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2019年9月15日 (日)

曽田本その2を読み解く35神道無念流

曽田本その2を読み解く
35神道無念流 福井兵右衛門嘉平

 野州の産にして天明年中の人也、姉川上姜太夫と号し田中権田一圓流刀術を学びて其妙を得後諸州を修業し信州に至り飯綱権現に祈り遂に奥旨を悟り自ら神道無念流と号す。
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 曽田本その2は曽田先生のメモ若しくはスクラップブックです。神道無念流が突然書かれています。神道無念流についてのこの文章はどうやら武術流祖録から書き写したのだろうと思われます。武術流祖録の写しを何処からか借りて来たのか、大正4年発行の早川順三郎による「武術叢書」から書き写したと思われます、原本は漢文で書かれていますから読み下し文にされたのでしょう。

 天明年中の人ですから1781年~1789年に生まれたか死んだかの人、10代将軍徳川家治か11代家斉の頃でしょう。綿谷雪著「日本武芸小傳」の武芸流祖録では、「下野国都賀郡藤葉村の人、今の壬生町藤井だろう、元禄15年生まれ。天明2年83歳で死す」とあります。
 神道無念流の何が曽田先生にその謂れをメモしたくなる理由だったのか、曽田本その2の後の方に神道無念流居合の手附が7ページにわたって書き込まれていますので、思う所があったかもしれません。

 此のブログにも掲載してありますが(2019年8月3日掲載)昭和11年11月の高知新聞に「土佐の居合術の為に 万丈の気を吐く豪勇曽田虎彦氏 傑物、行宗貞義の一の弟子、と長い見出しで曽田先生の履歴を書き込み、此の年10月25日に日本古武道振興会の主催で明治神宮奉納会があり、土佐居合術の代表者として曽田氏と竹村静夫氏が出席し帝都の檜舞台において英信流のために万丈の気を吐いた。そして曽田氏と範士中山博道氏と会見の節、中山範士は曽田氏を尊敬して先輩に対する礼を執り、刀の新しい下緒を贈呈したのであった・・・。」
 この中山博道先生は神道無念流です、新聞のスクラップをすると共に、神道無念流居合についても興味を持たれ資料を捜さられたりしたのでしょう。

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