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2019年8月 1日 (木)

曽田本その2を読み解く24スクラップ土佐居合に就いて24の1竹村静夫

曽田本その2を読み解く
24、スクラップ土佐居合に就いて
昭和11年2月10日日本武道にて
長谷川流第18代
居合術教士 竹村静夫

 土佐居合を語る者は藩政時代に於る谷村派並に下村派の両派を究め、而て徳川幕府中期迄辿り、一国一人の相伝也しと云ふ当流の根元を究むるに非ざれば未だ其の器に非ず。
 いやしくも土佐居合を説く者は、只々先師の教へを遵奉するに止まらず、克く両派の教へを含味して其の理論と実技とが相一致する、即其の呼吸、気位並気合、間合、刀法等総てが今日の剣法に合致し得るものでなければならない。
 斯道に志す人々は決して机上の空論に依って当流の手の内を兎角云々することなく、当流各本の教へに付き夫々吟味して先師の教への那邊にあるかを悟り、真の教へは単なる架空的なものではなく実際と理論と合致したるものであることを究めなくてはならない。

 斯道に志す人々が「居合は人を切るものではない、腹の教へである」と説かれるのを拝聴するが誠に然りである、然し乍ら夫れを説かれる迄には深甚の研究と努力を積むにあらざれば未だ其の資格は認められない。其の腹即斯道の極意に到達する迄にはよりよく錬磨して、真に心剱一致の妙諦を悟られたいものである。

 国家に於ける必勝の軍隊練成の主眼が那邊に存するか、邦家が36年の危局に際し穀然として外患を圧倒するのは何故か、形の上に於て国家と個人の差こそあれ斯道究極の目的は「居合とは人に切られず人切らず只つゝしみて平に勝て」であって、刀鞘の内にあって敵を制する迄に至らなければならない、これが為めには常住坐臥不断の精進によって、全国無比なる当流の奥旨を悟るべきである。

 尚当流は他流に見るが如く単なる抜刀術にあらずして、独立した土佐独特の居合道である。即47本の居合の他に太刀討の位、詰合の位、大小詰、大小立詰の秘伝の存することを忘れてはならない。
 余は土佐居合道の復活に志すこと多年、今や邦家非常の秋に際し各方面の御示教とご協力のもとに当流の隆昌を期し度いと念ふ。(終)


 このスクラップは日本武道に掲載されている竹村静夫の執筆で、曽田先生はそれをスクラップとして張り付けて置いたのででしょう。土佐の居合は単なる抜刀術ではない、それには師の教えに留まらず、谷村派も下村派も理解し、尚江戸中期の土佐の居合の古伝をも理論と実際を合致させて究めなければ当流を究めたなどと云えないよ、と云っています。

 残念ながら、谷村派、下村派の居合は現今ではこれが夫れと認識できるものにはならず不思議なものとしか言いようは無い、竹村静夫先生の時代には明確に区別できたのだろうかと思うばかりです。
 私の手元資料では曽田先生に依って写された江戸中期の古伝神傳流秘書で何処から出たものでその出典が不明なのですが、木村栄寿本と軸がぶれませんから然るべき家から出たものとしています。
 夢想神傳流の木村栄寿先生による林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流が江戸中期の居合の心持ちを伝えてくれるものになります。細川義昌先生の家から出た資料で恐らく曽田先生の古伝資料と異なる資料集だろうと思われます。
 河野先生の無雙直傳英信流居合兵法叢書は曽田本の写しですから新たなものは得られません。
 政岡壱實先生の無雙直傳英信流居合兵法地之巻は大江居合を残しながら神傳流秘書を参考にされています、その無双直伝英信流居合兵法之形は仕打の動作をそれぞれに分け写真入りで解説したもので参考にされている人も多いようです。然しその動作は竹刀剣道の動作が随所に見られ、独自の解釈が気になります。原本の儘知恵を絞って研究すれば良いのですが分解写真と権威者の解説がつくとそれに頼ってしまうようでは古伝に至るのは難しいでしょう。
 
 このブログの読者の方々にも実際に古伝を研究し稽古をされる方もおられます。竹村静夫先生の叱責から80年以上経ってようやく「古伝を研究している」と仰り其の研究成果を文章や絵や動画などにされて、私にまでお送りいただきお目にかかれるようになりました。
 反面、古伝研究によって現代居合や形を否定されたと言って、邪魔者扱いされる不勉強な方もおられ、この竹村静夫先生の論文は厳しい叱責でしょう。

 居合は、「人を切るものではない、腹の教へである」と云うが言葉で理解しても、「より深い研究と努力を積む」のを怠ったのでは土佐の居合がわかったなどとは言わせない、そんな資格は無いといいます。
 仮想敵相手ならまだしも、教えたがりの兄弟子の手取り足取りの真似事居合が何処でも横行しています。習った事と違うと「あれはおかしい、武術ではあんな事はしない」など知ったかぶりもあっちこっちで聞きます。其の内「居合は腹で斬る」などと云って、どうやるのかお手本をお願いすれば腰の抜けた腕力ばかり、より深い研究と努力は自ら課すもので、其の手助けに道場があるべきものです。初心の内はともかく多くの道場がやっている稽古風景は、軍隊の調練みたいな掛け声に合わせた合同稽古で真似っこ養成所みたいなものです。それで30年40年の在籍だそうでご苦労な事です。

 何故この業はこうするのか、こうしてはいけない理由は何か、気の利いたものは疑問は一杯ですが、道場長に聴いても「そう習った」としか答えられない。
 居合の和歌など研究課題にすらならない唯の棒振りではお粗末です。正座の前一本だけで2時間を掛けて研究し合う姿勢など何処にも無いから棒振り体操に終始し、結果は武術ではなく、段位取得や演武競技による武的試験問題の稽古に過ぎない物になってしまっています。其の上高価な日本刀を持ちだし「本身は模擬刀と違う」などと分かった様な嘘を言っています。

 竹村静夫先生の土佐の居合の賛美は裏を返せば何も出来ていないじゃないかという嘆きでもあるのでしょう。

竹村静夫先生

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 曽田メモ:此の抜付は勢余りてか上体が前に懸り過ぎて感心出来ざるものとす。抜き付の時眼の付け処注意刀尖を見るにあらず敵から眼付を離すべからず。

 竹村静夫略歴
明治35年1902年 生まれる
大正 3年1914年 城東中学入学12才
           剣道居合に熱中
昭和11年1936年 第二次世界大戦
           陸軍戸山学校天覧武道場で曽田虎彦
                               と太刀打之位演武打太刀
昭和13年1938年 没す39才

系統 下村派第14代下村茂市定―行宗貞義―曽田虎彦―竹村静夫

 

 

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