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2019年9月10日 (火)

曽田本その2を読み解く32スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士32の6

曽田本その2を読み解く
32、スクラップ土佐が生んだ天下の剣豪川崎範士
32の6昭和19年5月16日高知新聞掲
三傑三郎は斯くして出来た 夜通し猛稽古をつけた精神力

 明治20年6月、芝山の彌生社で天覧試合があり、そのとき野試合があった、わが川崎氏等三人は三本勝負を天覧に供する光栄に浴し野試合には関係がなかった川崎氏は白軍から助太刀を頼まれたので加はった。
 敵軍を見渡すと奥宮警察署の永井利胤氏が紫の襷をかけて指揮している、この永井氏には川崎氏が最近の方面会で敗けたことが有るので、今度はやってやろうと乱軍の中を縫ふて近寄った、▢て永井氏と向ひ合ふと同氏はパッと打込んで来る、そこを例の足搦みで見事に倒したが何れ入乱れての乱闘だ、倒れたが百年目で大せいの白軍の者にポカポカとやられて永井氏はたうとう気絶してしまった、
 次に明治22年頃警視庁に道場破りがやって来た、それは旧榊原藩の指南役で戊辰に越後に出陣した時の鬼の指物をつけて武勇を轟かし豪剣の名も高かった柴田克己、薙刀の名人の長尾俊久、それから鎖鎌の大家大久保某の三人で揃ひも揃って手強い人物ばかりである、すると上田馬之助先生は川崎氏等に「この相手はお前ら三人で始末しろ」といった、そこで三人はジャンケンをして順序を決めたところが、高野、高橋、川崎といふ順になった、まづ薙刀の長尾が樫の木の薙刀を持って出て来た、この薙刀を腰のあいだにいれてひっかけつりあげて投げつけるのが長尾の得意だといふ、高野氏は薙刀の峰を踏んで落すところを胴をとり、最後に小手を取って見事に破った、次に高橋氏が出て勝ち、最後に川崎氏が飛込んで面をとり、それから足搦みでさんざんやっつけた、次が鎖鎌の大久保だ、ところが鎖鎌といふものは、六尺ばかりの鎖の先に分銅がついていてブンブン振り廻す、こちらの竹刀に搦みつけて引きよせ脇に挟んでいる小太刀で打つといふ厄介な代物である、川崎氏が長尾に勝って下ってくると、高野氏と高橋氏が何か相談していたが高橋氏が「川崎、貴公は鎖鎌をやった経験があったはずだな」といった、それで、川崎氏が「いかにもある」と答へると「それなら大久保は貴公一人でやってくれ、柴田は俺たちが引受ける」といふ、さうなるとわが川崎氏は厭とは言へぬ性分だ「承知した」と引受けてしまった、
 かくていよいよ大久保と立合ふことになった、型の如く互に礼を交はして立ち上がらうとすると、目の前一尺ばかりのところに相手の分銅が来ていた、しめたと思って左足でひょいとその分銅を踏まへて立上った、大久保は肝腎な得物が使へぬので狼狽している、そのところを一撃で鎖鎌を叩き落し、飛び込んで行って大久保のさしている小太刀を奪って胴をついたのでさすがの大久保も完全に参った、
 一方柴田も高野、高橋両氏が見事に勝ち道場破りの大敵を無事に撃退したので、上田先生から一同は大へん褒められた、それでこの当時この三人ー川崎善三郎、高野佐三郎、高橋赳太郎は「三傑三郎」と畏敬されて剣客の中に知れ渡った、
×   ×
 その頃吾妻橋所の道場開きがあり川崎氏等十人が稽古をつけに行ったことがあった、ところがこの十人を叩き潰してやらうといふので各署から選り抜きのものが二十人づつ詰かけ手具脛ひいて待っていた、稽古は晩の六時から始まったがそれからぶっつづけに一息つく暇もなく交る交る出てくる先方は叩き潰すつもりだから新手をひきかへひきかへ無二無三に打ってくるとうとう夜中になると他のものは皆叩き潰されて残ったのはわが川崎氏等三人だけだ、もうそのときはクタクタになって羽目板に身をもたせてやっと竹刀を持っているのだが、相手はそれを無理やりに道場の中ほどへ引張り出して足を払っては転がし、背中などをさんざん殴るのだ、もう駄目だ、と声を上げようと思って横を見ると高野氏も高橋氏もフラフラしながら兎に角闘っている、それを見ると何くそと勇気をしぼり出してまた立ちあがる、
 十二時を過ぎた頃には三人とももう無我夢中で羽目板にへばりついて相手に殴られるままになっている、もう目の先がまっ暗で何も見えないところがそのうちにだんだん白みかけるとその道場の隣に鶏屋があって、そこに飼ってある鶏が鳴きはじめた、すると俄かに三人とも元気が出てさあそれからは片っぱしから出て来る奴を殴り倒し朝の六時まで頑張り通して引上げた、家へ帰るとそのまま寝床へ転がりこんだが、それから二週間といふものは夜も昼もない、ただウツラウツラ眠っていた、ときどき起きて小便に行くだけだが、その小便も二週間位は血の小便であった、これを見ても如何に猛烈な闘ひであったかが察せられるとともに、こんなにも頑張れたのは春風館で修行したおかげであらう。

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