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2019年8月31日 (土)

曽田本その2を読み解く28スクラップ英信流居合術第17代竹村静夫氏の逝去を惜しむ28の下

曽田本その2を読み解く
28、スクラップ英信流居合術第17代竹村静夫氏の逝去を惜しむ
岡林九敏
28の下 
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4、抑も土佐英信流居合術は奥州山形の人、林崎甚助重信より出で第7代の長谷川主税助英信といふ人が秀絶せる人で斯道の普及発達を図ったので今まで重信流と言っていたのをまた長谷川流とも英信流ともいふのである。第9代が林六太夫守政といひ高知藩士で城南八軒町に住んでいた。土佐に居合を広めたのはこの人である。それより第15代谷村亀之丞自雄から第16代五藤孫兵衛正亮となり第17代大江正路、第18代穂岐山波雄となっている。
一つは15代五藤正亮から16代森本兎久身氏に伝はりその遺鉢を継いだのが竹村静夫氏で氏は第17代となる訳である。
伝統次の如し
1代林崎甚助重信ー2代田宮平兵衛業正―3代長野無楽入道槿露斎ー4代百々軍兵衛光重ー5代蟻川正左衛門宗績ー6代萬野團右衛門信貞ー7代長谷川主税助英信ー8代荒井兵作信定ー9代林六太夫守政ー10代大黒元右衛門清勝―11代林益之丞政誠ー12代依田萬蔵敬勝ー13代林彌太夫政敬ー14代谷村亀之丞自雄ー15代五藤孫兵衛正亮ー16代森本兎久身ー17代竹村静夫

5、土佐英信流居合術は前申す如く内容は至って豊富で多岐多様に亘っていたことは古き伝書を見れば一目瞭然である。しかし、維新後斯道も中絶していたところ、明治26年板垣伯帰県の時、土佐居合術の廃絶を惜まれ伯の御周旋の結果幸ひに復活を見、五藤先生が城東中学校居合術教師に聘せられ子弟に教授せらるゝことゝなったのであるが、一般子弟に教ふるところは、大森流、長谷川流、同奥居合(座業、立業)、太刀討の位に止まっていた。それで土佐の居合といへば以上に止まっていた。それで土佐の居合といへば以上に止まってをると思っている人が沢山あるけれどもこれは思はざるの甚しきもので五藤先生の高弟の方々はその上に詰合の位11本、大小詰8本、大小立詰8本、大剣取10本などを習っている。皆二人相対して行ふ技である、彌村氏(竹村氏)は苦心惨憺それ等の高弟を訪ねてその秘奥を極めなほ前年は山川久蔵幸雅といふ居合の達人が百数十年以前に著はせる「神傳流秘書」と称する英信流居合の根本原理から各方法まで詳細説明せる写本を手に入れ欣喜措く能はず研鑽精討を積まれ土佐居合の全貌を体得している、居合術については実際についても理論についてもかゝる達人は日本広といへども恐らく少なかったと思ふ、氏は居合術には特別力を入れ銀行勤務の余暇を以て或は県内に或は県外に実演以て其の発達普及を図り、本年に入っては決然銀行を辞し母校の部道教師となり、本格的に斯道の発展、国民精神の涵養を図らんと期していたのにこの千里の馬が雄々しく門を出で、直に躓(つまづ)いたといふ事はまことに痛惜哀悼に堪えへない次第である。然れども氏が時々印刷して同志に配ったパンフレットは氏の研究の結晶であり生命である。どうか斯道に志ある方々は氏の研究を基礎として練磨を積まれ土佐居合の真髄を後昆に残されんことを(終)


 岡林九敏氏は城東中学校教師の16代五藤孫兵衛先生の後を継いだ谷村樵夫先生の門弟だった様で、竹村静夫氏とは交誼が有ったと云っています。
 此処に書かれている系譜は、曽田先生の記述したものと、一般に云われている16代五藤正亮ー17代大江正路とは違う系譜があると云って初代林崎甚助重信から17代竹村静夫までを述べています。その際9代と10代の間に林安太夫政詡が外されて数字が合っていますがこの系譜はここでしか見た事のないものです。いずれにしても土佐の居合の系譜も大凡位の信頼性しかないのは一般武士の武術系譜としてはその程度のものでしょう。行宗貞義ー曽田虎彦ー竹村静夫の系譜も、五藤正亮ー大江正路ー竹村静夫の系譜も曽田本その2には記述されています。竹村静夫氏の居合は土佐の居合の本流を求めて訪ね歩いたのでしょう。曽田先生との交流も太刀打之位の演武も残されていますので、神傳流秘書のやり取りはこの辺りの人脈から生み出されたかもしれません。
 竹村先生の早逝や太平洋戦争、曽田先生の戦後の混乱と死亡、河野先生の思いを、居合抜きの「かたち」しか受継げなかった昭和、平成の修行者、大江居合以外は無双直伝英信流にあらずといいつつ他流の体術や棒術を平気で取り入れる英信流各派の代表達。これらの事が脳裏を駆け巡っています。
 竹村先生が印刷して配られたパンフレットに依って動き出した方もあったかもしれません、生意気なと無視された人も居るでしょう。ミツヒラブログですら、是を基に古伝を研究され動作を線画であらわした研究成果を示される方も、研究成果を演じたビデオも作成されておられる方々もおられます。
 中には自分たちのやっている事を否定されたと怒り狂っている心得違いの怠け者も居るようです。しかし、私は明治維新で中断し失われた土佐の居合は誰でも学ぶ者は知る権利はある、それによって現代居合はそれとして日本文化の正しい伝承は学ぶ機会を失ってはならないと信じています。
 

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