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2019年5月20日 (月)

曽田本その2を読み解く19無雙直傳英信流居合術の傳統19の8第11代大黒元右衛門清勝

曽田本その2を読み解く
19、無雙直傳英信流居合術の傳統
19の8第11代大黒元衛門清勝

 高知市帯屋町の人
 大森流は此の人の拵しものと云う人あるも誤りならん、実は大森六郎左衛門に始まりたる林守政の剣道師なり。
 此の清勝より二派に分れたり、故に代記を省略して諸先生の略歴に止む。

 第11代大黒元右衛門勝清から12代、13代、14代は二派に分れたので曽田先生に省略されてしまいました。
 大黒元右衛門清勝は伯母が第9代林六太夫守政の妻になっていたので縁戚と云う事になる。馬廻り、知行二百五十石の家柄であった。(土佐武道史話より)
 大黒元右衛門清勝の後は曽田先生の無雙直伝英信流居合術系譜では、下村派と谷村派に分派したとされています。

 下村派
 11大黒元右衛門清勝ー12松吉(好)貞助久盛ー13山川久蔵幸雅ー14下村茂市ー15(行宗貞義、細川義昌、片岡健吉)
   
 谷村派
  11大黒元右衛門清勝ー12林益之丞政誠ー13依田萬蔵敬勝ー14林弥太夫政敬ー15谷村亀之状自雄

 林六太夫守政の養子林安太夫政と林益之丞は居合上手であったらしい、林弥太夫は林益之丞の子。
 依田萬蔵敬勝は林益之丞の門下で抜群の誉があり、留守居組で三人扶持切符八石の小身であった。
  大黒元衛門によって松吉(好)貞助も伝書を受けている様で、林弥太夫の門人だった山川久蔵は師家を離れ別に伝書を受けて門人を取っていた。遡ると、山川久蔵ー松吉(好)貞助ー島村右馬丞ー坪内清助長順ー大黒元右衛門だそうです(土佐武道史話より)。
 土佐武道史話では大黒元右衛門から伝書が林益之丞と坪内長順にも与えられたとしています。
 谷村派、下村派の謂れは谷村亀之丞、と下村茂市の姓を取ったものと思われます。この二人の活躍した時期は明治維新を挟む1868年前後、大黒元右衛門が11代を受け継いだのが林安太夫の死後(安永5年1776年)です。既に92年の歳月が過ぎ、師家は5代に渡ります。従って双方の交流が無かったとすれば多くの違いがあっても良さそうですが、顕著なものは見当たりません。
 谷村派の抜き付けは正対し、下村派は半身とかどうでも良さそうな違いを得々と述べている人を見ますがさてどうでしょう。状況次第でどちらでも出来て当たり前でしょう。仮想敵相手の居合は、師匠の思い込みと癖が顕著に出るものです。形に拘り過ぎればただの武的踊りになります。拘らなければ理合不明の一人よがりに陥るものです。

 

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