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2019年8月11日 (日)

曽田本その2を読み解く24スクラップ土佐史談雑録長谷川流居合と土佐に於けるその普及に就いて24の5平尾道夫の7

曽田本その2を富み解く
24、スクラップ土佐史談雑録
長谷川流居合と土佐に於けるその普及
24の5平尾道夫の7

 林氏の門に出でて、最も其名を謳はれた者に山川久蔵がある。名は幸雅、もと錠八とも称した。山川久右衛門幸艦の二男で、同姓武八包祝の跡を継ぎ、格式は馬廻末子、三人扶持の小身であった。林氏との関係に就き、「手抄」24巻に左の如き噂を載せてある。
 山川久蔵も長谷川流を数年相学び、益之丞(政誠)氏或は彌太夫氏より抜刀の傳授(皆傳なるべし)致し申すべき約諾に相成る処、久蔵いかなる所存に変れるや、総て受取りに参り申さず、相わからざる事也。夫より林氏、山川氏とは疎遠に打過たる。其後久蔵は門弟を取立師家に成れり。長谷川流の傳書は何方より授かりしにや、林氏の傳書と違ひたるよし、或人より承はる。
 これは非常に興味ある問題だが、如何ながら私は之を解説すべき資料を得ず、妄に想像する事も憚かられる。山川久蔵は文政3年正月9日、藩から居合術指南役を命ぜられ、其心掛厚きを以て切符拾石を加増された。弘化3年2月9日には、老齢の故に指南役を辞退し、幾くもなく嘉永元年10月8日病死した。同苗古文次の子鋼八幸永が跡を相続したが家督は継いで居ない。

 平尾道夫先生の土佐武道史話によると、「谷村亀之丞と同時代に山川久蔵(幸雅)が居合師家として活躍していた。是は林彌太夫の門人だったが、いつしか林家をはなれて別に伝書をうけ、門人を教えるようになったので当時の世評にもなったが、その系譜をたどると山川久蔵から松吉某、島村某、坪内某とさかのぼって大黒元右衛門に至るそうである。すなわち大黒元右衛門は伝書を林益之丞にゆずると同時に坪内某にもあたえたわけで、楠目盛徳は山川久蔵のことについて「長谷川流の伝書は何方より授かりしにや。林氏の伝書とは違ひたるよし或人より承る」と、その随筆手抄に書いている。これがいわゆる大森流ではなかったか。
 山川久蔵は、その伝書を下村茂市(定)にゆずり、細川義昌を経て、昭和初期に警視庁の剣道師範として知られる中山博道に及んだそうで、多年土佐にその伝統をつないだこの居合伝は中山博道につたわることによって県外に出たわけである。」

 山川久蔵が手に入れた伝書は第11代大黒元右衛門が第12代林益之丞政誠と、また一方で第12代松吉貞助久盛にも伝授された事があったと云う事で、事実はどうでも納まったのでしょう。
 林益之丞が受けた伝書と、松吉貞助の受けた伝書が違うと云う事で、平尾先生は大森流がどちらかに無かったのではないかと仰っていますが、その根拠が不明です。今手元にあるものは山川久蔵系統のもので、其処には大森六郎左衛門は林六太夫の剣術の先生だった、その先生がもたらした大森流居合だと記されています。
 「此居合と申すは大森六郎左衛門之流也、英信流に格段意味相違無き故に話して守政翁是を入候、六郎左衛門は守政先生剣術の師也真陰流之上泉伊勢守信綱の古流五本の仕形有と言」と云う事でもし平尾先生の想像が正しければ林益之丞に伝授されたものには大森流は無かったかもしれません。
 それよりも、林益之丞系統から出たと云う伝書の存在が判りません。松吉貞助系統の細川義昌先生からの伝書は木村栄寿先生に依って公開されていて、私の曽田本と神傳流秘書等同じ内容のものです。
 土佐の居合が中山博道先生によって土佐を出た以前に第16代五藤孫兵衛正亮先生の門弟森本兎久身によって中山博道は土佐の居合を学んだし、大江正路先生と共著の剣道手ほどきによって堀田捨次郎より土佐から出ています。
 土佐でもこの居合の正しい伝承はよく解らない。判らなくなってしまったほど明治維新は多くの日本の伝統文化を抹殺して来たと云えるのでしょう。

 

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