« 曽田本その2を読み解く25山川久蔵先生の伝へられたる神傳流秘書の中より抜粋 | トップページ | 曽田本その2を読み解く25谷村亀之丞自雄から小藤亀江への免許皆伝その2 »

2019年8月22日 (木)

曽田本その2を読み解く25谷村亀之丞自庸から小藤亀江への免許皆伝その1

曽田本のの2を読み解く
25、谷村亀之丞自庸(谷村樵夫自庸)から小藤亀江への免許皆伝
その1根元之巻

曽田本その1より 原本は「昭和20年7月4日午前2時高知市爆撃の際家財道具一切と共に焼失ス」
居合根元之巻(読み下し文としておきます)
 抑此居合と申すは日本奥州林の大明神の夢想により之を伝え奉る、夫れ兵術は上古中古数多の違い有と雖も、他流大人小人無力剛力嫌わずに兵の用に合う云々。
 末代相応の太刀に為ると云う、手近の勝負一命の有無此の居合に極まる、恐らくは栗地辺土の堺に於て不審の義之有るべからず。唯霊夢に依る處也、此の始めを訪ぬ奥州林崎神助重信と云う者に因り兵術之有るを望み、林の明神に一百有日参篭せしむ、其の満暁夢中に老翁重信に伝えて曰く、汝此の太刀を以て常に胸中憶持たるは怨敵に勝を得る云々。
 則ち霊夢に有る如く腰刀三尺三寸を以て九寸五分に勝つ事、柄口六寸に勝つの妙不思議の極意一国一人の相伝也。
 腰刀三尺三寸三毒則ち三部に但し脇指九寸五分九曜五古之内訟也、敵味方に成る事是前生の業感也、生死一体戦場浄土也、是の如く則ち現世を観るは、大聖摩利支尊天の加護を蒙る。末世に成仏成るは縁の事豈疑い有らんや。
 此の居合千金を摘むと雖も、不真実の人には堅く之を授くべからず、天罰を恐るべし唯一人に之を伝え授く云々。
 古語に曰く
 その疾く進むは、其の速く退く云々、この意貴賤尊卑を以て謂れずして前後の輩を隔て無く、其の所作に達する者に目録允可相違なく許す。
 又古語に曰く
 夫れ百錬の構え在り則ち茅茨荘鄙と兵の利を心懸けるは、夜自ずと之を思い、神明仏陀を祈り忽ち利方を得、是に依って心済み身事燦然

天真正
林神明
林崎神助重信
田宮平兵衛業正
長野無楽入道槿露斎
百々軍兵衛光重
蟻川正左衛門宗績
萬野團右衛門信定
長谷川主税助英信
荒井勢哲清信
林六太夫守政
林安太夫政詡
大黒元右衛門清勝
林益之丞政誠
依田萬蔵敬勝
林彌太夫政敬
谷村亀之丞自雄
楠目繁次成栄
谷村樵夫自庸
小藤亀江(明治34年6月15日授与)
曽田虎彦(明治38年6月吉日 従実兄亀江伝来)

以下 無雙直傳英信流居合目録 次号

 根元之巻は内容はこんな程度のものですが、林明神に依る霊夢に依って伝授された居合で、その極意は柄口六寸に勝つこと。真実の人にのみ伝授を許すものであることを述べています。
この伝書は谷村派の宗家筋ではない傍系と思われますが、根元之巻を授与されているのでその流派の宗家と見なされるかもしれません。第11代大黒元右衛門清勝より複数に伝授された形跡があり、道統があやふやになってしまったと云えるでしょう。第15代谷村亀之丞自由の時にも第16代五藤孫兵衛正亮と楠目繁次成栄に伝授されていますので更に輪をかいたことになります。併し明治時代にこれ等の道統は絶え或は入り組み大江正路先生が新たに統一した事に成る様に見えるのですが、大江先生は八名程に根元之巻及び目録伝授があります。
 従って土佐の居合の正統正流は「我こそは」が多数発生しています。併しその居合は大江居合に過ぎず所作の末節の違い程度のもので、古伝に戻る事も、より優れたものに進化する事も無く今あると思います。
 大江居合の業呼称をもって、その動作の順番通の形に学んでいるにすぎません。夫々何々連盟とか何々派と称していますがそれだけの意味があるのか疑問です。人それぞれの武術哲学も体つきも違うのですからそれはそれで些細な想定による運剣動作に過ぎません。指導者の真似事で終始している現状は如何なものか疑問です。
 次回はこの小藤亀江の伝書による目録によって大江居合との対比、古伝神傳流秘書との対比を観て行きたいと思います。この項は曽田本その2による曽田先生のメモから発したものとなります。 

|

« 曽田本その2を読み解く25山川久蔵先生の伝へられたる神傳流秘書の中より抜粋 | トップページ | 曽田本その2を読み解く25谷村亀之丞自雄から小藤亀江への免許皆伝その2 »

曾田本その2を読み解く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 曽田本その2を読み解く25山川久蔵先生の伝へられたる神傳流秘書の中より抜粋 | トップページ | 曽田本その2を読み解く25谷村亀之丞自雄から小藤亀江への免許皆伝その2 »