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2019年7月31日 (水)

曽田本その2を読み解く23スクラップ無雙直傳英信流居合術英信流居合形23の4終礼

曽田本その2を読み解く
23、スクラップ無雙直傳英信流居合術英信流居合形
23の4終礼

 納刀後互に右足より出で、約四尺の距離を取りて左足を右足に揃へ直立し、同体にて正座し右手にて腰の刀を抜き前に置き板の間に両手をつきて礼を行ひ、更に刀を右手に持ち竪立とし左手に持ち換へ右手は右膝の上に乗せ其儘右足より立ち左足を右足に揃へ互に三歩退き直立となり黙礼を行ひ、更に対向の儘三歩づゝ退り神殿に向ひ礼を行ひ左右に別る。

 大江先生の終礼とは聊か異なる部分もある様です。:「刀を納めたれば互に右足より出で、四尺の距離を取りて左足を右足に揃へ直立し、同体にて正座し、右手にて腰の刀を抜き前に置き、板の間に両手をつきて礼を行ひ、更に刀を右手に持ち竪立とし左手に持ち換え、左腰部に当て右手は右膝の上に乗せ、其まゝ右足より立ち左足を右足に揃へ、互に三歩退り直立となり神殿に向ひ礼を行ひ對向し三歩づゝ退り黙礼を行ひて左右に別る。」
 河野先生右手に持った刀を立てて左手に持ち換えただけで「左腰部に当て」が抜けています。大江先生は神殿の礼の後に互いの黙礼をする様にされていますが、河野先生は互いの黙礼を先に行い、神殿への礼は後にされています。

 河野先生の大日本居合道図譜での終礼:「終礼はすべて最初の作法に準じて、之より互に五尺の距離に進みて端坐、刀礼をなし静かに立上りて小足三歩退りて互に黙礼をなし次に神殿に向ひ最敬礼を行ひ末座に退り御互の礼をなして終る。
 どの様な関係から終礼迄いじってしまったのか疑問ですが、コロコロ変える意味があるのか疑問です。河野先生は大江先生の直弟子では無く18代穂岐山先生に師事されたのですが、穂岐山先生亡き後は19代福井春政先生に師事されたのでしょう。
 福井先生の古伝太刀打之位の終礼:「留之剱、終らばそのまゝ一旦後方に退き血振ひして刀を鞘に納め更に前進し正坐にて刀の終礼を行ひ再度後退して対立のまゝ相互に黙礼をなし、次で神前の敬礼を行ふ」に従ったのかも知れません。形を演武会の出し物、あるいは奉納演武とするならばその流派の仕来たりに従って行えばいいだけのことですからそれでいいのでしょう。

 形の修行が進んでも、この手附の範囲で何時迄も稽古して見ても得られるものは少ないものです。例えば一本目出合の双方抜き合わせ受け留める場合の有り方、仕の上段からの切り下ろしを受け太刀とする教え、それだけで充分とすれば、刀は折れているか刃はボロボロです。どの様に受けるか研究すべきものでしょうし、常に打が導くために受け太刀となる、或は切られ役である必要は稽古が進めば其処に留まるべきものでは無いでしょう。仕が不十分な運剣や間の取り方であれば反対に斬り付けるか、いなしてしまうべきものでしょう。大江先生の形は中学生向きに形成されたものであり、非常に初歩的な、間と間合いの認識を覚える程度のレベルであって、剣術と云えるほどの形とは思えませんが始まりはそこからでしょう。

 

 

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