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2019年9月29日 (日)

曾田本その2を読み解く42大阪八重垣会幹事?剣道錬士河野稔氏との文通質疑42の5だまし打ち

曾田本その2を読み解く
42、大阪八重垣会幹事?剣道錬士河野稔氏との文通質疑
質問を受けたる事項次の如し
42の5だまし打ち

2、居合は本来の目的よりして剣道の所謂先々の先にあらずして先又は后の先の一刀と信じますが、上意抜打は別とし(之とて上意と呼びてなすと▢る)一切敵を「だまし」打にする事は無之と信じますが、立膝の岩浪に於て左に向き右足にてトンと踏みたる時敵ハッと右に振りたる其の胸(又はのど)をさすと説くは丁度之にては「ダマシ」打の教あり。本業の正しき祥義を是非御教示の程御願申上益。
 解説「正面より我刀柄を取り押えんとするにより、我先に廻り柄を右によじて刀を抜き敵を突くの技にて決して「だまし打」にてあらず、尚突く時足を「とん」と踏むは突く刀勢を添ふるものなるにより(又一説には敵我刀を押えんとする其柄を踏む心持ありと)音をせずして突くもあること心懸くべし」。


 この河野先生の質問には、人を武器によって殺傷する事の根本的な問題提起が為されています。武術の行使をすると云う事は、人のコミュニケーションの最終手段である事と、単なる真剣勝負との区別もつかないようでは[だまし打ち」程度の言葉遊びが出てしまうのでしょう。

 土佐の居合の古伝には神妙剣の教えが語られていました、すでに曽田本その1で紹介済みですが、ここで再び神妙剣を登場してもらいます。
 「神妙剣:深き習いに至りては実は事(業)無し常に住座臥に之有る事にして二六時中忘れて叶わざる事なり、彼れ怒の色見ゆるときは直に是を知って怒を抑えへしむるの叡智(頓智?)あり、唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也、是戦に致らしめずして勝を得る也。去りながら我臆して誤り(謝り)て居る事と心得る時は大に相違する也、兎角して彼に負けざるの道也。止事を得ざる時は彼を殺さぬ内は我も死なずの道なり。
 亦我が誤りも曲げて勝には非ず、誤るべき筋なれば直に誤る(謝る)も勝也。
 彼が気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也。委しくは書面にあらわし尽くし難し、心覚えの為に其の端を記置く也。」
 古伝の最終章はこの一文に尽きています。剣道や柔道、相撲などの勝負事で、力と速さの身に頼るのは若い時の事、いずれ体力の衰えによって若者にコロコロ負かされて、悔やんでみても意味のない事です。いかに年をとっても負けないのが武術でなければ生涯修錬する意味など無いに等しいものです。
 古流剣術に秘められている奥義は現代居合による「だまし打ち」は無いと信ずる程度の「安易なうそ」では得られる訳は無いでしょう。

 

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