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2019年9月16日 (月)

曽田本その2を読み解く36電光影裏斬春風

曽田本その2を読み解く
36、電光影裏斬春風

 鎌倉の無学祖元禅師の大唐の乱に捕へられて斬られるの時無学辞世に右の頌を作られたれば太刀を捨て拝んだと也。
 無学の心は太刀をひらりと振り上げたるは、電(いなびかり)の如くよ、電光のピカリとする間、何の心の念もないぞ、打つ太刀も心はなし、我身にも我はなし、斬らるゝ我にも心はなし、斬る人も空、打るゝ我も空なれば、打つ人も人にあらず、打太刀にもあらず、打たるゝ我も我にあらず、唯イナビカリのピカリとする内に、春の空吹く風を斬ったらば、太刀に覚へもあるまい、斯様に心を忘れきりて萬の事をするが上手の位なり(武術叢書)
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 「貴殿の兵法に当て申し候はば、太刀を打つ手に心を止めず、一切打つ手を忘れて打って人を切れ、人に心を置くな、人も空、我も空、打つ手も打つ太刀も空と心得よ、空に心を取られまいぞ・(上記部分)・舞をまへば手に扇とり足をふむ、其手足をよくせん、扇を能くまはさんと思うて忘れきらねば上手とは不申候、いまだ手足も心が留まらば、わざは面白かるまじき也、悉皆心を捨きらずしてする所作は皆悪く候」と武術叢書の不動智の功に書かれています。
 不動智とは、沢庵和尚の書いた「不動智神妙録」で、武術叢書はその引用となります。武術叢書は大正4年1916年に早川順三郎によってまとめられたもので武道を志す当時の人によく読まれていた様です。
 不動智神妙録は沢庵が柳生但馬守に向かって、剣禅一如を説いていますが、人として生きるにはどうあるべきかを説いています。曽田先生は武術叢書を読まれた事はこれで認識できます。此の心がどのように土佐の居合に反映されて来たのか、そこのところはどうなのでしょう。

 土佐の居合の指導者の多くは、引き継ぐべき弟子が戦死してしまったり、弟子も指導者も戦地に徴用され根元の伝承を受けられずに形ばかりを思い描いていたのかも知れません。
 無事に帰還した時には師匠は既に亡き人か、時代の大きな転換に萎えてしまっていたかもしれません。弟子も同じでしょう。
 大江先生の門下生は中学生です、武術の根元を伝授される事はできなかったろうし、大江先生もその手附から判断すれば、私は疑問を抱いてしまいます。
 話はずれますが、この大江居合について土佐の古伝との乖離や細川居合との違いを知るにつけ、大江先生は下村定からも五藤正亮からも明治維新の大きなうねりのなかで充分な指導を受けられなかったかも知れない、そのため正しく伝承できずに独創して子弟に伝えてしまったと思うのです。大江先生は武術家だったようですから独創した業はそれはそれで大江居合として十分でしょう、
 此の事を私が語る事が気に入らないと言って、大江信奉者やその流れをくむ今では稽古も出来ない様な人が言ってきました。理論よりも感情が先行するのでしょう、どこの馬の骨か判らないミツヒラに言われたくないのでしょう。
 大江居合は土佐の古伝無雙神傳英信流居合兵法のほんの一部の形に過ぎないのですから、譬え年老いて刀が振れなくとも古伝神傳流秘書を熟読し自らその業技法及び心得を研鑽した上で立合ってもらいたいものです。
 その方は、竹刀剣道を「当てっこスポーツ」と云うのも気に入らないと言って憤慨しています。「当てっこスポーツの何が悪い」と云うのならいいのですが竹刀剣道を誹謗しているとでも思ったのでしょう。私は歳を取って若者の力と速さに打ち負ける様な当てっこでは武術では無いと言って居るだけです。
 竹刀スポーツも武術として昇華された方の中には若者にも十分対応できる方がおられるかも知れません。それには当てっこではない剣術の奥義を学ぶ事が必要だろうと思います。「当てっこスポーツ」と言われて気に入らないならば、60代でも70代でも全日本で総合優勝してもらいたいものです。

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