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2018年12月

2018年12月31日 (月)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の11鞠に柳

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の11鞠に柳
 強身二て行當るおば下手と志れ
       鞠二柳を上手とそいふ
読み及び読み解く
 力任せに打ち懸かって来るのを、此方も力任せに受けるのでは下手な証拠と知りなさい、鞠を投げつけても柳の枝は、鞠に逆らわずにそのままふわりと往なしてしまう、これを上手と云うのだ。
 
 この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にあります。
 「徒よみ尓て行あ多留をハ下手と云鞠二柳を上手とそい婦」
 つよみにて行き当たるおば下手と云う鞠に柳を上手とぞいう
 田宮流歌の伝では
 「つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ」
 この歌を聞きかじって、仮想敵相手の居合を柔らかく稽古して見ても、ゆっくり大きくは出来ても、切先に力の入らない弱々しいものになってしまいます。
 設対者の有る稽古をしますと、勝とうとばかり、力任せに早く振るので、業が決まりません。
 
 「あら磯のもくずか浪に打たれても猶打ちかへすまけじたましい」
 「己が身を勇気の槌で打ちくだけこれぞ誠の教へなりけり」
 「いろいろに姿勢態度もきまらずに打たん心は禁物としれ」
 無外流の百足伝より
 「兵法は強きを能きと思いなば終には負けと成ると知るべし」
 「兵法の強き内には強みなし強からずして負けぬものなり」
 柳生新陰流の剣士でしょう、藤原敬信の「免兵法の記」に以下の事があります。「和らみ、最初より専らと教え候事、宜しからず覚え候。強みを致し抜けざればまことの和らみは出来ぬものに候。強みを致し抜けざる和らみは、弱みの至極と知るべし。其の者の精一杯強みを致し尽くし候上にて、和らかなる仕形を教える由に候・・」赤羽根龍夫著「江戸武士の身体操作柳生新陰流を学ぶ」より。
 この歌を詠んで「そうか、ゆっくり大きく、メリハリのない、力の無い居合が上手なのか」と早速やってみても、気の抜けた棒振りにしかならないものです。
 腕力の有る人はガンガンりきんで稽古し、いつか自然に力が抜ける方が本物かも知れません。しかし大概、力む人はいつまでも力んでいます。
 ゆっくり大きく正確にをモットーとする人は、大概ゆっくりとメリハリの無いばかりです。
 どちらから入っても行きつくところは、相手の動きを察して応じられるものが本物でしょう。
 宮本武蔵は兵法35箇条で「上段の位の兵法は強からず弱からず角らしからず早からず見事にも無く悪くも見えず大きに直ぐにして静かに見ゆる兵法是上段の位也能々吟味あるべし」と括っています。
 
 

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2018年12月30日 (日)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の10下手こそは

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の10下手こそは
 下手こそハ上手の上の限りなれ
        返春返春もそ志リ者之春奈
 読み及び読み解く
 下手こそは上手の上を行く為の最高の師匠であるも どうあっても悪く言ってはならない
 下手な人の所作を見ていますと、何が問題なのかが一目瞭然です。
 あそこを直せば、あそこを稽古すれば、と良く見えます、己に照らして反省しきりです。
 上手な人にいくら教えを得ても、其の域に達しない限り理解できないものです、にもかかわらず、上手な者の指導に疑問を持ち批判している。よくあるパターンです。
 関東地区の初代会長、太田次吉先生の話「ある日のこと、大田先生が道場に見えられ「人の稽古をよく見なさい」と言われた。
 上手な人を見るのは良いが、人の稽古を見るよりは、その分、稽古に励んだ方が効率が良いと思い、「はい」と返事だけで、棒振りに勤しんでいると、兄弟子の、「稽古止めい」の号令。
 「これから太田先生のお話がある」
 曲がった腰をピンと直された先生は眼光炯々として、しっかりした口調で申された。
 「諸君等は、見取り稽古をしなさ過ぎる・・人を見て己の足らざるを補え・・下手を見ても・・そこから学べ!」目から鱗が落ちる思いだった」村木泰仁「ノー」と言わない能より。
 この歌の解釈をこんな風にとらえてみました。
 新庄藩の林崎新夢想流の極意之秘歌にこの歌に近いものがあります。
 「下手こそは上手能上乃可多りものかえ春がえすもそしり者し春奈」
 下手こそは、上手の上の語りもの、かえすがえすも謗りはしすな、と読むのですが、「限りなれ」が「語りもの」になっています。
 下手こそは上手な人が参考にする、語りものである、というのでしょう。下手こそは間違いを解かりやすく演じてくれる最高の師匠です。
 段位や所属年数ばかり高く癖だらけの自称上手も良い「下手」な手本となるでしょう。
 妻木正麟先生の田宮流居合歌の伝
 「下手見ては(下手こそは)上手の上のかざりなり返すがえすもそしりはしすな」
 下手は上手の上の飾り物になっています。下手が居てくれるので上手に見えるのでは、何の意味も無いもので歌に詠む必要すらない。下手を手本に磨き上げろと歌っているのだと思います。
 上手の歌にはこんなのもあります。
 「上手とは外をそしらず自慢せず身の及ばぬを恥づる人なり」
 上手な人が驕り高ぶらない為の歌かも知れませんが、驕り高ぶる人も良いお手本です。
 私は、上手下手に拘わらず業の研鑽には、「何故そうする」、「どうすればできるようになる」、「かたちは出来たがそれで切れるか」、「想定外にその業で応じるには」など道場内で意見を出し合い、それぞれの力量の範囲で納得できれば良いのにと何時も思っています。
 「このように習った」だけでは武術にはなりません。
 阿部先生の「剣道之極意」に幾つかその心を伝えると思う歌があります。
 「此の道は上手ばかりが師ではなし下手ありて又上手ともなる」
 強いものとばかりっけいこしたからとて上手に成るものではない。下手な者と稽古して師より教えられた技など、自由の利く下手な者に試みて、鍛え、初めて本当に自分のわざとして身につける事が出来る。
 先輩・上位の人に対しては感謝する事を知っているが、下位の人に対し、後輩に対しての感謝などという事は殆ど忘れられているのは遺憾な事である。
 「それぞれに人の為す技ちがうなりよく見て習え人のなす技」
 「よき技を教えられても皆癖のつたなきところを習うひとかな」
 居合の競技会で優勝した古参の人が、「俺の教えに従え」と云っていました。和尚ですからお経を読む姿勢が良いばかりです、其の上藁霧の団体に入っていますから、棒立ちのまま張り子の虎が首を上下に振っている様にしか見えません。
 足は竹刀剣道の教えなのか爪先を押し付けて摺足をするのです。
 据物切には刃筋が通り良いでしょうが、どう見ても単調で武術とは言い難い。
 その上、棒樋を深く掘り直させてビュービュー言わせています。こんな業で優勝させた方がおかしいものです。敢えて良い所を言えば座した姿が、坊主らしく泰然自若として人を威圧するようです。
 さて、人を威圧する姿勢が剣を持つ者の姿勢でしょうか。お断りして良かったと思っています。
 
 

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2018年12月29日 (土)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の9霜を聞

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の9霜を聞
 寒夜尓て霜を聞べき心こそ
       敵二阿ふても勝を取なり
 読み及び読み解く
 寒い夜に霜が結び下りて来る音を聞き分ける心があれば、敵に出合っても、敵の思いも起こりも読み取り、勝を取るのである。直訳すればこんな所でしょう。
 この歌は田宮流居合歌の伝には
 寒き夜に霜を聞くべき心こそ
       敵にあひても勝はとるべし
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事では
 寒事尓て霜を聞遍幾心こそ
       敵尓あふて能勝ち者とる遍き
 寒事にて霜を聞くべき心こそ 敵に遭うての勝ちは取るべき
 武術肝要集に「我れ已発を以って敵の未発を抑ふ。是れ業を言わず、気の位いを言うなり」とあります。
 意味は、我は已発(すでにはっ)して以って、敵の未だ発せざるを抑える。是は業の事を言うのでは無く、敵の打たんとする気の位、いわゆる起こりを抑えることを言うのである。
 従って、此の歌は霜が降り積む前に霜が結ぶ音を感じる程の感性をもって敵と対すれば勝つ。というのでしょう。
 敵の起こりを抑えるには武蔵の兵法三十五箇条の二十三番目「枕の押へと云う事」
 「枕のおさへとは、敵太刀打出さんとする気ざしをうけて、うたんとおもふ、うの字のかしらを、空よりおさゆる也。おさへよう、こころにてもおさへ、身にてもおさへ、太刀にてもおさゆる物也。此の気ざしを知れば、敵を打に吉、先を懸るによし。いづれも出会う心在り。鍛錬肝要也。」
 古歌二首
 打ち寄する浪の受け太刀満潮に
        さし心得て飛ぶ千鳥かな
 未発より已発にうつる中宿
       終ひのすみかとおもふべきかな
 何れも、身に及ぶ前の敵の打たんとする起こりを察して抑えてしまう事を詠んでいます。

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2018年12月28日 (金)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の8拳を見込

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の8拳を見込
 如何に人腹を立つゝ怒るとも
       拳を見込心ゆる春奈
読み及び読み解く
 如何に人は腹を立てて怒ったとしても、拳を見つめて心を許すな
 居合兵法の和歌ですから、切った張ったの業技法を促す和歌が主と思ったら大間違いで、刀を抜いてしまってはどうにもならないと、己の拳を見つめて怒りに心を奪われてはならない、という極意の一句でしょう。
 
 田宮流居合歌の伝では
 「人さまに腹をたてつついかるともこぶしを見つめ心志ずめる」
 相手に腹を立て、怒ったとしても、拳を見つめて心を静めるものだ、と歌っています。
 新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事では
 「人い加尓腹を立徒々い可流累とも心尓刀拳者奈春那」
 人は如何に腹を立てて怒ったとしても、心に刀を持ったとしても、拳は放してはならない。
 どれが、元歌なのかは分かりませんが、如何に怒ったとしても刀を抜き放ってはならない、と戒めています。
 この歌の心は、怒り狂っても「我慢せよ」と都合の良い部下の操縦の歌とは思えません。そんな事では、極意の歌である筈がありません。
 「抜くなよ、抜けばすべてが無に帰すぞ」拳を見つめて、相手の心情も理解し、和する事を求めなさい、為すべき事は刀を抜く事では無い、というのです。
 古歌に
 「心こそ心まよわすこころなれ心に心心ゆるすな」
 柳生新陰流の兵法家伝書では「妄心こそが本心を迷わす妄心である妄心に本心が心を許すな」」と解説しています。
 武蔵も五輪書水之巻で兵法心持の事で「兵法の道において、心の持ちようは、常の心に替る事なかれ。常にも兵法の時にも、少しもかわらずして心を広く直ぐにして、きつくひっぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬように、心をまん中におきて、心を静かにゆるがせて、そのひいきをせざるように心を持つ事肝要也。心の内にごらず、広くして、ひろき所へ知恵を置くべき也。知恵も心もひたとみがく事専也。知恵をとぎ、天下の理非をわきまへ、物事の善悪をしり、よろずの芸能、その道々をわたり、世間の人にすこしもだまされざるようにして後、兵法の知恵となる心也」
 人としての権威の無い者に、十段などの段位を安易に与えることで、権力を得たと錯覚し、刀に置き換えて権力を抜き放って来るのが昨今の連盟会長や、監督、果ては居合の高段者です。逆らえば昇段もままならぬと、下位の者は黙って俯く。
 こんな事はダメだよと、居合兵法の和歌はうたっています。居合の稽古で、手拍子に合わせ合同稽古でせっせと形を抜いて、また翌週も同じ事しか出来ない貧弱な指導者が乱造されています。
 せめて、居合兵法の和歌を味わい、其の心を皆で話し合ってみたいものです。
 
 

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2018年12月27日 (木)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の7身の曲尺

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の7身の曲尺
 身の曲尺の位を深く習ふべし
        留ねど留る事そふ思議や
読み及び*読み解く
 身の曲尺(かね)の位を深く習うべし、留めねど留まる事ぞ不思議や。そのまま読み下せばこんな所でしょう。
 この歌の解釈は人それぞれかも知れません。武術の歌なのだから其処から抜け出せないのもあるでしょう。人の心と心の触れ合いと思えば、そこにも至るでしょう。
 そのまま読めば、敵と我との間合いを十分に知るべきものである、敵が打ち込んで来ても敢えて請け太刀に成らずとも、間が遠くであれば我が身に届くわけは無い、また敵の懐に入ってしまえば打ち込んでは来られない、そこをふわりと勝事の不思議な事である。
 曲尺とは直角に折れ曲がった物差しですが、ここでは我と敵との間合い、打ち込み届く距離でしょう。
 
 武蔵は兵法三十五箇条に「間を積る様には色々在れども・・大形は我が太刀人に当たる程の時は、人の太刀も我に当たらんと思うべし。人を打たんとすれば、我が身を忘るゝ物也よくよく工夫あるべし」
 また「常に糸かねを心に持べし、相手の心に糸を付て見れば、強きところ、弱きところ、直きところ、ゆがむところ、たるむところ、我が心をかねにして、すぐにして、糸を引きあて見れば人の心よく知るゝものなり。そのかねにて円きにも、角なるにも、長きをも、短きをも、ゆがみたるをも、直なるをも、よくしるべきなり。工夫すべし」
 武蔵の兵法三十五箇条を田宮平兵衛業政が知っていたかと云えば、知らなかった方に軍配でしょう。
 同じ様に考えたと云えるかもしれません。
 人との交わりに於ける様々な場面に思い至り、その立場立場を理解出来れば解決の糸口は見えて来るでしょう。
 とことん話す事も無く、上位者が上意下達などと威嚇しても、襤褸はボロでしょう。この歌は難解というより、意味不明な歌としか言えそうにありませんが、武術は人の究極のコミュニケーションの道具でもあるのです。
 
 
 

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2018年12月26日 (水)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の6知った振り

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の6知った振り
 居合をハ知っ多振り之て突るゝ奈
       居合の道を深く問べ之
読み及び読み解く
 居合を充分知ってるよと云いもし、形も見せてくれる、其れなのにひょいと突き倒されてしまう。居合の道はそんなに軽いものでは無いぞ、深く問うべきものだ。
 直訳すればこんな所でしょう。この歌は田宮流歌の伝にも新庄藩の秘歌之大事にもありません。
 居合でも、仕組みの形でも物覚えの良い器用な者は2,3年でかたちを身に着けてしまうでしょう。勇んでヤクザの喧嘩に臨んでもたちまち膾にされてしまうでしょう。
 なまじ、かたちを覚えている為、其れに捉われて無茶振りの相手には勝てないものです。
 「居合の道を深く問うべし」がズシリと肩にかかってきます。
 
 河野百錬先生は初心者心得三十三則の結語に「・・総じて形にとらわるゝ事無く(業形より入りて業形を脱す)臨機応変敵に依って転化する縦横無碍自在の心胆を鍛錬するを以って本旨とするものなり・・求道の士よ其の枝葉を追事無くすべからく其の根元を究明する事を忘るゝ勿れ」と説いています。
 沢庵の不動智神妙録には「事の修行仕らず候えば、道理ばかり胸に有ても身も手も働かず候。理を知りても、事の自由に働かねばならず候。身に持つ太刀の取りまわしよく候ても、理の極り候所の闇く候ては、相成る間じく候。事理の二つは車の輪の如くなるべく候」
 この事は、居合ばかりの事では無く多くのことに共通のことでしょう。教わった形ばかりではいかに華麗に演じて見てもたちまち限界になってしまいます。
 太刀打之位などでも、申し合わせの打ち合いになれてしまうと、却って仮想敵相手の空間刀法の方が良さそうに思えてしまいます。
 竹刀剣道などでも、勝ち負けが、力と速さだけでは年を取ってから勝てなくなって、何をしていたのか頭を抱えてしまいます。
 それが当然ならば、剣術などやっても大した意味があるとは思えません。
 
 

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2018年12月25日 (火)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の5仕掛を留る

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の5仕掛を留る
 居合とハ刀一つ尓定らず
       敵の仕掛を留る用阿り
読み及び読み解く
 居合とは刀一つに定まらず
       敵の仕掛けを留める用あり
 居合というものは刀だけで敵に応じるものでは無い、敵の仕掛けて来る前に留めてしまう事も居合なのだ。
 抜く前に、敵の思う事を察知してよく話し合う事も一つ、敵の仕掛ける方法を察知して防御態勢を先に作ってしまう。
 身を土壇となして、敵に打ち込ませるところに誘い込み裏を取ってしまう。どれでも考えられることでしょう。
 実力が圧倒して居れば敵を威圧してしまうのも有りでしょうが、河野流鞘の内「相手を圧する心意気を以て鞘離れの瞬時に相手を制すること、これ即ち居合の生命にして鞘の内と言う」ではこの歌の心が全て役立たない場合の、抜打ちの刀一つの術にしかならないでしょう。
 古伝は刀を抜かない極意を歌にしているのです。
 田宮流居合歌の伝では
 居合とは刀一つにさだまらず
       敵のしかけをとむるやうあり
 居合とは刀一つにさだまらず
       敵のしかけに留まることあり
 下の句の「敵のしかけに留まることあり」を単純に解釈すれば、敵の仕掛けに気付いて切り込むのを留めてしまう。となってしまいそうです。これでは極意の歌にはなりません。
 新庄藩の秘歌之大事には此の歌は有りません。
 
 土佐の居合の心は神妙剣にあります。
 「深き習に至ては、忘れてならない事は、彼の怒りを見た時は、直ぐに気を見て治める事が肝要で戦に至らしめずに勝事」を学べと述べられています。歌心はその歌だけを詠んで理解するのでは、その流の奥義には至れないようです。
 文学者や他流の識者でも至れない、この流の伝書を何度も読み習い、理解した上でしか読み取れないのかも知れません。
 

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2018年12月24日 (月)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の4心に勝

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の4心に勝
 居合とハ心二勝可居合也
       人尓逆ふハ非刀としれ
*
読み及び読み解く
 居合というのは、己の心に勝つ事が居合である、人と争うなどの事は刀術に非ずと知るものだ。
 この歌は田宮流居合歌の伝では
 居合とは心に勝つが居合なり人にさかふは非法なりけり
 新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事では
 居合とハ心尓勝可ゐあひ奈り人尓さ可ふは非可多也希利(居合とは心に勝つが居合なり人に逆うはひかたなりけり)
 
 田宮流では「人に逆らうのは人としての法(のり)では無い」です。
 秘歌之大事では「人に逆らうはひかたである」と書かれていて、刀のことなのか、形のことなのか、其の外の意味が秘められているのか解りません。
 居合と云うのは人に逆らい、争う事では無く意見の居り合わない者とも和する心を以て頭ごなしに威圧する事とは違う、それでは人としての法にも逆らう事にもなり、刀の扱いにも外れてしまう、というのでしょう。
 かと言って、直ぐに許しを請う様な事では全くない事です。
 それでは己の心に遺恨を残す事にもなります。
 長いものには、捲かれろでは、古い日本の封建制時代の一生下位の者の生き残るための哀れな事になってしまいます。
 己の主義主張を曲げて安住の地を求めるずる賢くも哀れな習性が今でも頻繁に見られるものです。これでは何のために修行しているのか解らなくなります。
 「心に勝つ」と「人に逆う」の言葉についつい争いの現場を思い描いてしまいますが、ここは相手の斬り込んで来る太刀に逆らわずに身を土壇となして、敵の動きに合わせ夢現の如くの所よりひらりと勝つ、極意の手の内、輪の内、十文字を思い描きます。
 その待つ心、相手の話に耳を傾ける心、其処から和すことが出来る糸口を見出し応じる心が居合なのでしょう。
 権力をかさに掛け、力任せで打ち込んでみても、ひらりと躱され、、お飾りにされて地団駄踏んでも意味の無い事です。
 応じる法も、しっかり受け止めていながら躱して制する事がこの歌の奥に思えなければ居合を学ぶ意味は無いのでしょう。
 

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2018年12月23日 (日)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の3平らかに勝

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の3平らかに勝
 居合とハ人耳切られ春人切らす
       唯請とめて平二かつ
読み及び読み解く
 居合とは人に切られず人切らず
       ただ請けとめて平らかに勝
 居合と云うのは人に切られる事も無く、人を切る事でもない。相手の思いをただ受け止めて互いに和する事が、平らかに勝つ居合の極意なのである。
 この歌は新庄藩の秘歌之大事の三番目に有ります。
 居合登は人尓幾ら連須人幾ら春
       多々う希とめて堂ひらか尓かつ
 読み
 居合とは人に切られず人切らず
       ただ請けとめて平らかに勝
 居合兵法の和歌と全く同じままです。
 田宮流居合の歌の伝には見当たりません。
 この歌の意味する所は「相手を圧する心意気を以って鞘離れの瞬時に相手を制すること、これ即ち居合の生命にして鞘の内と云う」ようなコミュニケーションの終局の斬り合いの心得とは次元が違います。この教えは第20代河野百錬先生が山田次郎吉先生の日本剣道史にある抜刀術からの引用であって、第7代林六大夫守政の伝書には見当たりません。
 河野百錬先生は、居合の業技法を求めた所までで終わってしまいましたが、この歌心迄手を伸ばしつつあったと思われます。然しそれは表わす事も無く逝ってしまわれました。
 無双直伝英信流居合の終局の目的は神妙剣に有ります。
 「深き習に至りては実は業(事)無し、常住座臥にこれ有事にして、二六時中忘れて叶わざる事なり。
 彼れ怒りの色見ゆる時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむるの□知あり、唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也、是れ戦に至らしめずして勝を得る也。
 去りながら我れ臆して誤(謝)て居る事と心得る時は大いに相違する也、兎角して彼れに負けざるの道也、やむ事を得ざる時は、彼を殺さぬ内は我も死なずの道也。亦我が誤りをも曲げて勝には非ず。誤(謝)るべき筋なれば直ぐに誤(謝)るも勝也。彼が気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也、委しくは書面に表わし尽くし難し、心覚えの為に其の端を記し置く也」
 決められた業の動作を追うばかりで、土佐の居合が求めた事は居合兵法の歌に、隠されてもいたのです。
 稽古日に棒振りばかりせずに、この歌を皆で読み解いていく勉強も居合を知る事でもあるでしょう。そんな師に出合えておられる人は、逆に下手な棒振りをそれとばかりに強いる人を師と思い込んでいたりします。
 偶には斜に構える男の見栄を捨てて居合の歌に取り組む師と共に、友も持ちたいものです。
 
 
 
 

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2018年12月22日 (土)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の2心を静め抜く

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の2心を静め抜く
 居合とハ心を静抜刀
       ぬ希れバや可て勝を取奈り
*読み及び読み解く
 居合とは心を静かにして刀を抜く、抜いてしまえば直ちに勝を取るのである。
 現代の用語では「やがて」はそのうちに位の雰囲気ですがここは、抜くや否や勝つのでなければ意味を捕えた事にならないでしょう。
 現代居合の、正座の部八重垣や奥居合の居業霞はそれにもかかわらず、一刀目の抜き付けで相手に外されています。
 是を間を誤ったへぼと取るか、敵の攻撃が早いと見て、機先を制してやや間が遠いにもかかわらず抜き付け、敵をビクとさせて気を奪って追い込んで制するととらえるか、仮想敵相手の自分に都合の良い一人演武ではこの業を演じられそうもありません。
 居合における鞘の内の理念は「相手を圧する心意気を以って鞘離れの瞬時に相手を制する事」と云われます。(全居連)
 無双直伝英信流の古伝では「鞘の内」の教えは何処にもありません。このことは山田次郎吉の大正14年日本剣道史の抜刀術からの引用の様な気がします。
 「抜刀の術はもと長刀を抜く事より起って、戦場の用途であったが、次第に研究を重ねて、鞘放れの一瞬に勝負を決するものとなり、陰陽の変化は鯉口をきるところに生じて、敢えて長刀に限るものとは云えなくなった」河野百錬昭和13年1938年無双直伝英信流居合道の参考記録抜粋より。
 この辺りからの借り物でしょう。「居合は鞘の中に勝利を含み抜きて後は不利といふ理を基とし・・抜打の勝負にて出口を肝要とす、左様なれば全く鞘の内にある所に勝はあるなり。」
山田次郎吉は甲陽軍鑑や玉話集から引用しています。
 敵を圧する心意気については、他の引用だろうと思いますが
 
 この歌は、「相手を圧する心意気では無く」、「心を静めて抜く」のです。理念よりさらに奥深いものを悟らせようとしているのでしょう。
 田宮流居合歌の伝
 「居合とは心を志ずめたる刀ぬくればやかてつかるる(ぬくればやがて勝を取るなり」
 
 東北地方の新庄藩に残された林崎新夢想流「秘歌之大事」にはこれかなという歌がありました。
 「居合とは押詰ひしと出す刀刀ぬくればやがてつかるゝ」
 
 ここで「刀ぬくればやがてつかるる」という言葉が下の句に有りますが「つかるる」の意味が解りません。
 
 

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2018年12月21日 (金)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の1糸瓜の皮

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の1糸瓜の皮
 居合とハへ知まの可ハ能たん婦くろ
       すつ可りとしてミハどっちやら
読み
 居合とはへちま(糸瓜)の皮の段袋
       すっかりとして実はどっちやら
読み解く
 居合と云うのは糸瓜の皮で作った段袋のようなものだ、スッキリしていて中の実は何処に行った。
 糸瓜の皮は、糸瓜の実の中を繰り抜いた皮の繊維部分で垢すりなどに使われたものです。
役に立たないもの、つまらないものなどの譬えにも使われていました。
 段袋とは駄荷袋、荷物袋、あるいはゆるい股引を意味すると思われます。
 居合と云うのは糸瓜の皮で作った荷物袋のようなもので、すっきりとしていてもとの中身は何所かに行ってしまったようなものだ。と言うのでしょう。
 読み込んでみます。
 居合と云うのは 如何にもこれから「切るぞ」、とか「さあ来い」と云ったものでは無く、スッキリとした自然体で無心に応じるものなのだ。と、私は読んでみました。
 居合に限らず、あらゆる事でこの心は大切であり、自信を以って事に当たれるものでしょう、しかし常日頃から何時如何なる状況にも応じられる修行は怠る事は出来ないものです。それは武術だけに限らず日常生活での心構えにあるべきものです。
 居合を何十年と続けて来て十段を連盟会長から允可されている人に出合いました。何事にも己がトップであり、連盟はあくまで会長をトップとした上意下達が当然の事と構えてしまいます。何事も会長の意志を賛成として、陰では批判しても面と向かえば「ご無理ご尤」で過ごしてきたのでしょう。
 それがその団体で、いやその人の人生での生き残る手段としてあたりまえだったのでしょう。
 ですから、自分の道場に戻れば、同様に自分の意志を押し通してしまい、自分の立場では何をしなければならないかが解らなでいるようです。
 これなど、「居合と云うのは、己の意に叶わぬ者は即座に切り捨てる」と云うもので、永い年月何を学んで来たのか全く分かっていないのでしょう。
 その程度ですから、人としての重みも、まして居合の腕前など形ばかりの真似事で踊以下です。師事するに値しない人なのでしょう、連盟会長も「己の意に反しないかわいい奴」として允可したのならばそれだけの事で、やれやれです。
 この方の允可に付随して送られたものが「目録」でしたので業の数を何とか一人で演じれるようになったから十段の目録允可を与えられたようなものです、免許皆伝とは程遠い、まして根元之巻には値しません。そんなものでしょう。
 「居合とはへちまの皮の段袋」を味わってみました。
 現在では、糸瓜の皮の段袋も、垢すりも使用される事が無くなってしまいました。
 
 
 

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2018年12月20日 (木)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首27~32

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首27~32
27)
 大事をハ皆請取れと思ふとも
        琢可さる尓ハ得道は奈之
読み
 大事おば皆請け取れと思うとも
       みがかざるには得道はなし
28)
 師二問ハ春如何尓大事をお之ゆへ之
       心を春ま之懇耳問へ
読み
 師に問わば如何に大事をおしゆべし
       心を澄まし懇ろに問え
29)
 物をよく習納むと思ふとも
       心掛春ハ皆春多るべ之
読み
 物をよく習い納むと思うとも
       心掛けずば皆廃るべし
30)
 後より伐るをはつるゝ事ハ奈之
       聲の響を是と云也
読み
 後より伐(かる)るをはづるゝ事はなし
       声の響きを是と云う也
31)
 目の前の待春毛の秘事を志ら春して
       兎角せんと一期気遣ふ
読み
 目の前の睫毛の秘事を知らずして
       とやかくせんと一期気遣う
32)
 目の前の待春毛の秘事を志り奴れバ
       唯速かの一筋のみ知
読み
 目の前の睫毛の秘事を知りぬれば
       ただ速やかの一筋の道
以上32首
右 田宮平兵衛業政之歌
干時文政四年辛巳歳秋七月吉日書之
坪内長順
山川幸雅自先生傳
山川久蔵 橘幸雅印
右之通り相改候上口傳覚不残
相傳申し仍而奥書如件
坪内清助殿
読み
以上32首
右 田宮平兵衛業政の歌
干時(ときに、かんじ)文政四年1821年辛巳(かのとみ、しんし)歳秋七月吉日之を書く
坪内長順
山川幸雅自(みずから)の先生伝
山川久蔵 橘幸雅印
右の通り相い改め、口伝の覚え残らず上げ候
相い伝え申し よって奥書件(くだん)の如し
坪内清助殿

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2018年12月19日 (水)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首21~26

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首21~26
21)
 世の中二贔屓編んばの有時ハ
         上手も下手も人の云奈し
読み
 世の中に贔屓へんばの有る時は
         上手も下手も人の云う無し
22)
 早く奈く重くあら之奈軽く奈く
         遅き事於や悪之きとそ云
読み 
 早くなく重くあらじな軽くなく
        遅きことおや悪しきとぞ云う
23)
 狭ミ尓て勝を取へき長刀
        短き刀利ハ薄き奈り
読み
 狭みにて勝を取るべき長刀
        短き刀利は薄きなり
24)
 寝て居ても起て抜見与放れ口
        突れぬるハ師匠奈り介り
読み
 寝て居ても起きて抜き見よ放れ口
        突(つ)かれぬるは師匠なりけり
25)
 金胎の両部と正尓見へ尓介り
        兵法有れバ居合者之まる
読み
 金胎の両部とまさに見へにけり
        兵法あれば居合始まる
26)
 道を立深く執心春る人尓
        大事残さ春大節にせ与
読み
 道を立て深く執心する人に
        大事残さず大切にせよ

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2018年12月18日 (火)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首16~20

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首16~20
16)
 与風出る太刀を思い覚るへ之
         無想の刀鍔ハ可満王之
読み
 与風でる太刀を思いさとるべし
         無想の刀鍔は構わじ
17)
 抜けバ切る不抜バ切与此刀
         只切る事二大事こそ阿れ
読み
 抜けば切る抜かずば切るよこの刀
         ただ切る事に大事こそあれ
18)
 世ハ廣之我ゟ外の事奈之と
         思ふハ池の蛙奈りけり
読み
 世は広し我より外の事なしと
         思うは池の蛙なりけり
19)
 我道の居合一筋雑談二
         志らぬ兵法事を語る那
読み
 我が道の居合一筋雑談に
         知らぬ兵法事を語るな
20)
 待も春る待っても留る事そ有
         懸待表裏二世の根元
読み
 待ちもする待っても留まる事ぞあり
        懸待表裏二世の根元
 
 

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2018年12月17日 (月)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首11~15

曽田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首11~15
11)
 強身二て行當るおば下手と志れ
          鞠二柳を上手とそいふ
読み
 強みにて行き当たるおば下手としれ
          マリに柳を上手とぞ云う
12)
 鍔ハ只拳の楯と聞ものを
          大くも婦とく無きハひがこと
読み
 鍔はただ拳の楯と聞くものを
          大(太?)くも太く無きは僻事(ひがごと)
13)
 無用奈る手詰の論(話?)をすべ可ら春
          無理の人二ハ勝って利ハ奈之
読み
 無用なる手詰の論をすべからず
          無理の人には勝って利はなし
14)
 元の我勝が居合の習奈り
          奈き事云ハゝ身の阿だと成る
読み 
 もとの我勝つが居合の習いなり
          泣き言はば身の仇となる
15)
 餘多尓て勝れさりしと聞之かと
          神明剱の太刀を楽し免
読み 
 余多にて勝たれざりしと聞きしかど
          神明剱の太刀をたのしめ
 
 

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2018年12月16日 (日)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首6~10

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首6~10
6)
 居合をハ知っ多振りして突るゝ奈
        居合の道を深く問べし
読み 
 居合おば知った振りして突かるゝな
        居合の道を深く問うべし
7)
 身の曲尺の位を深く習ふべし
        留ねど留る事そ不思議や
読み
 身の曲尺(かね)の位を深く習ふべし
        留ねど留る事そ不思議や
8)
 如何二人腹を立つゝ怒るとも
        拳を見込心ゆる春奈
読み 
 いかに人腹を立てつゝ怒るとも
       拳を見込み心許すな
9)
 寒夜尓て霜を聞へき心こそ
       敵二阿ふても勝を取なり
読み
 寒夜(さむや)にて霜をきくべき心こそ
       敵に遭うても勝を取るなり
10)
 下手こそハ上手の限りなれ
       返春返春もそ志り者之春奈
読み
 下手こそは上手の限りなれ
       かえすがえすも謗りはしすな

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2018年12月15日 (土)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首1~5

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首 1~5
1)
 居合とハヘ知まの可ハ能たん婦くろ
      すっきりとしてミハどっちやら
読み
 居合とは糸瓜(へちま)の皮の段袋
      すっきりとして身はどっちやら
2)
 居合とハ心を静抜く刀
      奴希れバや可て勝を取奈り
読み
 居合とは心を静め抜く刀
      抜ければやがて勝を取るなり
3)
 居合とハ人耳切られ春
      人切らす唯請とめて平にかつ
読み
 居合とは人にきられず
      人切らず唯請けとめて平らかにかつ
4)
 居合とハ心に勝可居合也
      人尓逆ふハ非刀としれ
読み
 居合とは心に勝つが居合なり
      人に逆うは非刀としれ
5)
 居合とハ刀一つ尓定らす
      我可仕掛を留る用阿り
読み
 居合とは刀一つに定まらず
      我が仕掛けを留める用あり
 

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2018年12月14日 (金)

曾田本その1の8その他読み解く4神妙剣

曾田本その1
8.その他読み解く
4、神妙剣
 深キ習二至テハ実ハ事(業)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑ヘシムルの□知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤(謝)テ居ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤(謝)ヲモ曲ゲテ勝ニワ非ス誤(謝)ル可キ筋ナレバ直二誤(謝)ルモ勝也
 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剣ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲボヱノ為二其ノ端ンヲ記置ク也
読み及び読み解く
 土佐の居合の最終章は「神妙剣」です。
 曽田本その1の順番をもう一度振り返ってみます。そこには見事に神妙剣に至る順序たてがされている様に思えます。
 それはランダムに見せられた伝書を曽田虎彦先生が組み立てたのか、伝書そのものに土佐の居合の根元に至る順序立てがなされていたのか解りません。
 曽田先生に曽田本を本にしてその古伝の心を公開していただきたかったけれど、叶わぬ夢となりました。
 河野先生も曽田先生の手書きメモを「読み下す」ので宗家という立場上精一杯だったと思われます。
 夢想神傳流の木村栄寿先生も土佐の古伝を河野先生同様に「読み下す」だけで終わってしまいました。その後神傳流の方からそれを研究し古伝を学ぼうとされる方を知りません。
 曽田本はこの順序で校正されていました。
1、神傳流秘書
2、英信流目録
3、業附口伝
4、免許皆伝目録
5、居合兵法極意秘訣
 1)老父物語
 2)当流申伝之大事
 3)英信流居合目録秘訣
  ①外之物ノ大事
  ②上意之大事
  ③極意ノ大事
 4)居合兵法極意巻秘訣
6、居合兵法の和歌
7、曽田虎彦私創研究中抜刀術
 1~3は土佐の居合之業技法の順番を行う手附に過ぎません。それでも棒も仕組(組太刀)も和(体術、柔術)も網羅され、順然たる居合はその三分の一以下の仮想敵相手の一人稽古に過ぎません、其れも大江先生の教えによる現代居合は奥居合が絞られ変形しています。
 4は根元之巻で林崎甚助重信の免許皆伝の江戸期に伝わったものですが、読み下せても読み解く事は厄介です。
 現代でも発行されておられる処もある様ですが、文言の写し書きでその心を伝えられているか疑問です。
 5項目目以下が、土佐の居合の心持ちを伝える極意に成ります。此処が現代居合に正しく伝承できれば、稽古の質も大きく変化するでしょう、然し或門流の宗家からのものは、業名だけの目録ばかりに過ぎません。
 現代居合の業名と運剣の標準を教えたよ、というものです。
 準範士以上の允可は人に、現宗家から宗家のやり方で業の形を指導していいよというもので、譬え十段であっても其の域を出るものでは無いのです。
 其の域を出たい者は、自ら学ばなければならないものです。その道筋が5項目以下なのですが、時代背景もあって、読み捨てたり、語学力不足で十分読みこなす能力がないのが実態でしょう。
 もっと大切なのは、本物の自己実現を目指す真摯な心で文字の外にあるものを求め学ぶ心、そして其の域の近くまで達していなければ一歩も進めないでしょう。
 真似事に終始して師匠に「出来ている」など言われて見てもむなしいばかりです。
 先日ある所で、居合を止めて違う剣術の道場の門をたたいた若者の話を聞いていました。
 何故やめたのか「かたちばかり要求して、其の形は何故そうするのか、と聞いても答えをくれず、そうするのがこの流の形とだけしか言わない」「段位による序列ばかり優先して威張っている」 
 さて、神妙剣を読み解いてみましょう。然しその奥にあるものは、己を正しいと信じ貫き通すだけの物を持たなければ唯のバカにすぎません。
 業技法も、居合の極意も充分修練を積み重ね、何時如何なる変が起ころうとも応じられるに至って、其処で実はその様な業事では無く、常住坐臥(いかなる時でも)この心を持ち、ニ六時中忘れてはならない事が神妙剣である。
 彼れ怒りの色が見える時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむる叡智を身に着け、即座に気を見て納める事が肝要中の肝要である。
 是、戦に至らしめずして勝ちを得るものである。さりながら、我は彼の怒りに臆して謝り(原文は誤)て居る事と心得る時は大いに相違するのである。
 兎に角、彼に負けざる道で、彼の怒りを納める事が出来ない時は、彼を殺さないうちは我も死なないと云う程の道である。
 亦、我が誤っていることを何が何でも正しいと云い張り曲げて勝つのではない、謝るべき筋があるならば直ぐに誤りを正し謝るも勝なのである。
 彼の気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたのである。委しい事は書面に書きあらわし難い、心覚えの為にその一部を記し置いた。
 如何に武術が優れ、どの様な相手と対しても負ける恐れはないとしても、行き着く所は戦に至らしめずに勝ちを得る事であると云い切っています。
 コミュニケーションの最終手段として武術が用いられるとするのも、いつの時代にも、国と国、個人と個人で行われしかと扱われていたかもしれません。然し突き詰めると一部の権力者が保身の為に用いて来た手段とも取れるものばかりでしょう。
*
 この曽田本に記された最終章は、勝つとは何かを考えさせる一文でもあるでしょう。
 現代居合は長い年月を棒振りしていただけで手に入れた、意味不明の段位の力だけで、人を服従させられると錯覚して、権威を後ろ盾にした権力をもって「段位が欲しければ俺の言う事に従え」と脅し、己の教えや指示が全てである、反論も聞か無いと云う者が見受けられます。
 年月が来て金で買った様な段位が全ての様にして、出来ても居ないのに形ばかり追い懸けて、本物を目指す事も無い者を相手にしていては、未熟者の私など馬鹿らしくなって、こちらから身を引く事となってしまいます。
 
 寄り添うものは前に向かって進む己の心ばかりかも知れません、信じた道を歩く以外に道は無いのでしょう。
 論語に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」。並以下にもかかわらず、時期が来たのでもらえた段位に、其れも目録程度の印可です。それにもかかわらず俺は最高段位で地位もあり凄い権力がある者だと周囲に睨みを聞かせて、保身に必死な小人を下達と云うのでしょう。業技法は愚か、人間としても小人にいたずらに段位を与える事は何を意味しているのでしょう。
 居合以外に目ぼしい事も無い者が、高段位を手に入れて威張っている、そんなものをほしがる輩がお世辞たらたら走り寄る、哀れです。
 その上高段位の者の演武を見れば、よろよろしていて看取り稽古にもならない。
 指導を受けたら随分前の宗家の動作しか出来なくて、ご宗家の業を「やれ」と云いながら、云う事とやる事がめちゃくちゃです。
 自分が間違っていても、沽券にかかわると謝る事はしない、やれやれ。
 
 曽田本その1の最終章は、神妙剣で終わりますが、続いて「居合兵法の和歌」がどっしりと控えています。
 
 
 
 
 
 

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2018年12月13日 (木)

曾田本その1の8その他原文4神妙剣

曾田本その1
8.その他原文
4、神妙剣
 深キ習二至テハ実ハ事(業 曽田メモ)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑へシムルノ□知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤テ戻ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也い兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤ヲモ曲ゲテ勝ニワ非す誤ル可キ筋ナレバ直二誤ルモ勝也
 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剱ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲホヱノ為二其ノ端ンヲ知置ク也
読み
 深き習いに至りては、実は事(業)では無し、常住座臥に之ある事にして二六時中忘れて叶わざる事なり。彼の怒りの色が見ゆる時は直ぐに是を知って怒りを抑えしむる□知あり。唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也。是戦に至らしめずして勝ちを得る也。
 去りながら我臆して誤(謝)りて居る事と心得る時は大いに相違する也、兎角して彼に負けざるの道也、止むことを得ざる時は彼を殺さぬ内は我も死なずの道也。
 亦、我が誤りをも曲げて勝には非ず、誤(謝)るべき筋なれば直ぐに誤(謝)るも勝也。
 彼が気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也。委しくは書面に現し尽くし難し、心覚えの為に其の端を記し置く也。

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2018年12月12日 (水)

曾田本その1の8その他読み解く4太刀堅

曾田本その1
8.その他読み解く
4、太刀堅
 甲冑帯シタルトキ人々色々ト刀ヲカラメ堅ムル也甚抜キ難シコゝ二太刀堅メトテヨキ堅一ツ有□ノ緒ノ如ク中二布ヲ入レ上ヲ絹ニテ縫包ミ長ケ六尺計ニテ具足櫃二入レ置クベシ
*
Img_1592_2
*
扨刀ノ紐ヲ腰二當右脇ニテ留メ上帯ヲシテ其上帯一重ニテ彼ノ堅メノ見ヱヌ様二覆ヒ置也脇差ハ上帯皆へ常ノ如ク二指スベシ扨刀ヲヌクニ自由二〆抜易シ或ハ切岸亦ハ塀抔ヲ乗ル時刀ヲ背ヲゝニモ宜し其侭刀ヲ後二引廻し下緒ヲ肩二掛テ乗時ハツカユル事ナシ此ノ堅メ至〆佳ナリ
読み及び読み解く
 甲冑を帯したる時、人々色々刀を絡め堅めるものである、甚だ抜き難い、ここに太刀堅めと云って良い堅め方が一つある。
 □の緒の如く中に布を入れて上を絹にて縫い包み、長け六尺ばかりにして具足櫃に入れて置くのである。
 扨、刀の紐を左の腰に當てて右脇にて留める、其の上に上帯をしめて、その上帯一重の所で彼の堅めの見えない様に覆って置く。
 脇指は上帯を皆締めて、常の如く帯一枚上の処に指すのである。扨、刀を抜くのに自由にして抜き易いものである。
 或いは、切岸亦は塀などを乗り越える時、刀を背負うによく、其の侭刀を後に引き廻し下緒を肩に掛けて乗る時は閊える事は無い。この堅め至って佳いものである。
 この太刀堅の図から連想するのは、戦国時代後期には刀は差す様になり、江戸期では刀を腰帯に吊るす方法は見られなくなったようです。これは刀を帯びると云う方法で太刀を吊るす方法を思い描きます。
 太刀堅を鞘に付けた図が「クワノコ?」の文字でありますが其れを右腰で結んだのでしょう。太刀は図とは逆に刃部が下向きになる筈です。
参考
 居合心持肝要之大事付大小指違之事より
 大小指違と云うは、世人脇差を帯二重に指し刀を三重に指すなり、居合の方にては二重に刀を指し三重に脇を差す也、敵に出合いたる時大小を筋違へて脇差をば下ろし指しにして刀を抜き戦うべし、然る時は脇差の柄まぎる事無し、亦刀の鞘の鐺跳ねる故に足を打つ事無く働きの自由宜し常に此の如く指すべし。

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2018年12月11日 (火)

曾田本その1の8その他原文4太刀堅

曾田本その1
8.その他原文
4、太刀堅
 甲冑帯シタルトキ人々色々ト刀ヲカラメ堅ムル也甚抜キ難シコゝ二太刀堅メトテヨキ堅一ツ有□ノ緒ノ如ク中二布ヲ入レ上ヲ絹ニテ縫包ミ長(タケ)ケ六尺計ニテ具足櫃二入レ置クベシ
○扨刀ノ紐ヲ腰二當右脇ニテ留メ上帯ヲシテ其上帯一重ニテ彼ノ堅メノ見ヱヌ様二覆ヒ置也脇差ハ上帯皆ヘ常ノ如ク二指スベシ扨刀ヲ抜クニ自由二〆抜易シ或ハ切岸亦ハ塀抔ヲ乗ル時刀ヲ背ヲゝ二モ宜シ其侭刀ヲ後二引廻シ下緒ヲ肩二掛テ乗時ハツカユル事ナシ此ノ堅メ至〆佳ナリ
* 
Img_1592 
*
読み
 甲冑を帯したる時、人々色々刀を絡め堅むる也、甚だ抜き難し。ここに太刀堅めと云って良い堅めが一つある。
 □(判読不能)の緒の様に中に布を入れ、上を絹にて縫い包んで長さは六尺ばかりにして具足櫃に入れて置くべし。
 さて刀の紐を腰にあて右脇にて留め、其の上から上帯を締める、その上帯一重にして彼の堅めの見えない様に覆って置く也、脇差は上帯の皆へ常の如く指すべし。 さて、刀を抜くのに自由にして抜きやすし。或いは切岸又は塀などを乗り越える時、刀を背負うにも宜しい、そのまま刀を後に引き廻し、下緒を肩に掛けて乗る時は閊える事は無い、此の堅め至って佳き也。

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2018年12月10日 (月)

曾田本その1の8その他読み解く3羽織

曾田本その1
8.その他読み解く
4、羽織
 介錯ノ時麻上下ノ上二羽織ヲ着ル血飛故也夫故常二上下ノ上二羽織ハキロウ也
読み及び読み解く
 介錯の時、麻上下(裃)の上に羽織を着る、血が飛び裃を汚すからである。それ故に何時もの登城の時などでは、忌み嫌って裃の上に羽織を着るのを嫌うのである。
 介錯の一連の教えは、江戸時代の武家社会に於けるお話しとして、通り過ごすのも良いかも知れません。
 しかし、無調法なので仕来たりの作法は出来ませんと、断る根底に介錯は武士のやるべき事ではないという思いがあって断る事が本来でしょう。現代社会でも何でも請け負うばかりが良いとは言えません。
 自分の意に反する事は、やるべきでは無いでしょう。真正面からやりたくないからごめんなさいでは角が立ってつながらなくなります。
 そこで無調法ですから仰せの通りは出来ませんので、御断りをと下手に出る。それでもと云う事であれば自分の思う存分の働きをすればいい。と言えるかもしれません。
 意に反することをそんな事でやらなければならない状況は無さそうでもあり、尻尾を振るのが好きな人には有りそうにも思います。
 まだまだ、頭越しに命じて来る事もありそうです。嫌ならやめればいい、というのも一つですが、それによってやりたいこともやれなくなるのも、有りそうです。NOと云えな情けない自分を捨てていくには覚悟もいるものです。
 裃の上に羽織を着ないは、介錯の際裃の上に羽織を着るので、普段は裃の上には羽織を着ないと云う心持ちも理解できます。
 それ程の事なのに、古伝の大森流居合之事の7本目順刀は介錯であるとの証しは何処にも見いだせないのです。江戸末期辺りに、替え業が業毎に幾つも行われていたかもしれません。
 その一つが、順刀を介錯に変えて行ったかもしれません。介錯の運剣を何の疑問も無く教えられたとおりに、稽古することに、此の業を稽古日毎にせっせとやっていたことの不思議を今更ながら思い描いています。
 敢えて言えば、自分の犯した非は、自分で腹を斬り、とどめは理解してくれる人に頼んで果てる潔さを持てよと教えているのか、その苦しみを少しでも和らげてやる思いやりを心に持てよと教えているのか。
 平家物語などを読んでいますと、平安末期の武士は戦いに敗れて自ら腹を斬り、頸動脈を切って果てています。
 首取は勝ったものの誉として大将に献上されたものでしょう。
 大森流居合の7本目順刀は「右足を立て左足を引といっしょに立ち抜き打つ也、又は八相に切り跡は前(流刀)に同じ」で介錯の運剣の裁きと一緒ですが、抜刀術としては素晴らしい業となるものです。
 しかし7本目順刀の次は8本目逆刀の初動は、向こうより切って懸るを先々に廻り「抜き打ちに切る」です、其の動作は7本目順刀と同様でしょう。
 順刀には敵の切って懸かる動作に応じる事が何も書かれていないので、これは一方的に抜き打つ動作と捉えられます。だから介錯なんだと云う事も成り立ちそうです。
 だがしかし、一本目初発刀も左刀、右刀、當刀もそして陽進陰退も敵の仕懸けて来る動作は記述されていませんから、一方的な仕かけも古伝には大いにありでいいのでしょう。
 証明できるものは何処にも無い事ですから、大江先生、細川先生系統は現代居合として介錯は順刀として何の疑問も無く稽古すればいい事です。
 但し、古伝を学ぶ者は、上に抜き上げて斬り下ろす抜刀術も心掛けてもおかしな事では無いでしょう。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事には抜刀があります。
 「歩ミ行中に抜打二切敵を先二打心也」
 大森流居合之事には順刀
 「右足を立左足を引と一処に立抜打也又ハ八相二切跡は前二同之」
 全剣連居合の12本目抜き打ち
 「相対して直立している前方の敵が、突然、切りかかって来るのを、刀を抜き上げながら退いて敵の刀に空を切らせ、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
 全居連の刀法二本目前後切
 「敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬附け、直ちに後敵の真向に斬下し、更に前敵の真向に斬下して勝つ」
 この前後切の参考にした業は無外流の連です。
 「理合 前後に敵を受けた場合で、先ず前敵の眉間に諸手で抜きつけ、後ろを振り向くや、後敵を真向に斬り下ろして仕留める」
 動作はさして違いの無いものと思います。どの様な状況下でこの業を繰り出すのかがポイントでしょう。
 敵の害意とは、我が果たすべき事は、何時も我に斬られるへぼばかりが居合の仮想敵でしょうか。
 
 

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2018年12月 9日 (日)

曾田本その1の8その他原文3羽織

曾田本その1
8.その他原文
3、羽織
 介錯ノ時麻上下ノ上二羽織ヲ着ル血飛故也夫故常二上下ノ上二羽織ハキロウ也
読み
 介錯の時麻上下の上に羽織を着る、血が飛ぶ故也、夫れ故に常には上下の上に羽織は嫌う也。

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2018年12月 8日 (土)

曾田本その1の8その他読み解く2紐皮を掛る

曾田本その1
8.その他読み解く
2、紐皮を掛る
 他流ニテ紐皮ヲ掛ルト云事
 仰向ニ倒ルゝヲ嫌テヒモ皮ヲ残スト云説ヲ設ケタル見ヱタリ當流二テハ前二云所ノ傳有故二譬如何様二倒ルゝ共失二非ス其上紐皮ヲノコス手心何トシテ覚ラルベキヤ當流二テハ若シ紐皮カゝリタラバ其ノ侭ハ子切ルベシサッパリト両断二ナシ少シモ疑ノ心残ラサル様二スル事是古伝也
読み及び読み解く
 他流では切腹者の首を斬った時、首の皮を残す「紐皮を残す」という説を設けて居るやに見える。首を斬ると、仰向けに倒れるのを嫌い、紐皮を残し頭の重さで後ろに倒れないようにする作法を云うのです。
 そんな作法を設けて居る様な流派も有ろうが當流では、前項に有る様に「無調法に御座候但し放討ならば望所に御座候」と介錯をお断りするのが前提で、何としても介錯せよとの事ならば、作法に拘わらず、紐皮を残せなくとも作法を失する事にはならないと当流の仕方を述べています。
 従って事前に断っておくことで、譬え如何様に倒れても作法を失する事にはならない。その上紐皮を残す手心など、どの様な事をして悟り得られるだろうか。
 当流では若し紐皮に刃先が掛かったならば其の侭、はね切って、サッパリと両断して少しも疑いの心を残さない様にする事、これが古伝である。
 古武士の風格を残す教えですが、この前提には介錯などは武士の役割ではない、何故ならば死人を切るのと変わらない事で武士の誉にはならない、という思いがあると思われます。
 従って介錯の作法は「無調法」なので望まれる様には出来ないと断りをする事、それでもと云う事であれば、請ければ良い。先に断っているので作法を失する事は無いと云うわけです。
 作法の一つに首を斬った時、仰向けに倒れないように首の皮一枚残すべきと云う事があるが、当流では斬った際に紐皮に至ってもサッパリと斬り落しそれが当流の仕方であるともいいます。
 紐皮を残す手心はどうやって覚のか知らん、と開き直っている様です。
 

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2018年12月 7日 (金)

曾田本その1の8その他原文2紐皮を掛る

曾田本その1
8.その他原文
2、紐皮を掛ける
 他流ニテ紐皮ヲ掛ルト云ウ事
 仰向ニ倒ルゝヲ嫌テヒモ皮ヲ残スト云説ヲ設ケタル見ヱタリ當流ニテハ前二云所ノ傳有故二譬如何様二倒ルゝ共失二非ス其上紐皮ヲノコス手心何トシテ覚ラルベキヤ當流二テハ若シ紐皮カゝリタラバ其ノ侭ハ子切ルベシサッパリト両断二ナシ少シモ疑ノ心残ラサル様二スル事是古伝ナリ
読み
 他流にて紐皮を掛けると云う事
 仰向けに倒るゝを嫌いて紐皮を残すと云う説を設けたるを見えたり、當流にては前に云う所の伝有り、故に如何様に倒るゝとも失にあらず。
 その上紐皮を残す手心何として覚らるべきや、當流にては若し紐皮かゝりたらば其の侭はね切るべし、サッパリと両断になし少しも疑いの心残らざる様にする事是古伝なり。

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2018年12月 6日 (木)

曾田本その1の8その他読み解く1介錯口伝

曾田本その1
8.その他読み解く
1、介錯口伝
 古代ニハ介錯ヲコノマズ其故ハ介錯ヲ武士ノ役ト心得ベカラス死人ヲ切ル二異ナラス故二介錯申付ラルゝ時二請二秘事有リ介錯二於テハ無調法二御座候但シ放討ナラバ望所二御座候ト可申何分介錯仕レト有ラバ此上ハ介錯スベシ作法二掛ルベカラズ譬切損シタリトモ初メニコトワリ置タル故失二非ス秘事也能覚悟スベシ
読み及び読み解く
 介錯に就いての口伝、古代には介錯を好まなかった、其れは介錯を武士の役目であると心得ていない、死人を切るのと異なる事は無く名誉とは思わなかったからである。
 介錯を申し付けられた時は、請けるには秘事がある、「介錯に於いては無調法に御座候、但し放打ちならば望む所に御座候」と申すのである。
 「何分介錯仕れと有らば此の上は介錯すべし」、譬え切り損じても、初めに断っているので作法に拘わらず礼を失するには当たらない。秘事である、能く覚悟(悟り覚える)ものである。
* 
 介錯の歴史に付いては、興味のある方にお任せします。事実か否かに拘わらず、武士は死人同様の据者を切るのは意に非ずと言う事でしょう。
 戦場での首取とは違い、切腹を仰せつかった者への介錯人の命令、あるいはその者からの所望などあるのでしょう。
 とにかく「無調法」と云って断る事、それでもと云うのであれば、無調法を断ってあるので堂々と役目を果たせと云うのです。
 介錯の業を第17代大江正路先生は大森流居合(正座之部)の七本目に組み入れています。
 古伝神伝流秘書の大森流居合之事には七本目に「順刀」と有って以下の様です。
 「右足を立左足を引と一処に立抜打也又は八相に切跡は前に同じ」
 何処にも、介錯の方法である事が文面からは見出せません。
 大森六郎左衛門の大森流に介錯の仕方を敢えて入れる必要は無いと思われますので、これは、左足を引き立ち上がって抜刀するや、その足踏みのまま、片手で真向に打ち込む、あるいは、左手を添えて八相に切り下ろす、凄まじい業を想像させます。
 神傳流秘書より後のものと思われますが安永五年1776年第12代林益之丞政誠が書き、嘉永五年1852年に第15代谷村亀之丞自雄による英信流目録の大森流居合之位7本目順刀は以下の様です。
 「是は座したる前のものを切る心持なり我は其の侭右より立すっと引抜かたより筋違に切る也是も同じく跡は脛へ置き逆手にとり納る也」
 是も介錯の仕方を示唆する文言は見当たりません。すっと立つや刀を抜き取り、筋違いに切るは、八相に切るでしょう。
 「・・座したる前のものを切る心持ち・・」の文言が解釈を思わせるかも知れません。
 しかし、現代居合の介錯を思わせるのは、大森流7本目は介錯として何の疑いも無く学んで来たためでしょう。古伝は抜けがあって、抜けた所は口伝により学ぶのが一般的です。口伝に介錯が隠されていたかもしれません。
 私は抜刀法として居合の業と思います。なぜなら土佐の居合は介錯は無調法だから断れと云っています。紐皮一枚残す技なんか持ち合わせていないと云うのです。
 既に証明のしようは有りません。
 細川義昌先生系統の無双神傳抜刀術兵法尾形郷一貫心先生の大森流之部7本目順刀
 「(介錯すること)正面に向ひ切腹する者の左側へT字形に三尺位離れて正座し(知人之善人の介錯を頼まれたる場合は慣れぬ事故若し切損じがありましても御免を蒙るとの挨拶をするを礼とす) 
 機を見て鯉口を切り右手を柄に掛け、右足を少し右前へ踏出し其方向へ刀を静かに引抜き(抜き払はぬ事)立上りつつ右足を退き左足に踏揃へ体を引起し、直立の姿勢となりつつ刀尖を左後へ突込む様に右手を上げて頭上を越させ、血振ひする直前の様に(右肩後へ釣下げて待つ)
 切腹者が(介錯頼むと)両手を前につかえると同時に右足を踏出しつつ(悪人の首を切る場合は右足を前へどんと音のする様に踏出し其の音は斬られる者の心気を一転させ)(怨霊を去る口伝)刃部を左斜下へ向け、体を前掛に(右片手にて)大きく斬込み(首を落とす)、斬込むと同時に左手で柄頭を握り諸手となる。
 左足を一歩退き、左拳を左斜上へ突出し(刃部を向フへ向け)刀尖を右膝頭上へ引付け(懐紙を出して血のりを拭ふは略す)右手を逆手に執りかへ、刀を振り返して納めつつ左膝を跪くと同時に納め終る(血振ひせぬ事)」
 大江先生と細川義昌は同門で下村茂市定(下村派)より指導を受けています。時代背景から大江先生は大森流だけは下村茂市から充分手ほどきを受けているでしょう。此処では介錯の運剣を述べられています。
 第17代大江正路先生の正座之部7本目介錯
 「正面に向きて正座、右足を少しく前へ出しつゝ、刀を静に上に抜き、刀尖が鞘と離るゝや右足を後へ充分引き、中腰となり、刀を右手の一手に支へ、右肩上にて刀尖を下し、斜の形状とす、右足を再び前方に出し上體を稍前方に屈し刀を肩上より斜方向に真直に打下して、前の首を斬る。血拭は足踏のまま六番(受流)と同じ様に刀を納む。」
 細かい所を除けば、細川義昌先生と大江正路先生の動作は、同じと云えるでしょう。
 右足を前に踏み出しつつ刀を抜いて立上り、左足に踏揃え直立体になるのが尾形先生、右足を後へ充分引き中腰と成るのが大江先生。
 現代居合では、中腰になっていない人の方が多そうです。
 いずれにしても、大森流居合之事の順当は江戸末期より明治になって介錯の運剣動作と特定されてしまったと思われます。
 私は、大森六郎左衛門が真陰流から独創するに当たり、大森流居合に介錯の仕方を入れたのかどうか疑問に思っています。
 鞘の内による抜刀の妙は介錯には必要ないものでしょう。居合に介錯の心持ちを持つ事も意味があるのでしょうか。
 現代居合では「介錯」は正式な演武会では演じてはならない留め業です。
 介錯口伝と大森流7本目順刀を重ねる気にはならない、順刀は居合の心持ちで稽古して極めるのも間違いではない、寧ろ介錯の刀法とする方がおかしいばかりです。現代居合は江戸末期から明治にかけて多くを失って大江正路先生の仕方に随っています。言われたまま稽古する安逸な不心得を見直すことも大切でもあるでしょう。

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2018年12月 5日 (水)

曾田本その1の8その他原文1介錯口伝

曾田本その1
8.その他
1、介錯口伝
 古代ニハ介錯ヲコノマズ其故ハ介錯ヲ武士ノ役ト心得ベカラス死人ヲ切ル二異ナラス故二介錯申付ラルゝ時二請二秘事有リ介錯二於テハ無調法二御座候但シ放討ナラバ望所二御座候ト可申何分介錯仕レト有ラバ此上ハ介錯スベシ作法二掛ルベカラズ譬切損シタリトモ始メ二コトワリ置タル故失二非ス秘事也能覚悟スベシ
読み
 古代には介錯を好まず其の故は、介錯を武士の役と心得うべからず、死人を切るに異ならず、故に介錯を申し付けらるゝ時に秘事有り。
 介錯に於いては、「無調法に御座候但し放し討ちならば望む所に御座候」と申し「何分介錯仕れ(つかまつれ)と有らば介錯すべし、作法に掛かるべからず、譬え切り損じたリともはじめに断り置きたる故失に非ず」秘事也能く覚悟すべし。

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2018年12月 4日 (火)

曾田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く29神心八相事3軍中首取様ノ事

曾田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
29、神心八相事
3軍中首取様ノ事
 軍中首取様ノ事 敵ノ首ヲ取ル二咽ノ方ヘ刀ヲヤリカキ切ルトキハ切レヌ物也切レテモ間ヲ取ルナリ先錣ヲ上へ押シ上ゲウナシヨリ刀ヲ突立首ノ大骨ヲ突切ッテ後刀ヲ踏テフミ切テ一方ノ肉ヲカキ切ルベシ故二上手ノ搔キタル首ハ二刀二切目手際二切レテ有ルトゾ
 以上 居合印可口受之覚終
読み及び読み解く
 軍中に於いての首の取り様の事が語られています。
 敵の首を取るのに、咽の方へ刀を当てて搔き切る時は切れないものである。切れても手間を取るので、まず錣(しころ)を上へ押し上げ項(うなじ)より刀を突き立て首の大骨を突き切って、後、刀を踏んで切って一方の肉を搔き切るのである。
 それ故に上手の人の搔き切った首は、二筋の刀の切れ目があり手際よく切れている、とのことである。
 以上 居合印可口受の覚え書き終わり
 「軍中首取様ノ事・・・・・・・切レテ有ルトゾ」で締められています。この覚えを語ったのは第九代林六大夫守政で覚書したのは第十代林安大夫政詡でしょう。戦場での経験が無い二人でしょうから、経験を語ったとは言えないので、この様に締めたのでしょう。
 この項を書きながら、首を取る事の意味を改めて思いに耽るのでした。ほんの400年前の事なのです。
 日本人同士の殺し合いは、150年前の事であり、若者を戦場に駆り立ててお国の為と云って銃砲に晒したのは、たった73年前の事です。
 そして同様に、戦闘員では無い多くの民間人が無差別殺戮にあったのも73年前の事です。
 それを、戦争を仕掛けなかったらば国が亡びるのだから仕方が無かったと考える人は、73年前までに戦闘員育成教育を受けた方達の頭の中にこびりついている筈です。
 既に国という仕切り線は多くの所で切れています。人としてこの地球に如何に共存して生きていくかが問われている時代でしょう。
 この時代、居合を学ぶ事、更に武術として修錬する事は何なのか、得るものは何かこの道に踏み込んだ人が、一人一人の思いで考え、やるべき事を強い意志をもって貫き通す時代でしょう。付和雷同して安住の地を求めている様な、あるいは思い通りにならないのは社会や誰かさんによって虐げられているなどと暴力を振るうなどは、人頼りもいいとこです。
 此処までの曽田本その1は術理を語ってくれていました。武術の術理は日常生活を全うするにも良い導きを示してくれている事に思い至った方も多かったと思います。
 更にその先にあるものは、「武術は人間のコミュニケーションの最終手段である」事を思いながら、人殺しの武術を昇華出来ればと思いながら、残された曽田本その1を読み進んで行きます。
 

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2018年12月 3日 (月)

曾田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文29神心八相事3軍中首取様ノ事

曾田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
29、神心八相事
3軍中首取様ノ事
 軍中首取様ノ事 敵ノ首ヲ取ル二咽ノ方へ刀ヲヤリカキ切ルトキハ切レヌ物也切レテモ手間ヲ取ルナリ先錣ヲ上へ押上ゲウナシヨリ刀ヲ突立首ノ大骨ヲ突切ッテ後刀ヲ踏テフミ切テ一方ノ肉ヲカキ切ルベシ故二上手ノ搔(カ)キタル首ハ二刀二切目手際二切レテ有ルトゾ
 以上 居合印可口受之覚終
読み
 軍中において首取り様の事 敵の首を取るに咽の方へ刀をやり搔き切る時は切れぬもの也 切れても手間を取るなり 先ず錣(しころ)を上へ押上げ項より刀を突き立て首の大骨を突き切って 後刀を踏みて踏み切って一方の肉を搔き切るべし 故に上手の搔きたる首は二刀に切目ありて手際に切れて有るとぞ
 以上 居合印可口受之覚終

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2018年12月 2日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く29神心八相事2虎乱剱事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
29、神心八相事
2虎乱剱事
 虎乱剱事山野幽谷ヲ通ルトキ虎狼抔或ハ手負獅子抔我ヲ目懸テカゝリ来ルトキ場ヲ見合セ前一方明テ三方フサガリタル穴ノ如クノ所二寄ッテ膝ヲ組刀ヲ抜キ切先ヲ向フ二シ右脇ヱ引付テ構ベシ猛獣飛デカゝレバ己ト貫カルゝ也柄を腹へ當テゝ真向フニ構ル事ナカレ猛獣ノイキヲイニテ腹へ強ク當リ不覚ト成ル也
読み及び読み解く
 虎乱剱の事(こらんけんのこと)、山野幽谷を通る時、虎狼などあるいは手負の獅子など我を目掛けて懸かり来る時、其の場の状況を見合せ、前一方が開いていて三方(右左後)が塞がっている穴の様な所に身を寄せて、膝を組んで刀を抜き、切先を前に向けて右脇に柄を引き寄せて構えるのである。
 猛獣が飛び懸って来れば自ずと貫かれるのである。柄を腹に当てゝ真前に切先を付けて構えてはならない。猛獣の勢いによって腹へ強く当たり不覚と成るものである。
 前方から飛び懸って来る相手への応じ方の一つとも広義に解釈できるかなとも取れます。
 日本には江戸時代でも虎、獅子の類は生存していないけれど、この例として凶暴な猛獣の攻撃に応じる方法を述べているのでしょう。
 狼も明治には耐えてしまったようですが、野犬はいたでしょう。
 譬えを猛獣としていますが、一人対大勢などの場合や、集団戦争の様な場合にも、この心得は持つべきものかも知れません。
 前を開けて一方からしか攻めてこれない場取りの重要さを上げて居ます。
 次に刀を前に向けて攻め込んで来ても、相手は多くの死傷者を出す状況と、我はいたずらに逃げ回るのでは逆に隙だらけとなって勝つ事は出来ないと教えているのでしょう。
 更に、敵の攻撃によって自損しない防御と攻撃が一体となった体勢を、低く座して切先を前に向け右脇に絞めて構える事を促しています。
 この場合の坐仕方は、右膝を立て左膝を地に着き踵を挙げた八文字、所謂体構えの立膝でしょう。
 集団での攻防でも背水の陣で逃げ道は無く、前方からしか攻撃を仕掛けて来られない場の取り方まで示しています。

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2018年12月 1日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文29神心八相事2虎乱剱事

曽田本その1
7.い合い兵法極意巻秘訣原文
29、神心八相事
2虎乱剱事
 虎乱剱事山野幽谷ヲ通ルトキ虎狼抔或ハ手負獅子抔我ヲ目懸テカゝリ来ルトキ場ヲ見合セ前一方明テ三方フサガリタル穴ノ如クノ所二寄ッテ膝ヲ組刀ヲ抜キ切先ヲ向フニシ右脇ヱ引付テ構ベシ猛獣飛デカゝレバ己レト貫カルゝ也柄ヲ横ヘ當テゝ真向フニ構ル事ナカレ猛獣ノイキヲイニテ腹へ強ク當リ不覚ト成ル也
読み
 虎乱剱事(こらんけんのこと) 山野幽谷を通る時 虎狼抔あるいは手負の獅子抔我を目懸けて掛かり来る時 場を見合せ前一方を開けて三方塞がりたる穴の如くの所に寄って 膝を組み刀を抜き 切先を向こうにし(前に向け)右脇へ引き付けて構えるべし 猛獣が飛んで懸れば己と貫かるゝ也 柄を横へ当てゝ真向に構える事勿れ 猛獣の勢いにて腹へ強く当たり不覚と成る也

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