、何の脅しにもならないものです。

 いつまでも術理で弟子を圧倒できること、これは目的をもって修業を欠かさずにいなければ直ぐ越えられてしまいます。

 武術を己の生涯のものとして弟子を持った以上、譬え病や老齢の為に伏して動けなくなっても、何時如何なる変にも応じられる心を持たなければ、必ず越えていく弟子が現れます。

 

 土佐の居合の極意中の極意「神妙剣」を知ることなのでしょう。

 「神妙剣」など聞いた事も無い棒振り40年では、唯の老人体操に過ぎず、居合は健康保持のお役目しか果たせない、それでは無理な事です。

 座蒲の上で、30度を超えだす気温に、にじみ出る汗と共に「権力者を甘やかすのは何か」が、はっきり見えて来て、目標を得て大きく膨らみ、新しい方向を示し始めています。

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事2獅子王劔

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
2獅子王劔
 是ハ事(業)二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也此ノ習何ヨリモ肝要ナリ此備無キ時ハセキテ色二出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備恭シク而心大獅子王ノ如ク二有ル事
読み及び読み解く
 是は事(業)に非ず 我が心に大丈夫を備える事である この習いは何よりも肝要である この備えが無い時は 慌てて急ぎ色にでてしまうそれ故に暇乞いの類の術などを為す事は出来ない いつも十分に心に備えておくものである  姿恭しくして心大きく獅子王の様にあることである
・大丈夫
  立派な男、ますらお、危なげなくしっかりしている、間違いの無い様、確かなさま
・獅子王剱
 源平盛衰記にある、都を騒がせた鵺(ぬえ)を源頼政が退治し、天皇から賜った刀を云う
 この極意は業事では無い、決して不覚を取らないしっかりした自信に満ちている事が何よりも大切なことで、此の心が無ければ事に臨んで平常心を失い、顔に出てしまう。
 暇乞いの様な決して不覚を取ることの出来ない命を為す事は出来ない。常に大丈夫の心を備えておくものだ、と云います。
 姿は礼儀正しく凛として、心は大きく獅子王の様にある事である。
 獅子は獅子王剱の由来や、獅子舞や神社の狛犬などからライオンの強くたくましい様子は語り継がれていたものでしょう。
 

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2018年8月 8日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事2獅子王劔

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
2獅子王劔
 是ハ事二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也此ノ習何ヨリモ肝要ナリ此備無キ時ハセキテ色々出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備形恭シク而心大獅子王ノ如クニ有ル事
読み
 是は事(業)に非ず 我が心に大丈夫を備える事也 此の習い何よりも肝要也 この備え無き時は急きて色々出る故暇乞の類の術をも為す事ならず 常に能く心に備うべし 形ち恭しくして心大きく獅子王の如くにある事 

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2018年8月 7日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣6読み解く3極意ノ大事1暇乞

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
1暇乞
 仕物抔ヲ云付ラレタル時抔其者之所ヱ行テ四方山ノ咄抔ヲシテ其内二切ベシ隙無之トキハ我ガ刀ヲ取テ又近日ト立サマ二鐺ヲ以て突キ倒シ其侭引ヌイテ突也又ハ亭主我ヲ送テ出ルトキ其透間ヲ見テ鐺二而突タヲシテ其侭引ヌイテ突クベシ
読み及び読み解く
 仕物などを云いつけられた時など その者の所へ行きて四方山の話をして そのうちに切ろうとするのだがこの隙が無い時は 我が刀を取って「又近日」と立ち様に鐺を以って突き倒し 其の侭引き抜いて突くのである 又は 亭主が我を送って出る時 そのすき間を見て鐺にて突き倒し 其の侭引き抜いて突くのである
 この暇乞の極意を不意打ち騙し討ちで卑怯な行為と取るか考えて見たい処です。この一文は其処までやるかと思う平和ボケの反面、やらねばならない背景に身が引き締まる思いを持つかは、時代背景の中での人の生き様に有ります。
 たとえ親友であろうとも、上司より始末をして来いと云いつけられた場合仕損じる事は許されない。
 切腹及び御家断絶もあり得るものです。封建制度の根底にある身分制度のなせるものですが、その更に奥にあるものは先祖代々子々孫々に至るまでの安住を約束された主従関係が武士道精神を支えている事を忘れてはいけないと思います。
 その武士道精神の重圧を棚に上げて、人間性を解いてもそれは武士道精神とは別物であってキリスト教でも仏教でも同様に語られる、人を愛する心を元としたものなのです。
 兵法は大なり小なり、言葉はあまり気持ち良くないのですが、心に思う事があっても色に出さず、相手の不意を突くなり、隙を見せ裏を取ったり、騙し討ち、闇討ちによるものです。
 孫子も「兵は詭道なり」と正面切って述べています。この極意の大事の暇乞も一例に過ぎず狭義の正義感に捉われるものでも無いでしょう。
 正々堂々と「首を頂戴に上がった」と云って、双方外に出て、試合ってみても相手は我が隙を狙って打込むなり、我は誘いの隙を作って打ち込んで来る裏を返すものです。
 上段から何も考えずに真向に打ち込んでも相手の力量が劣れば請け太刀も成らずに打ち勝でしょう。なまじ受ければ居ついてしまうものです。筋を替って外して打ち勝てば素晴らしいというのか、卑怯と云うのか。
 真向打込む相手に我も真向に打ち込む合し打ちが正々堂々でしょうか。力量が供に判っている相手で双方命がけの一刀ならば良いのでしょうか。これとても一瞬の間が力量の差となって勝負を決してしまうはずです。
 暇乞の極意が不意打、騙し討ちによるものなので武道倫理に外れると解釈されたのか、奥居合の暇乞三本を正式な演武会で演じてはならないとの話を聞いています。
 極意ノ事の暇乞と業手附の暇乞を訳も分からず、文字面だけを見て混同しての事でしょうが、奥居合の暇乞は挨拶の際相手が抜刀して打込んで来るものを抜くなりに摺り落して打込む身を土壇にしての極意業です。
 或いは、敵の害意を察して機先を制し挨拶の体の下げ上げの動作に添った抜刀法でこの流の基本中の基本業と思うのですが、いかがでしょう。
 居合は何時如何なる変にも直ちに応じられる修行を心掛けるものでもあるのでしょう。それは人が生きている限りつきつけられるもので、生あるものの宿命でしょう。
 大きな心で「おおらか」に学ばずしては何も得られません。まして不勉強な師匠などによっては、先師の教えと称して誤り伝えて来るものです。武術は体育よりも知育が強く働かなければ唯の人殺しの稽古をする事に終わってしまう、死ぬまで修行であり進化するものでなければ大して意味あるものでは無いでしょう。
 極意ノ大事を終ります。
 
 
 

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2018年8月 6日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事1暇乞

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
1暇乞
 仕物抔ヲ云付ラレタル時抔其者之所ヱ行テ四方山ノ咄抔ヲシテ其内二切ベシ隙無之時ハ我ガ刀ヲ取テ又近日ト立サマ二鐺ヲ以テ突キ倒シ其侭引ヌイテ突也又ハ亭主我ヲ送テ出ルトキ其透間ヲ見テ鐺二而突タオシテ其侭引ヌイテ突クベシ
読み
 仕物抔を云いつけられたる時抔 其の者の所へ行きて四方山の話し抔をして其の内に切るべし 隙無きの時は我が刀を取って「又近日」と立ちさまに鐺をもって突き倒し其の侭引き抜いて突く也 又は亭主我を送って出る時 其の透間を見て鐺にて突き倒し其の侭引き抜いて突くべし
参考 
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 抜打上中下(暇乞三本)
格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時 等輩二対スル礼ノ時 目上ノ者二対スル礼ノ時
 谷村派第17代大江正路先生の奥居合立業の部〆の暇乞三本
 
 

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2018年8月 5日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事14十文字

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
14十文字
 敵ト打合スレバ輪ト成リ十ノ形トナル互二打ち合セタル所ハ是十ノ形チ也其十ノ形二成タル所二テ手ヲ取レバ勝也手ノ内輪ノ内十文字ハ別之事ナラス皆一ツ二唱ル事ナリ外ノ事二ハアラス拳ヲ取レト言事ノ教也
読み及び読み解く
 敵と打ち合いすれば輪となり十の形となる 互に打ち合わせたるところは 是十の形に成りたるところにて手を取れば勝つ也 手の内 輪の内 十文字は別のことならず 皆一つに唱える事也 外の事にはあらず拳を取れと云う事の教え也
 「手之内」は敵と戦って、刀で打って来るのを受けるのではなく刀を合わせた時には敵の拳に乗って突くものである。
 「輪之内」は打ち合えば輪にならないと云う事は無い、打って来る請けるの繰返しでは輪になってしまう其輪を外して勝つものだ。
 「十文字」は敵が打って来る時此方からも打ち懸ければ刀と刀が合う処で十文字と成る、請け太刀にならず十文字になった所で相手の刀に乗ると同時に拳を捉えていなければならない。
 従って「手之内・輪之内・十文字」は別々の心得では無く一つの事である。打ち合った時には拳を取っている事の教えである。
 この上意之大事の教えを理解出来なければ、根元之巻に云う処の「柄口六寸勝之妙」は得られるものでは無いでしょう。
 古伝神傳流秘書にある業手附の数々を学んで見なければ得られない事かも知れません。
 現代居合の無双直伝英信流や夢想神傳流の大家であっても、柄口六寸は他所事にしてしまう程の当流の極意なのです。
* 
 古伝における業の項目と業数を上げておきます。
居合及び仕組31本
・大森流之居合事11本
・英信流居合之事10本(抜打なし)
・太刀打之事10本
坂橋流之棒13本
・棒合5本
・太刀合之棒8本
重信流59本
・詰合10本
・大小詰8本
・大小立詰7本
・大剣取10本
・抜刀心持之事居業7本
・抜刀心持之事立業17本
夏原流和之事65本
・捕手和之事11本
・立合11本
・小具足11本
・後立合11本
・小具足割10本
・本手之移11本
以上合計168本
 このうち一人稽古の居合
・大森流居合之事11本
・英信流居合之事10本
・抜刀心持之事14本(大江先生の奥居合では20本)
合計44本(大江先生の居合50本

 無双直伝英信流を極めるには、居合だけでは単純計算で30%足らずの事しか稽古していない事になります。
 尚且つ奥居合と云われる抜刀心持を六段以上で無いと演武してはならないと云って碌に稽古させてもらえない、と云うより指導出来ない先生も多くあるとすれば、大森流と英信流の21本に過ぎず全業の12.5%にしかならないのです。
 中には、河野百錬先生の独創になる抜刀法11本を加えて稽古していますが、既存の業を合わせて立業に組み替えたにすぎず、下からの切り上げる、前敵逆刀と後敵逆刀位が真新しいものでしょう。
 是で、居合を25年だ40年やっていると言われても、特定の形(かたち)だけを続けても武術には程遠いものでしょう。
 前にも書いた記憶がありますが、失伝してしまった業手附は古伝神傳流秘書に残されています。
 しかし日本の国語教育は明治の手書き文章すら読めない日本人を育て、読めても武術用語の意味が解らない、まして動作を読み取ろうにも古人が当たり前としていた身体操作も失念しているのが生活習慣の違いからか現状です。
 見よう見まねで、独学の先生に習おうとしても、多くは思い込みの強い癖だらけでは正しい動作よりも癖が強調して見えてしまい、習う者が余程長けて居ませんと誤った習いばかりになってしまいます。
 たまたま、居合以外に竹刀剣道や柔術などを心得た先生が居ても、明治以降に総合武術が独立分解され、習わなくてもいい様な特殊技法が先行してしまいそれに時間を費やされてしまうものです。
 もっと簡単な「おおらか」なもので良い筈です。
 無双直伝英信流の根元は柄口六寸を自得する事に有ります。
 稽古法も「十段の師匠に習った通りに教えている」と威張って見てもたった2、30%のしかも自分に都合よく斬られて呉れる仮想敵相手の居合演武をやっているばかりの先生では、無理というものでしょう。
 組太刀で鍛えてあると云った所で申し合わせの形演武では形ばかりで武術にはなりそうにもありません。
 真剣を持っての演武にしても、武的な踊りを越えられないでしょう。「真剣の演舞」と聞いて素人の見物人や初心者を驚かすのがせいぜいです。大道芸よりもはるかに劣るし、殺陣師の演舞にも劣ります。
 この上意之大事にある手之内・輪之内・十文字で合刀(いわゆる請け太刀)一拍子で拳に勝つ業技法に至る事は難しいと思います。絶望的な気分に襲われます。
 然し、一人では得られない知識や術理は専門とする人達と集い、知恵を出し合って解決する事は可能です。
 それでも得られないものは、他流にも求めて行く探求心以外にないでしょう。
 「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰った全居連関東地区初代会長の名言が響いてきます。 
 今では、情けない事に「弟子たる者、わしが教えていない事をするとは何事ぞ」ではさっさとやめた方がいいでしょう。

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2018年8月 4日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事14十文字

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
14十文字
 敵ト打合スレバ輪ト成リ十ノ形トナル互二打合セタル所ハ是十ノ形チ也其十ノ形二成タル所ニテ手ヲ取レバ勝也手ノ内輪ノ内十文字ハ別之事ナラス皆一ツ二唱ル事ナリ外ノ事二ハアラス拳ヲ取レト言事ノ教也
読み
 敵と打ち合わすれば 輪となり 十の形となる 互に打ち合せたるところは是十の形に成りたるところにて 手を取れば勝也 手の内 輪の内 十文字は別の事ならず 皆一つに唱える事也 外の事にはあらず 拳を取れと言う事の教え也

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2018年8月 3日 (金)

権力者を甘やかすのは何かその1

段位のもたらす弊害
権力者を甘やかすのは何かその1
 
 日大アメリカンフットボール部の監督に指示され、対戦相手の選手を怪我をさせた不祥事が報道されていました。
 怪我をさせた当事者は、記者会見を行い己の非を述べていましたが、発端は監督やコーチからの脅しによるものです。
 言われたことを実行しなければ、今後の試合に選手として出してもらえない、卒業後の進路も閉ざされてしまう、そんな恐怖からやってはならない事をしてしまったのでしょう。
 暴力と制裁による威圧で思い通りする事は戦前の軍隊式と何ら変わらない、その様な悪弊が運動部に今でも日常の様に行われている典型でしょう。
 事件から何カ月も立っているのにようやく日大では、この監督とコーチを懲戒解雇する発表をしています。
 アマチュアボクシング連盟の会長の不法行為と独裁行為が、連盟会員300名余りから訴えられています。強化選手に与えられた強化費を他の選手にも均等に分けるよう指示して実行させた不法行為、試合での可笑しな判定、オリンピック選手の選定にも会長の一声で忖度を効かせる行為などによる様です。
 
 女子のレスリング協会でも、意に添わないと云ってオリンピック四連覇の伊調馨選手を爪はじきにし、練習場所さえ奪ってしまうなどの悪質なパワハラが問題になっています。これなど日本国民の思いなど無視した暴挙でしょう。
 
 同様の事はずっと前からあったのでしょう、今年になって大きな話題としてマスコミに取り上げられています。
 不当なしごきと、強化訓練とは紙一重であっても根底にあるものは全く違います。その団体の長の自己満足が優先して選手などの変わりは幾らでも居るという慢心がなせる、人としての程度の低いものです。
 夫々、状況は異なる様ですが、権力を手にした協会や連盟の会長、監督やコーチが選手を思い通りに動かして、悦に入っているとしか思えません。
 選手は、干されてしまってはどうにもならない圧迫感から、従わなければならない心理状況に追い込まれるのでしょう。
 このブログでも、昨年全剣連の居合道部での八段昇段審査の話で、受審者が審査員に大金を積んでいるコメントもありました。金で買った段位にどんな意味があるのでしょう。
 最高段位を得た者は箔が付いたと思い、弟子も増え、己の流派も連盟内で優位に立てると思うのでしょうか。取り巻きも「やんや」と褒めたたえるのもバカげています。
 全剣連の段位など無くとも、剣術流派の伝承を正しく伝える正統派ならば、スポーツ剣道の全剣連など不要でしょう。
 全剣連の居合の段位は古流剣術の皆伝とは言えそうにありません。現代の武的スポーツ演舞居合の段位に過ぎない筈です。それでも欲しがる者が居れば不正な行為もはびこるでしょう。
 流派の正しい伝承者である事を、流派の業を門外不出などと云っていないで積極的に明らかにすべき時期なのでしょう。
 所詮形ばかり出来ても流派の業は、形は真似られても足捌き体裁き迄その流のものになれなければ術が決まらないものです。本物は棒振りが上手くともそれだけでは古伝は伝わりません。そこが落とし穴となるのでしょう。
 スポーツの世界だけでは無くこのところ企業の不正が取り上げられています。
 名の知られた大企業の長年に渡る不法行為なども連続して表面化してきています。まだまだ表に出ない不祥事は根を張っている様です。
 三菱自動車、日産自動車、神戸製鋼、東芝などマスコミを騒がせ、株価もおかしくなり、組織形態も変わってきつつあるのも、戦後70年を過ぎても改善されない「上意下達」に甘んじる事が根底にあると思います。
 企業では、利益重視から法的基準を守らない話はよく聞きます。
 遠い昔のこと、行政に報告義務の有る有害物質の測定結果を通産に報告した處、是正を求められたことがあります。
 是正するのは当然の事ですが、この数値を改ざんして報告するのも企業人としての能力と私に嘯いた者もおりました。有害物質は作業員が毎日晒されていたものです。人間よりも企業優先です。
 日本の企業もスポーツ業界も、未だ戦前の「上意下達」の軍隊式風潮に乗ったまま浮遊しているのが実態でしょう。
 その方が上下共に間違いの無い事でしたら組織運営は楽な事は解ります。しかし往々にして不法行為やごまかしの要求です。あわせてトップの保身のための不法行為の要求です。それでは嘘だらけの事になってしまい、一つ間違えれば企業そのものが奈落の底に落ちてしまいます。
 上司の命令は絶対で、意見を述べたり批判などすれば干されてしまい、居る場所すら無くなるの恐怖は企業でも日常茶飯事に横行しているのでしょう。
 それは、敗戦から73年の今年を振り返れば、容易に気が付く事です、戦前の教育と赤紙による徴兵から軍隊式上意下達を徹底的に仕込まれた者が戦地から生き残って戻り、母校の運動部の監督になって20~30年軍隊式をもって指導して来ています。企業も同様です。
 次の代も戦前の軍隊式教育を受けており、戦地から戻ったバリバリの者にしごかれてすっかり上意下達が監督やコーチの特権と思い込んでいます。
 当然それを当たり前の様にして、指導とはそんなものと思って「上意下達」を推し進めて来たはずです。現在でもそんな風潮を良しとして早く上り詰めたがる者も周辺に大勢見渡せます。
 組織とはそういったものと摺り込まれた日本人は、頭を下げたまま苦節30年ようやく日の目が見られると顔は向いても心は別物の二重人格で育っていきます。そして同じ様に絶対君主の真似をしています。
 ようやく、それらの軍隊調の指導者が85歳を過ぎて年々お亡くなりになって消えて行っています。
 しかし、その上意下達の一方通行で育った者は企業であれ、運動部であれ議論し、お互いに知恵を出し合い「和する事」など、夢物語に過ぎず上位の者の嘘に過ぎませんでした。
 下位の者は、反対意見や、改善策など申し出れば疎んじられる、意に添わなくとも言われた通りにしてしまうのも軍隊式風潮が残っているのが日本の悲しい現実でしょう。特に男社会の古い組織にはこの間違いは根深そうです。
 敗戦後必死で一丸となって大きく伸びた日本が、此の處思想的にも文化や経済でも他国の後塵を至る所で浴びています。
 その大きな原因が軍隊式風潮の為せることである事に気が付かない人が多すぎます。突出して海外と肩を並べているのは過去の組織外の事々が目立ちます。
 組織的レベルは、単なる趣味の団体に過ぎず、何等社会的地位も権威も当然義務もおっていないのですが表向き5000名ぐらいの会員が居て、その下に支部がある武道団体の一支部の会長の権威をかさに、権力をもって勝手な振る舞いをする、上意下達の話です、ここからが本論です。
 長くなりましたので、ここからは次回にしましょう。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事13輪之内

曽田本その1
6.英信流目居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
13輪之内
 敵と打合ハスル二輪二ナラズト云事ナシ上ニテ打合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪トナル竪横皆同シ其輪ヲハツシテ勝ベシ
 読み及び読み解く
 敵と打ち合わするに輪とならずと云う事なし 上にて打ち合わせ亦下にて合えばすぐに輪となる 竪横皆同じ 其輪を外して勝ものである
 輪之内に相当する業名は古伝神傳流秘書には見当たりません。
 大森流居合之事・英信流居合之事・抜刀心持之事などの夢想神傳英信流居合兵法の居合では、仮想敵相手に、先・後の先によって刀を打ち合わせずに相手に抜き付けています。
 請け太刀となる居合の業は、限られます。
 大森流之事(正座之部)では陽進陰退(八重垣)・流刀(受流)・逆刀(附込)・勢中刀(月影)・抜打(抜打)でしょう。
 英信流居合之事(立膝之部)では、虎一足・抜打(真向)でしょう。
 抜刀心持之事(奥居合)では柄留(脛囲)・抜打上中下(暇乞その1・2・3)
 坂橋流棒之棒は棒同士であろうと太刀と棒であろうと打ち合います。
 仕組と云われた組太刀は打太刀、仕太刀による剣術の形ですから当然打ち合わせる事に  なります、然し打ち合うのは太刀打之事と詰合によって行われますが、大小詰・大小立詰では体術もしくは和を主体としたもので、刀を押える、あるいは抜かさないなどの攻防でしょう。
 大剣取は太刀と小太刀、あるいは太刀対太刀での攻防で、請け太刀となるのは水石・外石・栄月・山風・雷電でしょう。
 夏原流和之事は和其のものと云えます。
 居合は一方的な先制攻撃であろうと、後の先であろうと相手に先んじて抜き打つ、あるいは受け流し・請け払い・摺り落します。ここで云う処の輪を外して勝と云えるでしょう。
 組太刀では打ち合いが目立ちますがやはり輪を外して勝事を教えています。その事を理解できない人達はやたら力強い打ち合いを好んでいます、これはただのチャンバラに過ぎません。弱々しく打ち合えば殺陣の演舞に劣るものです。
 古伝神傳流秘書に書かれている順番に従って稽古を積んで行きますと小太刀による攻防に容易に耐えられるものであり、無刀の世界へ導かれて行くことが良く理解で来ます。
 上意之大事輪之内の「・・其の輪を外して勝べし」が全てを語っている様です。現代竹刀剣道や居合及びその組太刀が直線運動の攻防によって早くて強い動作のみを要求する様な錯覚に陥りますが、刀を触れ合わず筋を替って緩やかに勝つ武術を求めて組み立てられている夢想神傳英信流居合兵法、現代で云うところの無双直伝英信流、夢想神傳流の根元を修業して行きたいものです。
 足・腰・肩を痛め剣すら持てない様な稽古は、年を取って使い物にならない棒振りの稽古は武術とは言えません。
 人は死ぬまで、上達し続ける武術を学び、武術から生きる喜びを味わえる人でありたいものです。
 

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2018年8月 2日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事13輪之内

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
13輪之内
 敵ト打合ハスル二輪二ナラズト云事ナシ上ニテ打合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪ト成ル竪横皆同之其輪ヲハツシテ勝ベシ
読み
 敵と打ち合わするに輪にならずと云うことなし 上にて打ち合わせ 亦 下にて合えばすぐに輪と成る 竪横皆同じ其の輪を外して勝べし
参考
 古伝神傳流秘書にはこの業名も、教えも見当たりません。

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2018年8月 1日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事12手之内

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
12手之内
 敵ト刀ヲ打合ハスル二合刀セズト云事ナシ其合刀シタル所二而敵之拳ヲ押へて突クベシ
 読み及び読み解く
 敵と刀を打ち合わするに 刀を合わせずと云う事なし 其の刀を合わせたる所にて敵の拳を押さえて突くべし
 この心得に相当する無双直伝英信流の居合及び仕組(組太刀)を思い描くのですが「刀を合わせたる所にて敵の拳を押さへて突」ような業技法が思い描けません。
 「刀を合わす」とすると普通は、真向に打ち込まれれば「請け太刀」になってから、はじいて打込む、摺落して打込む、受け流して打込む、あるいは受けずに筋を替って避けて打込むなどでしょう。
 ここでの要求は「相手の打込みを受けた時には相手の拳に我が太刀が打ち込まれそのまま突くのだ」と云っているのです。
 「手之内」「と云いますから、柄の握りやその締め緩め、あるいは複雑な操作を心得ろと居合や竹刀剣道では思い描きそうですが、そんな初歩的な事でもない教えと云えます。
 新陰流には「合し打ち・和卜・一刀両断・斬釘截鉄」など古流剣術にはいくつか、この上意之大事に答えられる極意業が存在します。
 一刀流の「斬り落し」などもその一つでしょう。
 実際やって見ても、形は出来ても術にならず、相手の太刀を斬り落せても突きに至れずでなまじの稽古では、極意は見えてこないものです。
 柳生新陰流の和卜について「足腰の力で僅かに太刀を沈めて、打って来る相手の太刀を打ち落すだけであるが、習得が難しい。『月の抄と尾張柳生』には「古来の伝として、和卜の形一本をもって百本にまさると言われている」とある。(2007年発行赤羽根龍夫著「江戸武士の身体操作柳生新陰流を学ぶ」より)と書かれています。
 相手太刀を斬り落した時には我が太刀は相手の拳に乗って斬り進み胸に突き込まれているわけです。
 第九代林六大夫守政の剣術の師匠が真陰流の大森六郎左衛門と古伝神傳流秘書の大森流居合之事の前書きに有ります。上泉伊勢守信綱の古流五本の形があったが守政先生限りで絶え・・ですから新陰流の三学円の太刀五本の一刀両断を思い描きます。
 英信流居合目録秘訣を読み進みますと、第九代林六大夫守政は無双神傳英信流居合兵法を第8代荒井勢哲、又は第7代長谷川英信に手ほどきを受けたか、そのどちらかの江戸での弟子の手解きだったか、神傳流秘書に書き残せるだけの力量を身に着け、剣術は大森六郎左衛門の手ほどきを受けたのでしょう。
 其の心得は随所に垣間見られますが、合体させるだけのものには至れなかった、次代の方々は居合にのめり込むばかりで、林六大夫の神傳流秘書にある総合武術に達する事は出来なかった様に思えてきました。
 しかし、業技法の伝承は失われたとしても、この古伝が残されていただけ、無双直伝英信流を学ぶものとしては幸いだったと痛感しています。
 

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