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2019年8月14日 (水)

曽田本その2を読み解く24スクラップ居合英信流の恩人林六太夫守政先生24の6中西岩樹の1

曽田本その2を読み解く
24、スクラップ居合英信流の恩人
林六太夫守政先生
24の6居合術教士剣道錬士
中西岩樹先生の1

 大森流、長谷川流、長谷川英信流と言っても所詮は無雙直傳英信流の事である。
 私共は之を単に英信流と略称しているが現下各流居合の中で最一般的に広く且又最多数の同好者を以て研究されているのは即ち土佐を振出しに興隆した此の居合である。
 而して当流が他の何処の国にも残存伝統していないにも拘わらず唯独り南海の僻遠土佐の国に之が残存して彼の明治初期乃至中期の武道頽廃の危機に際しても幸に其絶滅を免れ現代迄伝統して来たことについては
1、伝へられた土地柄が建依別の古称ある尚武の国で人間が総体男性的であり武張っていること。
2、伝へられた居合が他の武道附属のものでなく一貫の系態を整へた独立独歩の居合道にして衆に勝れていること。
3、それが殆ど山内氏の家臣に依って伝統され藩公又文武の道場たる藩立の文武館(後致道館と改む高知市桜馬現刑務所所在地)に於ける課目の一と為し極力其指導奨励に意を用ひられたこと、の三条件が揃って其因を成して居り又何故早く世に表れなかったといへば
1、前述の如く伝統者の殆ど総てが山内公の家臣にして藩外の者に伝授する自由や機会を得ていなかったこと。
2、交通不便なるに加へ当時の事情が鎖国的であったこと。
3、維新後は一般的に武道が衰微し他より伝授を受けに来る者無く又稀に有っても未だ他国者には一切伝授せぬといふ気風が残っていて機運が熟していなかったこと。等に基因しておるのである。
 私は今内地に於ける斯道の旺盛なる発展振りを聞き当流の歴史を回顧するときに之を直接世に紹介して今日興隆の基を造られた恩人故大子敬(正治)細川善馬(義昌)両先生の事及び少し遡って其絶滅の危機より救はれた恩人故板垣退助伯の事績を衷心より有難く思ひ感謝の念に堪えないのである。
 此の先生方の事に関しては既に前回一度述べた事があるやうに記憶するので今回は更に其昔に遡り最初に此の居合を土佐に伝えへた恩人林六太夫守政先生のことを少し述べてみやうと思ふ。

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中西岩樹先生

 土佐の料理人頭であった林六太夫が藩主の参勤の際江戸に伴われて、当時江戸で道場を開いて居た荒井勢哲に居合を習ったのでしょう。どれくらいの期間江戸の居られたかは分かりません。せいぜい3年程度のことでしょう。併し幼少の頃より武術を嗜んでいれば十分ともいえる期間かも知れません。
 土佐藩内に認められ居合が定着したのは1800年代初めの事で明治維新まで50年か60年の事と推察します。居合術だけならば形を学べば、家で畳一帖も有れば稽古可能です。
 土佐の居合が、江戸時代に日本全国に普及しなかったのは、江戸での道場開設が荒井勢哲以降消えてしまったと想像できます。其の上習いに来ていた門人も下級武士が専らでしょうから、個人の域を超える事は出来なかったでしょう。荒井勢哲以外に藩から出て江戸に道場を開く程の剣客を生み出せなかったこともあるかもしれません。
 明治維新以降の剣術の衰退は当然の事で、板垣伯による土佐に残そうとする推進が寄与した事は大きそうです。それが寄与して土佐の中学校での稽古が始まっています。
 維新後土佐から職を関東関西ひいては全国に移さざるを得なかった土佐の下級武士個人個人の時代背景も土佐の居合が土佐を出て行った背景にある筈です。この中西岩樹先生の論文が何時何によって発表され曽田先生のスクラップになったのか、曽田先生はその事が分る事を残して居ませんからわかりませんが、恐らく昭和5、6年から昭和15、16年のことでしょう。其の頃から大阪の河野百錬先生が八重垣会を仕切られていたと思います。曽田先生は昭和25年には亡くなられていますから、時代を思えば戦前のものと云えそうです。
 お国自慢が居合に寄せられ強いのも、薩長に牛耳られていま一歩政権に満足できなかった土佐にとっての自慢できるものだったのでしょう。

 以下次回
 

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