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2019年1月15日 (火)

曾田本その1の9居合兵法の和歌読み解く32首の26深く執心する人

曾田本その1
9.居合兵法の和歌読み解く
32首の26深く執心する人
道を立て深く執心する人尓
      大事残さ春大節尓せ与
読み及び読み解く
 
 道を立て深く執心する人に、大事残さず大切にせよ
 この歌の心は、この読み下し文で解ったと云えそうにありません。何故なら「道を立て」とは何か、「深く執心する人」とはどんな人か、「大事」とは何なのか、「大切にせよ」とは誰がするのか。
 この歌は、田宮流居合歌の伝には無いものです。
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事では
 「執心能あらん人尓ハ傳婦遍之くらゐ残春奈大事奈累事」
 (執心のあらん人には伝うべし位残すな大事なる事)
 「執心のあらん人」ですから打ち消しと取れば「執心の無い人」と読んでしまいます。執心の無い人には伝うべきである、位残すな大事なる事と読めます。
 執心の無い人にきちんと伝えなさい、当流の教えを残さず学びなさい大事なことですよ。と読んでしまいますが之では奥義の歌と云えそうにも無い、もともと執心の無い人がこの道を全うできる筈はないでしょう。せいぜい真似を上手にできるようになってもそこまでです。
 現代居合は居合抜だけですから仮想敵相手に抜いているだけで踊りの「上手下手」を言っていてもそれなりですが、師匠ともなったら教える時は当流の大事な事は伝えておきなさいと師匠を教育しているかも知れませんね。
 この田宮平兵衛業政の居合兵法の和歌を思う時、根元之巻を伝授される際、この流を以て身を立て深く執心する者は、大事な教えをどれも残さず大切にしなさい、と詠っている様な気がします。
 同時に、その様な人には大事な事は残さず伝えるのだ、と詠っても居るのでしょう。
 先師の磨き上げた業技法であっても、戦闘方法や武器の進化からそのままでは、その流派は消滅せざるを得ないでしょう。
 武術の根元が見事に集約されている流ならばその上に新たな武術が付加されて時代の先端を歩いて行けるのでしょう。
 指導者の業技法を真似るだけに終始し、指導者が変われば新たな考えが付加され、怠け者には付いて行くことが出来ません。
 そんな人は新たな指導者を批判して「あんな技法は無い」などと己の不勉強を棚に上げている人を見かけます。
 「心を籠めて流儀の位を残さずに納める事が大事だぞ」と始めたばかりの者にも、巣立ちゆく者にも歌っているならば、其の上に幾らでも業技法など積み重ねられる筈です。
 現代居合は何処かで足踏みしている様です。
 大切なものが伝えられていないかも知れません。
 それは、昇段審査でも競技会でも一定の形や拍子を固定されている様に錯覚してしまい、指導者の真似に終始しているためでしょう。
 六段ぐらいまでは、そうあるべきでしょう。しかし其処から本物を目指して磨き上げる、流の大事を知り、大切にしなければ流の伝承は形骸ばかりと成るでしょう。
 根元之巻が伝える「柄口六寸」も「神妙剣」も伝わってきません。
 中川申一先生の無外流居合兵道解説にある百足伝より
 「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」
 「我が流を教へしままに直にせば所作鍛錬の人には勝べし」
 所作鍛錬の人には勝てるよ、といっていますが根元に至った者には決して勝てないぞとも言っている様です。
 「馴るゝより習ノ大事願くば数も使へよ理を攻めて問へ」
 大事な事を理詰で師匠に聴き習えよ、師匠は正しく伝えよと云っている様です。
 直新影流に「急ダラリ、ダラリ急。早ク上手二ナルベシト急ギテ修行シタリトテ、スグ二上手二ナルモノ二非ズ。サレバトテ、気ヲ長ク、ナマケテ、ブラブラト稽古シテ、上達スル事ナシ。急ガズ、ダラリト、心ヲ長ク、ユルユル、ダラリト気ヲモマズ二、怠ラズ、油断ナク、急二スル気持ニテ修行セネバ、上達スル事ナシ。不急不弛不怠不油断シテ、修行可致也如此心得テ、心ガケ申スベキ也」
 この道を極めんと執心すれば、気もせいて来るものです。そんな時思い出す良い教えです。此処まで弟子に踏み込んで来る師匠も少ないでしょう。それは本物を目指すより段位を得ようとする安易な気持ちが良い師匠を生み出せない事にも依る様です。本物は与えられるものでは無いと気が付く事が本物たる所以かも知れません。
 執心の人はともすると、百足伝の「馴るゝより習の大事願わくば数も使えよ理を攻めて問え」になります。
 習い覚えて馴れただけの師匠では面倒くさいでしょう。何でもハイハイと聞いてくれる腰巾着の方が扱いやすいものです。
 本物を目指す者を育てられない者は弟子を取るべきではない、とも此の歌は行っている様です。
 「道を立て深く執心する人」の前には、新たに普請をすべき道が続いている様です。一生稽古とか修行とか言っていますが、習ったままを振り回していてもそれでは何も得られません。
 いやでも衰える体力を、転換できない様な稽古は練習に過ぎません。習い稽古工夫のスパイラルを如何様にするかは志以外に生み出せそうも無いようです。
 
 
 
 
 
 
 
 

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