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2019年8月30日 (金)

曽田本その2を読み解く28スクラップ英信流居合術第17代竹村静夫氏の逝去を惜む28の上

曽田本その2を読み解く
28、スクラップ英信流居合術第17代竹村静夫氏の逝去を惜む
岡林九敏
28の上

1、剣道並に居合術の達人竹村静夫氏が昨年末(昭和12年1937年)母校城東中学校からの懇望により多大の希望を抱いて多年勤続の四国銀行を去って母校に入り、爾来同校武道部のため献身的努力を続け、校の内外の信頼を得、その将来は非常に期待されていたところ去る2月8日(昭和13年2月8日)なほ春秋に富む不惑の齢を以て、忽焉長逝したことはまことに哀悼に堪へざる次第である。氏の剣道については述ぶるにその人ありと思ふから私は僭越をも顧みず氏の努力功績を偲びたい。

2、氏の居合術に対する熱心努力はまた格別であった。土佐居合術については、研鑽に研鑽を積んで、その蘊奥を極め、しかしてこれを天下に普及さしたいといふのが氏の大なる願望であった。それで知ると知らざるとを問はず、何人でも土佐英信流居合術について修行した人があれば県内では申すまでもなく他県までも所謂千里を遠しとせず訪問して居合に関する談話を聴聞した、氏が訪問を受けられた方々には田口海軍大佐、森本少将、坂本中将等があり皆英信流居合術第16代五藤孫兵衛正亮先生の教導を受けた達人である。私は五藤先生が城東中学校居合術教師を辞職せられその後を継いだ谷村樵夫先生について青年時代に聊か手解を受けていた関係上氏の訪問を請け自来御交誼を願っていた。かゝる関係で氏の居合については少しく知ってをる所があり筆を執った訳である。

3、土佐の英信流居合術は藩政時代土佐藩士の修めたもので藩校の課目の中、居合術があり、土佐の武士道は居合術に負ふ所大なりといふべきである。真剣を以て行ふ、こゝに居合の特徴がある。正座気を丹田に収めて心を静かにし抜き抜き放つに当っては電光石火間髪を容れず、静中動有り、動中静あり。修行の極致は此處にありといふも過言ではない。山内容堂公が居合に堪能であったことは誰人も知っているところで、板垣伯や片岡健吉、渋谷寛の諸氏は居合術に達してをられた。板垣伯の親戚である谷村亀之丞自雄といふ方は居合術の達人で、居合をもって藩の子弟を教養し、殊に容堂公の信任を得、亀之丞の居合は天下一であるといふ公の称賛を博しておる。亀之丞は英信流居合術の第15代である。土佐居合術の特徴は独立したものであって剣道の附属物でもなければ柔道のそれでも無い。その技は多岐に分れ内容は深遠である。渋谷寛氏が往年城東中学校長となった時、武道を剣道、居合、柔道も三科に分ち、生徒はその中何れを修むるも自由となっていた。ある先生が居合は剣を抜いて切つけるまでの業で、それ以上は剣道であるといったのは土佐居合の特徴内容を知らぬ虚言である。

以下次号

 この竹村静夫氏の英信流居合第17代については、曽田本その2の「無雙直伝英信流居合術系譜」曽田虎彦記に依れば以下の系譜となります。
11代大黒元右衛門清勝ー12代松吉貞助久盛ー13代山川久蔵幸雅ー
14代下村茂市ー15代行宗貞義ー16代曽田虎彦ー17代竹村静夫

しかし、この筆者岡林九敏氏の系譜に依れば以下次号の様になります。

 

 

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