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2019年5月18日 (土)

曽田本その2を読み解く19無雙直傳英信流居合術の傳統19の6第6代林六大夫守政

曽田本その2を読み解く
19、無雙直傳英信流居合術の傳統
19の6第6代林六大夫守政
高松城下南軒町に住す馬廻り格なり父を政良と云う寛文3年生、礼節、居合、和術、剣術、書技、謡曲、俗楽▢等人の師たるに足る技十六ありしと云う、享保17年7月17日歿行年70才。

第9代林六大夫守政については平尾道雄先生の土佐武道史話の長谷川流居合に詳しいので新たな事が分らない限り林六大夫守政の項目をお借りします。
 林六大夫の先祖は池田豊後といって中村一条家の家来であった。その子孫は一条家没落後長曾我部家に仕え、その後長曾我部浪人として大津に住み、林とあらためて山内家に仕えたもので、六大夫のときは御料理人頭という役目であった。
 四代の太守豊昌のお供で江戸参勤の途すがら、淀船でさる西国大名とであったことがある。船中にむかえて御馳走がはじまったが、料理をつとめる六大夫が、まな箸で皿鉢をはさみ、船べりから川の水をすくって洗う手ぎわがとてもあざやかで、船中の主客が感動したという逸話が残っているほどで、このコック長ぶりの見事さがなにかほかにも通ずるところがあったらしい。
 本職の包丁はいうまでもなく弓、馬、剣、槍などの武芸もみんな印可を受けていたし、謡曲や鼓までその技をきわめ、其の中でも有職故実は伊勢兵庫に学び、書道は佐々木文山に習って当時抜群のほまれがあった。
 はじめは知行八十石で新小姓の格だったのが、後には百六十石の馬廻に昇格し、料理人頭から故実礼節方専門の指南役まで出世した。太平の時節にこのような昇進を見ることは異数の例で、それだけにかれの才能がいかにすぐれていたかが想像されるだろう。
 かれの名を後世にのこす長谷川流居合は、実は六大夫にとって余技にすぎなかったのである。
六大夫は城下八軒町に住んでいたが、享保17年(1732年)7月7日に70才で亡くなった。妙に7に縁があるというので世間のうわさになったそうだが、豊昌、豊房、豊隆、豊常、豊數の五代に仕えて、その信頼がすこしも衰えなかったのを見ても彼の円熟した人がらがわかるし、長谷川流系譜のうちでも其の位置は重視されている。
 前記のごとく江戸浪人荒井勢哲からその皆伝をうけたが、居合を表芸とはしなかったにで師匠格などには任命されなかった。
 妻は大黒茂左衛門(勝盛)の娘で、助五郎政彬、縫之丞正晴の二男をもうけたが、二人とも幼年だったから、安田道玄という医師の次男をもらって家督と居合伝を授けた、これが安大夫正詡である。(平尾道雄著 昭和36年発行土佐武道史話より)

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 平尾道夫先生の土佐武道史話は昭和36年発行ですから、曽田本その2の林安大夫守政の略歴はそれ以前に伝わっていたものから曽田先生は引用されたのでしょう。
 第9代林六大夫守政は逆算して寛文2年1662年生まれ、享保17年1732年に没しています。
 曽田本その1の居合兵法極意秘訣(英信流居合口受(授)秘訣)は養子の第10代林安大夫正詡になるもので明和元年1764年のものでした。養父の物語を忘れないうちに書き付けたとしています。それで養父六大夫亡き後32年も経って居ます。
 それでは、土佐の居合の原本と云える曽田本その1の無雙神傳英信流居合兵を書きあらわした古伝神傳流秘書は何時頃書かれたものなのでしょう。料理番頭となって江戸勤番の際に荒井勢哲に師事したとして根元之巻を授与されるとすれば、土佐への往ったり来たりが無くとも10年、あれば20年はかかるでしょう。20歳から始めていれば40歳でしょう。他の江戸での習いごとを考慮すれば50歳ころ1711年1正徳元年頃でしょう。残りの人生は20年、書き終わったのは60歳として1720年頃享保5、6年でしょうか。
 荒井勢哲の指導法は判りませんが、当時の口伝口授による教え、あるいは業の順番だけ教えて後は自得する指導法でしたら林安太夫の武的能力及びポイントを捕えた文章表現力には圧倒されます。メモの見本の様に思えます。
 指導を受けるたびに克明に覚を書き留めていったのでしょう。現代では居合しか稽古せずに40年も経ってようやく真似っこの目録允可ではお粗末です。神傳流秘書の業数は174本になるものです。

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