« 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部5八重垣 | トップページ | 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部7介錯 »

2019年6月 2日 (日)

曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部6受流

曾田本その2を読み解く
20、スクラップ無雙直傳英信流居合術
20の4居合術業書
正座之部6、受流

 正面より約15度位右向に正座し、例により柄に手を掛け腰を浮かして左足を右前に(正面より90度右)踏み込み刀を抜きつゝ差表にて冠り左に流すや、右足を右斜後に踏み込み(此時体は稍左に向く気味にて右足の爪先は左の方向に向く様)乍ら左に振りかえり刀を頭上に振冠り、直ぐに右足を左足に踏み揃へると同時に、真向に大きく切込み(此時左手は振りかつぎし所より切込む迄の途中にて諸手になる事)夫より左足を一歩後に引き、物打のあたりを右膝頭の上に取り、左手は左前斜に十分に突き出して構へ、右手を逆手に取り替え刀を振り返して納めつゝ左足を跪くと同時に納め終る。

大江先生の剣道手ほどきの「請け流し」を稽古してみましょう。
 (足踏は三角形とす)
   (右斜向にてもよし)右向となりて正座し敵が頭上に切り込み来るのであるから右斜め横に左足を踏み出し中腰となりて刀尖を少し残して左膝に黒星を付け抜き、右足を体の後に出すと同時に残りが刀尖を離れて右手を頭上に上げ、刀を顔面にて斜として刀尖を下げて請け流し、右足を右横へ摺り込みて左足に揃へ、左斜向に上体を変へ稍や前に屈し、刀は右手にて左斜の方向に敵の首を斬り下し、下す時左手を掛ける。血拭ひは、斬り下したる体勢の足踏みより左足を後方へ引き、右足は稍前方に屈し膝頭を前に出す、其膝上に刀峯を乗せ右手は逆手に刀柄を握り構へ、其儘静に刀を納む、刀を納むるとき刀を鞘に納めつゝ体を漸次下へ下し、刀の全く鞘に納まるや之と同時に左足の膝を板の間に着けるなり。

 大江居合と河野居合の違いは、大江先生は右斜め向きでもいいが右向きに正座する。河野先生は正面より15度位右向きに正座する。敵は正面から斬り込んで来るのでしょう、双方正面90度に左足を踏み出す初動は一緒です。
 次の抜刀し受け流す時、大江先生は右足を体の後方に出すと同時に受け流す。河野先生は受け流してから右足を右斜め後に踏み込む。後は同じ様なものです。

 此の右足の操作は、河野先生の昭和13年1938年の無雙直傳英信流居合道では「右足を左足の一歩後方に進め乍ら刀を振り冠り、其の指し表にて敵刀を受流す」に代っています。第18代穂岐山先生の指導の儘にメモを取ってチェックまでしてもらって発行したのに之は変です。 
 中腰の儘受け流してから右足を右斜後に踏込み、左に振り返る、河野居合は消えてしまいました。
 この受け流しは中山博道居合に残っています。昭和9年1934年太田龍峰先生による「居合読本 大森流居合6流刀 正面に対して右向に正座す、頭を左に向け左足を約一歩前にふみ著くる間に右手を以て柄を上方より握り抜刀し頭上を目がけて斬り来る敵の刀を左肩の後方に向け流す心持にて動作す・・次に立ち上がりつつ」ですから、河野居合でしょう。
 陰陽進退(八重垣)の敵二人と一人の違い、斬り込まれて受け払ってから打ち込むのも、斬り込まれるのを機先を制して抜き打つのも、この流刀(受流)にも変化業はあったのでしょう。

 古伝神傳流秘書の大森流居合之事流刀「左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る膝をつく」この手附では座して受け流す様に読み取れます。敵は我の下準備など待ってはくれないでしょう、座したまま受け流す術を稽古すべきで、決して「がっちりうけてから流す」のではないでしょう。熟達すれば大江先生の様に立ちつつ受け流し同時に体を受流した敵に向いていなければならない、敵の拍子を読み切る稽古を要求されます。

 細川先生の流刀は梅本居合で稽古して見ます「正面より右向に正座し、左手を鯉口に執り、右手を柄に掛けるなり、急に左足を前方に踏出し、体は低く刀を左頭上へ引抜き(左側より斬込み来るを)受流しながら、右足を前へ踏越す、同時に、体をくるりと左後へ振向き(刀は頭上にて受流したるまま左後より右肩後へ、血振ひする直前の様に振下げ、空を斬って居る者の後ろ首へ)刃部を左斜下へ向け、右足を左前足に踏み揃へる、同時に上体を前掛りに(右片手にて)大きく斬込み同時に左手で柄頭を握り諸手となる・・」


 谷村派第15代谷村亀之丞自雄先生の大森流居合之位流刀「是は座したる所へ左横より敵討かかり来る也、其時我は左の足を立て前へふみ出し横に請流す心持にて其儘右の足をふみ出し筋違に切り跡はすねへ置き柄を逆手に取直し納むるなり」
 江戸末期では谷村派も下村派も流刀は同じであったとこの手附から読み取れます。大江居合も河野居合も安易に形を追った様で「請け流し」ています。この業はやはり低い姿勢で請け流し、筋を替って流れた敵を斬る技でしょう。「受流」ではなく「流刀」で無ければ意味は無さそうです。
 此の業の疑問点は、敵は受け流されて体を崩すと安易に教えられますが、無直双直伝英信流の斬り込みは上体をしっかり立てて斬り込んでいます。其の上たとえ受流されても、右足をしっかり踏みしめたたらを踏むような崩れは指導された覚えはない。

|

« 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部5八重垣 | トップページ | 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部7介錯 »

曾田本その2を読み解く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部5八重垣 | トップページ | 曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の4居合術業書正座之部7介錯 »