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2019年1月27日 (日)

曾田本その2を読み解く1故行宗貞義先生記録写4長谷川流

曾田本その2を読む
1、故行宗貞義先生記録写
4.長谷川流
△長谷川流
1、横雲   敵ノ拳へ抜付 二星ヲ勝ツ故二拳ナリ
1、虎一足  敵先二抜付
1、稲妻  
 敵打込拳へ抜付
1、浮雲   
右脇ヨリ我柄ヲ取来ル時
1、颪      
敵抜カケ来ル処ニテ我右足ニテ敵ノ柄ヲ踏ミ落ス心ニテ胸抜付
1、岩波   
敵真向ニテ左ノ方ヨリ我柄ヲ取ント両手ヲ出ス時我柄ヲ左足ノ方へヨヂテ敵ノ胸乳ノ上へ切先上リ二突込
1、鱗返シ 
敵ノ真向ニテ抜カントカマヱル力ケ声ニテカクレガタクサマ廻ッテ抜付(註意味不明曽田メモ)敵ハ真向ニテ抜斬リ懸クルトスル力声ニテ逃グル遑(いとま)ナキヲ以テスグサマ廻テ抜キ付クルナラン註記 三ッノ声ト云フ事(武術叢書)戦ヨリ初二カクル声ハイカホドモカサヲ懸ケテ声ヲカケ、又戦フ間ノ声ハ調子ヲヒキ底ヨリ出ツル声ニテカカリ、勝テ後アト二大キニツヨクカクル声、是三ッノ声也
1、波返シ 
右同断
1、瀧落シ 
敵我鐺ヲ取リ上へ押シ上ケル処ヲ前へ立抜ク拍子二鐺ヲ當テ突ク
1、抜打
読み解く
 大森流では、口伝口授で書き付けたものは無いと云っていましたが、長谷川流(英信流)では、ポイントが示されています。
1、横雲 敵の拳へ抜き付ける、二星に勝つ故に拳だといいます。柄口六寸の勝、の極意業
を長谷川流の一本目に示しています。古伝神傳流秘書では、「右足を向へ踏出し抜付、打込み開き足を引て先に坐したる通りにして納る」であって、特に斬り込む部位についての指定はありませんでした。行宗先生は下村茂市に柄口六寸の教えを受けていたかもしれません。    
1、虎一足 
敵が先に抜き付けて来る、のに応じるので我から先では無いぞと云っています。古伝神傳流秘書では「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同」ですから古伝も敵が先に抜き付けて来るのを、刀を逆にとは刃で受け留める事と思います。是は相手の斬り込む刀を受けると解釈しますが、敵の拳に斬り付け留める事も学べるところです。
1、稲妻 
敵が打ち込んで来る拳へ抜き付けています。神傳流秘書では「左足を引き敵の切って懸かる拳を拂ふて打込み後同前」で古伝が生かされています。
1、浮雲 
 敵は右脇より我が柄を取りに来る、大江先生は「敵三人並び一人の敵を置き先の敵を斬る時」と手附に括弧書きしています。古伝は「左へ振り向き足を踏みもぢ彳腰をひねる抜付左の手を添へて敵を突倒す心にて右の足上拍子に刀をすねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込み後同前、又刀を引て切先を後へはねずして取りて打込事も有」敢えて三人居並ぶ事は何故かどこにもありません。
 細川先生の教えも「右側に座して居る者を斬る」何故大江先生はわざわざ「三人並び・・」を指導されたのでしょう。江戸末期には替え業が頻繁だったかもしれません。或は、明治維新の際15,6歳でしたから指導も受けらずうろ覚えによるものだったかの知れません。今でも私の居た道場では6段になっても碌に英信流(立膝の部)を演じられない者がいました。指導者が充分指導せず全居連の刀法と正座の部、それに抜刀法ばかりで昇段審査及び演武競技会に対応させているばかりでした。
1、颪 
 敵が先に抜きかけて来るので、我は右足で其の柄を踏み落とし、敵の胸に抜き付ける。古伝は業名「山下風」と書いて颪と読ませていたと思われます。神傳流秘書「右へ振り向き右の足を右の手を柄と一所にて打倒し抜付後同前・・」大江先生も、「柄止め、直に左へ足を摺り込み、其踵へ臀部を乗せ右斜向体となり、斜め刀にて筋変へに打ち・・」で先ず柄を止めています。同時に「敵の眼を柄にて打つ・・」となります。
 ここは、敵が抜こうとするのに先んじて柄を止めるのですが、第20代河野百錬先生は「浮雲と同様に我が柄を取らんとするを我れ柄頭を敵の顔面に当てる・・」と替えてしまった手附を、無双直伝英信流居合道及び大日本居合道図譜で示しています。夢想神傳流が正しく伝承し、無双直伝英信流正統会は敵が我が柄を取らんとする仕方に変えてしまったものを演じています。
 河野先生独特の居合は「敵の我に害する機に応じる」の狭義の解釈と思われます。敵が先に仕掛けようと柄に手を掛けた颪を演ずるのが古伝でしょう。
1、岩波 
 敵は我が左がわ正面より、我が柄を取ろうと両手を出す、我は柄を左足の方へ敵の手をよけて、抜き出すや敵の胸乳の上へ切先上がりに突き込む。文章は不明瞭ですから抜けは自分で想像する以外に有りません。古伝は「左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突、膝の内に引後山下風の業に同」是も抜けがありますが、行宗写しより遥かに判りやすい。さすが土佐に居合を持ち込み伝書をまとめ上げただけあって素晴らしい頭脳を持つ第9代林六大夫守政です。大江先生も古伝並みの動作を示されています。
1、鱗返シ・波返シ 
 敵は真向にて抜かんと構える、その時掛け声をかけるので振り向いて抜き付けると云う事でしょう。声を掛ける鱗返しの古伝「左脇へ廻り抜付打込み開き納る」波返しも同様に後ろへまで廻るわけでこの業技法は伝わってきます。行宗居合は横道にそれてしまった様です。
1、瀧落 
 敵が我が鐺を取り上へ押し上げるので前に立ち上がり抜く拍子に鐺で敵に当て突く之も不明瞭な文章です。稽古が十分できている者には即座に状況が浮かびますが、これでは手が止まってしまいます。
 古伝も似たようなものです「刀の鞘と共に左の足を一拍子に出し抜て後を突きすぐに左の足を踏み込み打込み開き納る、此の事は後ろより鐺をおっ取りたる処也故に抜時鐺を以て当てる心持有」是では我が鐺を握った敵の手を如何にして外すのか不明です。此処は細川先生の教えの方が判りやすい「・・左手にて鯉口を握り立上り(後ろの者が右膝を立て鐺を握り引き止める)右足を踏出し柄を左へ突出し、左後へ振向き対手を見つつ、急に左足を前へ踏み越す、同時に柄を右肩の前へ引上げ右手を掛け、更に右足を前へ踏み出すなり、刀を引抜き鞘は後へ突込み、鐺で対手を突き・・」大江先生の瀧落の敵手の外し「徐に立ちて左足を後へ、一歩引き鞘を握りたる左手を其の侭膝下真直に下げ、鐺を上げ後方を顧み、右手を膝上に置き同体にて左足を出し、右手を柄に掛け胸に当て右足を前に進むと同時に抜き・・」で鐺で敵を突く動作は見られません。
 どの先生の教えであろうと、古伝の教えがいつの間にか形骸化するか消えてしまうか、あるいはまったく違うものになってしまうか面白いところです。
 どれも間違いでは無いと思われますが、本来の目的から逸脱してしまえば、この流の命は無くなってしまいます。
 
 

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