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2019年7月23日 (火)

曽田本その2を読み解く23スクラップ無雙直伝英信流居合術英信流居合形23の2発声

曽田本その2を読み解く
23、スクラップ無雙直伝英信流居合術英信流居合形
23の2発声

 発声は相互の打合せ、或は受け又は打込みたる時、其業毎にイー、エー、と声を掛け合ふなり

 大江先生の剣道手ほどきによる英信流居合之型2、発声:「発声は相互の打合せ、或は受け又は打ちたるとき、其業毎にイーエーと長く引きて声を掛け合ふなり。」
 河野先生の「・・と声を掛け合うなり」は大江先生の場合「・・と長く引きて声を掛け合ふなり」とされるのですが抜けています。このスクラップは大江先生述とされていますが堀田捨次郎先生の記述で大江先生の監修だろうと推察します。このスクラップは曽田先生が大阪八重垣会河野稔先生から譲り受けたのか何かで手に入れたもので、その後昭和8年1933年には無雙直伝英信流居合術全に記載されています。昭和13年1938年の無雙直伝英信流居合道も同様に「・・と長く引きて・・」が抜けています。

 大日本居合道図譜昭和17年1942年では「発声はイーエイと互に斬込みたる時掛け合ふ。(イーはヤアにてもよし)(斬込む瞬前にイーとかけ、斬込みたる瞬間にエイとかける)」
 大江先生の独創による英信流居合の型ですから大江先生の「イーエー」であるべきですが、どうしたわけか河野先生は「イーエイ」に変えてしまっています。この頃河野先生は大阪八重垣会幹事でした、大江先生の独創になるものをいじってしまい教本として発行する事の良し悪しは当時のどなたも異論を発して居ない様です。大江先生は昭和2年1927年には他界されていますし、穂岐山先生も昭和10年1935年には亡くなられています。19代福井春政先生は大江先生の居合道之型より古伝の太刀打之位11本を指導されていた形跡もあります。

 古伝神傳流秘書による太刀打之事には発声についての指定はありません。寧ろ居合の有り様からは無言の方が好ましそうです。大江先生が小栗流か他所で聞き覚えた発声を参考に考え出された発声でしょう。此の発声は打太刀も仕太刀も発声するのでしょうか何処にも書かれていません。適当に仕が「イー」とやり打が「エー」とやる。打の「エー」は間が抜けるから「エイ」とする。
 或いは仕が「イーエー」とやる。土佐の居合の組太刀の太刀打之事も太刀打之位も、詰合もさして高度の術を要さない初心者向けのものですから、木刀同士を打ち合うばかりです。
 居合の裏若しくは無刀に至るものとしては、大小詰・大小立詰・大剣取・小太刀之位が剣術としては高度です。それらは矢鱈掛け声に拘るものではありません。大江先生の居合道形を真剣で演武会で演舞しているもののほとんどが腰の引けた情けない打ち合いですし、木刀では是また矢鱈バシバシ力んで打ち合っています。何処か変です。 

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