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2019年10月28日 (月)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の1大森流居合術

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の1大森流居合術

大森流居合術
1、前後左右
1、進退
1、請流
1、介錯
1、順刀
1、勢中刀
1、追懸
1、抜打
以上
右大森流派業数11本にして何の口伝も無く業の起りも業附の書なし

 行宗貞義から中村虎猪へ中傳を伝授したものを写したと思われます。明治39年(1906年)秋8月27日と記載されています。行宗貞義先生は嘉永3年1850年生まれ大正3年1914年64歳で亡くなられています。56歳の時のもので伝書に記載されている署名は「大日本武徳会高知支部居合術講習係行宗貞義」とされています。
 無雙直伝英信流とも無雙神傳英信流居合兵法とも云っていないわけで大日本武徳会高知支部居合術講習係と云っています。然し大森流居合術と明記しているのですからこの中傳の位置づけはどうなるのでしょう。中伝は長谷川流居合術と書かれていて業名は長谷川流の一本目は横雲から始まっています。現代居合も同様です。
 大森流居合術の業名は何処かおかしい。業附き口伝も書き付けたものもない、とあります。古伝神傳流秘書も見た事は無かったのでしょう。
行宗先生自信が目録も授与されていなかったと云えそうです。

大森流居合術
1、「前後左右」は、神傳流秘書では「初発刀・左刀・右刀・當刀」となります。
大江居合では「前・右・左・後」です。大江居合は対敵の配置に対しての業名から道場正面に対し我の座す方向に変えられています。
細川居合では「初発刀・左刀・右刀・當刀」です。
吉宗居合は変な配列ですが、同門の細川居合は神傳流秘書と同じです。
1、「進退」は、神傳流秘書では「陽進陰退」。大江居合では「八重垣」。細川居合は「陰陽進退」
1、「請流」は、神傳流秘書では「流刀」。大江居合では「請け流し」。細川居合は「流刀」
1、「介錯」は、神傳流秘書では「順刀」。大江居合では「介錯」。細川居合は「順刀」
1、「順刀」は、神傳流秘書では「逆刀」。大江居合では「附込」。細川居合は「逆刀」
1、「勢中刀」は、神傳流秘書では「勢中刀」。大江居合では「月影」。細川居合は「勢中刀」。
1、「追懸」は、神傳流秘書では「虎乱刀」。大江居合では「追風」。細川居合は「虎乱刀」。
1、「抜打」は、神傳流秘書では「抜打」。大江居合では「抜き打ち」。細川居合は「抜打。

此処で云う細川居合とは、細川義昌ー植田平太郎ー尾形郷一貫心ー梅本三男と道統される居合で下村茂市系統の居合となります。現代では最も古伝神傳流秘書に近い業名の居合と言えるでしょう。
 下村茂市の同門で細川義昌の弟弟子に当たる吉宗貞義、大江正路は修行半ばで明治維新1868年を迎え十分な指導は受けられなかったかも知れません。
 細川義昌も同様であったとしても、維新前に根元之巻を授与され、島村家の一員として細川家に残された伝書類から想像できる古伝の指導を受けられたと思われます。
 木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」に記載されている伝書を追ってみます。
 文政4年1821年真傳流居合極意書を山川幸雅から坪内長順が受けています。
 文政10年1827年居合兵法咄を坪内長順から坪内清助が受けています。
 天保7年1836年居合兵法極意巻秘訣を山川幸雅から島村右馬丞が受けています。
 天保2年1831年根元之巻を坪内清助から嶋村右馬丞が受けています。
 万延元年1860年抜刀術童蒙初心之心持を下村茂市から嶋村義郷が受けています。
 慶応2年1866年根元之巻を下村茂市から嶋村善馬(細川義昌の旧氏名)17歳で受けています。
 
 

  

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