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2019年9月 7日 (土)

曽田本その2を読み解く32スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士32の3

曽田本その2を読み解く
32、スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士
32の3昭和19年5月12日高知新聞掲
両剣士を結ぶ申試合 負け嫌ひで而も人善しの反面

 明治16年のこと、この時分は撃剣試合の興行といふことが流行して高知でも堀詰座でやったりしたが、その後十人ばかりの剣士が大阪に遠征したことがある、大将は馬詰栄馬といふ両刀使ひの達人で元の致道館の師範、副将が馬淵桃太郎ーこれは桃井の高弟で箕浦猪之吉が妙国寺で切腹したとき望まれて介錯した使ひ手だーその他は深瀬幸太郎、志和幹作、郷千代次、前野新作、大江正路および当の川崎氏などで一行は大阪につくと土佐堀の土佐人経営の岡村旅館に泊まった、試合の場所は高島座で大入満員であった、勝負がつくと羽織や帽子を舞台に投げつけるそれを行司が披露すると剣士がそれを持って投げた客のところへ挨拶に行く、もちろん木戸銭をとったのでまるで芸人か相撲のやうな待遇を受けた。
 高島座の試合がすむと今度は長堀の警察署へ招かれて試合することになった、川崎氏はこのとき当時長堀署の剣道師範をしていた故高橋赳太郎範士と立合ふことになった、川崎氏は長堀署で立合ふ以前に相手の試合振を見ていたので此奴は手強いぞと思った、そこで試合の時ちょっと竹刀を合わすと直ぐ組打を挑んだ、組打となると「参った」といふまでやるのである、坂本龍馬が日根野塾にいるとき同門の岡林譲蔵とやって組みふせられて「労れた 労れた」といって「参った」と言はなかったといふ有名な話がある。
 それで川崎氏と相手の高橋氏は竹刀を捨てて組打をはじめたが30分ばかり上になりしたになりやっているともうどちらもヘトヘトになった、それで馬詰が「もうよからう」といったが秋山は「死ぬるまでやらせ」といふ、二人はそこでまた半時間ばかりやったが遂に両方とも息をつけないやうになて倒れてしまった、これが将来両剣豪を結ぶ縁となり川崎氏は高橋氏に勧められて一年ばかり神戸の監獄の師範をしたことがある、さうしているうちに東京では警視庁の三島総監が大いに武道を奨励しているので諸国から剣客が雲の如く集まっているといふ噂を聞いた。
 川崎氏は元修立社の社長であった水野寅次郎が当時三等警視で勧め小石川の署長をしており、その方からも勧められていよいよ上京を決心し明治19年の春に国を出た、かくて高輪署の剣道世話係、奉職し雨宮潤三郎の下に勤めることになった、一方相手の高野氏は一足お先に上京して警視庁本部剣道世話係になっていた、その頃同本部には上田馬之介、樋口政之、逸見宗助、下江秀太郎、得能関四郎などというせんせいなどが大取締役で師範をしていた。
 上京した川崎氏は実弟の伊賀彦氏当時慶応義塾に通学していたのでその下宿に同居した、実弟の伊賀彦氏慶応義塾に学ぶやうになったのは次の理由による、父専輔氏が伊賀彦氏に「時勢は変わった、兄は剣で身を立てたが、お前は学問をやれ」と言ったので明治16年に高知一中を卒業すると直ぐに上京したのである、これは余談だが明治16年度高知一中卒業生といふのは伊賀彦氏一人だ、それといふのはその時に自由党の職員がみんな罷めさせられたので同級生が悉くストライキをしたのに伊賀彦氏一人加はらなかったからである、
 さてその下宿屋は田町六丁目の大通に沿った田井といふ家で故上村大将夫人の実家で屋号は井ノ口屋といった、そこには川崎氏の親友の高田逸馬といふ高知県警部が三年前から上京して警官講習所に通っていて止宿していた、東京の水にすっかり慣れていた伊賀彦氏も高田氏も初めて出て来てウロウロしている川崎氏にいろいろ知恵をつけたがある日のこと三人で雑談していると伊賀氏が「兄さん、あんたはちと金を持って来たか」と訊ねるので、国を出るとき持って来た三十円に手をつけていなかった川崎氏は「少々持っちょる」と答へた、すると高田氏が「その金はどういふ風にして持っているのか」と訊くので「大切に懐中しちょる」と答へると「そりゃいかん、東京は生馬の目を抜くとこじゃ、大金を提げ廻っては危険ぢや、是非とも畳の下へでも匿して置くがよい」と忠告してくれた、それでその夜川崎氏はその三十円を紙にくるんで畳の下へ入れて置いた、翌日チョット外出して帰って見ると、二人は居ない、どこへ行ったのかと思って下宿のお内儀に尋ねると「何だか知らぬが、貴方のお部屋でゴソゴソしていて、やがて二人とも大笑ひに笑ひながら雀躍りして出て行かれましたよ」かといふ、さてはと思った川崎氏は急いで部屋へ行って畳を捲ってみたら三十円は影も形もなくなっていた、なるほど東京は生馬の目を抜くところぢやと感心したといふ、二人はその夜へべれけになって帰ってきた。
 

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