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2019年6月12日 (水)

曾田本その2を読み解く20スクラップ無雙直傳英信流居合術20の5居合術業書立膝ノ部5颪

曾田本その2を読み解く
20、スクラップ無雙直傳英信流居合術
20の5居合術業書
立膝ノ部5颪

 正面より左向に立膝に座し例に依り左手を鯉口に掛け、鯉口を握りたるまゝ拇指を鍔にかけ右手を柄に掛け、右足を踏み込みつゝ柄かしらにて敵の顔面を一撃し、左足を引き付けつゝ右手にて刀を抜きつゝ腰を充分左にひねりて抜き放ち敵の胸元へ切り付け(体は左に向き右膝は浮かし左膝は下に付く)顔は正面に向け左足を少し後に引き左手の四指を刀の腰に当て、敵を横に引倒すや右足を正面より右(90度)に踏み開き肩の高さに右拳を伸ばし(顔は正面に向く)刀を後にはねかえし、右足にて廻り正面に向き乍ら双手上段に冠り真向に斬込みて納め終ること同前。

 河野先生の手附では、敵の仕掛けが何も語られていないので敵の座す位置も解りません。自分勝手に刀に手を掛け、「右足を前に踏みつゝ柄頭にて敵の顔面を一撃する」敵は正面に立膝に座して居るのでしょうか。
 敵の胸元へ切り付ける際「(体は左を向き右膝は浮かし左膝は下に付く)」正面の敵に抜き付けるのに、体を左に向け抜き付けています。「(顔は正面を向く)」のですから抜き付けられた敵は我が右にいなければ変です。
 引き倒しも、右足を「正面より右(90度)」に踏み開くのです。この業書では疑問が湧いてきて稽古が出来ません。場の正面左向きに座した我に対しこの文章からは、敵は場の正面右向き、我に向い合って座して居る様に読めます。昭和8年1933年に発行された河野先生の「無雙直傳英信流居合術全」の立膝ノ部颪も、同じ文章です。我が正面の敵の胸に抜き付け、体は正面左、顔は正面に向け、敵を正面90度に引き倒すのです。この抜付けでは正面に引き倒すのが精一杯でしょう。敵はどこに座し、何かをしようとし掛けて来る、それに応じた居合が始まるのですが其処がすっぽり抜けています。

 河野先生の昭和13年1938年の「無雙直傳英信流居合道」の颪の業書では意義が付されています。:「浮雲と同様に横列に座し居る場合、右側の敵が、吾が刀の柄を取らんとすると、吾れ柄を左に逃がして敵手を外づし、直ちに柄頭を以て敵の顔面人中に當て、敵の退かんとする所を其の胸元に斬り込み、右に引き倒して上段より胴を両断するの意なり。」
 これで、敵の位置関係が明瞭になるわけです。業の形を追うばかりでは敵との攻防である事が薄れてしまうのです。

 大江先生の剣道手ほどきから颪を稽古して見ます。颪は長谷川流居合と表記され「右身の部」と区分けがあります。横雲、虎一足、稲妻は「向身の部」ですから我は場の正面に向き敵と相対して居ます。「右身の部」ですから我は場の正面を右にして左向きに座し、敵も同じ左向きで我の右に座して居ます。
 颪:(又山おろしとも云ふ)左向き腰を浮めて右斜に向き、柄止め、直に左へ足を摺り込み、其踵へ臀部を乗せ右斜向体となり、斜刀にて筋変へに打ち其形状にて左手は刀峯を押へ、左足を左横に変へ、刀を右へと両手を伸ばして引き、敵体を引き倒すと同時に右足を右斜へ寄せ、直に其刀を右肩上の處にかざし左足を後部に引き右足を出し、正面に向き上段となりて斬るなり。血拭ひ刀納む。(敵の眼を柄にて打つ進んで胸を斬り更に頭上を斬る)

 大江居合の業手附も、仮想敵の状況が不明瞭で解りにくいのですが、双方の座す位置が判れば手附に従って動作が判ります。ここでは敵が抜かんとして柄に手を掛けたのを「右斜に向き、柄止め」しています。然し後書きの括弧内は(敵の眼を柄にて打つ・・)です。大江居合も文章力が不足なのかこれでは混乱します。「柄止め」とは敵が抜こうとする柄手を打ち据える事、又は敵の動作に先んじて敵顔面を打ち据えてしまう事位におおらかに考えておきましょう。
 抜き打った後の「敵体を引き倒す」ですから「敵を横に引き倒す」と同じでいいのでしょう。大日本居合道図譜の浮雲の引倒し別法として「剣先を下げ刃を右斜後方に向け引き倒す(註 下村派は之による。ただ参考の為めに記す)と有ります。

Img_0643-002
写真は大江先生の浮雲の引き倒し。兵庫蘆洲会土佐塾 故西本千春先生より送られたものです。
数少ない大江先生の演武写真の一つです。
縦に「浮雲の引き斃し 大江先生のこの体動を学べ」
横に「第17代範士大江正路先生」と有ります。
西本先生とは第一回違師伝交流稽古会の時に神戸でお会いして其の演武も拝見させていただきました。その後三回まではお目にかかっていたのですが体調を崩されお目に掛かれないままお亡くなりになりました。

 細川義昌系の梅本三男先生の「居合兵法無雙神伝抜刀術」の山下風:(右側に座して居る者を斬る)正面より左向き、居合膝に座し、例により左手を鯉口に執り、腰を伸しつつ右膝を立て体を右へ廻し正面へ向くなり。
 右足を引付けると同時に柄を右胸上部へ引上げ、右手を柄に逆手に掛け右足を踏出すと共に鍔にて対手の左横顔を打ち直に右足を引き寄せる、同時に鯉口を腹部へ引付け刀を右真横へ引抜き(切先放れ際に)左膝を左へ捻り正面より左向きとなり対手の胸元へ(切先上りに手元下りに)斜めに抜き付け、更に体を右へ捻り戻しつつ刀の腰に左手の四指添へ、刀尖を下へ柄頭を後上へ引上げ体を右へ廻しつつ対手の体を押倒すなり(正面より右向きとなり)。左足を跪き刀尖を(上より)後へ振返し右足踏出すと共に双手を向ふへ突出し横一文字に構へ(視線は左正面の対手に注ぐ)左膝を右足へ引き寄せつつ諸手上段に振冠り、右足を正面へ踏出し(胴体へ)斬込み、刀を開き納め終る。

 是迄の手附と違って、敵の左横顔に鍔で打つのです。


 古伝神傳流秘書英信流居合之事山下風:右へ振り向き右の足と右の手を柄と一所にて打倒し抜付後同前但足は右足也浮雲と足は相違也

 たったこれだけです。これでは幾つもの自分流があっても当然です。始めは師匠から手ほどきを受けその教えに従い真似の稽古を繰返す事、其の上で、仮想敵の仕掛けに如何に応じるかを工夫する、そして気を知って応じ和す心を武術とする。
 柳生新陰流の柳生石舟斎宗厳が尾張大納言義利のち義直に柳生新陰流第四世を印可した際に進上したと云う「始終不捨書」の三摩之位にある円相上に等分に打たれた三点を「三摩」といい「習い・稽古・工夫」それがその流の武術を学び修行する事でしょう。多くは、習い・稽古で終わってしまうものです。まして「守破離」など程遠いものです。

 

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コメント

ミツヒラ様

いつも読ませていただいております。
大変勉強になります。

まさか、師である西本先生の名前をこちらのブログでお見かけする日がくるとは思ってもいませんでした。
ミツヒラ様は西本先生ともつながりがあったのですね。

大変恐縮なのですが、一点だけ誤変換を発見しました。
兵庫蘆洲会土佐熟 -> 兵庫蘆洲会土佐塾
もしよろしければ、ご修正いただければ幸いです。

Uさま
コメントありがとうございます。ご指摘、失礼いたしました。早速訂正させていただきました。なお西本先生との事について本文に加筆させていただきました。先生とは丸二日間ご一緒に過ごさせていただき夜遅くまでお話をお聞きしたものです。今日在るのも、黙って私たちの師伝の演武を見ていただき、何のご指摘もされませんでしたが其れが一番ありがたかったことと今にして思い出されます。
   ミツヒラこと松原昭夫

投稿: U | 2019年7月15日 (月) 11時01分

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