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2019年7月18日 (木)

曽田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義につきての解説22の7立膝の血振ひ

曽田本その2を読み解く
22、スクラップ居合の疑義につきての解説
22の7立膝の血振ひにつきて

 答え、右脇の血振は、真向に打下したる線に並行より少しく剣先が外方に向く位とし、水平線より少し剣尖を下ぐる方宜敷候。

 河野先生の昭和13年1938年の無雙直傳英信流居合道に於ける「右に刀を開きて行ふ血振ひ」:「鍔は膝の高さにて膝の右、拳は脚と五寸位ひの間隔、刀は正面直線の並行線より剣先部にて約三寸位ひ右外方に開くを度とし、刀は水平より心持ち剣先を下ぐる事。此の血振ひは、剣先に十分の気力を注ぎ、両拳は物を激しく左右に引き裂く気分にて行ひ、刀を右に披く時、剣先を打下したる位置より左に戻す事無く、柄よりも剣先が右に披く程の心持にてなす事。」

 河野先生の昭和17年1942年の大日本居合道図譜の刀を右に披きて血振ひ:「鍔は膝の高さに、右膝より八、九寸程右に披く刀刃正面直線に並行し刃を右に向け剣先を下げる。剣先に十分の気力を注ぎ、両拳は物を激しく左右に引裂く気分にて行ひ、剣先は起動の時左に戻さぬ事。

 河野先生の右に披く血振りは、右膝より五寸位の間隔であったものを何故か、大日本居合道図譜では八、九寸程に間隔が広がりました。剣先は心持ち下げるのですが、右外方に正中線に並行より三寸も開いて居ましたが、大日本居合道図譜では正中線に並行になって居ます。その分右膝から五寸が八、九寸と広がってしまいます。
 剣先が右外方に向いたのでは、幾ら敵を倒した後とは言え正中線を外し過ぎで間が抜けた状態です。
 22代の教本では、右横に披きてなす血振を「横血振い」とされています。:「横血振いした右拳は我が体中央線(臍の線)に対し右約45度位前にありて、且つ、我が正中線より右へ約40cm位外(我が体の一身幅位)にあるを良しとする。」と云う事ですと右膝の右約20cm(約七寸)位でしょう。更に「鍔は膝の線上膝の高さ、切先は我が体正中線と平行かやや僅か右に披いた処、切先は稍々下向き」ここの所は21代福井聖山先生の教本と同じでしょう。
 右脇の血振りは、現代居合では「横血振り」と言う様です。是は教本上では22代によって初めて書き込まれたのかも知れません。

 河野先生の居合道真諦昭和37年1962年の「居合道の基本」に抜き付けのポイントが述べられています。右に披く血振とも共通と思うのでチェックしておきます。:「抜付けたる刀身の位置は、右拳から正面に引きたる直線上に剣先部がある事を初心者指導上の原則とす。されど錬熟の暁は、剣先を以て敵に附入る心気の為め、幾分剣先が内方になるは可なり。此の場合い剣先が外方になると迫力不十分なり・」

 木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神重傳重信流傳書集及び業手付解説抜刀術童蒙初心之心持「血揮開き収(ちぶるいひらきおさむ)は敵に逢いての用たる事にてはなし業の締りを付たる事ゆへ一己一己の事成共異ならさる様にすへし・・開は胸を照し腹を入腰を張拳も一時に尖く開く時は拍子揃て引合よし・・抜付打込開共夫々切先のきける様に心懸へし」
 立膝の血振は、「開く」とか「横に開く」で「よこちぶり」と言われたかどうか判りません。この童蒙初心之心持は「庚申五月下村定 同年六月為童蒙写 島村義郷」と奥書がありますから万延元年1860年五月の下村茂市定が同年6月に島村義郷に送ったもので島村義郷とは細川義昌の幼名になります。此の時義郷11歳になります。

 細川義昌先生系統の梅本三男先生の居合兵法無雙神伝抜刀術の大森流之部陰陽進退の所に少し解説されています「・・抜付けたるも剣先が届かぬ為、急に立上がり左足を右足の前へ踏越しつつ刀を引き冠りて正面へ斬込み 刀を右へ開き(開くとは血振ひの事)・・」陰陽進退の血振いはこの場面では立膝の部と同じ刀を右へ開く血振いをしています。

 他流の右へ開く血振りについて、田宮流の妻木正麟先生の教えは、詳解田宮流居合 平成3年1991年:「・・決して切先は正中線をはずれてはいけない、再度、敵に討ちかかられても、正中線をとっていることにより、隙のない残心から一転して反撃に転ずることができる。また、左手を腰に当てるのは左腰に力をいれることによって、切先に気迫を込められる。」

 夢想神伝流の右に開く血振りの解説は、中山博道先生の居合「居合読本」から:「敵を斬ったならば、残心に注意して、直ちに左手を離し右手を体の右側前方に伸ばし左手を腰に当て右手首を外に伏せ、刃を右に向けて刀を稍水平にする」
 何とも不十分で写真が添付されているのでそれで判断せよと云うのでしょうか。写真は角度やモデル本人の癖が表面に出てしまい参考としては十分とは言えません。
 山蔦重吉先生の夢想神伝流居合道では:「手振りの時、刃はやや斜め右下に向き、刀先は正面にまっすぐ向き。水走り程度に前下りになる」この方がまだましです。

 全剣連居合の「右に開いての血振り」:「右拳の位置は右斜め前方にあって、その高さは左手と水平にする。刃先は右に向け、切先は僅かに下げ、右こぶしよりやや内側で止める。」
 委員の方々の検討での結論の形でしょう、決まったと思える形です。この開く血振りで血が100%飛ぶわけでもないでしょう、切った後の残心であり、新たな敵か切った相手が死力を振り絞る事もある筈です、居付かない残心は如何にでしょう、残心と納刀の準備動作と捉える方が正しそうです。

 土佐の居合は、明治の頃には大きく力強い運剣を良しとされたのでしょう。穂岐山先生譲りのこの右に開いての血振りのフィニッシュ形の間抜けは気になります。河野先生の思いは、大江先生から伝承されてきた土佐の居合は居合道真諦や無雙直傳英信流居合道叢書に語られている様です。

 「居合を学ぶには元より其の流儀の形を重んじ、苟も之を変改するが如き事無く錬磨すべきは勿論なるも、其の習熟するに於ては、何等形の末節に拘泥する事無く、各流を一貫する居合本来の精神を悟りて、日夜錬磨の功を積み、心の圓成に努め、不浄神武不殺の活人剣の位ひに至るを以て至極となす。」と河野先生は無雙直傳英信流居合道の居合修養の心得で述べられています。その前半のみに拘わる現代居合ならば、古伝を今一度見直さなければ流派の一貫する精神など解かる筈は無かろうと云う事に気が付かれたのだろうと思います。

 
 

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