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2019年5月15日 (水)

曾田本その2を読み解く19無雙直傳英信流居合術の傳統19の3第3代目長野無楽入道槿露斎

曾田本その2を読み解く
19、無雙直傳英信流居合術の傳統
19の3第3代目長野無楽入道槿露斎

第3代
◯長野無楽入道槿露斎
無楽入道と称す業正の弟子
近江井伊家に仕え禄二百石を領す90余歳まで長寿

本朝武芸小伝巻六
◯長野無楽斎槿露
長野無楽斎槿露は刀術を田宮重正に学びて精妙を得、後井伊侍従に仕え、九十有余にて死す。
◯一宮左大夫照信
一宮左大夫照信は、妄執武田家土屋惣蔵麾下士にて武功居多也、天正八庚辰年九月武田勝頼上州膳城を攻める時、一宮脇又市と相共し城戸に入り槍を合わせ武勇を震う、且つ刀術を長野無楽斎に学び其の妙を得る、今に至り一宮流を称し末流諸州に在り。又上泉孫次郎義胤という者あり、一宮と共に無楽斎に従い神妙を得る。

山田次郎吉先生の日本剣道史による無楽流(長野槿露)
長野無楽斎槿露に起こる抜刀術で、武芸小伝には長野を田宮一門としてあるが、今伝系に由ると、林崎甚助の門である。槿露は上州箕輪の城主長野信濃守の一族で、武田に討亡されたる後、出羽に漂ひ来たって林崎に居合術を学び、更に工夫を加へて一家を為した。これを無楽流といって、羽州殊に会津に昌んに行はれた。槿露は常に牛に乗って女子に口縄を執らせて歩行き。上下の差別なく交り、寒来れども爐せず、一生不犯であったといふことだ。最上の人沼澤長政に其傳を授け、之よりして世々羽州に流儀が残った。上泉伊勢守の孫義胤も無楽に就て学んだといふ。此の人90歳までいたといふから、元和以後まで存命であったらう。

長野無楽斎の門に上泉孫次郎義胤といふ者があることは、武芸小伝に記している。長野は上州の信濃守業政の一族で、孫次郎は上泉伊勢守の族縁の者である。武芸名家伝に由れば、無楽斎が流を伝へて上泉権右衛門英信と云者、尾州の柳生兵庫が許へ来って居合を以て勝負を望んだところ互角の成蹟であったので、兵庫大に賞賛して尾張公へ吹挙して仕官さした。これが無楽流上泉派と称して流行した。其の門に若林四郎兵衛あり四郎兵衛後又別れて二派となり続々相継で尾州に其箕裘をとどめたのである。

 

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