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2019年5月23日 (木)

曽田本その2を読み解く19無雙直傳英信流居合術の傳統19の11大江正路子敬(蘆洲と號す)

曽田本その2を読み解く
19、無雙直傳英信流居合術の傳統
19の11大江正路子敬(蘆洲と號す)

 大江正路子敬(蘆洲)の読みですが、おおえまさじしけい(ろしゅう)と読みます。いつの間にか「おおえまさみち」と読まれています。私が「おおえまさじ」と云いますと、直にダメ出しをされるのです。
 ロイ・キヨオカ著増谷松樹訳の「カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想」草思社発行を読まれた方は気が付くでしょうが、之は大江正路先生の娘さんの回想録で其処に「大江正路(おおえまさじ)」と読ませています。
 正しい呼び名はともかく、大江正路先生のカナダに渡った娘さんの回想録から、大江先生の人柄や生活が垣間見られ感慨深いものです。著者のロイ・キヨオカは大江先生の孫にあたる人となります。
 大江先生の居合が古伝の伝承を踏みにじった様に私の古伝研究は語っていますが、消え去ろうとしたものを繋いできた思いは簡単に真似できるものでは無く、まさに現代居合の中興の祖と云えるでしょう。
 明治維新によって職を失った武士の生活は決して楽では無かったと察しられます。したがって正しく伝承する事すら困難であったと思えるのです。
 この本が、明治の人となりをしみじみと味わわせてくれます。
 お陰様で土佐の居合を学ぶことが出来た上に、古伝を紐解くきっ掛けもそれによって得られたと思っています。ただし現代居合や竹刀剣道だけでは決して古伝の心持ちを味わう事は出来そうにありません。
 横道かも知れませんが、私の近くの農家のおばあさんは93才です。毎日畑へ出て耕したり、雑草を刈ったり、種まきや、イモ類の植え付けをしています。其の動作は何処にも力が入っていない静かな動きで、遠い昔の武術を忍ばせます。大江先生の時代はすでに古伝の心を失伝してしまった時代でしょう。西洋風の真似事やその指導法を取り込んで多くの人が、歳と共に使い物にならない体になって居ます。
 若者の速さや強さに負けるのでは武術とは言えそうにありません。

 旧姓濱田と云ふ高知江ノ口の人剣を馬詰栄間に居合は五藤正亮に就て学び大日本武徳会剣道教士、居合術範士にして元第二中学校剣道教師として奉職し一方居合術も担当せり。後第一中学剣道教師、武徳会高知支部剣道教士たり、谷村樵夫没後は居合術をも担当せり。昭和2年没せらる。

 大江先生の年表
 嘉永5年1852年  生まれる
 明治維新1868年  戊辰戦争出陣16才
 明治3年1870年  藩立文武館剣道専業拝命18才
 明治5年1872年  常職を解かれる20才
 明治9年1886年  廃刀令24才
 明治10年1877年 西南戦争
            第14代下村派下村茂市没す
 明治15年1882年 高知県武術会剣道教授30才
 明治17年1884年 剣術教授辞退
            長崎高島三井炭鉱取締役監督32才
 明治24年1891年 長崎高島三井炭鉱辞退39才
 明治25年1892年 高知共立学校撃剣教士40才
 明治26年1893年 高知共立学校辞退41才
 明治27年1894年 日清戦争
            東京芝区有待館撃剣教授42才
 明治28年1895年 大日本武徳会結成
            有待館辞退
            高知県武術会長推挙
            高知県師範学校撃剣教授委嘱43才
 明治29年1896年 同上辞退44才
 明治30年1897年 高知県尋常中学校撃剣教授45才
            同上病気辞退
            石川県警剣術教師
            石川県立第二中学校剣術教士
 明治31年1898年 五藤正亮没す64才
   明治32年1899年 大日本武徳会石川地方委員47才
   明治33年1900年 石川県を去る48才
                                  高知二中剣道教授
   明治35年1902年 武徳会高知支部剣道教授50才
 明治38年1905年 穂岐山波雄・森茂樹高知二中で大江に師事
            谷村樵夫没す
 明治41年1908年 政岡壱實高知一中入学
 明治42年1909年 高知一中赴任57才
            政岡壱實、堀田捨次郎大江に師事

 明治45年1912年 高知県第一中学校助教諭心得60才
 大正6年1917年  山本晴介大江に師事
 大正7年1918年  大江・堀田共著「剣道手ほどき」66才
 大正13年1924年 居合道範士73才
 昭和2年1927年  大江正路没す76才

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