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2019年7月16日 (火)

曽田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義につきての解説22の5納刀

曽田本その2を読み解く
22、スクラップ居合の疑義につきての解説
22の5正座納め刀の場合

 答、此場合初心の者に説明するには、血振の時の拳のまゝ手首(少しく)と腕を曲げ刀身を鯉口にあて納むる如くすれ共、実際に於ては練習を積むに従ひ是にてはやわらか味無き感を来し候、此意味に於て血振ひの位より起動の為め、心持拳を右にかやし直ちに復旧して刀刃を上方に向けつゝ鯉口の位置に運ぶものに候、然れ共是は極く瞬間的のものにして他より見て、拳を右に返す動作の明に認め得るが如く大きくゆっくりと動作するには無之、只起動の為めつまり動作を速にするために候、然し原則としては拳は返す事無く、血振ひの位置より其儘運ぶものなる事を忘れざる事肝要に候。

 何ともわかりにくい答えなのですが、それより河野先生の疑問点が見えないので答えの意味が読めないと云った方がいいかも知れません。土佐の居合の納刀は大きく3つある様です。

・一つは、夢想神伝流の檀崎友影先生の居合道教本昭和54年1979年初伝大森流初発刀の納刀:「左手にて鯉口を中指半に五指を上向けて、刃物を横外に握り、中央より僅か左して鞘を左脇にとる。次に右手鍔元附近の刀を拇指と食指の凹部に当て、刀先を鯉口に至るまで右手を右前方に延ばすと同時に左引手をきかせて、一文字になるように納刀三分の一より刃を上にしながら右膝を床板に付け静かに残心を示して納刀する。」

・二番目は落とし込み、切先を上に立て差裏が左肩に接する程に刃を上向きとして刀の棟を鯉口に当て、右斜め前に右手を退いて同時に鞘手も後方に引き、切先を上から鞘口に落とし込むような納刀。

・三番目は、河野流の方法で大日本居合道図譜の居合道の基本より納刀:「左手を鯉口に掛け(中指の中程に鞘口がある様深く握り込み食指にて小さな穴を作る、この時鞘をあまり抜き出さぬ事。左手小指の基部が軽く袴に接触する程にす)剣先を大きく左横に円を描く様に運び(起動の時剣先を右に戻したり又右拳を大きく右にかへさざる事、物打は左肩下5寸位の処に運ぶ)、鍔元四寸位の処の刀棟を鞘口(左拇指と食指の基部の間に刀刃はやや左に傾けて)にあて右手(柄)を低くして刃を真上にして、右四十五度の方向へ素早く引き(この時左手(鞘手)も十分後に引く心持肝要にして同時に鞘手を直に返し鐺の動きはあまり目立たぬ事を良しとす)、刀先三寸を瞬時に納め(長寸の刀は納刀の時腰の十分なる捻りを必要とするも定寸の身に合ひたる刀の場合はさしたる要なく只だ此の場合ひ腰を上下に揺り動かさぬ様注意する事)ながら同方向より静かに納めつゝ(敵、仕掛けなば何時にても応ずるの心所謂残心なり)徐々に腰を下げ右膝を床に付ける。」

・四番目は22代の納刀法で、河野流ですが「剣先を下げたるまま左方に廻しつゝ、(左手(鯉口手)の拇指目掛けて)刀の刃を前に45度位に傾けて鍔元五~六寸位のところの棟を鯉口に運び・・」


 居合は古いものとして太刀を佩いた場合の納刀法を引きずる事は打ち刀としては意味無いものと思われるし、矢鱈早く、其の上自傷する様な納刀法もいただけるものでは無いでしょう。古伝の研究としてはどれも出来て当たり前ですが、これ見よがしな大道芸のようなものは品位が劣ります。安全で充分なる残心を心がけるべきものでしょう。

 河野先生の居合道真諦、無雙直伝英信流嘆異録より納刀の事:「納刀を早く見事にやろうとして不自然に無理をして納刀する人を見受けるが、之は居合之邪道とも云ふべきである。
 納刀は既に目的を達した後の動作で、見事に早く行ふ必要は無いので、極めて自然に行へばそれで十分である。納刀で最も大切な事は、形ちで無く残心のところで、納刀中と雖も何時でも其の儘直ちに抜打ち(不意に起こる敵に応ずる心)し得る体勢(柄前の手の裡)と心構へが最も肝要な所である。
 納刀の時、柄を上から押へて鐺よりも柄を低く下げたり、柄手を柄から遊離させたりする人があるが之は居合の真意を解せぬ甚敷いもので最も不可な仕方である。
 角帯をして帯刀した刀の角度で納刀するのが正道で、角帯をして柄を鐺よりも下げる事は事実上不可能な事は明白である。」

 そう云いつつも、切先を上げて肩下五寸に物打を運べば、柄手は自然にやや下ってしまいます。他流の先生方も似たようなものです。血振りの右拳の高さが左手の高さで、其処から切先を上げない様に刀を鯉口に運ぶ22代の納刀で完成したと云えます。
 戦前はもとより戦後間もない映像の有る先生方の中には、血振りから「クルリストン」と落とし込む映像が見られます。江戸時代末期には意味のない、見せ場を好んだのでしょうし、簡単な方法を敢えていじって得々としている芸人がもてはやされたかもしれませんし、現代にもその様な事は大いにあり得るものです。武術は最も簡単な術で結果を出すもので、ややこしいものは一見凄そうですが無駄な事です。

 

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