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2019年2月 5日 (火)

曾田本その2を読み解く3大森流居合抜方3の6請流

曾田本その2を読み解く
3、大森流居合抜方
3の6請流
古伝神傳流秘書
流刀:左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し(此の處工夫すべき處なり曽田メモ)右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る 膝をつく
吉宗先生
請流(流刀、受刀):左向にて敵正面ゟ打ち込み来るを我左足を踏み出し左肩先に請け流し右足を右斜に踏み出し体を変はして右足を揃へ(左足に)右肩ゟ切り下す左足を引き逆手納刀
大江先生
請け流し:(足踏みは三角形とす)(右斜向にてもよし)右向となりて正座し敵が頭上に切り込み来るのであるから右斜め横に左足を踏み出し中腰となりて刀尖を少し残して左膝に右黒星を付け抜き、右足を体の後に出すと同時に残りが刀尖を離れて右手を頭の上に上げ、刀を顔面にて斜として刀尖を下げて請け流し、右足を右横へ摺り込みて左足に揃へ、左斜向に上体を変へ稍や前に屈し、刀は右手にて左斜めの方向に敵の首を斬り下し、下す時左手を掛ける。血拭ひは、斬り下してる体勢の足踏みより左足を後方へ引き、右足は稍前方に屈し膝頭を前に出す、其膝上に刀峯を乗せ右手は逆手に刀柄を握り構へ、其侭静に刀を納む、刀を納むるとき刀を鞘におさめつゝ体を漸次下へ下し、刀の全く鞘に納まるや之と同時に左足の膝を板の間に着けるなり。
 古伝を演じてみると座して居る左肩から敵が切って懸かる、「踏み出し抜付」は「腰を上げ左足をやや右に踏み出し刀を抜き始める」と云うのでしょう。
 敵が打ち込んで来るのを、左足を更に踏出して、打ち間を外し刀を抜くや、眼前頭上に刀を稍々切先下がりに抜き出し抜き請けに、請け流す。
 この場合は敵刀が我が刀に触れるや切先を下げて摺り落すのでしょう。擦り落すや左足先を敵に向け乍ら右足を左足に踏み揃へ、片手打ちに敵に打ち込み右手を柄に添える。左足を引いて、刀を右脛へ取り直し、逆手納刀しつつ左膝をつく。
 このポイントは、敵の打込みを切先附近まで抜き出した状況で待ち、充分引き付けた所で左足を更に踏出し打ち間を外しながら敵刀を請ける所にありそうです。結果として敵の刀は我が刀の物打ち付近で摺落される筈です。
 吉宗先生も同様かなと思えます。
 大江先生も概同様でしょう。しかし、受け流す際右足を後に引いていますから敵刀は鍔元近い請けになりそうです。
 右向きに座し、左から打ち込んで来る敵に、中腰となって左足を体の正面左斜め前(場の右斜め前)に少し踏み出し、攻撃態勢を作り、右黒星(右足の踝?意味不明)を、左足に引き付ける様に摺り込みながら切先まで抜き出し、打ち込まれる寸前に立ち上がりつつ右足を後に引くや刀を抜き出し顔前頭上に切先下がりに敵刀を請け流す(摺り落す)。右足を左足に踏み揃え、左斜めに振り向き敵の首に斬り下す。以下古伝と似たような逆手納刀です。
細川義昌先生伝授する梅本三男先生の「流刀」
 正面より右向きに正座し、左手を鯉口に執り、右手を柄に掛けるなり、急に左足を前方に踏出し、体は低く刀を左頭上へ引抜き(左側より斬込み来るを)受流しながら、右足を前へ踏越す、同時に、体をくるりと左後へ振向き(刀は頭上にて、受流したるまま左後ろより右肩後へ、血振ひする直前の様に振り下げ、空を斬って居る者の後ろ首へ)刃部を左斜下へ向け、右足を左前足に踏み揃っへる。同時に左手で柄頭を握り諸手となる。・・・。
*
中山博道先生の流刀:正面に対て右向に正座す、頭を左に向け左足を約一歩前に踏み著くる間に右手を以て柄を上方より握り抜刀し頭上を目がけて斬り来る敵の刀を左肩後方に向け流す心持ちにて動作す。・・右足を左足の右後ろ方約一歩半の所に開き刀は右肱を屈げて肩に担ぐようにする。・・。左に向けつゝ右足を左足に引き付け、左前方に斬り下す・・。(居合読本より)
 夫々の方法で受け流していますが、がっちり受け止めてから流すのではない事は判ります。敵刀を請けるや流すこの業を身に着けなければ、刀は叩きおられ、請けても力任せにたたき斬られてしまうでしょう。
 座して居る者に切り込み受流されて空を斬るはありますが、態勢が崩れて前のめりに成ったり、我が左後ろに流れる様な打ち込みを英信流の稽古業であり得るでしょうか。
 大江先生の居合道型の「請流」では打太刀が首を斬ってくれと前のめりになって仕太刀を導きますが、竹刀剣道の打込みではいざ知らずです。
ここで細川義昌、行宗貞義。大江正路の略歴を上げておきます。
1849年嘉永2年
細川義昌生まれる
1850年嘉永3年
行宗貞義生まれる
1852年嘉永5年
大江正路生まれる
この年下村派下村茂市土佐藩居合術指南となる
1856年安政3年
細川義昌下村茂市に入門7才
1868年明治維新
細川義昌19才
行宗貞義18才
大江正路16才
1869年明治2年
版籍奉還
1876年明治9年
廃刀令
1877年明治10年
西南戦争
下村茂市没す
細川義昌29才
行宗貞義28才
大江正路26才

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