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2019年7月12日 (金)

曽田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義につきての解説22の1抜付の右拳

曽田本その2を読み解く
22、スクラップ居合の疑義につきての解説
22の1正座抜付けの場合の右拳の高さに就いて

 故穂岐山先生より数回に亘りて筆者に賜はりし御書簡の写し
 右拳の高さは、左右肩の高さに同じ。

 居合の疑義について河野先生は、疑問点が浮かぶと第18代穂岐山波雄先生に手紙を出され、その後回答をいただいていたのでしょう。
 昭和13年1938年発行の無雙直傳英信流居合道には第7節に居合の質疑解説として記載されています。
 前書「本稿は、昭和3年、故穂岐山先生より、筆者が書面を以てしたる質問に対し、賜りたる御書簡にして当流の居合を学ばんとする者のため、又得難き文献と信じ原文の儘茲に掲ぐ。」

 昭和3年1928年河野先生の質問に対する穂岐山先生からの回答と云う事で、昭和2年1927年に大江先生76才は亡くなられていますから穂岐山先生は第18代を引き継がれて間もない頃でしょう。河野先生は昭和2年1927年29才で穂岐山先生に師事されています。

 穂岐山先生の回答を原文のまま記載します。
「正坐抜付けの場合右拳の高さに就きて右拳の高さは、左右の肩の高さと同様に候。」

 河野先生の大日本居合道図譜では正座の部第一本目前「剣先も、拳も、脆(せい、もろい、肱の誤植か)も肩の高さより上らぬ事。」

 曽田先生のスクラップの出典は恐らく、河野先生の無雙直傳英信流居合術全昭和8年1933年発行と内容は同じですが、活字印刷物のスクラップで無雙直傳英信流居合術全とは印刷形態が異なります。八重垣会などで配布されたものかも知れません。 

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