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2019年7月20日 (土)

曽田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義につきての解説22の9颪の柄當につきて

曽田本その2を読み解く
22、スクラップ居合の疑義につきての解説
22の9颪の柄当につきて

 答、颪の場合の柄当は、敵が吾が柄を取らんとするを其前かゞみとなりたる敵の顔面中心(人中)を柄頭にて突くものに候。

  河野先生の無雙直伝英信流居合術全昭和8年1933年の立膝の部颪は:「正面より左向に立膝に座し、例に依り左手を鯉口に掛け、鯉口を握りたるまゝ拇指を鍔にかけ右手を柄に掛け、右足を踏み込みつゝ柄頭にて敵の顔面を一撃し、・・・」で顔面の有効な部位を指定していません。

  大江居合の剣道手ほどきの颪:「左向き腰を浮めて右斜に向き、柄止め、直に左へ足を摺り込み、其踵へ臀部を乗せ右斜向体となり、斜刀にて筋変へに打ち・・(敵の眼を欛にて打つ進んで胸を斬り更に頭上を斬る)」

 古伝神傳流秘書英信流居合之事では山下風:「右へ振り向き右の足と右の手を柄と一所にて打倒し抜付後同前但し足は右足也浮雲と足は相違也」
 これは顔面など打たずに右足を踏み込むや、相手の柄を持つ右手を我が柄で打ち倒し、抜き付けるものです。
 大江居合は、「柄止め」だそうです。処が「敵の眼を欛にて打つ」です。
 穂岐山先生は大江先生に中学時代に習いその後も稽古されていた筈です。どこで颪の柄当てが敵の眼から人中に変わったのか不思議なものです。河野先生の無雙直伝英信流居合道昭和13年1938年では:「・・右側の敵が、吾が刀の柄を取らんとすると、吾れ柄を左に逃がして敵手を外づし、直ちに柄頭を以て敵の顔面人中に当て・・」に変わっています。

 夢想神傳流の祖とされる中山博道先生の居合では:「意義-右側面に座せる敵が抜刀せんとするを取り敢えず刀柄を以て其の手背を強打しヒルム所を抜刀して斬りつけ、其の殪るゝを再び正面より胴部に向ひ斬り下ろす業である。動作-正面に対し左向に箕座す。左膝を軸として約九十度右に向くと同時に刀に「反り」を打たせつゝ左手を以って刀を少しく前上方に出し、右足を約一歩前方に踏み着くると同時に鍔を以って敵の手を打つ・・」 古伝の雰囲気は夢想神傳流に引き継がれた様です。但し古伝の「右の足と右の手を柄と一所にて打倒し」は満足に引き継がれていない様です、相手の柄を持つ右手を我が柄で打ち、同時に右足を踏み込んで相手の右膝を踏み付けるのが古伝の教えです。

 細川義昌先生系統の梅本三男先生の山下風:「正面より左向き居合膝に座し、例により左手を鯉口に執り腰を伸しつつ右膝を立て、体を右へ廻し正面へ向くなり右足を引付けると同時に柄を右胸上部へ引上げ、右手を柄に逆手に掛け右足踏出すと共に、鍔にて対手の左横顔を打ち、直右足を引き寄せる。・・」此れも古伝とは雰囲気は似ていますが右足の運びが違う様です。相手の横顔を鍔打ちする独特の習いです。

 颪の古伝山下風の本来の動作は江戸末期には失伝してしまったのでしょう。わずかに残るのは、敵が我が刀の柄を取りに来るのを外して敵を制する、又は敵が抜かんとする右手を柄にて打ち据え敵を制する、のでいずれでもありでしょう。むしろ、「後同前」の引き倒す動作が理に叶っているか先師の教えで充分か疑問です。古伝の手附も意味不明な書き込みです。

 

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