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2019年9月 9日 (月)

曽田本その2を読み解く32スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士32の5

曽田本その2を読み解く
32、スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士
32の5昭和19年5月14日高知新聞掲
剣道に年齢はない心眼明かなれば幾歳でも使へる

 あっちこっちの道場へ行っても手に立つものがいないので聊か天狗になった我が川崎氏に高橋氏を誘ひ二人で春風館(山岡鉄舟先生の道場)に乗込み玄関番の書生に名を名乗って試合を申し込んだ、すると書生は奥へ引込んだがそのまゝでなかなか出て来ない、玄関で二時間あまりもまたされた挙句やっと道場に通された、そしてまたその道場でも待たされた、
 二人はまだかまだかとぢりぢりして待つことまた二時間、すっかり痺れをきらした頃内弟子の佐野といふ男が物も言はずに現れた、二人は妙な奴ぢやと思ったが我慢していよいよ立合をするのだからと二人が道具をつけようとすると佐野が口を開いて「いや、それにはおよびません」といふ、そして木剣二振り道場の真中に組んだまま末席に坐った、
 さてはきっと型を見せてくれるのだろうと高橋氏と話しあひながらまたニ三十分経つと奥の方から足音が聞えて来た、二人は固唾をのんでいると鉄舟先生が四五人の高弟をつれて出て来た、純白の刺子の稽古衣に小倉の縦縞千筋の袴を穿いて真黒い頬髭を靡かせ這入ってきた、二人は思はず感に打たれて今迄張切っていた肩肱をすぼませてハッと頭を下げた鉄舟先生は黙って正面にピタリと着座する、そこで佐野が「先生がお立合いひ下さる」と言った、二人が頭を下げると、それに押かぶせて「ついては当道場の掟として試合とあれば素面、素小手で木剣で立合ふことになっているから左様御承知ありたい」といふ、それまでいい加減鉄舟先生の感に打たれている二人はそれを聞くと縮み上がって返事が出来ず、顔を見合せていた、すると佐野が一段と声を張り上げて「言葉を改めろッ」といふ、二人は何のことだかわからないのでどう改めるのだと訊くと、「御指南願ふといへ」といふのだ、それで二人は「御指南願ひたい」といふと佐野がそれを高弟に通じる、高弟はまたそれを鉄舟先生に申し上げる、すると鉄舟先生は黙ってうなづいたまますうつと奥へ這入って行った、
 それから道具をつけて、高弟衆に稽古を願ふと、二人はいやはやもう散々に叩き据えられてヘトヘトになり頭を巻いて春風館を出た、すっかり天狗の鼻を折られてしまったわけである、その後佐野の紹介で二人は春風館に入門することになり、高野氏も改めて入門した、一応春風館は評判の稽古の厳しいところだが、特に入門した三日は胆だめしだといって、立ちも這ひも出来なくなるほど荒稽古させられる、それが済むと普通になるのだが、普通と言っても他所の道場の二倍も三倍も荒い稽古であった、この稽古がどれだけ為になったものか、すなはち後に「三傑三郎」と称して畏敬される三剣豪の素地をこの時つくったのである、
 さて入門すると鉄舟先生はこの三人を特に目をかけて指導した、また勝海舟先生など見えられた時は隣室で話しを聴くことも許された、鉄舟先生の稽古といふのは三尺三寸の竹刀を持ち非常に柔らかな稽古振りであったが、いくらこちらが打ったところで、ピリッとも態度が崩れないので一向に打ったやうな気がしない、得意は突きで「一本行けッ」と一喝すると、二、三寸竹刀が離れているのにゴクリと突かれたやうな気がしたといふ、鉄舟先生はそんな豪傑であったが人を呼ぶのに決して呼び捨てにはせず、年少の川崎氏等に対しても必ず「川崎君」といふ風に呼んだ、
 そして鉄舟先生は川崎氏等の門下生に対し「剣道には年齢がない、心眼さへ明かなれば幾歳になっても使へる」といふことと「逆足は踏むな」それから「欲を捨てろ」とよくいはれたものだ、それは剣の上だけでなく事実鉄舟せんせいは欲をすてられた方であった、思ふに我が川崎範士が恬淡で清貧にあまんじ85年の大生涯を全うしたのは蓋し鉄舟先生の薫陶によるところ大であろう。

 「剣道には年齢がない、心眼さへ明かなれば幾歳になっても使える」
 大抵の人は40過ぎぐらいから若い者には勝てないと云って益々、段位と所属年数、役職の上下に拘って使えない剣道を続けている様です。歳を取れば使えないものならば稽古しても意味は無さそうです、何か間違った稽古をして来たのでしょう。幾つになっても役立つものが武術なのでしょう。
 足腰を痛めている五、六十代の人が大勢います、練習法も間違っているのでしょう。早い強いばかりに拘って見てもどんどん筋力は衰え関節は摩耗して行きます、一ケ所に負荷のかからない運剣を身に着け、鍛えるべきものも変えて行かなければならない筈です。それが鉄舟先生の」「非常に柔らかな稽古振り」に現れていたのでしょう。「心眼さへ明か」とはどの様にすべきなのでしょう。一言で言い表すことが出来る人も居るでしょうが、心眼が明らかでも体が思うようにならなければそれは明らかとは言えそうもない。幾つなっても使える心眼は課題です。

 「逆足は踏むな」は歩み足の動作が身に付けば其れによって可能かもしれません。右足前だけの運剣動作や、剣先と逆の足捌きで居付いてしまったのでは是もそこまでなのでしょう、それとも更に奥が籠められているかもしれません、課題でしょう。

 「欲を捨てろ」は、素直な気持ちでより良いものを学ぶ気持ちがなければ捨てられない、勝気ばかりの人は何も身に付く事は無いし、身も心も不十分なのに無い物ねだりしても結果は得られそうにもありません。初心者や素人相手に多少習って出来る業を仕掛けて悦に入っている人も結果は其処までの様です。是も課題です。
 

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