« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »

2018年10月

2018年10月31日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く24多勢一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
24、多勢一人之事
 敵多勢我一人ノ時ハ地利ヲ第一と心得可シ地利アシクハ敵ヲ前一面二ウクベシハタラキ心得ハ我左ノ方ノ敵ヲ目當二タゝカウ可シ敵後ヘ廻ラバ我モ左ノ敵二付後へ廻ルベシ真中二取籠ラレバ走リ二グ可シ敵一度二来ヌモノ也其間二先立来ル敵ヲ打ツ可シ幾度モニゲテハ打二スベシ
読み及び読み解く
 多勢に一人で戦う時の心得になります。その時、先ず地の利を第一と心得るのである。居合兵法極意巻秘訣では極意の心得が述べられてきました。地利には、自然現象もあると広義に解釈すべきでしょう。此処で振り返っておきます。
1、日を背に受ける
2、月を背にする
3、闇夜は身を沈める
4、風を背に受ける
5、雨の時は頭を垂れ、上段に構え敵を仰のかせる
6、雪の時は動かず敵の来るのを待つ
7、寒い時は生姜を口に含む
8、稲光を背に受ける
9、間が遠ければ敵の来るのを待つ
10、山坂では高い方に居る
11、細道では敵を前に受ける
12、逃げ道の無いところでは地利を計る
13、大道では敵を前面に受ける
14、山川岸堤踏石戸壁障子の類は我が右の脇に受ける
15、山川池沼深田石原草原下がりたる地では右に受ける
16、平地ちかければ飛び下り敵を足場の悪い所に置く
17、築地塀を右に受ける
18、野町では敵の足を薙ぐ
19、門戸を隔て敵多勢我一人、身を開いて居る
20、戸障子の有る方に敵が居る敵の構えを知り無形で応ずる
21、茂みでは逃げるフリをして敵を茂みから引き出す
 地利が悪い場合は敵を前一面に受ける様にして、戦う心得は、我の左の方の敵を目当てにして戦うのである。
 敵が後ろに廻り込んで来ようとするならば、我も左の敵に付けながら多敵の後に廻り込む要領で常に前面に敵を受けるように心得る。
 「敵後ろへ廻らば我も左の敵に付き後ろへ廻るべし」は、敵に後ろに廻られたらば、ではなく、敵の動きを察して応じるべきものでしょう。
 我は後ろに廻り込まれて真中に取り籠られたならば、左の敵を攻めている筈で取籠められた筈ですから、その隙を見つけて即座に走り逃げる。敵は一斉に追っては来れないもので、追いついて来た者を斬り、亦逃げ追いつかれたら斬るを繰り返し敵を崩してしまう。
武蔵は五輪書の水之巻で「多敵のくらいの事」で多敵との戦い方を述べています。
 「我が刀脇差を抜きて、左右ひろく太刀を横にすてゝかまゆる也。 敵は四方よりかゝるとも一方へおいまわす心也・・敵を一重に魚繋ぎに追いなす心にしかけて、敵のかさなると見へば其儘間をすかさず強くはらいこむべし、敵あいこむ所ひたと追い廻しぬれば はかのゆきがたし、又敵の出づるかたかたと思へば待つ心ありてはかゆきがたし。敵の拍子をうけてくづるゝ所をしり勝事也・・」(宮本武蔵著、渡辺一郎校注「五輪書」より抜粋)
 

| | コメント (0)

2018年10月30日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文24多勢一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
24、多勢一人之事
 敵多勢我一人ノ時ハ地利ヲ第一ト心得可シ地利アシクハ敵ヲ前一面二ウクベシハタラキ心得ハ我左ノ方ノ敵ヲ目當ニタゝカウ可シ敵後へ廻ラバ我モ左ノ敵二付後へ廻ルベシ真中二取籠ラレバ走リ二グ可シ敵一度二来ヌモノ也其間二先立来ル敵ヲ打ツ可シ幾度モニゲテハ打二ス可シ
読み
 敵は多勢我は一人の時は 地の利を第一と心得るべし 地利悪しくば敵を前一面に受くべし 働き心得は我が左の方の敵を目当に戦うべし 敵が後ろへ廻らば我も左の敵に付き後ろへ廻るべし 真中に取り籠らば走り逃ぐべし 敵は一度に来ぬものなり その間に先立ち来る敵を打つべし 幾度も逃げては打つにすべし

| | コメント (0)

2018年10月29日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く23一人大勢之事

曽田本その1
7.居合兵法極巻秘訣読み解く
23、一人大勢之事
 敵一人味方大勢ノ時ハ前後左右より取リマワシ打ツベシ
読み及び読み解く
 敵は一人で味方は大勢の時は、前後左右より取り廻して打つのである。「前後左右より取り廻し」は前後左右より取り囲む、取り籠める、とも違うのか首を捻る所です。
 次回に、我一人敵大勢の逆の状況の極意があります。その場合は取籠められた場合は、「走り逃ぐべし」と教えています。逃げるには相手が留まって隙が必要です。或は個々の場取りが不十分で、動きもまちまちで隙が出来る、其処を逃げる事になろうかと思います。
 ここでは、取り籠めるよりも、「取りまわし」逃げる隙を与えないか、取り籠めるや即座に斬るべきでしょう。

| | コメント (0)

2018年10月28日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣23一人大勢之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
23、一人大勢之事
 敵一人味方大勢ノ時ハ前後左右ヨリ取リマワシ打ツベシ
読み
 敵は一人味方は大勢の時は 前後左右より取り廻し打つべし

| | コメント (0)

2018年10月27日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く22二人一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
22、二人一人之事
 敵二人我ハ一人ニテ仕合時ハ二人ノ敵ヲ向二ウケテ右方ノ敵二掛ルべし気色ヲ見セテ左ノ敵ヲ立廻スベシ右ノ方ノ敵後ヱ廻ル時脇ヘ開キテ左ノ敵ヲ打ツベシ心得ナリハタラキワソノ時二有ベシ
読み及び読み解く
 我は一人で二人の敵を相手にする時の心得ですが、文章の表現が不十分なのか状況が明確に浮んで来ないのには困りました。
 敵が二人で我は一人で仕合う時は、二人の敵を正面に受けて、右方の敵に懸かっていく気色を見せながら左の敵を立ち廻すのである。
 この「左の敵を立廻すべし」の解釈ですが、我が右の敵を切る様な素振りなので、隙あらば切らんと様子をうかがっている左の敵の隙に付け込んで、我は斬り込むのですからあわてて「立ち惑う」とでも読めばよいかも知れません。
 次の文章「右の方の敵後へ廻る時」は、新たな状況を述べているのか、右方の敵に斬りかかって来るかと思って身構えた所、左の敵に反転され、其の間に我が後ろに廻らんとするのか抜けだらけで読み切れません。
 どちらにしても、右の方の敵が我が後ろに廻る時は、左の脇へ開いて左の敵を打つのが、二人の敵を相手にした時の心得である。
 左の敵を追い立てて打てば、右の敵は其れに連れて後ろへ廻り込もうとするので反転して右の敵に斬り込む、
 どの様な、体捌き、運剣かはその時の状況次第だ、と云い切っています。
 英信流居合目録秘訣における外之物ノ大事の行連や連達、上意之大事の両詰、三角、四角などで学んだ事が基本の動作に活かせればよいのでしょう。
 現代居合の奥居合居業の戸詰、戸脇や奥居合立業の行連、連達を思い浮かべる処でしょう。
*
 柳生新陰流の天狗抄に「二人懸り」があります。左右から詰めかけられた場合、二人の敵を同時に見える様に下がって、右の敵を追い込んで、即座に左の敵に打ち込み、反転して右の敵に打ち込みます。
 

| | コメント (0)

2018年10月26日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文22二人一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
22、二人一人之事
 敵二人我ハ一人ニテ仕合時ハ二人ノ敵ヲ向二ウケテ右方ノ敵二掛ルベシ気色ヲ見セテ左敵ヲ立廻スベシ右ノ方ノ敵後ヱ廻ル時脇へ開キテ左ノ敵ヲ打ツベシ心得ナリハタラキワソノ時二有ルベシ
読み
 敵二人 我は一人にて仕合う時は 二人の敵を向こうに受けて 右方の敵に掛かるべし(き)気色を見せて左の敵を立ち廻すべし 右の方の敵が後ろへ廻る時は脇へ開きて左の敵を打つべし(き)心得なり 働きは其の時に有るべし

| | コメント (0)

2018年10月25日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く21森林之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
21、森林之事
 惣躰繁ミノ中ニテ太刀刀ニテ打ハアシゝ見合突可シ木枝ニテ眼突カヌ心得有ル可シ木ノ根二爪ツク事アリ心得ベシニゲルフリシテ敵ヲ引出スベシ
読み及び読み解く
 そうたい、茂みの中にて太刀刀にて打つは悪しゝ 見合うや突くべし 木の枝にて眼を突かぬ心得を持つべきである 木の根に躓く事有り 心得るべきものである 逃げる振りをして敵を引き出すのである
 ここでも敵と見合うや突くとか、木の枝で眼を突かない心得とか、木の根に躓かない心得とかはどの様にするのか現代人には即座に思い出せないものです。古伝は、当然知っているだろうと思うのか何も語ってくれません。それとも口伝口授があったのでしょうか、判りません。
 逃げる振りをして逃げて敵を誘き出すなど、敵は容易に乗ってくれるか疑問ですが、本気で稽古して見れば答えはあるのかも知れません。
 

| | コメント (0)

2018年10月24日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文21森林之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
21、森林之事
 惣躰繁ミノ中ニテ太刀刀ニテ打ハアシゝ見合突可シ木枝ニテ目突カヌ心得有ル可シ木ノ根二爪ツク事アリ心得ベシニゲルフリヲシテ敵ヲ引出スベシ
読み
 そうたい茂みの中にて太刀刀にて打ち合うは悪しゝ 見合うと突くべし 木の枝にて眼を突かぬ心得あるべし 木の根に躓く事有り心得るべし 逃げる振りをして敵を引き出すべし

| | コメント (0)

2018年10月23日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く20戸壁障子之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
20、戸壁障子之事
 戸壁障子ノ有方二敵居時我左之方二居レバ敵ノ太刀刀ハ上段二構テ切ト知ルベシ若シ中段ナラバ突心得ト計ッテ我ハ前二引提構テ出ベキ也亦敵我カ右ノ方二居ルハ太刀刀中段ニテナグト心得ベシ若シ上段ナラバ打心得ト知ッテ身ヲシヅメ前二引サゲ出フ(出アフ)ヨシ大方シカケ知ルゝ物也能心得可シ
読み及び読み解く
 極意の4項目目の「風吹之事」では風を背に受けて働き、家の内ならば壁を後か右に受けて戦うのでした。然し戸障子の場合は後ろに受けてはいけない、何故ならば人が其処から来るかも知れない。というのでした。
 今回の極意はその居るべきでない戸壁障子の内の壁はともかく、戸障子の有る方に敵が居るのです。
 ここは壁の前に敵が居る、あるいは戸障子の向こうに人が居ない想定とすればよいのでしょう。
 この辺りの展開の仕方はどうもスッキリしませんが「老父物語を書付置く久しき事故失念之事多しあらましこの如く覚え候儘記し申すなり」の書き出しを以って「おおらか」に読み解いていきます。
 戸壁障子の有る方に敵が居る時、ですが戸・壁・障子の順に有る様な部屋を想定して見れば敵は良い場取りをしたかも知れません。「我は其の時左の方に居れば」、は、敵の左であれば我は場の右方向、敵の右であれば場の左方向です。
 この辺の書きつけ方に法則を持っていない様な土佐の居合ですから、此処では敵の左としてみましょう。
 敵は上段二太刀を構えて切ると知れる、若し中段ならば突くと思え、其の時我は刀を前に引っ提げて構えて出るべきである。敵は上段、若しくは中段ですから我は下段に構える事、あるいは引っ提げですから無形にて進めということでしょう。
 そこで、間に入った時、敵は上段ならば、何処をどの様に切って来るのか、中段ならば突いて来るわけです。
 我は無形ですから真向に斬り下ろされる、又は胸を突いて来られるのでしょう。状況に応じて戦うのでしょう。
 次の「亦、敵は我が右の方に居るならば太刀刀中段にてなぐと心得べし」との文章ですから、我も敵の右方に居る事になります。双方右斜めに位置すると読めます。
 その時敵は中段に構えて横に薙ぎる(撲る?)と心得なさい、若し敵が上段ならば「打つ」は打ち下ろすと心得て、身を低くして刀を前に引っ提げ(下段もしくは無形)て出合うのが良い。 大方の敵の仕掛けは知れるものである、よく心得ておくものである。
 極意ですから口伝口授があったかも知れませんが、この覚書では抜けだらけでよく解りません。双方で色々工夫して場を考慮し、双方の立ち位置をもって「なる程」に至れば良いのですが当時もその後も現在まで誰も研究した気配が感じられません。
 現代居合や、竹刀剣道だけで育った者では答えられそうにありません。

| | コメント (0)

2018年10月22日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文20戸壁障子之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
20、戸壁障子之事
 戸壁障子ノ有方二敵居時我左之方二居レバ敵ノ太刀刀ハ上段二カマエテ切ト知ルベシ若シ中段ナラバ突心得ト計ッテ我ハ前二引提構テ出ベキ也亦敵我カ右ノ方二居ルハ太刀刀中段ニテナグト心得ベシ若シ上段ナラバ打心得ト知ッテ身ヲシヅメ前二引サゲ出(ア)フヨシ大方シカケ知ルゝ物也能心得可シ
 読み
 戸障子の有る方に敵居る時 我は左の方に居れば 敵の太刀刀は上段に構えて切ると知るべし 若し中段ならば突く心得とはかって我は前に引っ提げ構えて出ずべきなり 亦 敵我が右の方に居るは太刀刀中段にしてなぐる(撲る・薙ぐる)と心得べし 若し上段ならば打つ心得と知って身を沈め前に引っ提げ出合うよし 大方仕掛け知るゝもの也 能く心得るべし

| | コメント (0)

2018年10月21日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く19隔門戸事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
19、隔門戸事
 敵多勢我一人ノ時ハ利有敵多勢有共我ヲカコミテ打事ナラズ油断スレバ敵他所ヨリ廻リ来ル事有故二身ヲ開テ居ルベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えも呼称と教えがつながってくれません。「隔門戸事」ですから「門戸を隔てる事」が読み下しでしょう。
 敵は多勢で我は一人の時は利は有る 敵は多勢であれども我を囲みて打つ事ならず、はどういう状況でしょう。
 衆を頼みの敵ならば、誰か一太刀を浴びせてくれないかとうろうろするからでしょうか。それとも我に打ち込まれる隙が見いだせないからでしょうか。現代でも刀での勝負は無くとも会議などではよく目にする光景です。特にここは原文からは読めませんので想像にお任せします。
 誰も我に掛って来ないけれど、油断して目先ばかりに注目していると敵は思わぬ所から来ることがある、だから門戸などから離れた場所に足場を置く事だよとも言っている様にも思えます。
 そこで、我は一方ばかりに着目せずに身を大きく開いて前後左右に気を配る事なのでしょうか。
 抜けだらけの極意の教えですが消化不良です。
 第6代林6大夫守政は、宮本武蔵の「卍石甲二刀至極の伝来守政先生限にて絶」と古伝神傳流秘書の大森流居合之事の書き出しに有りました。柳生新陰流にも尾張柳生には武蔵の圓明流が伝わっていますので、武蔵の教えは聞き及んでいるかも知れません。
 武蔵が没してから既に100年以上後の事です。
 武蔵の五輪書水之巻「多敵のくらいの事」(宮本武蔵著渡辺一郎校注)
 「多敵のくらいといふは、一身にして大勢とたたかふ時の事也。我刀わきざしをぬきて、左右へひろく、太刀を横にすてゝかまゆる也。敵は四方よりかゝるとも、一方へおいまはす心也。敵かゝるくらい、前後を見分けて、先へすゝむものに、はやくゆきあい、大きに目をつけて、敵打出すくらいを得て、右の太刀も左の太刀も、一度にふりちがへて、待つ事悪しし。はやく両脇のくらいにかまへ、敵の出でたる所を、つよくきりこみ、おつくづして、其儘又敵の出でたる方へかゝり、ふりくづす心也。いかにもして、敵をひとへにうをつなぎにおいなす心にしかけて、敵のかさなると見へば、其侭間をすかさず、強くはらいこむべし。敵あいこむ所、ひたとおいまはしぬれば、はかのゆきがたし。又敵の出づるかたかたと思へば、待つこころありて、はかゆきがたし。敵の拍子をうけて、くづるゝ所をしり、勝つ事也。折々あい手を余多よせ、おいこみつけて、其心を得れば、一人の敵も、十二十の敵も、心安き事也。能々稽古して吟味有るべき也。」
 

| | コメント (0)

2018年10月20日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文19隔門戸事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
19、隔門戸事
 敵多勢我一人ノ時ハ利有敵多勢有共我ヲカコミテ打事ナラズ油断スレバ敵他所ヨリ廻リ来ル事有故二身ヲ開テ居ルベシ
読み
 門戸隔てる事
 敵は多勢で我は一人の時は利がある 多勢であるとも我を囲みて打つ事ならず 油断すれば敵は他の所より廻り来ることあり 身を開いているべし
 

| | コメント (0)

2018年10月19日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く18野町撃之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
18、野町撃之事
 この極意の呼称も読み方がスッキリ読めません。「野や町で撃つの事」と云った意味合いの呼称です。
 野二テハ先敵ノ足ヲ切ル心吉シ町二テハ敵ノ首ヲ切心ヨシ野ニテ足ヲ切レハ働キ成ラス聲ヲ出ストイエドモ人家遠ク助勢無キモノ也町ニテモ野ニテモ足ヲ切レバ追来ル事ナラス色々心得有ベシ
読み及び読み解く
 野や町にて之を撃つ事
 野にて戦う時は先ず敵の足を切る心得が良い 町にては敵の首を切るのが良い 野にて足を切れば働くことが出来ない 聲を出しても人家遠く助勢無きものである 町にても野にても足を切れば追いすがって来る事は出来ない 色々心得有る事がたいせつである
 野では敵の足を切り、町では敵の首を切るの何故は、野では人家が遠ければ助けに来る者が無いので良いそうです。町では首を切れと云うのは、足を切ったのでは声を張り上げ助勢を求められるからでしょうか。
 次に云う事が可笑しいもので、町でも野でも足を切れば敵は追い懸けて来る事は出来無いよ、いろいろ心得を考えなさいと云うのでしょう。
 この辺の極意を読んでいますと、古伝は「おおらか」で良いなと思うのですが、この流の発生はともかく、伝承されてきたのが武士と百姓の間にある人達によって引き継がれたことが浮かんできます。
 厳格な仕来たりの中での極意と違い、長閑なそれでいて、状況次第に自由に応じる庶民の武術を思い描きます。
 もともと、武術は戦場に連れて行かれた庶民が、生き残り国に帰れる最も大切な術であったかも知れません。
 戦国時代が過ぎて徳川政権となっても、失業した浪人達は帰る家も土地も無く、盗賊になったりそれを守るものになったりお殿様の剣術ではない命がけのものが必要だったのでしょう。
 それも過ぎて平和な時代における武術の心得はドンドン心の有り様に転化していったはずです。
 それはお殿様剣術に近いものになって行ったはずです。明治以降の庶民は今度は個人の剣術から、術はともかく集団で闘う術を身に着けさせられてきたはずです。それは号令によって一糸乱れず斬り込んで行く「あれ」だったでしょう。
 今でも、時代錯誤の道場では、手拍子で一斉に刀を抜き、同じ形が出来るまで稽古させられているはずです。少しでも本物の剣術を目指す者は異端児となってしまうのです。
 
 
 

| | コメント (0)

2018年10月18日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文18野町撃之事

曽田本その1
7居合兵法極意巻秘訣原文
18、野町撃之事
 野二テハ先敵ノ足ヲ切ル心吉シ町二テハ敵ノ首ヲ切ル心ヨシ野ニテ足ヲ切レハ働キ成ラス聲ヲ出ストイエドモ人家遠ク助勢無キモノ也町ニテモ野ニテモ足ヲ切レバ追来ル事ナラス色々心得有ベシ
読み
 野町にて之を撃つ事
 野にては先ず敵の足を切る心が良い 町にては敵の首を切る心が良い 野にて足を切れば働きならず 聲を出すと云えども人家遠く助勢無きもの也 町にても野にても足を切れば追い来る事は成らない

| | コメント (0)

2018年10月17日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルべし第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四二功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
読み及び読み解く
 築地を右側に受けて行べきで、人の中に居たのでは働きは自由に成らない、人と離れて居る様にするのである。
 第一に進み易い、第二に兵器の術が自由にできる、第三に敵の矢を防ぐに有利である、第四に功名紛れなく能く人に見える物であるこれが心得第一である。
 ここでは城に攻め入った時の心得を述べているのでしょう。築地塀を右にして進めと云うのは、前項以前からの教えで孫子の兵法に則ったものでしょう。
 その利点は、人に混じっていたのでは自由に働くことが出来ないので、離れて進めと云うのです。
 第一は進み易い、それはそうかもしれませんが障害物を右にして進むには我と同じ考えの者が幾人も居るとかえって進みずらい事もしばしばです。
 第二に兵器の術自由也です。兵器は槍、薙刀、刀、あるいは弓、鉄砲その他何かあるでしょう。先陣を自由に進める地位の者にしか許されないもので足軽雑兵では咎められそうです。
 第三は敵の矢を防ぐに良いと云います、この教えが書かれた時期が1700年中期ですし、学ぶ者もそれ以降です。いたずらに築地の脇を一人で進めば鉄砲で狙いやすいものでしょう。
 第四は単独行動の我が功名が特定できるので一番だと云います。
 戦闘の状況によっては、個人の行動と考えずに、我が率いる集団で考える事も出来る行為とも考えられます。
 個人では、村を襲って来る盗賊などとの戦いなどに使えそうです。
 現代では、人殺しの戦争と考えずに、企業活動の中での他社より有利になる作戦に取り入れる事など考えて見れば、これらの居合兵法極意秘訣も面白いものです。これは、大昔の戦争の場面位に思って流してしまうのではもったいないかも知れません。
 武術はマニュアル通りにやれば利を得る事も出来ますが、それは自分より修練の足らない者には有効であっても、同等若しくはそれ以上の者には一向に術にならないものです。
 形(マニュアル)を越えていく修錬は自分で身に着ける以外に有りません。教えられた極意はマニュアルを越えてはいない筈です。
 
 

| | コメント (0)

2018年10月16日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルベシ第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四ニ功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
 城乗之事(しろのりのこと)
 築地を右に受くべし 人の中にては働き自由に成らず 離れて居るべし 第一進み易し 第二兵器の術自由也 第三敵の矢を防ぐ徳有り 第四に功名紛れなく能く(良く)人々見るもの也

| | コメント (0)

2018年10月15日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地へ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下へオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えも、項目の呼称が意味不明で読み切れません。「楷石壇之事」ですから、石段の法則の事とでも読めばいいのかも知れません。然し原文との関連を考えると全く手に負えないので困ってしまいます。
 取り敢えず読んでみます。
 我の位置は高みであるが、平地に近く位置するならば平地へ飛び下り、敵を高みに置くのが良い。
* 
 何故平地が我の位置する高みに近いなら、平地に飛び下りた方がよいのか説明は有りません。平地に飛び下り追って来る敵も飛び下りれば足場の良い所で待ち受けて打つのでしょうか。
 敵を足場の悪い高みに残し疲れるのを待って打つのでしょうか。
 或いは、我は高みから飛び降りて平地に居る敵を高みに追い上げるとも、一緒に高みに居たのだが我のみ飛び下りたのか解らない所です。
 読み進みますと、「平地遠くば敵を下に下ろし我上に戻るべし」ですから敵と共に高みに居て足場が悪かったのでしょう、折角飛び下りたのに上に登り直せと云います。
 それでも疑問は「上る所を打つべし」です。敵も一緒に飛び下りて一緒に上がる際に打てと云うのでしょうか。
 それとも上に居たままの敵を下から上がりながら打つのでしょうか。
 下に一緒に飛び下りた敵が我が上がったので追いすがって来る処を打つのでしょうか。
 古伝の問題点は、文章に抜けがあって読み切れない所に問題があります。当時は当たり前の動作であっても現代では理解不能という事も度々あったものです。ここは解らないので決めつけずに置きます。
 

| | コメント (0)

2018年10月14日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文16楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
16、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地ヘ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下ヘオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み
楷石壇之事(石段の法則の事?)
 我れ 平地へ近ければ平地へ飛び下り 敵を高みに置くべし 平地遠ければ敵を下へ下し我れ上に戻るべし (敵?)上る所を打つべし
 

| | コメント (0)

2018年10月13日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ懸引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えの呼称は「後用捨之事」は漢文調に読めば「後ろを用いるは之を捨てる事」或は「後ろを用捨の事」でしょう。そのまま読めば「ごようしゃのこと」表題からは意味を読み取れません。
 山川、池沼、深田、石原、草原、後下がりの土地、是等は皆どれも後にして戦ってはならない。
 懸り行くにも、退くにも自由にならず、思わぬ負けをする。難所を後に受けたならば左へ身を開くべきである。
 文章通り読めば後ろに難所を受けたならば左に向きをかえろと云っています。そうすると今まで嫌っていた、左に障害を受ける事になってしまいます。
 前項の「脇道之事」にあった様に「山川岸堤踏石戸壁障子の類は何れも我が右の脇に受くべし」と逆となってしまいます。
 左右の文字の書き違い、思い違いによるものか、左右の逆も又同然と解するのか、机上では判断しかねるところでしょう。
 ここは、「左へ身を開くべし」を「左身となる」とすれば右に難所を受け、敵を左に受けることとなります。
 宮本武蔵は五輪書火之巻
 「扨戦になりて敵を追廻す事我が左の方へ追廻す事、我左の方へ追ひまわす心難所を敵のうしろにさせいづれにても難所へ追掛くる事肝要也。
 難所にて敵に場を見せずといひて敵に顔をふらせず油断なくせりつむる心也。
 座敷にても敷居鴨居戸障子縁など亦柱などの方へ追ひつむるにも場をみせずといふ事同前也。
 いづれも敵を追懸くる方足場のわるき所亦は脇にかまい有る所いづれも場の徳を用ゐて場のかちを得るといふ心専にして能々吟味し鍛錬有るべきもの也」と云っています。
 五輪書は宮本武蔵が正保二年1645年に書いたとされています。
 第九代林六大夫が五輪書を読めたかどうかは疑問です、武蔵も孫子の兵法は読んでいると随所に其れを感じます。
 柳生但馬の兵法家伝書も孫子の兵法は読みこなしているようです。
 英信流居合居合目録秘訣は明和元年1764年頃の書き付けですから、是等の伝書は見れなくとも伝え聞く事もあったでしょうし、孫子の兵法などはよく読まれていた筈です。
 但しすでに徳川政権となって最後の大きな戦いは島原の乱であって寛永14年1637年に起こっています。それから127年も後の事ですから、実戦経験者も既に無く机上の孫子の兵法が虎の巻きであったことは否めません。
 
 

| | コメント (0)

2018年10月12日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ駆引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み
 後用捨之事(ごようしゃのこと?、うしろ用捨(ようしゃ)の事)
 山川 池沼 深田 石原 草原 後下がりたる地 皆々後ろにすべからず 駆け引き不自由也 思わぬ負けあり 難所を後に受けば 左に身を開くべし

| | コメント (0)

2018年10月11日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
 読み及び読み解く
 やま 川岸 堤 踏み石 戸 障子の類は 何れも我が右の目に受けるもので 後ろにするものではない
 読み下せば、こんな所でしょう。これらの障害物は我が右眼の方に受ける、要するに我が右に障害物を置いて、場取りするのであって決して背中の後にしてはならない。と云っています。
 そこで疑問は、まずこの極意の呼称が「脇道之事」なのですが呼称と解説文がマッチして呉れないのです。それは、解説が無いので読み解けません。
 居合兵法極意巻秘訣をもう一度読み直してみましょう。
1、日中の事 日を背に受ける
2、月夜の事 月夜には我は陰の方居る
3、闇夜之事 闇の夜は身を沈めて敵を透かし見る
4、風吹之事 風を背に受ける
         壁を後か右に受ける
         戸障子を後に受けない
5、雨中之事 頭を垂れて敵の兵器を見る
6、雪中之事 敵の来るのを待つ
7、寒天之事 口に生姜を含む 酒を手足に塗る
         臍に胡椒を当てて置く
         丁子油を塗っておく
8、雷電之事 稲光を後ろに受ける
9、相間之事 間が遠ければ敵の来るのを待つ
10、山坂之事 高き方に居る
11、細道之事 まず左の敵に打ちこむ
12、絶道之事 上に登って利を計る
13、大道之事 左の敵に掛かる
14、脇道之事 右に障害物を受ける
 孫子の兵法に「凡そ軍は高きを好みてひくきを悪み、陽をとうとび陰を賤しむ。・・丘陵堤防には必ずその陽によりてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺が右方に障害を位置する事を学んだかも知れません。江戸で荒井勢哲や長谷川英信の教えの様には思えないのは、彼らが市井の武術の指導者であって術のみに達した人であったように思えてしまうからです。第9代林六大夫の教えには教養の高さを感じるのは土佐の居合の中を流れるものがただの棒振りの達人と思えないのです。
 江戸時代には既に刀を以って戦う事は無く、刀の振り廻し方を身に着けてもさしたる意味はなくなっています。
 如何に藩政に貢献できる知識と行動力が求められていた筈です。そのためにはかなりの勉強が必要であったはずです。
 脇道へ反れてしまいましたが、孫子の兵法には地形篇に「我れ出でて不利、彼も出でて不利なるは、曰支(すなわちわかれる)、わかれる形には敵我利すといえども我出ることなかれ引きてこれを去り・・」という教えがあるのですが之が分かれ道、所謂脇道でしょう。
 時々、土佐の居合には呼称と内容の不一致と思われる項目にぶつかりますが、私の不勉強か林安大夫が不勉強か悩みます。

| | コメント (0)

2018年10月10日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
読み
山 川岸 堤 踏み石 戸 壁 障子の類は何れも我が右の目に受けるべし 後ろにすべからず

| | コメント (0)

2018年10月 9日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フヘ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左ノ敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ルベシ敵ヲ追ッテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み及び読み解く
 敵は小勢で味方は多勢の時は 前後左右より取り廻して打つのが良い 敵は大勢で我は一人の時は敵を向へ(前に)一面に受けるのが良い しかれども大勢は向う両脇より掛かって来る 我はその時は右の敵に合わせて行くように見せて左の敵に合わせ 左の敵に掛かるように見せて右の敵を打つのが良い 働くうちに我が左の敵について廻すのである されども敵大勢の為に前後左右に取り廻そうとする 我はその時走るべし 敵追って来る事に大勢なので一同には来ることはできない 先だって来るものを或は開いて打ち 或るは臥して打つべし そして又逃げるのである 間を考えるべきである
 我一人で敵を正面に受ける様にして大勢受けた時は、右の敵を受ける様に見せて左に向き直り、即座に右に向いて懸っていくように見せて左の敵を打つのだと云います。見事な騙し討ちです。
 河野先生もこの教えは、曽田先生から見せられていたでしょうが、無双直伝英信流正統会には伝承されていません。
 是は極意の兵法であるばかりではなく、信じた道を貫き通す者の心得としても学んで置くことでもあるでしょう。
 正面切っての仕合などは、競技スポーツか天覧試合の一コマに過ぎません。かと言って常にダマシであるわけは無く、此処でも我一人敵多勢と断り書きも明瞭です。
 現在でも其団体の地位の有る物が部下や選手を力で自由にしようとする事は日常茶飯事です。特に戦前教育を受けた者に指導された者には明瞭ですし、地位による統制を主眼とする社会には明瞭に見られるものです。
 それに一個人による応じ方は、黙って打たれるばかりではないでしょう。逃げるばかりではなく場を移しながら利を得て目的を達する事は簡単ではないでしょうが、後味の悪い負けを許すならば、居合などやっても意味なしでしょう。

| | コメント (0)

2018年10月 8日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フへ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左之敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ベシ敵ヲ追フテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み
 敵小勢にして味方多勢の時は、前後左右より取廻し打つべし 敵大勢にして我一人の時は、敵を向こう(前)に受けるのが良い。
 然れども大勢は向う(前)で、両脇より掛かる、我は其の時右の敵に合わせる様に見せて左の敵に掛かる様に見せて右の敵を打つべし 働くうちに我が左の敵に付き廻すべし。
 されども敵大勢なる故に前後左右に取り廻さんとする 我其の時走るべし 追って来る事大勢故に、一同(一度・一動)に来られず 先立ち来る敵をあるは開いて打ち あるは伏して打つべし 又逃げるのが良い 間を考えるべし

| | コメント (0)

2018年10月 7日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類二而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み及び読み解く
 絶道と云うのは、左右後の三方には道が無く前には敵が多くいる様な場合を云う。その様な地では、少しも逃れようと思わず、死して元々と思うものである。
 伝に云うには両脇川、池、深田などの類があり、後には山がある時は去るも退くもならない そこで利を計るものである。両脇のうち山ありて後ろに池など有る時は、先ず上へ登り利を計るものである。
 孫子の兵法には「凡そ用兵の法は高陵に向かう事勿れ、背丘にむかうる事勿れ、絶地に留まる事勿れ・・」と有ります。これは、高い所に居る敵を攻めてはならない、丘を背にした敵を迎え撃ってはならない、険しい場所にいる敵に対してはならない、といった意味あいでしょう。
 さらに「凡そ軍は高きを好み下を悪む」とあって場取りは高い方が有利であり、陽を浴びて健康にも良い場所とも云っています。
 この居合兵法極意巻秘訣は「従是兵術嗜之个个條迠先生御註釈」と前書きに有ります。然し先生とはだれで、是を受けたのは誰なのか明確ではありません。
 但しこの一連の「居合兵法極意秘訣」は「老父物語」から端を発していますので、恐らく第9代林六大夫守政が第10代林安大夫政詡に口授したものでしょう。武士と農民の境目を生きた江戸前期から中期の武人たちの業技法がこの書き付けによって業技法に終わらず昇華されていったと思えて仕方がありません。
 明治以降に忘れられた事々が綴られて眼を覚まさせてくれるものです。
 
 
 

| | コメント (0)

2018年10月 6日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類ニ而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み
 絶道の仕合は 左右後の三方には道は無く 前には敵が多く有るを云う 左様の地にては少しも逃れんと思うべからず死を本とすべし 伝に云う両脇に川、池、深田などの類にて後は山なる時は不去不退にして利を計るべし 両脇のうちに山が有りて後ろは池などある時は 先の(まずは)上へ登りて利を計るべし

| | コメント (0)

2018年10月 5日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若シ脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
 読み及び読み解く
 両脇は難所で(他に)道も無く、行く道一筋の状況の狭い道を細道と云う。 かような所では敵は多勢で我は一人の時は利のある状況を求めるのである、其の利は敵が大勢であっても我を前後左右から取り廻す事は、せまい為に不可能である。
 若し敵が前後から来る時は、脇へ寄って道を開いて敵を正面に受けて、左の方の敵と打ち合うのである。
 若し脇に浅き川や池があれば、其処に飛び込んで打つのである。何故なら我が飛び込めば敵も続いて飛び込んで来るのでその飛び込んで来る間を押さえて勝つことが大事である。
 書かれてあるように読めばこんな所でしょうがすっきり来ません。細道だから前後に敵を受ける事も有るでしょう。それだけ狭いの「脇へ開て敵を向うに受け」は脇によって、敵を正面に見て、その左の敵から打ち合わすのだと云っている様です。
 ここは、単純に狭いながらも脇に身を寄せて前を開けて置いて、左側の敵に斬り込んで行くようにしなさいとも取れる処です。
 道の脇に跳び込むような浅い川や池があれば、パット飛び込み敵が続いて追って来るから間を開けずに斬ってしまえと云うのでしょう。
 敵だって其の侭逃げられるか、其処に我が止まるかを判断してから飛び込むでしょう。
 細道は其処に居れば有利であると孫子は地計篇で述べています。
 「せまき形には、我先ずこれに居れば、必ずこれをみたして以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、みつればすなわちしたがう事勿れ」この孫子の兵法には何故が読み切れませんが当時の読み物としては貴重なものです。

| | コメント (0)

2018年10月 4日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
読み
 両脇は難所で道も無く 行く道一筋にて狭きを(細道と)云う ケ様の所にては敵は多勢で我は一人の時は利を求めるべきである その利は敵は大勢ありとも我を前後左右に取りまわす事は出来ない 若し敵が前後より来る時は脇へ開いて敵を向こう(前に)受ける 我が左の方の敵に向き合うのである 若し脇に浅き川や池などあれば飛び込んで打つのである 我が飛び込むと敵は続いて飛び込んで来るものである その間を勝つ事大事である

| | コメント (0)

2018年10月 3日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ム二行ヨシ三二ワ我躰上二有レハ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ツノ心得有第一後高方ヱ去ハ心を静メ足ヲ高不可上 第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフ可シ第三前ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右ヘ開打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
読み及び読み解く
 高き方に居るのが良い 一つには敵を見下ろし徳有り 二つには進むに行き易い 三つには我が体が敵の上に有れば危うき事はない されども高き所の足場が悪ければ其の所を去れ 去るには三つの心得が有る 第一に後ろ高き方へ去るならば心を静め足を高く上げてはならない 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前が低き方へ行には風の発する如く早く跳ぶべし 敵はそれに随って追うならば左右へ開き打つべし 亦 敵が高き方に居て我は低き方に居る 我低き方に居るとも右の心得同じ事である
 解りにくい文章ですが、この様に読めばよいのだろうと思います。
 孫子の兵法行軍篇に「凡そ軍は高きを好みて低きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なきは、是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。此れ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺りから学んだものが伝わったと思われます。

| | コメント (0)

2018年10月 2日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ムニ行ヨシ三二我躰上二有レバ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ッノ心得有第一後高方ヱ去ハ心ヲ静メ足ヲ高不可上第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフベシ第三前二ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右へ開キ打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
 読み
 高き方に居るのが良し 一つに敵を見下ろし徳あり 二つに進むに行き良し 三つに我が体上に有れば危なき事なし されども高き所は足場が悪しくば其所を去れ 去るに三つの心得有り 第一に後ろの高き方へ去れば心を静め足を高く上げるべからず 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前に低き方へ行くには風の発する如く早く跳ぶべし
 敵随って追わば左右へ開き打つべし 亦 敵高き方に居て我低き方に居るとも心得然るべし

| | コメント (0)

2018年10月 1日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く9相間之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
9、相間之事
 我ト敵間タ(多の誤写か)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラス待ニ利有リ一ニハ身ヲクルシメザル利アリ二ニワ心ドヲセズ三ニハ工夫スル間アッテ吉四ニ悪所二行掛ラス天利自然ノ利アリサレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ
 我と敵の間多く有る時は 敵の来るを待って自分から行くものではない 待つに利あり 一つには歩み行く際の危険や道中などで身を苦しめることが無い利である 二つには心が動く事は無い 三つには工夫する時間があって良い 四つには悪所に行き掛る事が無い 天の利自然の利あるものである されども我が待つ所が悪ければ前後左右に心を付ければ利はよい
 敵との距離があれば、気ばかりはやって自分から相手に攻撃を仕掛ける様に進んではならない、身を穏やかにして待てばいい、其の間に作戦を練る、攻撃を仕掛けて先んじて行けば、悪所も有るだろうし穏やかで居られるわけは無い、じっとして居れば天の利も有ろう、でも廻りが戦うには悪そうならば、前後左右の状況をよく観察して心をつけておけば利は得られる、と言うのです。
 居合心持肝要之大事では、居合心立合之大事で次の通りでした。「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌ふ、況や敵を見こなし彼が角打出すべし 其の所を此の如く勝たん抔と頼む事甚悪しゝ 先ず我が身を敵の土壇と極め何心なく出べし 敵打出す所にてチラリと気移りて勝つ事なり 常の稽古にも思い案じ企む事を嫌ふ能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」
 これらの教えを能く理解し、身に着け、結果として身を土壇となせるものでしょう。、稽古の形ばかりの棒振り剣士ではならないのです。
 

| | コメント (0)

« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »