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2019年1月11日 (金)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の22早くなく

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の22早くなく
 早く奈く重くあらしな軽く奈く
      遅き事於や悪しきとそ云う
 読み及び読み解く
 早くもなく重くあってはならない其の上軽くなく、遅い事は悪い事だと云う。
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事では。
 「早く奈く於そくハあらし重く奈く加る幾事をハあし幾とそ云」
 (早くなく遅くはあらじ重くなく軽き事をば悪しきとぞ云う)
 早くもなく遅くもなく、重くなく軽き事をば悪いと云う。
 居合兵法の和歌は「早くなく重くあらじな」ですが秘歌之大事は「早くなく遅くはあらじ」で自然です。
 そのあとの句も「居合兵法の和歌が「軽くなく遅きことおや」と軽いと遅いで構成されています。秘歌之大事では「重くなく軽き事」とこちらも逆を自然に語っています。
 居合兵法の和歌は「遅き事をば悪しきとぞ云う」で、秘歌之大事は「軽き事をば悪しきとぞ云う」で「遅い」と「軽い」とでは意味が違うでしょう。
 妻木先生の田宮流歌の伝では。
 「早くなくおそくはあらしかるくなしおそきことをぞあしきとぞいふ」
 この歌には、前の二つの歌に有る「重くあらしな、又は重くなく」の重いの言葉が消えてしまっています。
 居合いは、居合兵法の和歌と田宮流歌の伝による「遅い事は悪いのか」、秘歌之大事の「軽いのが悪いのか」結局のところ、早くても、遅くても、重くても、軽くても良くないと歌っている事に違いは無さそうです。奥義の歌であれば、一つの調子に拘らず状況に応じたものであれと云われそうです。
 稽古の方法として田宮流歌伝口訣に「初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし、居合は抜き付け一本にて勝つの教えゆえに、初学より先ず調子を習うが専一である。初めより、三調子に習わす事肝要なり。それより二調子に、次に一調子に抜かすこと。この一調子は「ハナレの至極」という。初学より一調子にゆかぬ故、三調子、二調子の場より習わすことが肝要なり。」
 河野百錬先生は初心者心得に「初心の間は十分に落付きて業を大きく伸び伸びとユックリ行い、業と業との間に区切りを作りてなし決して素早く一連に行わぬ事。総ての業は其の一動毎に十分なる気魄を必要とす。即ち「一動の終毎にグット確かなる気力の締り」ある事を最も肝要とし、而して次の動作は更に新たなる力と気合を以て行う事。然して錬磨の功を積み錬熟するにつれ内に凛々たる気魄を養ひ業の間をつめる様心懸くる事」
 この田宮流歌伝口訣も河野先生の心得も、初心者への指導法として述べられているのですが、ともすると仮想敵など何処へやら、いつまで経っても三調子か二調子しか出来ない者の方が、一調子の者より自然に見えてしまうものです。それは敵のあらゆる動きを想定する業を身に着けて来なかった古参の者が初心の頃の動作をいつまでも忘れられず「大きく伸び伸びとユックリ」ばかりしか体に覚えさせていない証拠と見受けられます。
 修行を積み重ねる上で、今日はゆっくり大きくメリハリを付けず業を正しく行う、明日は伸び伸びとしてメリハリをつけ、翌日は大きく伸び伸びとユックリだがメリハリをつけなど工夫しながら稽古をする。次の日は気を抜いた動作、次の日は堅いごつごつした動作などやって見る。
 それには、当初は仮想敵を相手にせず自らの正しい動作の修得にしても出来るだけ早く仮想敵を思い描くべきでしょう。師匠は設対者となり切られ役になる工夫も大切な事です。
 武的演舞ではなく、武術の演武であるべきでしょう。
 
 

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