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2019年1月 3日 (木)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の14無き事

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の14なき事
 もとの我勝が居合の習奈り
       なき事云ハゞ身の阿だと成る
読み及び読み解く
 元の我勝つが居合の習い也 無き事云はば身の仇となる
 この歌はこのまま読んでも何を言いたいのか浮んで来ません。
 「もとの我」とは、昔の自分、本当の自分、自分自身かな、と読み込んでいきますと、自分自身に勝つのが居合の習いであると読めてきます。
 「なき事云ハゞ」は泣き言いえばかな、無き事言えばかな、などと思いめぐらして見ます。泣き言も、目の前に無い物ねだりも一纏めにして「なき事云ハゞ」「身の仇と成る」、無いものねだりして見ても身の為にはならない、と歌っているのでしょう。
 居合と云うのは自分自身の心に勝つもので、臆したり、味方を求めたりもっと修行して居たらばなどと泣き言いっていないで、無心になって抜き付けろ、というのでしょう。
 妻木先生の田宮流歌の伝
 「本の我に勝つがためぞといいならひ無事いふは身のあ□となる」
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
 「本能我尓勝可居合之大事也人尓逆婦ハ非可多奈利介理」
 (本の我に勝つが居合の大事なり 人に逆うはひがたなりけり)
 秘歌之大事が奥義を伝えているかも知れません。
 自分自身に勝つのが居合之大事な心得であって、人と言い争い刃を向けて争うなどは間違えているのである。
 この解釈が土佐の居合の極意、神妙剣でしょう。
 いざ、抜かざるを得ない場合は無心になって身を土壇となして打ち懸ける極意も秘めていそうです。
 

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