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2019年8月29日 (木)

曽田本その2を読み解く27スクラップ居合術の実戦的価値と教育的価値27の下

曽田本その2を読み解く
27、スクラップ居合術の実戦敵的価値と教育的価値
居合術教士 西川倍水
27の下

 以上のやうなものであるがさて我が国民は古来剣に対してどんな考へを持って居ったかといふに、刀剣を愛重するの念は極めて深く一種の信仰とさへ称すべきものがあったのである、即ち畏くも皇室におかせられては神代以来三種の神器の一つとして天叢霊剣を伝へ給ひ、武士、百姓、町人の家に至るまで伝家の宝刀を蓄へ、霊的神秘的な威徳あるものとしてこれを尊崇した。従ってこれを神体として祭れる神社も甚だ多い。鎌倉将軍惟康親王が刀工である一文字助真に「剣とは如何なるものか」と問はれた時に助真答へて曰く「百錬の功は精神茲に鍾る、ゆえにその器霊威にして能く神明を動かす之を佩びて海に泛(うかぶ、ただよう)へば鯨鯢(げいげい)も伏し、これを帯びて夜行けば魑魅逃る」と答へている。剣に対するわが国民の態度の一端はこれにても窺ひ知ることが出来る。
 斯様な我が国民性であるからこの剣技によって全国民を訓練するといふことは現今非常時において極めて必要な事であると思ふ。
 昔は武門武士なる階級があって国防に任じたのであるが今日は全国民を挙げて国防をやらなければならない時代となった、今日の戦争は決して陸海軍のみの戦争ではない、実に国民全体の戦争である、国民全体が戦争するためには国家総動員の完璧を期せねばならぬ国家総動員の完璧を期するためには先づ国民個々の動員準備を完全にせねばならぬ、然らば国民個々の準備とは何か、常にその精神と身体とを鍛錬して健全なる国民にして置くことである、精鋭たる国軍は健全なる国民によって組織せられ国民各個人の健全は国民全体の健全である、国民全体の健全は国軍の精鋭となるのである。
 一人一人個人の身心鍛錬の必要たる所以は実に茲に存するのである、この健全なる精神と身体とを兼備した国民を養成するには、わが国幾千年来の伝統を有する剣技の修行に如く者はない。
 大和魂なるわが日本精神は建国の歴史と共にわが皇国の天地に磅礴(ほうはく)する霊気が自然に国民の頭に宿り血管に流れ込み骨肉に浸み込んで育成したもので本来先天的のものである、その先天的の精神が更に武徳として鍛錬せられ中世からは武士道と銘打って益々研礴せられ浄化せられたのである、しかして剣技はわが国武士道の真髄でありまたわが国民性の世界に誇る所の日本魂の根元である。
 故にわが剣技は中正公明なる天地の大道である即ち時と所とを問はず老若男女あらゆる階級あらゆる職業の人々が各自に体得し修行して直に人生行路の指針たり原動力たる生きたる修行法であるといへる(筆者は土佐中学校教諭)

以上

 この文章も出典及びその時期は不明ですが土佐の資料に残されているかもしれません。今時この様な事を云ってみても何を言ってい居るのか気狂い扱いされそうです。
 世界の列強を相手に戦争へ突入していった身の程知らずが、意味をなさない精神論で追い込んで行ったに過ぎないものと思います。それでも快適な地位にある人の発言はしかとするものでしょう。戦争に至らない努力を疎かにして武力行使を国民皆兵で示そうとしたのでは、米国の無差別爆撃を受けても仕方がなかったと云えるかもしれません。
 異なる意見が有っても、つまはじきにされ家族にも害が及ぶと為れば身を犠牲にせざるを得なかったかも知れません。
 私の父も居合の恩師も「戦争を回避する手立てはありませんでしたか、個々の人は決して望まないものに従ったのは何故ですか」の問いに眼を伏せながら、「脳裏に妻や子を思い描いた」と云っていました。
 令和の元号の読み方を誤れば、「和する事を令する」とも読めてしまいます。百年近い頃の文章ですが、大和魂とか霊剣とか個々の人の心の中に潜むもので無理やり押し付けるものでは無いし、武術がまして居合が教育的に特段に優れている理由は、いかに美辞麗句を連ねて見ても見いだせないものです。
 土佐の居合の根元は「敵は只一打ちと打込まする様に振る舞い、一途に敵の柄に打込む也」であって「彼の怒りの色を知って怒りを抑えしむることであって戦に至らざらしめずして勝事、止むことを得ざる時は彼を殺さぬうちは我も死なずの道、彼が気を先に知って直ぐに応ずるの道「神妙剣」といいます。武術はコミュニケーションの最終手段であって、先に手を出したり、相手を威嚇する道具ではない。
 大和魂を如何にと問われれば、如何なる宗教も懐に温かく納め、また必要に応じて思いを巡らせる豊かな心かも知れません。それだけに、権威を嵩に権力を振るう者には、居場所が無くなることを恐れて、自分の思いとは違っても従ってしまう民族性が根強く残って居るのでしょう。

 武士道を掲げて、大和魂を強調していますが、大和心とは、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜かな」の心なのだと思います。それが猪突猛進の軍人精神になったのは昭和危機以後と歴史家奈良本辰也は見ています。
 また歴史家北島正元は「武士道の理論的な確立には山鹿素行の影響が尤も大きいとされる。素行によれば、武士たるの職分は農工商三民の上に立って、これを強化することにあるとし、そのため気質を正して寛大なる気風を養い、君恩の重きを思って是非を論ぜず忠に励み、仁義によって行動するなど、文武兼備の徳政を積まなければならないとした。明治以降もその気風は残り、スポーツ・労働などにおいてもしばしば「武士道」が強調され、また第二次世界大戦下には臣道実践論を生みだし、軍人だけでなく、全国民に滅私奉公の心構えが要求された。」
 教科書で出来事の年号ばかり記憶させられて来た日本史では読み解く事は大へん難しいものです、歴史には為政者の権力を維持ずる為の施策の裏にあった庶民の思いも綴られなければその国の歴史とは言えないでしょう。
 土佐の居合も同様です・・・ 思いつくままに

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