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2019年7月21日 (日)

曽田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義につきての解説22の10業と業との間

曽田本その2を読み解く
22、スクラップ居合の疑義につきての解説
22の10業と業との間につきて

 答、総ての業の間には必ず一動毎に少しの間を置き決して一連に行ふものに之無く候、此一連に行ふは最も不可にして少しの間と云ふものは時間的のものにては無く「一動の終りにぐっと確かなる力の締りを」必要と致し候、而して次の動作は新たなる力と気合を以て行ふものに候。
 此の少しの間と云ふは、初心の内は十分落付きて業と業との間に区切りを作り、熟練するに連れて此の間をつめて然して此の業と業との間に力の締りある如く行ふを可と致し候。

 穂岐山先生の仰る「業」は現代居合の「技」かも知れません。是も河野先生の質問の状況が無いので判断に迷います。業とは例えば正座の部ならば一本目前と二本目右の様に異なる想定による業を差します。
 業は一本目前の場合、抜き付けの技、と振り冠りの技、打ち下しの技と云う様な使われ方をしています。
 業と技は広辞苑ではどちらも「すること、しわざ、おこない、つとめてしてする事、職としてすること、しごと」「しかた、方法、技術、芸」「こと、有様、次第」「わざわい、たたり、」「武道、相撲等で、相手に仕掛ける一定の型の動作」で区別が不明瞭です。
 藤堂明保先生の学研漢和辞典では、業は「ぎざぎざとつかえて、苦労する仕事、生活のため苦労してする仕事、すらりとはいかない仕事」。技は「技巧、演技、わざ=手足を使ってほどこす細かい細工またその腕前、たくみ=わざがじょうずである、器用な」などです。

 此処での業とは、一本目と二本目では無く一本目の動作の技法についての質問に穂岐山先生は答えられたものだろうと考えます。現代での統一的な言い方での「技」とします。
 そうであれば、抜き付けの瞬間でも、柄への手懸かり、抜き付ける瞬前、抜き付けの終り。などで「一動毎に少しの間を置き」と云う考えはいかがなものかと首を捻ってしまいます。此処にも対敵意識の乏しい形優先の指導が行われたのだろうと思ってしまいます。

 この答えに対し河野先生は無雙直傳英信流居合道昭和13年1938年では居合修養の心得で「居合修養の心構へとしては、丹田に気を籠めるに従がい、極めて静かなるところより刀を抜き出し、其の切先の抜き放れ際の一瞬に、敵を両断するの気を最も必要とし、抜刀より納刀迄毫も気の弛み無く、業を大きく、納刀及び納刀後は十分の残心あるべきを要とす。而して錬磨の功を積み業の間を詰める様に努め、総て形に捉わるゝ事なく、一進一退敵によって転化し、只適正なる手の裡により刃筋正しく、充実せる真剣の気力を以て、真に敵を両断するの心持肝要なり。」

 そして、大日本居合道図譜昭和17年1942年では「初心の間は十分に落付きて業を大きく伸び伸びとユックリ行ひ、業と業との間に区切りを作りてなし決して素早く一連に行はぬ事。総ての業は其の一動毎に十分なる気魄を必要とす。即ち「一動の終毎にグット確かなる気力の締り」ある事を最も肝要とし而して次の動作は更に新たなる力と気合を以て行ふ事。然して錬磨の功を積み錬熟するに連れ内に凛々たる気魄を養なひ業の間をつめるよう心懸くる事。」と括られています。

 講習会などでも、語られる処ですが、演武会などで拝見する熟練者を自負される方達は皆さん、業をゆっくり大きく一動毎に間を取っています、何時まで経っても初心者の心を持ち続けるのは好ましいにしても、初心の頃に習い覚えた対敵を思い描かない形ばかりの動作を抜けられないのも何か誤った考えに引きずられている様です。

 河野先生の著書『居合道真諦」の大日本居合道無雙直伝英信流嘆異録八項目に生気の無い居合の事:「・・居合の成り立ちが敵に対する刀法である限り、敵の心魂に貫通する(その刀に触るるすべての者に)無限の迫力のある事が第一条件で、しかもその業に丸味があり、侵すべからざる気の位ひを備へた生き活きと躍動するもので無ければ真の居合とは申しがたい。・・」

 ついでに宮本武蔵の五輪書から「上手のする事は緩々と見へて、間のぬけざる所なり。諸事しつけたるもののする事は、いそがしく見えざる物也。此たとへをもって、道の理をしるべし。殊に兵法の道において、はやきといふ事悪しし。・・」
 一人演武の居合は勿論のことですが、太刀打や詰合など組太刀では、相方を特定して動作の順番を覚えてしまうと矢鱈早くちょんちょんと演じるのを見ます。ビデオ撮りしてスローで見てみますとそのポイントとなる動作が省略されてしまい形を約束事として早く強いばかりで形に込められた術が消えてしまっています。何百回稽古しても武術の稽古としては意味のないものです。如何に速く強く演じたとしても間が抜けてしまえばこれも何をしている事やら。

 河野先生の質問に穂岐山先生が答えられた十項目を終ります。次回もスクラップで英信流居合形になります。

 

 

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