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2019年1月13日 (日)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の24寝て居ても

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の24寝て居ても
 寝て居ても起て抜見よ放れ口
        突かれぬ事は師匠なり介り
読み及び読み解く
 寝て居ても起きて抜いて放れ口を見てごらんなさい 突くことが出来ないのは師匠だからでしょう。是では書いてある通りに読み下しただけで意味が通じません。
 或いは、寝て居ても起きて抜いて見なさい、抜き付けの切先が鯉口を放れても、突く事が出来ないのは師匠だからでしょう。師匠だから突けないなどの事は別の事で、技法としては突きも充分稽古しなければなりません。鯉口から突など理屈が解ればすぐできます。
 もう一つ、寝ても覚めても抜き付けを稽古するのだが、師匠にだけはどうしても放れ際に突くことが出来ない。師匠の方が上手ならばしょうがない。
 抜き口への当流の極意は「柄口六寸」です。抜かんとする柄口六寸を師匠に抑えられてしまう。
 
 読み下せばこんな所でしょう。「突かれぬ事は師匠なり介り」が何を言っているのか、何が奥義なのかサッパリです。
 師匠の教えを教えられた形の通りに守り通して十数年、何か違うと思い至りて形を破って見たら思う様に運剣できる様になってきた。
 道場で師匠の前に立つと「違う」と叱責されて跳ね飛ばされても懲りずに更に磨き上げて、師から学ぶ事も無く新たな境地に佇む日々。
 私の様に、現状に満足できず、何故、何故と求め続けていますと師匠に疎んじられ、処を変えて又振出から一歩一歩、歩いてみます、又行きあたって何故の繰り返しです。
 もう是で充分な事などあろうはずもなく、お世話になった方達へ感謝はすれど、立ち止まって居られないものです。
 是を攻撃的だとか、自分本位とか言われても、求めるものが違うのですからとことんやる以外に生きている気がしないものです。
 武術の終わりは自らが死ぬ時なのでしょう。元の師匠を突き飛ばしてみても何の意味も無く、上意下達などと云って狭い世界に生きる人を置き去りにせざるを得ないでしょう。
 
 この歌の心は、師を置き去りには出来ないよ、と戒めて来る歌であれば、人情としてはそうであっても、武術の至極を求める者には無用の歌であって師を越えられない者は、不詳の弟子であるはずです。
 「弟子たるもの師匠の出来ない事でもやれ」と仰った初代関東地区会長太田次吉先生の言葉を思い出します。
 
 参考にしたいのに、秘歌之大事も田宮流歌の伝にもこの歌は存在しません。
 いずれまた、此の歌に取っ組んでみたい意味不明の歌です。

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