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2019年9月24日 (火)

曽田本その2を読み解く41霊夢

曽田本その2を読み解く
41霊夢

 昭和13年3月14日午前2時頃虎彦霊夢により故行宗先生曰稽古着にて夢枕に立たれ御生前の如く親しく問答を交わしたり而して余は刀の納め方につき御示教を乞ひたる処詳に御伝授ありたり即ち
 「居合技に於て最も秘蔵にして重きをなすものは抜刀。納刀の妙諦を得るにあり、納刀技は鯉口に刀棟を上より降すことなく、開きたる刀を其の侭左斜めに持ち来り棟にて恰も瓜の皮を剥く如く摺り上げ鯉口の処にて巧みに刃を上に返して鯉口を後ろに繰り右手は体の前方に伸ばし指三本にて支へ右手の伸びたる時は鞘と刀身とは一直線になる様心懸くべしと」
 此時先生は見事なる居合刀を持たれて居たが土居君(余を指す)此の刀で抜いてみたまへと云はれたが、何は兎もあれ先生に一本拝見さして頂き度しと請へば先生早速、然らば伯耆流居合を抜いて見せんと立ち上がられたが此の時はかなくも夢醒めて、そぞろの感に打たれたが所謂神秘夢伝とも云ふべきであろう。

 この曽田虎彦先生の霊夢は岩田憲一先生の「土佐の英信流 旦慕芥考」平成元年1989年に第3篇の名士の記録に曽田先生の他のスクラップ等資料と一緒に掲載されています。
 この霊夢から、土佐の居合の納刀について、「鯉口に刀棟を上より降ろすことなく」と下村派の行宗先生は云われています。そう言えば中西岩樹系統も山本宅治系もくるりと上から刀棟を鯉口に下し納刀しています。という事は大江居合もクルリストンだったのでしょうか、行宗先生と師匠は同じ下村茂市定ですから、行宗納刀を教わっていた筈です。
 河野先生の納刀も行宗納刀の形ですから、穂岐山納刀を大日本居合道図譜のころまでに変えたのでしょうか。クルリストンとやって指を斬ったり、納刀しそこなったりしているのを見ていますから有効な方法とは言えないでしょう。残心で自傷するとか見栄えを優先する方法は如何なものでしょう。大道芸を志す場合はクルリストンは投げ銭が多いかな~。

 実はすでにこのブログでも解説しているのですが、河野先生が第18代穂岐山先生に書簡を送り回答いただいた中にも行宗先生同様の納刀がなされるよう解答されています。
 改めてここに記載しておきます。(曾田本その2を読み解く22スクラップ居合の疑義に尽きての解答22の5納刀2019年7月16日)
「答、此場合初心の者に説明するには、血振の時の拳のまゝ手首(少しく)と腕を曲げ刀身を鯉口にあて納むる如くすれ共、実際に於いては練習を積むに従い是にては何となく業の堅くしてやわらか味無き感を来し候、此意味に於いて血振いの位より起動の為め、心持拳を右にかやし直ちに復旧して刀刃を上方に向けつゝ鯉口の位置に運ぶものに候、然れ共是は極く瞬間のものにして他より見て、拳を右に返す動作の明に認め得る如く大きくゆっくりと動作するには無之、只起動の為めつまり動作を速にするために候、然し原則としては拳は返す事無く、血振いの位置より其儘運ぶものなる事を忘れざる事肝要に候。」
 

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