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2019年11月

2019年11月30日 (土)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の1千ハ品

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
 
千ハ品木草薬と聲しかと
     と乃病尓と志らで詮なし

読み
千ハ品木草薬と聞きしかど
     どの病にとしらで詮なし
(せんやしなもくそうやくとききしかど
     どのやまいにとしらでせんなし)

 此の歌は新庄藩の林崎新夢想流の伝書にある秘歌之大事の一番目に記載されている歌で、林崎甚助源重信公資料研究委員会による「林崎明神と林崎甚助重信」平成3年1991年発行によるものです。それによると元禄14年1701年に相馬忠左衛門政住が田口彦八郎に伝授したもので、昭和58年1983年秋に最上郡金山町中田の柿崎トミヨ氏宅で発見され、同年11月1日居合振武館に寄贈され陳列されていると有ります。
 秘歌之大事は変体仮名による草書体の毛筆のもので同書の写真ではすでに読むことは困難です。従って伝書の写真の下段に「読みや易くするために天童郷土研究会長伊藤文治郎氏の筆による解読歌を付した」とされています。
 本来居合振武館で原書を見ながら解読すべきでしょうが「林崎明神と林崎甚助重信」の貴重な資料を基に解読させていただきます。一部伊藤文治郎氏と読みの違いは文字の判読及び武術ではこう読むべきとしてミツヒラの浅学も恥じずに述べさせていただきます。

 新庄藩には明治以降にも秘歌は多少変わっていても伝承された様です。「千ハ品の木草能薬と耳しかととの病尓と志らてせん奈し(ちやしなのきくさのやくとみみしかどどのやまいにとしらでせんなし)

 妻木正麟著詳解田宮流居合には田宮流居合歌之伝の中に「千ハ品草木薬と聞きしかどそのあてがひを知らでせんなし」と此の歌が伝わっています。

 歌のもつ深い意味はどの様に解釈しようといいのですが、そのまま読めば、「千に余る木や草の薬があると聞いてみても、どの病に効くのか解らなければ聞いた甲斐もない」という事でしょう。
 さて、この歌を巻頭に掲げた新庄藩の林崎新夢想流の居合心をどの様に理解すればいいのでしょう。
 前回の秘歌之大事の一首目2011年11月4日のこの歌の解釈は「いくつもの業を習ったとて、実戦ではどのような場面に有効なものか解らなければなすすべはない」としています。

 あれから8年経って、今、さてと首を捻っています。直解としては間違いのない解釈でしょう。しかし、是では8年も何をして来たことか、同じ業の同じ形を繰り返し、指導者の指導に従って稽古して来ただけで満足な人はそれでいいかも知れません。
 例えば大森流の一本目前の形を無双直伝英信流の谷村派では正面の敵に正対した抜き付け、下村派では半身の抜き付け、夢想神伝流でも半身の抜き付けなどと、初心者の稽古形をいつまでも引き摺って、型にはまらなければ「違う!」と罵声が飛んでくる始末です。
 その動作の元になる仮想敵は何時も同じ相手で同じ動作なのです。そんなバカなことはあり得ないものです。此の動作で、やすやすと斬られる想定は良しとしても、想定はこの業一つでも幾つもあり得るものです。
 相手の身長や、攻撃の進捗状況によっても目標の抜き付け位置は変わって当たり前、それに瞬時に応じられる事が修行であって、決められたことだけを見事にやるのは武的踊りの練習に過ぎないでしょう。
 林崎甚助重信の居合の根元は「柄口6寸」にあります。敵の柄を握る小手に抜き付けるものです。現代では横一線の抜き付けは右肩、首、コメカミです、相手は我と同じ身長です。それでもこれだけ抜き付けの位置が大まかになっているのに、抜き付けた切先は右肩よりやや低くだそうです。そんな都合の良い相手など居るわけもない。
 身長も、相手の攻撃の状況も違う状況の中で「柄口6寸」に抜き打つ稽古は、それこそ寸刻みの高さで抜付ける稽古、相手との距離の違いに応ずる、体裁き、先を取られた時の請けるか外すかその同時に斬り付ける工夫、これはもう修行そのものです。
 現代居合の目録はせいぜい72本程度のことです、神傳流秘書の業名だけでもたった150程度のものです。千に余る業など目録からではありえませんが、一つの業から幾重にも応じられる稽古を重ねればそれを越えてしまうでしょう。それを瞬時に演じられなければ実用に役立たない唯の体操か武的舞踊に陥ってしまうものです。
 そのような「相手の状況に応じ、幾重にも変化する業技法を身に着けない限り目録の形だけでは稽古した甲斐は無い」と秘歌之大事の一番目に諭されている様に思うこの頃です。
 
        

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2019年11月29日 (金)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の12本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の12本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」神道無念流(立居合12本)12本目
意義
前進中敵に先だち抜打ちをなし、敵の之に応ずるを切り返して倒す動作である。
動作
第1、右足より前進し二歩目(左足の地につくや)に刀を抜き三歩目に敵の正面を切る。
第2、切り返しをなす(第2本、第4動に同じ)。
 「両手で刀刃を上方にし刀刃を以て敵の刀を払ひ流し(此際刀尖は其位置を変ずることなく左拳を刀尖より稍々上ぐ)、同時に左手を中心にして刀を右肩の方面に転回しつゝ左足を左前方に踏み開き右足を左足の後方にひき敵の右肩より左斜下方に切り下ぐ。
第3、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)12本目
意義
前進中敵(に)先に抜打をなし敵の之に応ずるを切り返し倒す也。
動作
第1、右足より前進二歩目左足にて刀を抜き三歩目に敵の正面を切る。
第2、切り返しをなす2本目第4動に同じ
 「両手で刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払流し(此時刀尖は其儘に左拳を刀尖より稍上ぐ)同時に左手を中心に右肩より冠りつゝ左足を左前方に踏み右足を左足の後に引き敵の右肩より八相に切下ぐ」。
第3、納刀

 第1動では右足、左足と歩む時刀を抜き、左手を柄に添え上段に振り冠って三歩目右足を踏み込み敵の正面を切る。右足前のまま、右霞に構え敵を攻め、敵が打ち込んで来る刀を払い流す。
 右霞とは刀柄を握った右手の甲を下に左手の甲を上にして刀刃を左にし、切先を敵に向ける、此処では刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払い流す。同時に右肩から上段に振り冠り、左足を左前方に踏み右足を左足の後方に引き、敵の右肩より左斜下(逆八相)に切り下げる。残心納刀。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付12本目前敵
 三歩進んで敵の正面を抜打つ。切返し、血振い、納刀は前に同じ。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付12本
 歩行中左足が出たとき刀を上に抜き、右足を踏み出し諸手で「矢」と前敵の真甲に打込む。素早く右足を進め「当」と霞み、左斜前に変って「鋭」と切返す。正眼に攻めて納刀する。
 最後の一刀は総て真剣なれば真二つに斬る可き意なり。後ち己を守る事。
 究練磨、自然自知活発、刀勢鋭く姿勢正しく。と本参考書末尾に真剣勝負の厳しさと、修行練磨の心得が書き加えられている。

 12本目は夫々の業手付に大きな違いは無い様です。 但し一刀目の「抜打」は刀を上に抜き上げ手を返して上段に振り冠り真向に切り下すと「敵の正面を切る」から想定していますが、どの様な敵の状況なのか記載されていませんので居合らしい抜刀ならば、歩行中敵が刀を抜き上段に振り冠って我が真向に打込んで来るのを、我は刀刃を左に向け柄を正中線上の上に抜き上げ敵刀を摺り落すや、上段に振り冠って敵の真向に切り下す。敵一歩退いて之を外すや、右霞で敵を攻め敵打込んで来るのを切り返す、など可想敵を動かしながら無双直伝英信流の業技法で応じて見ました。大村藩の場合は、どの様に抜打つのか、抜けが有ってわかりません。

 以上を以って曾田本の神道無念流立居合12本を読み解いてみました。太田龍峰先生の居合読本、木村高士先生の長州藩相伝神道無念流をお借りして神道無念流体居合12本の曾田本に記載されている居合を紐解いて見たのですが、他流の事故之で良しとは言えないかも知れません。 貴重な資料をありがとうございました、更にご教示賜れば無上の喜びです。 
 ミツヒラこと松原昭夫

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2019年11月28日 (木)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の11本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の11本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)11本目
意義
概ね第10本に同じであるが、敵、退却することなく、我、却って敵に追ひ詰められ後退しつゝ敵を切り倒す動作である。但し最初停止して居るのではなく、前進中敵に出合ったものとするのである。
動作
第1、右足より前進中右足の地につくや僅かに後退して刀を抜く(第1本第1動に同じ)。
 「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形を為し左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右肘を下方より切り上ぐ。
第2、第10本、第2、第3動に同じであるが、右足より後退しつゝ行くのが異ってゐる。
 「第2動:左足より二歩前進し敵の正面を切る(右足より二歩後退し敵の正面を切る)」。
第3、右同
 「第3動:刀を青眼の儘で、刀を敵に突きつける姿勢で二歩前進す(刀を青眼の儘で、刀を敵に突きつける姿勢で二歩後退す)」
第4、第10本、第4、第5動に同じ。
 「刀を上段にして残心を示す」。
第5、右同。
 「刀を青眼に復してこれを収む」。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)11本目
意義
大体10本目と同じなるも、敵、退却せず我却て敵に追い詰められ後退しつゝ敵を切り倒す也、但し最初停て居るにあらず前進中敵に出会たるものとす。
動作
第1、右足より前進中右足の地につくや僅かに後退して抜刀(1本目第1動に同じ)。
 「右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十文字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ」。
第2、1本目第2、第3動に同じであるが右足より後退しつゝ行くのが異なる。
 「1本目第2動:次に右手を左肩より振り冠り左手を添へ右足を一歩引き敵の正面を切る」
第3、右同
 「1本目第3動:更に右足一歩進め真向より正面を切る(更に左足一歩退き真向より正面を切る)」。
第4、10本目第4、第5動に同じ。
 「10本目第4動:次に上段にて残心を示し」。
 「10本目第5動:正眼に直り納刀」
第5、右同

 曾田本と居合読本とは切り上げて後の一刀目、二刀目の足裁きが違う様です。曾田本は切上げた時の右足を退きつつ上段になるや右足を地につくや敵の正面に切り下す、更に左足を一歩退きつつ上段になるや左足が地につくや敵の正面に切り下す。
居合読本は、右足踏み込んで切り上げた時、右足左足と退き真向に切り下し、更に右足左足と退いて真向に切り下しています。この違いから曾田本が引用した神道無念流立居合12本の出典が居合読本では無かったかもしれないとまた思ってしまいます。曽田先生も業を自分流にいじる癖があったかもしれません。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付11本目
 進行中、右足が床についたとき、素早く左足を右足に引き揃えて抜刀する。(-右足より後退し、左足後で切り上げる・・長州藩相伝)右左足と後退しながら刀を上段に冠り前敵の正面二打込む。中段、二歩後退して上段となり残心を示す。(-二歩前進して上段残心を示す‥長州藩相伝)晴眼に構える。血振い、納刀は前に同じ。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付11本目
 その場で右足を踏み出し、下方から逆袈裟に切上げ、切先は前敵の左首の高さとなる。更に二足一刀に攻め「当」と真甲に打込む。左、右足を進んで上段に冠り、右足から一歩攻めて中段となる。正眼に攻める。納刀。

 大村藩も戸賀﨑居合も、最初から攻め一方の姿勢です。

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2019年11月27日 (水)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の10本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の10本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)10本目
意義
敵に接近しある際、敵、刀を抜かんとするのに対して動作するも、敵、退却せるにより之を追詰めて切り倒す動作である。
動作
第1、右足を一歩出すと同時に刀を抜き敵の前肘を切る(第1本、第1動に同じ)。
 「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以て刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ」。
第2、左足より二歩前進し敵の正面を切る。
第3、刀を青眼の儘で、刀を敵に突きつける姿勢で二歩前進す。
第4、刀を上段にして残心を示す。
第5、刀を青眼に復しこれを収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)10本目
意義
敵に接し居る時敵刀を抜かんとするに対し動作する敵退きたるにより之れを追詰めて切り倒す也。
動作
第1、右足を踏み出すと同時に抜刀敵の左前肘を切る1本目第1動同
 「右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ。
第2、左足より二歩進み正面を切る。
第3、次に青眼のまゝ突き付けながら二歩進む。
第4、次に上段にて残心を示し。
第5、青眼に直り納刀。

 居合読本も曾田本も動作は同じで、敵の抜かんとする右前肘を切り上げ、追い込んで真向に斬る。追い込む際の構えは左足踏み込み刀を左から上段に取り、右足踏み込んで真向に斬りこむので良さそうです。青眼に構えて左右と前進しつつ上段に構えて残心、其の足の儘青眼に復し、納刀。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付10本目
 その場に抜刀して諸手で上段に冠る。右足を踏み出して敵の正面に打込む。(-敵の右肘を切上げる・・長州藩相伝)更に、二足一刀で霞に攻め入り上段より真向水月まで打込む。中段となり左、右足と二歩攻め入り上段に冠り残心を示す。正眼に構える。血振い、納刀は前に同じ。

 小村藩無念流立居合10本目は、立ったままその場で刀を上に抜き上げ、諸手上段となり、右足を踏み込んで真向に斬り下すのですから、居合読本とも長州藩相伝とも異なります。文章の通りゆっくり大きくやっていたのでは何拍子になるでしょう。此処は刀を、刃を左に向け敵が打ち込んで切手も摺り落せる運剣で抜き上げるや拳を返して刃を正面に向け切り下すや左手を柄に添えて水月迄切り下す、敵怯んで後退知るを左足を踏み込み上段に振り冠り右足を踏み出し真向に水月迄切り下す。左右足と追い進み上段残心、正眼に直り、横血振り、納刀。
 無双直伝英信流正統会の附込の抜刀を立業で応じて見ました。然し読み進むに従い神道無念流居合は鞘の内からの抜き付けで相手に致命傷を負わせるか攻撃できない状況に追い込む無双直伝英信流の居合とは雰囲気が違います。抜打が不十分でも二刀目、若しくは三刀目で切り倒す神道無念流の居合とはその精神が違うのでしょう。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付10本目
 前の如く刀を頭上に抜く。右、左足と後退しながら上段に冠り「当」と前敵真甲に打込む。左足を右足に引き揃えて、その場に両足で飛び上り天上段となる。刀を徐々に下におろしながら右足を出し、前項の如く正眼に攻める。納刀。

 戸賀崎居合の独特な処は、斬りこむ時に「当」「鋭」「矢」戸の掛声を出す事。此の業に見られる「その場に両足で飛び上る」事。此の業では刀を頭上に抜き上げ右、左と後退しながら上段に冠り真甲に打ち込んでいます。他の教えが抜刀し、攻め込んでいます真甲に打ち込んでいます。此の場合の飛び上がり「天上段」に構える意味が何処にあるのか、解説されていませんが、此処では十分に敵を切った後に飛び上がって右弾に振り被り残心の様です。何時何処で他と異なる動作が行われるようになったのか興味のある処です。 

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2019年11月26日 (火)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の9本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の9本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)9本目
意義
敵の刀を抜かんとする前肘を切るも(第1本に同じ)敵之れを脱し我胴を切り来るに対し変化して切り倒す動作である。
動作
第1、第1本、第1動に同じ。
 「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ」。
第2、刀を頭上に被りつゝ右足より二歩後退し、刀の鎬ぎを以って敵、刀を下方に圧し、敵の我が胴を切り来るを防ぐ如く刀を体の右前下方に持ち来る(此時右足は左足に着く如く引き寄せる)。
第3、刀を其状態の儘少しく上げつゝ僅に前進す、此際左足は右足につく如く送り込む(敵を襲ふ気持なり)。
第4、切り返しをなす(第2本、第4動に同じ)
 「両手で刀刃を上方にし刀刃を以て敵の刀を払ひ流し(此際刀尖は其位置を変ずることなく左拳を刀尖より稍々上ぐ)同時に左手を中心にして刀を右肩の方面に転回しつゝ左足を左前に踏み開き右足を左足の後方にひき敵の右肩より左斜下方に切り下ぐ」。
第5、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)9本目
意義
敵の抜かんとする前肘を切るも(1本目に同じ)敵之れを弛し我が胴を切り来るに対し体を変えし切り倒す。
動作
第1、1本目第1動に同じ
 「右足より前進し二歩目左足より柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ」。
第2、上段のまゝ右足より二歩退き次に鎬を以って敵刀を下方に押へ、敵我胴を切り来るを防ぐ如く刀を体の右前下方に持ち来る此の時右足を左足に引き付くる。
第3、次に青眼に直りつゝ少し前進す此の時左足は右足につく如く送り敵を襲う気持なり。
第4、次に切り返しをなす2本目第4動に同じ。
 「両手で刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払流し(此の時刀尖は其儘位置にて左拳を刀尖より稍上ぐ)同時に左手を中心に右肩より冠りつゝ左足を左前に踏み右足を左足の後に引き敵之右肩より八相に切下ぐ」。
第5、次に納刀。

居合読本と曾田本では少々文言がことなる処が有りますが、ほぼ同じと見ていいでしょう。曽田先生も何故文言を変えたのか、或いは居合読本以外の資料によったのか疑問です。
 些細な文言の違いとは言え第3動で居合読本は「刀を其状態の儘少しく上げつゝ僅かに前進す」。曾田本は「青眼に直りつゝ少し前進す」。敵が我が胴に斬りこんで来るのを、裏鎬で右前下方に押さえ(圧し)た後の動作ですが、此処は敵が後退するならば曾田本の青眼は成り立つでしょうが、居合読本の方が良さそうです。神道無念流立居合は相手の状況は細部にわたって書かれて居ませんから此処は仮想敵の動きは自分で想像して第3動から第4動に繋いでいくのでしょう。

木村高士著長州藩相伝神道無念流より大村藩無念流立居合業手付9本目
 三歩進んで前方に抜刀。(ー1本目のように敵の右肘に切上げる・・長州藩相伝)敵が胴に打ち込んで来るので、僅かに左足を引き、続いて右、左と大きくこうたいして、右腰脇で刀の裏鎬をもって敵刀を払い落す。素早く晴眼で一歩攻める。再び打込んで来る敵刀を切返して右肩へ打込む・血振い、納刀は前に同じ。

 大村藩神道無念流立居合は敵と我との攻防が読めますが、「三歩進んで前方に抜刀」ではどうしていいか分からない。
 1本目は「敵の右肘を下方より刀に反りをうたせながら抜付け切上げる」。
 2本目は「三歩進んで、左足を僅かに引き上段に冠る。右、左足と二歩後退して真向に打込む」。
 3本目は「右足より三歩進み、右足が床についたとき左回り後方に向き、同時に抜刀し、右足を踏み出して上段から真向に打込む」。
 4本目は「三歩進んで後敵に目を注ぎ、右片手で刀を低く抜き、刃を上にして左上膊部に支え後敵を刺突す」。
 5本目は「三歩進んで左足を軸に右に向き、右足を一歩踏み出すと共に頭上に抜刀し、右敵の正面に打込む」。
 6本目は「三歩進んで右足の出たところで抜刀し、右足を軸に左に向き、左足を右足の後に引き、上段から左敵の正面に打込む」。
 7本目は「三歩進んで抜刀、右足を軸に左足を右足の後に引き右に向き、真向より右敵の正面に打込む」。
 8本目は「その場において右足を踏み出し、諸手で横一文字に抜付ける。
 9本目は「三歩進んで前方に抜刀。敵が胴に打込んで来るので、僅かに左足を引き、続いて右、左足と大きく後退して右腰脇で刀の裏鎬追をもって敵刀を払い落す」。
 居合と言えるか、抜いてから構えて切るのでは疑問を感じてしまいます、がこれも文章表現の仕方によると思えばそうかもしれません。然し9本目などは長州藩相伝は「前方の敵に下方から抜付ける、前敵は身を転じて我が胴を打って来るので、右足から二歩後退しながら左回りに刀を上段に冠り、敵の刀を刃をもって右前下に打ち払う」。と明快に居合抜から始まっています。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付
 前の如く刀を頭上に抜く。右、左足と後に引き、諸手で柄を握り、切先を左から小さく上に回して刃を前に向け敵刀を抑える。このとき、体重は後左足にかけ、切先は膝の高さとなる。右足を進め「当」と霞み、左斜前に変って「鋭」と切返す。正眼に攻める。納刀。

 戸賀崎居合も大村藩と同様です。鞘の内からの抜打を居合と思い込んでいる無双直伝英信流では之は居合ではないと思ってしまいます。恐らく元は居合としての抜打が稽古されて来たのでしょうが、抜打によって敵を一刀のもとに倒していない事からこの様な抜いてしまってからの動作にポイントがずれて行ったのかも知れません。其の辺のことは神道無念流にどっぷりつかって考えなければならないかもしれません。

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2019年11月25日 (月)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の8本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流立居合幾つか
50の8本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)8本目
意義
勉めて敵に接近してから抜き打ちをなすも敵後退せるにより追詰めて切倒す動作である。
動作
第1、其場で抜刀し右足を一歩出して正面を切る
第2、左足より二歩前進して切る。
第3、第2本、第4動に同じく切返しをなす。
 2本目第4動:「両手で刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払ひ流し(此際刀尖は其位置を変ずることなく左拳を刀尖よる稍々上ぐ)同時に左手を中心にして刀を右肩の方面に転回しつゝ左足を左前方に踏み開き右足を左足の後方にひき敵の右肩より左斜下方に切り下ぐ」。
第4、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)8本目
意義
勉めて敵に接して抜打するも敵後退するにより追詰めて切倒す也
動作
第1、其場にて抜刀右足を一歩出し正面を切る。
第2、左足より二歩前進して切る。
第3、2本目第4動の如く切り返し
 2本目第4動:両手で刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払流し(此の時刀尖は其位置にて左拳を刀尖より稍上ぐ)同時に左手を中心に右肩より冠りつゝ左足を左前に踏み右足を左足の後に引き敵の右肩より八相に切下ぐ」。
第4、納刀

 この業の分らない動作は、第1動です。無双直伝英信流では大森流の附込の抜刀から切り下す抜打ちでしょう。柄を持つ右手を正中線上に刀を抜き上げ刀刃は左外に向けて抜刀するや手を返して上段に振り冠り右足を踏み込み正面の敵の真向に打込む。
 続いて、左足、右足と前進して後退する敵を追い詰め上段から切下す。右霞に攻め込むと敵我が真向に打込んで来る処、切先を敵に付け、刃を上に左手を稍々高くして、敵刀を払い流し右肩より冠りつつ、左足を左前に踏み込み、右足を左足の後に引き、敵の右肩より逆八相に切り下げる。納刀。

木村高士著長州藩相伝神道無念流より大村藩無念流8本目
 其の場に於いて右足を踏み出し、諸手で横一文字に抜付ける。(ー真向正面に抜付ける 長州藩相伝)更に、二足一刀で前敵の正面に打込む。前敵が打込んで来るので、切返して敵の右肩に打込む。以下、前の業に同じ。

 大村藩の8本目の抜打ちは「諸手で横一文字に抜きつける」、左右と二足一刀で前敵の正面に打込む。更に「前敵が正面に打ち込んで来るので切り返し敵の右肩へ打込む」曾田本の敵刀を切返し(払流し)は神道無念流の右霞ですから「刀柄を握った右手の甲を下に左手の甲を上にして刀刃を左にし、切先を前敵に向ける。」となり打ち込まれて、敵刀を切り返して敵の右肩に打込む。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」から戸賀崎無念流立居合業手付
 直立の姿勢から素早く右手で刀を上に抜き上げ、左手を添えて右足を踏み出し「矢」と前敵の真甲を打つ。更に、二足一刀をもって攻め込み上段から「当」と正面真甲に打込む。右足を進め「矢」と右霞となり、左斜前に変って敵刀を切返しながら右足を左足の後に引き「鋭」と右面を打つ。正眼に攻め、納刀。

 戸賀崎居合は、我は刀を抜き上げ左手を添えて右足を踏み出し「矢」と前敵の真甲を打つ。二足一刀に攻め上段から「当」と真甲に打込む。敵我が真甲に打ち込んで来るや右霞で切り返して「鋭」と敵の右面を打つ、正眼、納刀。

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2019年11月24日 (日)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の7本目

曾田本その2を読み解く
50神道無念流居合幾つか
50の7本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)第7本:
意義
前方右方の敵に対する動作(第6本に同じ)。
 意義
 「前方右方の敵に対するも右方の敵、最初我に近寄りすぎた為めに進出して切る事能はず、従って其場に於いて切り、次いで敵後ろに倒るゝを以って其儘進んで残心を示す」。
動作
第6本と全く同じであるが、但し右方にするだけ異ふ。
 第1、右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ」。
 第2、左足を軸として右足を左足の後方にひき右向きをなし右正面を切る
 第3、左足を右足の所にひき刀を頭上に振り上げ左足を出して切る。
 第4、右足より二歩前進する(此際刀は青眼とする)。
 第5、刀を上段にして残心を示し。
 第6、青眼に復し刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)7本目
意義
前方の右方の敵に対する動作(6本目に同じ)
 意義「前方右方の敵に対するも右方の敵、最初我に近寄り過ぎた為めに進出して切ること能はず、従て其場に於て切り、次で敵後ろに倒るゝを以って其儘進んで残心を示す。
動作
6本目と替ることなし、左方と右方との異なるのみ。
 第1、1本目第1動「右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上げぐ」。
 第2、「左足を軸とし右向となして右正面を切る」。
 第3、次に左足を右足に揃へ上段となり左足にて切る。
 第4、次に中段の侭右足より二歩進み。
 第5、上段残心を示し
 第6、青眼に直り納刀

 7本目の意義は前および右敵に対するものですが、6本目と同じであれば「右方の敵、最初我に近寄り過ぎた為めに進出して切ること能はず」であるはずです。
 まず第1動、居合読本の前敵の切り上げは柄握りを解説していますが曾田本その2には柄握りは解説なしです。切上げの柄握りは順手で良いので解説不要でしょう。
 第2動の右敵への斬り付けで居合読本は左足を軸に右足を後方に引いて右敵を切っていますが、曾田本その2では右向きと成ったらそのまま切っている様な文章です。これでは右敵が近寄り過ぎて居る事に応ずる刀法とは言えません。敢えて肩を持てば、右足を踏み込み前敵を下から切り上げ右足に左足を引き付けて左足を軸に右に向きますから、右敵の間が近ければその足の侭か、右足若しくは左足を引いて調整するのは当然としたのでしょう。であればその様に書いておくべきです。
 第3、で「左足を右足に揃へ上段となり左足にて切る」と曾田本にあります。第2動を左足前で切っているのか、右足前で切ったのかで、斬る際の足踏みが、左足前で切って居れば左足を右足に引き付けて左足を踏み込み切る。右足前で切って居れば左足を前足の右足に引き付け左足を更に踏み込み切る。間の取り方に違いが出るもので修行が進んで間と間合いが十分把握できるようになってから行うべきで初めは居合読本の様にすべきでしょう。
 以下は取り立てて見るものはありません。無双直伝英信流には無い攻めと残心そして納刀の神道無念流らしい仕草と言えるでしょう。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付7本目
 三歩進んで抜刀、右足を軸に左足を右足の後に引き右に向き、真向より右敵の正面に打込む。更に右足を左足に引きつけ正面に打込む。左、右と霞に二歩攻め入り上段残心を示す。晴眼となって血振い、納刀は前に同じ。

 大村藩の7本目で足の引き様が居合読本や曾田本と違う、それは前敵への切上げの際の足s履きに由来します。「右足より三歩進み、右足が床につくと同時に、敵の右前肘を下方より刀に反りをうたせながら抜き付け切上げる。右足を左足に引き揃えて・・」とありますから、踏み出した右足を後足の左足に引付て右足を軸に右に回り左足を引いて打込むのです。
 居合読本も曾田本も右足を踏み込んで前敵に下から切上げ、左足を右足に引き付ける動作と異なるわけです。大村藩では更に右足を左足に引付て切っていますから、これは、右足を再び踏み込んで切るかどうか手付は語らずです、更に退いたまま切るかで右敵が切られても攻めて来る想定になるのです。
 それから右左と前進して右霞で攻め上段残心、晴眼となって横血振り納刀。居合の敵は仮想敵です、相手の出方に依り如何様にも業が変化して当然です。師匠の癖や武術の力量、哲学によって元の業は限りなく動くものです。時々気の付いた者が元へ戻すことに心血を注がなければ武術が踊りになってしまうのです。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付 7本目
抜付は前に同じ。右足を軸にして左回りに左足を右足の後に引き、右から上段に冠り左手を柄にかけ諸手で「当」と左敵の正面真甲を打つ。更に、右、左と後退し「当」と腰撓(こしだめ)に打込む。以下。6本目に同じ。

抜付けは「三歩進んで間に入るや「矢」と、右手を水平にして前敵に抜付ける。抜付けたとき、刀は水平にして切先は眼の高さ、刀刃は斜め左に向く。左手は鞘を放して、後方水平になるまで腕と指も伸ばす」所謂横一線の抜き付けです。切先は眼の高さですから稍々斜め上に向いている。「後方水平になるまで・・」は説明がありませんが鞘が水平なのかなと思います。
 「右足を軸にして左回りに」ですからこれは他流の6本目に相当します。前敵を水平に抜き付け、左敵に振り向いて左足を右足の後方に引いて、左敵の正面真甲を打つ、敵怯まずに攻めて来るので、右足、左足と後退し「こしだめ」に打込む。とはどうしたら要求を充たせるか不明です。退きながらの攻防は腰が引けない様にぐっと丹田に気を充実させて打込むのでしょう。

 

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2019年11月23日 (土)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の6本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の6本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(12本)立居合第6本目:
意義
前方左方の敵に対するも左方の敵、最初我に近寄りすぎた為めに進出して切ること能はず、従がって其場に於いて切り、次で敵後に倒るゝを以って其儘進んで残心を示す。
動作
第1、第1本、第1動に同じ。
 第1本第1動:「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ。」
第2、右足を軸として左足を右足の後方にひき左向をなし左正面を切る
第3、右足を左足の所にひき刀を頭上に振り上げ右足を出して切る
第4、左足より二歩前進する(此際刀は青眼とする)。
第5、刀を上段にして残心を示し。
第6、青眼に復して刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)6本目:
意義
前方左方の敵に対するも左方の敵最初我に近寄り過ぎた為めに進出して切ること能はず、従て其場に於て切り、次で敵後ろに倒るゝを以て其侭進んで残心を示す。
動作
第1、1本目第1動に同じ。
 1本目第1動:「右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ。
第2、右足を軸とし左向となり左正面を切る
第3、次に右足を左足に揃へ上段となり右足にて切る
第4、次に中段の侭左足より二歩進み。
第5、上段の残心を示し。
第6、青眼に直り納刀。

 6本目は右足を踏み込み下から切り上げ、左足を右足に引き付ける。左足を軸とし左に向き直り、左足を右足の後方に引いて近寄り過ぎた敵との間合を調節して右足前で左の敵の正面を切る。
 此の時曾田本は「左足を軸として左向きとなり左正面を切る」ですから切る際左足も右足も引いていません、近寄り過ぎた敵に何らする事も無く斬り付けています、此処は曾田本の写し忘れとしておきます。
 次は、右足を左足に引付つつ上段となり敵の様子を推し測り、間を外し、再び右足を踏み込んで切る。上段に振り冠って残心、敵倒れるや青眼に直り納刀。
 曽田本の文章は第2、第3とも居合読本と異なる処が有ります。また、長州藩相伝では前敵へ切り上げる際左足を右足に送らず。左へ振り向く初動に右足を左足に僅かに引いてから、右足を軸に左へ向きます。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付 6本目左敵:
 三歩進んで右足の出たところで抜刀し、右足を軸に左に向き、左足を右足の後に引き、上段から左敵の正面に打込む。更に、右足を左足に引きつけて正面に打込む。左、右足と霞に二歩攻め入り上段となり残心を示す。晴眼となって血振いをする。納刀は前に同じ。

 正面の敵は右前肘を切り上げられるので曾田本と同じ、(左足に引き付け)右足を軸に左に向き左足を後方に引いて左敵に討ち込む、更に右足を左足に引きつけ(右足を踏み込んで)正面に打込む。、左足右足と二歩右霞に構え攻め進み、上段に構え残心、刀を下し青眼となり(刀を小さく横に振って)血振り納刀。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付 6本目:
 抜付は前に同じ。
 「三歩進んで間に入るや「矢」と、右手を水平にして前敵に抜付る。抜付けた時、刀は水平にして切先は眼の高さ、刀刃は斜左に向く。左手は鞘を放して、後方水平になるまで腕と指も伸ばす。」
 右足を左足に寄せながら右敵に向かい、刀刃上段に冠って右足を出し「当」と真甲を打つ。右、左足と後退して腰を引き、左膝を曲げ、左足に体重を載せ上段に冠り、右敵の正面に、切先は膝の高さまで打込む。更に、左、右足と進みながら刀を上段にとり、右足から一歩進んで中段正眼の構えとなる。正眼に攻め、納刀。

 この戸賀崎居合6本目は敵は前・右となっていて他の手付けと異なります。前敵に右足を踏み込み水平に抜き付け、右足を左足に引きつけ、左足を軸に右敵に向かい上段から「当」と真甲を打つ。右、左足と後退して腰を引き、左膝を曲げ、左足に体重を載せ上段に冠り、右敵の正面に、足はそのまま、切先は膝の高さまで打込む。
 更に左、右足と進みながら上段に冠るり、右足から一歩進んで中段正眼の構えとなり青眼に攻め残心、納刀。


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2019年11月22日 (金)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の5本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の5本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)第5本目:
意義
前右左の敵に対する動作である。
動作
第1、第1本目第1動に同じ。
 第1本目第1動:「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ。」
第2、左足を軸として右方に向ひ右方の敵の正面を切る。
第3、左足を軸として廻れ左をなし右足を一歩踏み進出して左の敵の正面を切る。
第4、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)5本目
意義
前右左の敵に対する動作なり。
動作
第1、1本目1動に同じ。
 第1,1本目1動:「右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ」
第2、左足を軸とし右の敵の正面を切る。
第3、左足を軸とし廻れ左をなして右足を一歩出して左の敵之正面を切る。納刀。

 曾田本は第一動の柄握りを解説していませんが、居合読本は「右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り」と解説しています。無双直伝英信流では当然の柄握りですから「柄を握り」とさらりと書いたのでしょう。
 抜刀して敵の前肘を切り上げる際、刀の刃を下に返して切り上げるはずですが、居合読本も曾田本も触れていません。むしろ「左手で鞘を前方に出す気持ちで後方に振り上げ」と意味不明の文章を掲げ、鞘を前に出す気で後方に振り上げたら、上体は前が掛かりになりそうだなとか思ってしまいます。切り上げるにはその方が手打ちにならず切先に力が乗っていきそうです。
 次に「上体を左斜にし」は右半身でとは読めますが、次の「十字形」の意味は理解できません。刀と体が十字形かななど思いますが、此処は神道無念流の教えを受けなければ理解できそうにありません。
 敵の前肘を切り上げる際左足を右足踵に追い足裁きを要求しています。第1動は右足と左足が接した状況で、その足で左足を軸に右回りに右に向き直りつつ刀を左から上段に振り冠り「右の敵の正面を切る」この際右足を踏み出す指示は無いのですが左右の足を接しての斬りこみは無双直伝英信流には見当たりませんので、右足は敵に向いて一歩踏み込んでしまうのは我が流の癖でしょうか。相手との間合い次第で調整するとします。
 第3動では左足を軸に左回りに左の敵に振り向き右足を踏み込んで左の敵の正面を切る。納刀。
 神道無念流立居合の抜付け後の動作は対敵を置いていますが、手附では仮想敵の動きは特定せず、状況は自分で幾つも想定して応じろと云うものでしょう。

 長州藩相伝神道無念流立居合5本目では「切上げ、右正面打込、左正面打込、納刀」で想定は同じ、前敵抜付は同じですが、左足は右足に追足ではなく、右足を踏み込んで切上げ、右敵に対しては、右足の半歩前に左足を踏み出し左足を軸に右に回り、右足を踏み込んで右敵に打込む。次に右足を軸にして左回り、右足を踏み出して左敵に打込む」この方が形を演ずるばかりの者には、容易そうです。形を「かたち」だからと言って教えられたままにしかしない、出来ない、変化に応じられないのが現代の状況です。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付 5本目右、左敵:
 三歩進んで左足を軸に右に向き、右足を一歩踏み出すと共に頭上に抜刀し、右敵の正面に打込む。
 右足を軸に左に回って後を向き、右足を一歩踏み出して左敵の正面に打込む。血振い、納刀は前に同じ。

 大村藩 の神道無念流立居合5本目では左右の敵に割り込む様にして、右左と切るのであって、前敵が想定されていません。是では立居合12本が時代経過と共に変化した例とも云えるでしょう。
 大村藩では安政元年(1854年)大村藩主大村純煕によって斎藤弥九郎の三子歓之助を剣道師範に迎えているのですが同じ斎藤派なのに長州藩とは異なる処が多い。と木村高士先生は「長州藩相伝神道無念流」に書かれています。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より戸賀崎無念流立居合業手付 5本目:
抜付は1本目に同じ。
 1本目抜付:「三歩進んで間に入るや「矢」と、右手を水平にして前敵に抜付ける。抜付けたとき、刀は水平にして切先は眼の高さ、刀刃は斜左に向く。左手は鞘を放して、後方水平になるまで腕と指も伸ばす」
 左足を右足に引き寄せ乍ら右敵に向い、刀刃ひだりから上段に冠って右足を踏み出し「当」と真甲を打つ。足組はそのままで左回りに左敵に向い、上段から右足を踏み出して「鋭」と正面に打込む。正眼に攻め、納刀。

 戸賀崎居合は敵は前・右・左で長州藩相伝と同じですが、前敵には横一線の抜き付けで応じています。神道無念流の前敵に応じる抜き付けは、横一線の水平抜き付けと下からの切上げ、或いは抜き上げて切り下す「抜打」の方法が伝わっていたのでしょう。どの流派にもある抜刀法ですから我が無双直伝英信流の動作で対応でします。しかしそれは本来の神道無念流であるかどうかは別問題です。

 

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2019年11月21日 (木)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の4本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の4本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)第4本目:
意義
前進中後方の敵に鐺を持たれ尚ほ続いて前方よりも敵に襲はれ即ち前後にある敵に対する動作である。
動作
第1、右足より前進中左足のつくと同時に若干上体を前に懸け右手で刀柄を下より握り(此の握り方は拇指は上方に其他の指は下方にする)腰を左方に廻し刀を抜く。
第2、上体を其儘とし左上膊の左側に刀刃を左斜上方にして後方の敵を刺す(此時著眼は後方の敵とす)。
第3、刀柄に左手を添へ刀刃上方に刀尖を前方に向く如くし、若干前方に進み前方の敵を刺す(此際左足は右足につくやうに送る)。
第4、右足を後ろにひくと同時に刀を右脇に刀身を概ね水平なる如く持ち来り、後方の敵を刺す(此時著眼は後方の敵とす)。
第5、刀柄を持ち替へ右足を一歩出して正面を切る。
第6、左足を軸として廻れ左をなし右足より一歩進み後方の敵の正面を切る。
第7、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)4本目:
意義
前進中敵後方より来り鐺を取られ続いて前方よりも敵切り掛け来るのに対する動作なり。
動作
第1、右足より前進中左足にて上体を前に懸け右手にて刀柄を下より握り(此の握り方は拇指は上方に其他の指は下方にす)腰を左方に廻し刀を抜く。
第2、上体を其侭とし左上膊の左側に刀刃を左斜上方にして後方の敵を刺す。
第3、柄に左手を添え刀刃上方に刀尖を前方に向け踏み出して前方の敵を刺す左足を送る也。
第4、右足を引くと同時に刀を右脇に刀身を水平にして後方の敵を刺す。
第5、柄を持ち替へ(右足を一歩出して正面を切る)
第6、左足を軸とし左に廻り右足より一歩進み後方の敵の正面を切り納刀。

この4本目の業は「後方の敵に鐺を持たれ」と意義に在るのですが、鐺を取られたための動作が明記されていないと思えるのですが、第1動・第2動で充分その効果は発揮されると云うのでしょう。
 次に意義では、敵は前と後「前後にある敵に対する動作」と言って居ます。それではこの動作は何を意味するのでしょう。
 敵に対する動作は
1後方の敵に左側から刃を左上に向け刺突(第1・第2)、2前方の敵に刃を上にして刺突(第3)、3後方の敵を右脇から刀身を水平にして刺突(第4)、4前敵を正面より切る(第5)、5後方の敵を振り向いて正面より切る。
 前と後の敵ならば、後の敵は左からと右から2度刺突され正面より切られています。前の敵は刺突され正面より切られています。稽古業ですから良しとしても聊か違和感を感じます。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」より大村藩無念流立居合業手付 4本目 後、前敵:
 三歩進んで後敵に目を注ぎ、右片手で刀を低く抜き、刃を上にして左上膊部に支え後敵を突刺す。僅かに右、左足を前に進めながら左手を柄頭にかけ、刀先が下方より体の前に来るように操作し、右手を逆手に持ちかえ、刀身を右脇下に抱くようにして刀先を後敵に向け、右足を一歩後に引き後敵を突く。(ー後敵を突く前に、その場で前敵を突く(長州藩相伝))。左右の手を本手に持ち直し刀を上段に冠り、右足を踏み出して前敵の真向に打込む。更に、左回りに右足を出して後敵の正面に打込む。血振い、納刀は前の通り。

 前後に敵に遭遇して、後敵を順手(本手)で左から刺突し、逆手に持ち変えて右から更に刺突しています。逆手を本手に持ち変えて前敵を真向から斬って、左廻りに振り向いて後敵の正面に打ち込んでいるのです。前敵は刺突されずに真向を切られます。

戸賀崎無念流立居合業手付 4本目:
 歩行中、右足が前に出たとき、逆手で柄を握って鯉口を切り、立止まって左後の敵を見る。右膝を曲げて体重を右足にかけ、上体を前に傾け左半身となり抜刀する。刀の棟を胸に添え、切先は肩の高さに保ち、足はそのままで「矢」と下から後敵の咽を突く。
 刀先を下にして、左斜前下から右下にと刀身を回し、刃を下にして右脇下に抱え、右手の甲を上にして柄を握る。右後敵の脇腹を下から「矢」と突く。
 直ちに、前方に向いている足はそのままで、体を右斜前の敵へ向けつつ右手を持ち替えて上段に冠り、右足を踏み出し「当」と真甲を打つ。
 更に、左回りに刀を右斜上に冠って右足を踏み出し、後敵の左横面に「矢」と打込む。正眼に攻め、納刀。

 此の場合も、後敵は左脇から咽を刺突され、更に右脇から右後敵の脇腹を刺突される。「右後敵」と後敵を区別していますから後敵は左側と右側に二人いる想定の様です。前敵は「右斜前の敵」と位置指定しています。逆手を持ち変えて真甲に打ち込まれます。
 更に振り向いて、八相から後敵の左横面を切られます。仮想敵の存在をどの様に配置して運剣するか、という命題がやや状況次第の様でおおらかですから業手付に依って固定されず、おおらかと言えるでしょう。細かい敵の位置と動作の口伝口授が有るのかも知れません。

 

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2019年11月20日 (水)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の3本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の3本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」より神道無念流(立居合12本)第3本目:
意義
前進中後方より襲ひ来る敵が我を呼ぶに対する動作にして敵を二回追ひ詰めひ切り倒す動作である。
動作
第1、右足より前進中右足の地につくや直に廻れ左をなし右足を踏み出すと同時に刀を抜き敵の右前肘を切る(第一本、第1動に同じ)。
第2、左足より二歩前進し敵の正面を切ること二回(前進中刀を頭上に振り被り)。
第3、体を転じて切返しをなす(第2本、第4動に同じ)。
第4、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)3本目:
意義
前進中後方より敵我を呼ぶにつき二回追詰め切る也
動作
前進中左へ振り返り右足を踏み出し敵の右肘を抜打に切り、次に左足より踏み込みて切り右足にて更に切り込む也、続いて2本目第4の如く体を転じ切返しをなす
次に納刀。

後方の敵が我を「お命頂戴」と言って斬り懸るのを察して左回りに振り向くや敵の前肘を下から抜打ちに切り上げる。敵退かんとするを左・右と追い込んで正面を切る、更に左右と追い込んで正面を切る。
 敵反撃の気配あるを察し、右霞に構え(両手で刀刃を上にし)刀刃を以て敵の刀を払流し同時に左手を中心に左肩より冠りつゝ左足を左前に踏み右足を左足の後に引き敵之右肩より八相に切下ぐ。
次に納刀。
曾田本では、敵の前肘を切り上げるや、左足を踏み込んで正面を切り、再び右足を踏み込んで正面を切って、敵反撃せんとするを霞に構えて払い流し、左足を左前に踏み込み、右足をその後方に踏み、左から逆八相に敵の右肩より切り下す。

木村高士著長州藩相伝神道無念流より大村藩無念流立居合業手付3本目後敵:
 右足より三歩進み、右足が床についたとき左回り後方に向き、同時に抜刀し、右足を踏み出して上段から真向に打込む。(ー後敵に向き、敵の右前肘へ抜き付ける。以下は同じ(長州藩相伝神道無念流立居合3本目))更に、二足一刀をもって上段から後敵の真向に打込む。切返し、納刀は同じ。

大村藩の3本目は、右・左・右と三歩前進し三歩目右足が床につくや左回りに後方に振り向き、刀を上に抜き上げ上段から右足を踏み込み後敵の真向に打込む。此処は長州藩相伝も、居合読本も、曽田本その2も振り向くや右足を踏み出し下から敵の前肘に切り上げる所で抜刀の仕方が異なります。
 怯む敵を更に左足右足と敵を追い詰め上段から後敵の真向に打込む。敵の反撃の意を察して右霞に構え、敵真向に打込んで来るや払流し左足を左前に踏込み右肩から振り被って右足を左足の後方に摺り込み逆八相に敵の右肩を切り下げる。納刀。

木村高士著長州藩相伝神道無念流より戸賀崎無念流立居合業手付3本目:
 歩行中、右足が前に出たとき、刀に手をかけ後敵を振り返って見る。このとき、右膝を僅かに曲げて体重を右足にかけ、そのままの足で左回りに後を向く。右足を踏み出して1本目の如く「矢」と抜付ける。更に、二足一刀で真甲に「当」と打つ。右足を進めて「矢」と霞に攻め、左に切返して「鋭」と敵の右横面に打込む。1本目の如く正眼に攻め入る。納刀。

 歩行中、右足を踏み出した時後ろに振り向き、敵の斬りこみを察し右足の重心を乗せ左回りに後ろを向くや、右足を踏み出し1本目の如く「矢」と掛け声を出し、右手を水平にして前敵に抜付ける。(抜付けたとき、刀は水平にして切先は眼の高さ、刀刃は斜左を向く。左手は鞘を放して、後方水平になるまで腕と指も伸ばす)。左足右足と敵を追い詰め真向に「当」と打つ。更に右足を進めて「矢」と右霞で攻め、敵打込んで来るを払流し、左足を左前に踏込み右足の後方に摺り込み切り返して「鋭」と敵の右横面に打込む。納刀。
 戸賀崎居合は振り向くや横一線の抜き付けです。是は「中山博道剣道口述集」にある中山善導・稲村栄一原著の神道無念流立居合の抜き付けです。そこでは下から右斜上に切り上げるのは神道無念流立居合では正式では無いと言って居ます。

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2019年11月19日 (火)

曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の2本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の2本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」神道無念流(立居合12本)第2本:
意義
概ね第1本に同じであるが敵我正面を切り来るを以って払ひ流し体を左前方に転じて敵の右肩より切り下ぐ。
動作
第1、第1本目の第2動に同じ。
第2、右足より二歩後退し敵の正面を切る(第1本、第2動より一歩多く後退するのみで動作全く同じ
第3、左足より二歩前進して敵の正面を切る(同右
第4、両手で刀刃を上方にし刀刃を以て敵の刀を払ひ流し(此際刀尖は其位置を変ずることなく左拳を刀尖より稍々上ぐ)同時に左手を中心にして刀を右肩の方面に轉回しつゝ左足を左前方に踏み開き右足を左足の後方にひき敵の右肩より左斜下方に切り下ぐ
第5、刀を収む。

曾田本その2神道無念流(立居合12本)2本目:
意義
敵我が正面を切リ来るを以て払ひ流し体を左前方に替し敵の右肩より切り下ぐ。
動作
第1、1本目の第2動に同じ。
第2、上段より右、左と二歩退き敵の正面を切る。
第3、左足より二歩前進し敵の正面を切る。
第4、両手で刀刃を上にし刀刃を以て敵の刀を払流し(此時刀尖は其位置にて左拳を刀尖より稍々上ぐ)同時に左手を中心に右肩より冠りつゝ左足を左前に踏み右足を左足の後に引き右肩より八相に切下ぐ
第5、次に納刀

文言の部分的に異なる処はあっても同じことをしています。第一動で「1本目第2動に同じ」と、居合読本にあるのですが曾田本も同様です、1本目第2動は居合読本では「右手で刀を左肩の方向に大円を描き右拳を頭上にして振り上ぐると同時に左手で柄頭を握り右足を一歩後退して敵の正面を切る」、曾田本では「次に右手を左肩より振り冠り左手を添へ右足を一歩引き敵の正面を切る」と文言の違いはあっても同じ動作です。曾田本では「次に・・」ですから此処は「1本目の第1動に同じ」であるべきでしょう。誤植と判断されます。
 1本目第1「右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方より其他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以て刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ」というもので、神道無念流立居合の特色の一つです。
 敵に攻め込まれに下から切り上げ、更に敵が攻めて来るのを右左と二歩退き正面を切り、敵怯む処を左右と前進して正面を切る。其の侭の足踏みで第4動となる。第4動も神道無念流の右霞です。「右霞とは右相前に刀柄を握った右手の甲を下に左手の甲を上にして刀刃を左にし、切先を前敵に向ける」敵が打ち込んで来るのを払い流しながら上段に冠り、左足を左前に踏み込み右足をその後方に摺り込んで逆八相に切り下げる。

大村藩無念流立居合業手付2本目 前敵:
 直立の姿勢から三歩進んで、左足を僅かに引き上段に冠る。(ー一本目の様に抜き付ける)右、左と二歩後退して真向に打込む。更に、二足一刀をもって攻め込み、再び上段から真向に打込む。なお、霞に攻める気勢を示すが(ー霞に一歩攻める)敵が正面に打ち込んで来るので、左足を左斜前に出し、敵刀を右に請け流しながら切り返し、刀を大きく左上方に転回させ右足を左足後方に引き、敵の右肩へ袈裟掛に打込む。小さく刀を横に振って血振いをしていたが、今は省略されている。納刀は前に同じ。

 この書き出しでは、「直立の姿勢から三歩進んで、左足を僅かに引き上段に冠る」という事は居合抜などしないで、右足・左足・右足と踏込み、左足を僅かに引いて、刀を上に抜き上げ、上段に冠り、右足・左足と下がって敵の真向に打込むことになってしまいます。
 長州藩相伝の神道無念流立居合2本目も、下から敵の右前肘に切り上げて居ます。居合読本と曾田本の書き出しと似た雰囲気ですが、正解は判りません。長州藩相伝を先に稽古していますから、大村藩の上段に抜いてから切り下す事に違和感を持ちます。居合らしく抜き上げて打ち下す雰囲気が伝わってこないのも表現力に由来するかもしれません。
 左右と踏み込んで、真向に打込み、其の侭右霞に構え敵の真向打ち込みを請け流し、同時に左足を左前に踏み込み、右足を左足後方に摺り込み、左上方から敵の右肩に切り下す。昔は横血振り、納刀。今は其の儘残心して納刀。

戸賀崎無念流立居合業手付2本目:
 抜付は一本目と同じ。
 右足を引き、刀は左から冠り真甲に「当」と打つ。右足を踏み出して上段から正面に「鋭」と打つ。素早く右足を進め
て右霞に「矢」と攻め込む。
 直ちに、左足を左斜に踏み出し、右足を左足の後に引いて、刀刃左頭上に大きく転回させ敵の右横面、眼の高さに「当」と打込む。
 1本目の如く正眼に攻め、更に、小さく右足より攻め入る。納刀は前に同じ。

 文章に抜けが有る様ですが、「抜付けは1本目と同じ」ですから、歩行中下から敵の右前肘に「矢」と切り上げ、右足を引いて下がりながら、左肩から刀を冠り敵の真甲に「当」と打込む。右足を踏み出しながら上段に振り冠り正面に「鋭」と打つ。右霞に構え「矢」と攻め込む、敵真向に打込んで来るのを受け流し、直ちに左足を左斜に踏み出し、右足を左足の後に引いて、刀を左頭上取り敵の右顔面に「当」打込む。
 足捌きがコンパクトの様ですがこれも有りでしょう。

 宝暦年中(1751年~1764年)に福井兵右衛門嘉平が立居合12剣の太刀組を編み出し神道無念流を名乗ったとされています。その頃から明治維新1868年と言えば約100年間で立居合12剣は流派によってそれぞれの解釈で変化していったものでしょう。どの流派にもあり得るものでどれが正しいとは言えないものです。基準の形動作を1つ持ち幾つもの変化に応じられる修業が求められるものでしょう。「違う」と言って飛んで来るお人よしも居てもいい。

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2019年11月18日 (月)

第7回違師伝交流稽古会を終えて

第7回違師伝交流稽古会を終えて

 11月16日、17日は恒例になった、違師伝交流稽古会でした。
昨年11月第6回の違師伝交流稽古会の課題は土佐の居合に残されていながら、まともにこれを指導出来る人も居ない古伝神傳流秘書による大剣取を一年間夫々の参加者は個々に研究され演武されました。

 今年の課題は「大小詰」、「大小立詰」の形を同様に神傳流秘書を片手に、夫々江戸時代中期の文言に苦しみながら研究されて発表されました。
 古伝の復元は、何処かに其れを演じた動画や写真、先師の残された業技法の解釈が示された冊子は無いものかと、皆さん探し求められていた様です。
 自ら古伝を片手に読み解く前に、誰かが復元しているならそれを真似るか、参考にするという現代風な考え方が、まず頭の中に駆け巡るのでしょう。
 答えは自ら考えて出す物という根本原則を現代武術修行者は忘れてしまったのかも知れません。或は、他流、或いは他武術の力を借りて真似てしまうわけで、起こりと結果は出来ていても、古伝の含みは読み取れていないという紛い物に過ぎない物で満足してしまいがちになります。
 その上、稽古相手が常に同じでは、一見上手に見えても、他の人が突然変わった場合には殆ど役に立たないものになってしまいます。
 昨年の課題大剣取では刀による攻防が主なので戸惑いは少なかったと思われます。しかし是も要求する構えから結果を出すには、其の構えから打ち出せるあらゆる手立てを認識できなければ始末におえないものなのです。
 極端な言い方をすれば「カンニング」をして試験をパス出来ても、物の役に立たないと云えるのでしょう。
 「形」は出来ているが「術」にならない、古伝を「かたち」としか考えず、形が指導された様に出来て居れば、武術になったと錯覚するに過ぎません。
 大小詰、大小立詰の参考書は、ミツヒラブログの古伝神傳流秘書が現在のところ尤も充実しています。是は戦前に収録されていた行宗貞義先生の弟子曽田虎彦先生に依る覚書です。
 覚書の原本は文政2年1819年山川久蔵幸雅が原本を書写したものの写しです。その原本は、第10代林安太夫が義父第9代林六太夫のメモや口述から書き込まれたものだろうと思いますが、江戸時代後期には紛失していたかもしれません。曽田本の原本である山川幸雅の写本の存在は細川家に所蔵されているか、高知空襲で焼失してしまったか不明です。

 河野百錬先生は曽田先生から覚書を見せていただき昭和30年に1955年無双直伝英信流居合兵法叢書として発行されています。現在では古本として出る事は頬とんど無い様で、全国の図書館でも限られたところにしかありません。限定本であった事、河野先生自らが研究され復元を目指さなかったために、当時の指導者の誰も手を付けず闇に埋もれたと云えるでしょう。
 政岡壱実先生の無雙直傳英信流居合兵法地之巻昭和49年1974年、無双直伝英信流居合兵法之形の中に収録されています。この内容は神傳流秘書と略同じですから、曽田先生から借り受けたか、河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書に依ると思われます。或は土佐の何方かからのものかも知れませんが、政岡先生が土佐を後にされてからの執筆です。
 木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説昭和57年1982年で細川家からの借用に依り伝書の読み下しをしたものとなります。夢想神傳流を意識し過ぎたため無双直伝英信流の人の目に付かなかった。内容を読めば夢想神傳流は無双直伝英信流其のものだったことを認識できるのに残念です。
 以上が江戸時代に第九代林六太夫が土佐にもたらした大小詰、大小立詰を古伝に従って書かれたものです。

 次に大小詰、大小立詰の解説が有る書籍は、第16代五藤孫兵衛正亮に依る口伝口授を受けた曽田先生の実兄小藤亀江の覚書から曽田先生が実演の上業附口伝を書かれたもので年代は、大正から昭和の初めごろのことと推察します。
 曽田先生が、口伝からこうであろうとされたもので、古伝神傳流秘書とは異なるところが多く、古伝のいじり過ぎの感じがして、古伝の研究としては参考程度にしかすべきでは無さそうです。
 その曽田先生の業附口伝を基に書かれたものは、河野百錬先生の無雙直伝英信流居合道昭和13年1938年で其の第五節第四、第五りに掲載されていて、これは前述の通り古伝神傳流秘書ではありません。
 江戸時代後期に演じられていたかもしれない、後藤正亮先生のものを曽田先生が纏めたものと云えます。この河野先生の無双直伝英信流居合道が昭和13年に発行されてしまいましたのでそれが古伝と錯覚されて研究された方も多かろうと思います。
 夢想神傳流の檀崎友影先生に依る居合道ーその理合と真髄 平成15年2003年の第六章組太刀の部に大小詰、大小立詰が記載されていますが、是も原本は河野先生の無双直伝英信流居合道によると思われ、曽田先生の業附口伝によると判断します。

 第7回違師伝交流稽古会の課題は大小詰、大小立詰で業名称は同じですが古伝神傳流秘書と異なるという事としておきますが、曽田先生に依る業附口伝もそれを基に演ずることは、古伝とは言い難いのですが参考資料が少なく手に入らない事を考えれば、やむおえないとも言えるでしょう。

 古伝神傳流秘書と政岡先生の地之巻、と曽田先生の業附口伝、河野先生昭和13年、檀崎先生と業を参考に並べてみます。
大小詰一本目抱詰
神傳流秘書:楽々居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時、我両の手を相手の両の肘に掛けて躰を浮上り引くに其の侭左の後の方へ投げ捨てる。
政岡先生:楽に居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時我が両の手を相手の両ひじに懸け少し体を浮上り引くに其侭左の後の方へ投げ捨てる。
業附口伝:互に対座、打は仕の柄を両手にて取らんとす、直に仕は両手にて打の二の腕を下より指し上ぐる様に掴み我左脇に引き倒す也
     五藤先生朱書き注意(向こうて居る敵我が柄を両手にて押付る時敵の両肘へ手を掛けウスミ上げ左へ振り倒す)
河野先生:互に対座、打は仕の柄を両手にて取らんとす、すぐに仕は両手にて打の二の腕を下より差し上る様に掴み我が左脇に引き倒す。
檀崎先生:互に対座し打太刀は仕太刀の柄を両手にて取ろうとする。すぐに仕太刀は両手にて打太刀の二の腕を下から差し上げるようにつかみ我が左脇に引き倒す。 

大小立詰一本目袖摺返
神傳流秘書:我が立ちて居る所へ相手右脇より来り、我が刀の柄と鐺を取り抜かせじとする時其の儘ふみしさり柄を相手の左の足のかがみに懸け中に入り、又、我右より来たり組付をひじを張り体を下り中に入る。
政岡先生:我が立っている処へ相手右脇より我刀の柄とこじりを取りぬかせじとする時其侭踏みしさり柄を相手の左の足のかがみに懸け中に入り又吾左より来り組付をひじを張り下げ中に入る
業附口伝:二本目打は横より組み付、仕肱を張りて一当すると同時にすぐに打の刀を足にすけて後に投る也左右共同前
          五藤先生朱書き注意(一当して中に入り刀を足にすけ後へ投ると記せり、横合より組付ひじを張り一当して中に入り刀を足にすけ跡へ投げる左右同前)
河野先生:打は横より組み付く、仕肱を張りて一当すると同時にすぐ打の刀を足にすけて後に投げる也。
檀崎先生:打太刀が横より組み付くを仕太刀は肘を張って一当すると同時にすぐ打太刀の足にかけて後に投げるなり。
     *写真は打は仕に組み付かず前より仕の柄を取っている。立業を居業にしている?。
 この様に神傳流秘書をもとに研究した場合と、業附口伝では順番も動作にも違いが見られます。

 今回の様な場合、参考にした資料が異なる事は業の形に多少の違いがあるとしても、大小詰、大小立詰は見られる如く非常に簡明に書かれているもので、特に当時の体術や柔術、現代の合気道などの術を必要とせずに相手を倒したり、柄を持たれても振り捥いだりできるものです。其の上、大道芸紛いの相手を投げ飛ばす様な事や、たたきつける事も示唆して居ないのです。まして逆手を取ったり締め込んでその痛さに参らせるようなこともどの業にも見当たりません。
 するりと抜け出し相手の動きに手助けをして倒すばかりです。武術を行使する心得として、元々林崎甚助重信の居合は柄口六寸を根元としたもので、相手の戦力を最小限の斬り込みで防ぎ圧するものとして生み出されています。一刀のもとに首をはねてしまうなど言語道断の教えなのです。
 武術行使はコミュニケーションの最終手段であっても殺傷する必要など無いと云えるでしょう。いたずらに他流や他武術の技を持ち込む必要がないことを再認識させてもらいました。
 余談ですが業の懸け様から人柄が想像できてしまうのも面白いところです。
 技を繰り出すに当たり、早い強い動作が気になります。無理やり相手を自分の思い道理の状況に持ち込まなくとも秘書に書かれている通りの動作で最大の効果を上げられるよう、研究しそれを熟練する迄稽古を繰り返す事なのでしょう。
 更に、自分と体格が違うとか動作が違う者と組むと技が掛らないのを見ると、無理無駄や力任せもありますが、夫れよりなれ合いに依る弊害で、打太刀の心構えが仕太刀の力量をより高める様に引き出す動作にならず、形が出来て居れば出来たとしてしまい投げられてあげるなどいつまで続けているのでしょう。
 全くの初心者に順番と方法を指導する間はそれでも止むおえないとしても、一考を要します。

 第7回違師伝交流稽古会の課題が大小詰、大小立詰であったために特に感じてしまいましたが、他の組太刀にしても形ばかりの順序を追うだけで、同じ相手となれ合い稽古の癖は考え直す時かも知れません。
 自流の手附に書かれている文言を外さずに、結果を他武術や他流に求めない心の修練をしませんと古伝が笑っている様で、淋しさがひとしおです。
 此処までは、此の道を求めて、遠回りでも本物に行き着きたい私の独り言です。

 今年は、この違師伝交流稽古会を聞き込んで参加希望の方も増え、にぎやかな中に夫々感じる物をお持ちになって帰られただろうとホッとしています。
 来年の課題は、本来ならば「坂橋流之棒」に挑戦して、古伝の文章から動作や棒の扱いを自得し、前後左右に自在に変転できる体作りと、今後如何なる資料が発掘されても応じられる研究者を望みたい処ですが、奥居合の違師伝を披露されたい方がおられる様でその方向での課題に落ち着きました。
 然し奥居合の有り方は、習い覚えた師伝を披露するだけなら、一年間の研究時間など不要でしょう。其の上現代の大江居合に依る奥居合ではそれぞれの師伝を並べられても大した違いがある訳も無いものです。それぞれの師匠の癖を強調した試験問題の形をなぞるばかりです。
 せっかく各地区からこの道を求める方の研究交流会です。大江居合に依る奥居合は演じる者の心の中にあるもので良しとし、来年度の課題は古伝抜刀心持之事の研究発表と致します。
 それぞれの師伝を基に古伝の奥居合抜刀心持之事を研究され参加される事をお願いしておきます。
 
 
  

 

 

 

 

 

 

 

 

   

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曾田本その2を読み解く50神道無念流居合幾つか50の1本目

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流居合幾つか
50の1
1本目

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」神道無念流(立居合12本)1本目:
意義 
若干歩前方にある敵が将に刀を抜かんとする機に先ち敵の右前肘を下方より切るも続いて敵前進し来るを以って後退して切り更に敵の後退するを進んで切るのであって此際敵は倒れたとするのである。
動作
第1、右足より前進し二歩目(左足の地についた時)右手の拇指を下方よりその他の指を上方より鍔元近く刀柄を握り右足(三歩目)を出すと同時に右手を以って刀を抜き(此時左手で鞘を前方に出す気持ちを加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り概ね左足尖を右踵に接する如くあらしむ)敵の右前肘を下方より切り上ぐ。
第2右手で刀を左肩の方向に大円を描き右拳を頭上にして振り上ぐると同時に左手で柄頭を握り右足を一歩後退して敵の正面を切る。
第3両手で刀を大きく頭上に振り上げ右足を一歩進出して再び敵の正面を切る(此際、左足は右足につれて前方み送る)。
第4刀を収む

曾田本その2神道無念流(立居合12本)1本目:
意義
数歩前方にある敵が将に刀を抜んとする機に先ち敵の右前肘を下方より切るも続いて敵前進し来るを以て後退して切り更に敵の後退するを進んで切るのであって此の時敵は倒れたものとす。
第1、右足より前進し二歩目左足にて柄を握り三歩目右足を出すと同時に抜刀。(此時左手で鞘を前方に出す気持を加へ後方に振り上げ上体を左斜にして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ。
第2、次に右手を左肩より振り冠り左手を添へ右足を一歩引き敵の正面を切る。
第3、更に右足一歩進め真向より正面を切る
第4納刀

 居合読本と曾田本の異なる表現の仕方を赤字で上げて見ました。これで見ると動作に大きな違をもたらす表現は見られません。曽田本は総じて省略気味でむしろ「抜け」が出てしまっている様です。居合を知らない人ではどちらも動作に至れなかもしれません。
第1の「十字形をなし」の形はどのような形に成ればいいのか見当がつきません。刀と我が体が十文字形になるのかな、など悩みっぱなしで答えは出て来ません。 
第2の曾田本の表現は土佐の居合の表現でしょう。是で通じますが居合読本の「右手で刀を左肩の方向に大円を描き右拳を頭上にして振り上ぐると同時に左手で柄頭を握り」が曾田本しの2では「右手を左肩より振り冠り左手を添え」です。
第3では、曽田本は再び上段に振り冠る動作を表現せずに「更に右足一歩進め真向より正面を切る」す。「真向より正面を切る」はどの様に考えて書いたのか頭を捻っています。
 曾田本その2の神道無念流立居合と居合読本の神道無念流立居合の礼式(敬礼)などの前回の処で曽田先生は居合読本を書き写したのだろうと思うと言っていながら、「あれ」、別の手附を書き写したのかと思える様な表現の仕方です。実はそうだったと云う資料がどこかから出て来ればそれはそれで誤りは正すべきでしょう。然し今の処表現は土佐の居合の表現に少し直されているだけで「居合読本」が参考資料だったであろうとしか言えない状況です。
 土佐藩の範士も参勤交代などで江戸へ出るなり、江戸詰の範士も居たでしょうから、其の際江戸で神道無念流の道場に通った人も居るでしょう。何処かに何かあってもおかしくありません。
続けて、大村藩無念流立居合業手付と戸賀崎無念流立居合業手付と曾田本その2神道無念流立居合を稽古して行きます。

木村高士著長州藩相伝神道無念流から大村藩無念流立居合業手付
1本目 前敵 右足より三歩進み、右足が床につくと同時に、敵の右前肘を下方より刀に反りをうたせながら抜付け切上げる。
右足を左足に引き揃えて刀を上段に冠り(ー右足を左足の後に引いて左上段に構える・・長州藩)諸手で真向に打込む。
右足を一歩踏み出して水月まで切り下す。
晴眼に構えて右足を左足に引き揃えながら刀を左肩にとる。・・につき省略。

 「刀に反りをうたせながら抜付け切り上げる」この表現は意味不明です。というより他流の者には理解できないだけかもしれません。恐らくは刀の刃を下に返して抜付ける切上げの刃の返しを指すのでしょう。敵の右前肘は、上段から振り下さんとする右前肘なのか、刀を抜かんとする右前肘なのかこの手附では判断不能です。どの様な状況であっても下から切上げればいいのでしょう。
 次に「右足を左足に揃えて上段に冠り諸手で真向に打込む」其の際両足は揃えたままというのはおかしいので、表現されて居なくとも左足か右足を引いて、敵の攻め込んで来る間合いを保ちながら切り下す事になる筈です。その際敵が真向から打ち込まれて、後方に下がるとすれば右足か左足を踏み込んで水月迄切り下すのでしょう。そうであれば右足を引いて真向へ打込み、左前足に右足を踏み揃えて上段に振り冠り右足を踏み込んで水月迄切り下す。此の足捌きは敵との間に依るでしょうから、追い足捌きか、歩み足か、などこの手附ではおおらかに稽古する事になります。

戸賀崎無念流立居合業手付
1本目 三歩進んで間に入るや「」と、右手を水平にして前敵に抜付ける抜付けたとき、刀は水平にして切先は眼の高さ、刀刃は斜左に向く。左手は鞘を放して、後方水平になるまで腕と指も伸ばす。
 右足から二歩退しながら、刀は左から上段に冠り、真甲に「」と打込む。
 左足を引き、右足を左足に引き揃えたとき、その場に飛上り両足を床に踏んで音をさせ、刀は諸手で握り、肱を頭上一杯にのばし、刀は垂直に、刃は前方に向け天(剣)上段に構える。右、左足を進めて逆足となり、真甲正面に「矢」と打込む。
 右足を左足に揃え、左足を右足の後に引いて正眼に構える。右足を進めて霞に一歩攻め入る。

 戸賀崎氏は、戸賀崎熊太郎暉芳延享元年1744年武州埼玉郡清久村生まれ、16歳で江戸に出て神道無念流福井嘉平の門を叩き21歳の時免許皆伝を伝授されている。
 「矢」「当」の掛声と飛び上がる動作が独特の様です。
 右足を踏み込んで「矢」と掛声を上げ、右手を水平に前敵の何処に抜き付けるのか手付には無いのですが、刀は水平切先は眼の高さ、刀刃は左斜めに向ける。恐らく敵の右コメカミ或いは上段に構えた右肘に抜き付けるのでしょう。刀刃は左斜めに向く訳は無いので切先は左斜めに向けると解釈しました。
 敵が怯まずに前に攻めて来るので、右足を引き付け上段に冠り右足を後方に引くや敵の真向に「当」と打込む。
 左足を右足の後方に引き、右足を踏み揃えるや、刀を振り上げてその場で飛上がりドンと音を立てて飛び降り、刀は垂直に切先を天に向け刃を前に向けて、右足左足と踏込み、左足前の逆足で真甲正面の敵に「矢」と打込む。
 右足を左足に踏み揃え、左足を後方に踏み替え正眼、右足を進めて霞に構えて攻め入る様に残心、納刀。
 この手付もややこしい足捌きですから、厄介です。
 飛び上がるのはどのような意味があるのか、然もドンと音を立てて飛び降りるわけです。水平抜付けして敵に攻め込まれて退きながら真向に打込んだ、敵はそれでも攻めてこようとする意識が感じられ、後方に退いてその場で飛び上がってドンと音高く飛び降りる事で、敵は思いもしない奇妙な行動に、圧せられて退く所を攻め込んで打ち込む、とやって見ました。 
 

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2019年11月17日 (日)

曾田本その2を読み解く50神道無念流立居合幾つか50の敬礼

曾田本その2を読み解く
50、神道無念流立居合幾つか
50の敬礼

太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」神道無念流 敬礼
1、開始の場合と帯刀
第1、右手に刀を提げ正面に対し立礼し、堤刀は刀刃を上方にし栗形の下方を持ち(此際指は鍔に掛けざるものとす)体に並行に約45度の位置にする。
第2、右足より三歩前進し、両踵を揃へ蹲踞し(此際刀を右腰にし鍔を体の中央前とす)左手を地につく如くして敬礼す。
第3、右手を以って刀を体の中央前膝の線に刀背を前方にし垂直に立つ。
第4、左手を以って下緒を「スゴク」如くして、鐺の附近を持ち両手を以って帯刀する。(此際左手の拇指を鍔の右内側より前方に押し鯉口を切り食指を以て刀の抜けざる様、左外方より後方にひき鍔は概ね体の中央前にあらしむ)。
第5、起立して右足より三歩後退す(起立せる時右手は自然に垂れる)。
2、終止の場合及脱刀
第1、右手を以って刀を脱し右腰に持ち来りつゝ蹲踞して敬礼す(開始の場合と同じ)。
第2、起立して右足より三歩後退して立礼す。
刀の収め方
1、前の足を後足にひき著けると同時に刀を左肩に擔ぐ如く持ち来り左手は鯉口を持ち鞘を正位にあらしむ。
2、左手の拇指と食指とにて「ハバキ」附近を挟み右手の拇指は縁頭附近を其他の指は下方より鍔及柄を持つ
3、左足を後方に一歩ひくと同時に右手を以って刀身を前下方にひき刀尖を鯉口の所に持ち来る。
4、右足を左足にひきつけつゝ刀身を鞘に納む

曾田本その2神道無念流居合 敬礼:
1、開始の場合と帯刀
第1、右手に刀を提げ正面に対し立礼し、堤刀は刀刃を上方にし栗形の下方を持ち(此際指は鍔に掛けざるものとす)体に並行して約45度の位置にする。
第2、左足より三歩前進し、両踵を揃へ蹲踞し(此際刀を右腰にし鍔を体の中心前とす)左手を地につく如くして敬礼す。
第3、右手を以て刀を体の中央前膝の線に刀背を前方にし垂直に立つ。
第4、右手を以て下緒を「スゴク」如くして鐺の附近を持ち両手を以て帯刀する(此時左手の拇指を鍔の右内側より前方に押し鯉口を切り食指を以て刀の抜けざる様、左外側より後方にひき鍔は概ね体の中央前にある)。
第5、起立して右足より三歩後退す(起立せる時右手は自然体に垂れる)。
2、終止の場合及脱刀
第1、右手を以て刀を脱し右腰に持ち来りつゝ蹲踞して敬礼す(開始の場合と同じ)。
第2、起立して右足より三歩後退して立礼す。
刀の納め方
1、前の足を後足に引き付ると同時に刀を左肩に擔ぐ如く持ち来り左手は鯉口を持ち鞘を正しくす。
2、左手の拇指と食指とにて「ハバキ」の近くを挟み右手の拇指は縁頭の近くを其の他の指は下より鍔及び柄を持つ。
3、左足を後方に一歩引くと同時に右手を以て刀身を前下方に引き刀尖を鯉口の処に持ち来る。
4、右足を左足に引付つゝ刀身を鞘に納る

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」神道無念流立居合 礼式:
立礼 まず刀を右手に持ち提げ(刃部を上に、下緒をたくって栗形の上部を握る)、上座に向かって立礼をする。
始礼 刀を右腰にとり、右足から演武の位置に進み、両足を揃えて其の場所に蹲踞する。刀を右腰に持ったまま左手の甲を前にして指先を下座ういて始礼をする。
帯刀 礼を終え、右腰の刀を右手を使って体の中央前に刃を手前に向けて立てる。つづいて鞘の下部(鐺の上部)に左手を添え、体の中程に鍔の内側が来るように両手をもって左腰に帯刀する。
 下緒は鞘と帯びとの間に上から掛けたらすか、または右腰の帯に結ぶ。
 蹲踞の姿勢から、左手の親指を帯刀の鍔にかけ、右手は自然にたれ、その場に立ち、左足から数歩後退して演武開始の位置に直立する。なお、終礼は始礼の逆順に行う、
 演武にあたっては発生はしない。
納刀 正眼に構えてから、切先を敵の胸元、喉元、眉間の高さにと徐々に前に大きく円を描くように出し、残心を示しながら右足を左足に引き揃えて刀身を左肩にとり、左手は鯉口を握り僅かに鞘を引き出す。刀身は肩にとったまま鎺を鯉口を握った左手の人差指に支える。と同時に、左足を右足の後方に引き、右手の柄を前下に伸ばし刀背(峯)を引いて切先を古生内に入れ、ゆっくりと刀身を鞘に納める。左足を右足に引き揃え、直立して右手を柄から放し、左手は親指を鍔にかけて当初の演武の位置に復する。なお、各業とも納刀の動作は同じであるが、逆足(左足前)で終了した場合(2、3、8、9、12本目)は左足を右足の後に引き納刀する。

木村高士著「長州藩相伝神道無念流」による「大村藩無念流体居合業手付」納刀
晴眼にかまえて右足を左足に引き揃えながら刀を左肩にとる。右手を柄から放し逆手に持ちかえる(長州藩相伝本手のまま)。左手は鞘の鯉口を握って、人差ゆびで刀の棟を受ける。右足を引いて同時に右手の柄を前に下げ刀の棟を鍔元から切先まで引いて鯉口に落とす。
 右手の柄を上にあげ、左手は鞘を押し下げながら、刀身三分の二を早く、後はゆっくりと納刀する左足を右足に揃えて直立する

木村高士著「長州藩相伝神道無念流}による戸賀崎無念流立居合業手付 納刀: 
(右、左足を進めて逆足となり、真向正面に「矢」と打込む。)右足を左足(前足)に揃え、左足を右足の後に引いて正眼に構える。足を進めて霞に一歩攻め入る。刀を左肩にとり、左手にて鞘を握り、左足を引き刀身を納める。右足より進んで、右回りに初めの位置に復する。

堂本明彦編著、中山善導・稲村栄一原著「中山博道剣道口述集」立居合初伝 納刀
術が完了した際、左足又は右足(後方に在った場合)を必ず前足につけると共に、諸手で刀を自分の前に垂直に刀尖を下にしてから左肩に刀峯を付けてかつぐ様にしてから、右手を逆手に持ち変えて左手を鯉口にして刀を前から納めるのである。

1、礼式と納刀について、資料を其の儘記載してあります。此処で認識を新たに、曽田本その2の「神道無念流居合」は太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」」に記載されている神道無念流立居合12本の部分的に異なる言い回しはあっても手附けの書式など丸写しである事が分りました。
 「居合読本」は昭和9年1934年発行、私の手元にあるのは昭和15年1940年再版のものです。丁度曽田先生が資料集めに奔走し曾田本その1、その2を書かれたころとなるでしょう。
 土佐の居合を充分修行して、これでいいのかと思ったのでしょうか、他流の居合に興味を示された頃なのでしょう。

2、「居合読本」の居合と「中山博道剣道口述集」の神道無念流居合が異なる事が疑問として残ります。ご存知の方は御教示いただければ幸いです。
 礼式には大きな違いは見いだせませんが、納刀については、残心の有り様、左右足の動作の違い、右手を逆手に持ち変えて納刀する、順手の儘納刀するなど違いが見いだせます。
 どれがどうだと云う事も無い、同流の流派に依り師伝が異なる程度のもので、時間が経てば分派が他流を取り入れたりして変化の度合いが大きくなるものです。戸賀崎無念流立居合のみ掛声や飛び上がったり 納刀の際霞に構えたり異色です。
 次回以降から業手付に依り稽古して見て違いを見いだせればと思いますがどうなるでしょう。

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2019年11月16日 (土)

曾田本その2を読み解く50神道無念流立居合幾つか50の前書

曾田本その2を読み解く
50、大村藩神道無念流立居合幾つか
50の前書

 曾田本その2の巻末に神道無念流立居合12本が書き込まれて居る事は、すでに掲載しています。
 曽田先生が何処から神道無念流立居合の手附を手に入れて、どうしようとされたかがわかりませんでした。
 ふと思い出したのは昭和9年1934年に太田龍峰先生によって「居合読本」を中山博道先生の校閲という事で、中山博道居合いわゆる大森流、英信流居合の業手附を書かれています。
 そこには中山博道先生に依る第一章は大森流居合と第二章は長谷川英信流居合が納められていますが奥居合などは抜けています。代わりに第3章は神道無念流立居合12本。続いて第4章は警視庁流居合、第5章が伯耆流居合、第6章は荒木流居合、第7章は陸軍戸山学校に於ける居合、と構成されています。
 その「神道無念流立居合12本」はどうやら曾田本その2の「神道無念流立居合12本」の元になった手附の様です。

 堂本明彦編著中山善導、稲村栄一原著「中山博道剣道口述集」に立居合初伝10本、上伝20本が示されているのですが、曽田先生が記述した神道無念流立居合12本とは本数も業手附も異なります。
 「居合読本」が中山博道先生に依る大森流、長谷川英信流居合であるわけで、それは第16代後藤正亮先生の門弟も森本兎身先生によって伝えられた居合で下村茂市の門弟細川義昌の居合とも違う雰囲気です。それなのに、「居合読本」の神道無念流立居合は中山善導が記述している「中山博道剣道口述集」の神道無念流立居合とは異なるとはどういう事なのでしょう。此の事も中山博道居合と神道無念流立居合との異なる事の疑問にぶつかることになります。中山博道先生の居合も剣術も、博道先生の探求心が神道無念流を昇華していったかもしれませんし、別の要件が有ったかもしれません。
 中山善導解説になる「神道無念流伝承形 全解」の中に「ぶつぶつ」と不満を述べている行が見えるのですが、其の辺りかも知れません。

 そこで、更に資料を捜す中に木村高士著長州藩相伝神道無念流という冊子を見つけ手に入れました。その長州藩相伝の神道無念流立居合12本と曾田本に依る神道無念流12本とは略同じですが、手附の書き方や細部の業技法に幾つか違いがありました。どの流派でも所変われば何とやら師伝と称し異なる運剣はあり得るものとは理解し得ても、曽田先生の書かれた神道無念流立居合12本の出処を更に知りたくなって困ったものです。
 曾田本その2の神道無念流立居合12本は太田龍峰先生の「居合読本」を基に多少改ざんされたものの其の儘と推測されました。

 実は、手に入れた木村高士著長州藩相伝神道無念流の冊子の中に、他の藩などで行われていた神道無念流立居合12本が収録されていました。一つは大村藩に依るもの、もう一つは戸賀崎宗家無念流立居合業手付の2編となります。
 その2編と曽田先生の記述された居合とも異なる部分もありそうで、是非とも稽古して曽田先生の神道無念流立居合12本を理解出来るようにしたい願望がふつふつと湧き上がっています。
 此の道を求める求道者のわがままをお聞き届けいただき、木村高士先生の残された、文献に依りこの居合を稽古させていただき、曾田本の神道無念流立居合12本を無双直伝英信流の求道者にお許しいただきたく思います。
 同時に太田龍峰先生の「居合読本」にある神道無念流立居合12本もその文献から稽古させていただきます。
 不都合がございましたらミツヒラブログにコメントいただきたく、お願い申し上げます。出来得ればれば細部に亘る誤った部分などご教示いただければとお願いする次第です。

   ミツヒラこと松原昭夫

参考資料として下記の手附けに従って違いを明らかにして稽古を致します。
文言は、変更すると場合によっては其の流の基礎を変えてしまう可能性もあり得ますのでそのまま使用させていただきます。
 曾田本その2に依る神道無念流立居合12本
 太田龍峰先生の居合読本から神道無念流立居合12本
 木村高士先生の長州藩相伝神道無念流から立居合12本
 同じく    大村藩無念流立居合業手付12本
 同じく    戸賀﨑無念流立居合業手付12本
 
    

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2019年11月15日 (金)

曾田本その1付録抜刀術(曽田虎彦私剣 研究中)その5弛之刀

曾田本その1付録抜刀術
(曽田虎彦私剣 研究中)
その5、弛之刀

原文
是も歩ミ行内切り懸り来るを春つかりとはずして抜き次に右足を一歩踏ミ込ミて斬り下し右足を引きて高山二構へ左足を引きつゝソロリと下し納刀前同し

読み
是も歩行うち、斬り懸り来るをすっかりと外して(弛して)抜き、次に右足を一歩踏み込みて斬り下し、右足を引きて高山に構へ左足を退きつつそろりと下し納刀前に同じ。

 この手附も抜けだらけですが、古伝の気分で稽古して見れば、歩行内前方から敵が上段に振り冠って、斬り懸って来る、我は左足を踏み出し鯉口を切り右足を踏み出して柄に手を掛け左足を踏み込み刀を一尺程抜き出し、右足を少し摺り出し敵の斬りこみを誘う、敵上段から斬りこんで来るを、右足を引いて間を外しながら、刀を体に引き付け刃を左外に向け左肩を覆う様に右手は正中線上を抜上げ、敵の刀を外すや上段に振り冠って右足を踏み込むや敵の真向に切り下す。
 右足を引いて左上段に構え残心、左足を退きつつ刀を青眼に下し、血振り納刀前に同じ。
 現代居合の大森流(正座の部)附込の立居合の動作が良さそうです、但し敵は真向から切り下す刀が空を切る事も予測し我が水月迄の斬り下しならば、正面への踏み込みは危険です。右足を稍々右に踏み込み右に体を開きながら敵の左面に斜めに切り下ろすべきでしょう。或は左に体を開きながら、敵の右面に斬り下すのです。仮想敵相手の一人演武では自分に都合の良い想定で得々としていますが、敵も外されたとしても無疵なのです。
 切ってくれとばかりに切先を膝下まで切り下げ体を俯けるなど、居合の稽古でもやったことが無いことをすべきでは無いでしょう。
 
 この業は全剣連の制定居合12本目「抜打ち」が、歩行中か相対して居るかの違いはあっても要義は同じです:相対して直立している前方の敵が、突然、切りかかってくるのを、刀を抜き上げながら退いて敵の刀に空を切らせ、さらに真っ向から切り下して勝つ。
動作:直立したまますばやく刀に両手をかけ、左足を後方に引き、右足を左足近くに引きよせながら刀をすばやく頭上に抜き上げると同時に左手を柄にかけ、間をおくことなく右足を踏み込むと同時に真っ向から切り下す。
 
 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事には「抜打」と「弛抜」が有ります。
抜打:歩み行中に抜打に切る敵を先に打心也。
弛抜:前の如く歩み行敵より先に打を体を少し開き弛して抜打に切る也。
 この「弛抜」は歩み行時前方の敵が上段から真向に斬り懸って来るのを、足を引いて外すのではなく、右か左へ少し踏み込んで体を躱しながら上段に抜き上げ片手真向でも両手真向でも良さそうです。より良いのは後足を前足の後に摺り込み、右に踏み込めば敵の左面、左ならば敵の右面でしょう。

 以上5本の立居合を曽田先生は曾田本その1の末尾に残されています。元々曾田本は曽田先生の土佐の居合の覚書ですから、古伝の業を復元研究しながら、考えていたのかも知れません。抜けだらけの手附でしたから読み込んで様々な技法が思い浮かんでも当然です。その業を稽古しながらより良い技を産み出せれば曽田先生もホッと肩の荷を下ろされる事も有ろうかと思います。

 以上で曾田本その1、その2の全てを終ります。

 

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2019年11月14日 (木)

曾田本その1付録抜刀術(曽田虎彦私剣 研究中)その4四方

曾田本その1付録抜刀術
(曽田虎彦私剣 研究中)
その4、四方

原文
是も歩ミ行内右足尓て抜き左足尓て刀を半身二胸耳添へ直二右足尓て前方を突次二左前を受希る心持尓て左後を切り右後を切り左前を切り納刀前に同し

読み
是も、歩み行くうち右足にて抜き、左足にて刀を半身に胸に添え、直に右足にて前方を突き、次に左前を受ける心持にて左後を切り、右後を切り左前を切り、納刀前に同じ。

 是も、抜けだらけですが、正面、左前、左後、右後に敵を受け、前敵が刀を抜いて上段から斬りこまんとするを、納刀したまま右足を踏み出し左手で鯉口を切り、左足を踏み出しつつ柄に右手を掛け刀を抜き出し、右足を踏み込んで敵の拳に抜き付ける。
 敵怯んで下らんとするに乗じ、左足を踏み出しつつ左半身になって刀の棟を我が胸に切先前にし刃を右外に向けて添え、右足を踏み込んで前敵を刺突する。
 次に左前の敵が斬りこんで来るのを受ける心持で、左肩を覆う様に受け流す体勢で、左足を右足に引き付け左足を軸に左回りで後に振り向き、上段に振り冠って右足を右前に踏み出し左後(振り向いた右の敵)の敵を切り、更に右肩を覆う様に上段に振り冠って、右足を左前に踏み替え右後(振り向いた左の敵)の敵を切る。
 更に、左足を軸に左回りに左前に振り向き軸に右肩を覆う様に上段に振り冠って左前の敵を其の儘の体勢で真向に斬る。血振り納刀、前に同じ。

 現代居合では、この様な相手の拳への抜き付けは失念していますが、此処は吉宗貞義の門弟として抜付けとは横一線の抜き付けで敵の抜刀せんとする拳、或いは抜刀して上段に振り冠って間を越さんとする上段の拳、又は神道無念流で学んだ下からの敵右肘への抜き付けをイメージして見ました。
 状況を想定して、演じるとこの様ですが、後方の敵に自分がなった場合、或いは前左の敵であった場合、この曽田先生の動作で生き残れるか自信はありません。
 

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2019年11月13日 (水)

曾田本その1付録抜刀術(曽田虎彦私剣 研究中)その3追加八相

曾田本その1
抜刀術付録(曽田虎彦私剣 研究中)
その3、追加八相

原文
是も歩ミ行内抜きつ希二払捨て左足を込ミて左八相より敵右首根二又右足を込ミて右八相より敵左胴二切次二左足より継足尓て真向へ切り納刀前同し。

読み
これも、歩み行くうち、抜き付けに払い捨て、左足を込みて左八相より敵(の)右首根に、又、右足を込みて右八相より敵(の)左胴に斬り、次に左足より継足にて、真向へ切り納刀前に同じ。

「追加ハ相」、「抜き付けに払捨て」、「左足を込み」などの聞きなれない言葉に惑わされますが、しごく単純な業です。前回の「追加斬撃」も不思議な言い回しでしたが、真向斬り下す事を二度行っていました。此の業も八相の切りが二度ある事を意味します。左足を込み・右足を込みは踏み込むことを言っていると解釈できます。

 これも歩み行くうち、敵が斬りこまんとする処、右足出る時鯉口を切り、左足出る時柄に手を掛け刀を抜き出し、右足を踏み込むや、切り下さんとする敵の右小手を抜き付けに横一線に払い捨て、敵退かんとするに乗じて切先を左に返して左八相にとるや左足を踏み込んで敵の右首根に逆八相に斬り付ける。更に敵退かんとするを右八相に振り冠り右足を踏み込むや敵の左胴に斬りこむ。その足踏みの儘残心、刀を右に開き血振り、納刀す。

竹刀剣道の影響から、上段に振り冠ってから八相に斬りこむ動作が現今一般的ですが切り付けた切先を返してそのまま八相に構える事としました。無駄な動作を不要とします。或は一歩譲って上段に構えるならば、其の動作は敵が退かんとする其の「ひ」に乗じて、左足を右足に引き付けつつ上段に振り冠り、真向打ち下ろしなり、八相、逆八相に斬りこむべきでしょう。 
又余談ですが、無双直伝英信流では上段の構えは、額の前上に左手で柄を握り右手を頭上後に低くして、刀尖を45度下に向けた構を所作としていますが、大きく刀を振る稽古としては良いでしょうが、この振り冠りは手打ちを養成してしまい、体を使って斬りこむ動作を妨げます。更に組太刀などで相手が切先上がりの上段で我は切先下がりの上段では簡単に打ち負かされてしまいます。一考を要します。

 

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2019年11月12日 (火)

曾田本その1付録抜刀術(曽田虎彦私剣 研究中)その2追加斬撃

曽田本その1付録抜刀術
(曽田虎彦私剣 研究中)
その2追加斬撃

原文
是も歩ミ行内冠りたる敵の拳へ抜き付左足を継き足にて一度ハ浅く二度目ハ深く斬下し次に右足を引と同時二左手を切先二刀を腰二とりて残心左足を引きて刀を開き納る也

読み
是も歩み行く内冠りたる敵の拳へ抜き付け左足を継足にて一度は浅く二度目は深く斬り下し、次に右足を引くと同時に左手を切先に、刀を腰に取りて残心
、左足を引きて刀を開き納める也。


文章に抜けが有って、それを補うには動作を付けざるを得ません。やってみます。
歩み行くうち、右足を踏み込んで鯉口を切り、左足踏み込み柄に右手を掛け刀を抜きつつ上段に振り冠って切り下ろさんとする敵の右拳に、右足を踏み込んで抜き付ける。左足を右足に引き付け上段に振り冠り、退かんとする敵の真向に右足を踏み込み顎のあたりまで斬り下し左足を継足し、再び上段に振り冠って、更に引く敵に右足を踏み込み真向より深く(水月の辺りまで)斬り下す。次に右足を後方に退くと同時に切先に左手を添え残心、十分と見るや左足を引いて刀を右に開き、その右足前の体勢の儘刀を納める。

 大森流居合の逆刀(大江居合の附込)を改変して敵の打込みを摺り落し斬り付けるのと違い、打ち下ろさんとする敵の右拳へ抜き付け、敵引く処を追い込んで斬るわけです。
「敵の拳への抜き付」がポイントですが、抜刀の方法を工夫しませんと、両断されてしまいます。序破急を目で見てわかる様な抜刀では間に合いませんし、鞘の返しなどに時間をかけている様でも両断されます。
 此処は横一線の抜き付けで一瞬に相手の拳に斬り付けるには、鯉口を切ると同時右手を柄に掛け、左手を後方に引き右手を刃を上にしたまま刀を抜き出し、切先まで抜き出すや鯉口から切先が出る瞬間に拳を返して相手の拳に抜き付けるべきでしょう。但しへぼは鯉口を切る時指を自損したり、鯉口を割ったり散々でしょう。無双直伝英信流の演武の時の抜き付けで、上段に冠った敵の打ち下ろしに応じられる人はどれだけいるでしょう。
 曽田先生のこの居合の意図する処が述べられていませんので、取り敢えず充分この業で此の動作で稽古してみて実用に堪え得る技を磨く一つでしょう。

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2019年11月11日 (月)

曾田本その1付録抜刀術(曽田虎彦私剣 研究中)その1真向斬撃

曽田本その1付録抜刀術
(曽田虎彦私剣 研究中)
その1 真向斬撃

原文
 歩み行内右足尓て抜きつ希次二左右何れ尓ても受流して体を斜前二展き直二真向へ斬り下し次二刀を開き血振納刀足踏ミハ其侭也
 受流しハ左肩なる時ハ左足を右足の前二踏ミ出して受流し次二左足を引きて冠り真向へ斬り下也又右肩なる時ハ右足を少し左二寄せて受流し右足を引きて真向へ討込む也

読み
 歩み行くうち右足にて抜きつけ、次に左右いずれにても受流して体を斜め前に開き直に真向へ斬り下し、次に刀を開き血振り、納刀、足踏みは其の侭也。
 受流しは左肩なる時は、左足を右足の前に踏み出して受流し、次に左足を引きて冠り真向へ斬り下す也。又、右肩なる時は右足を少し左に寄せて受流し右足を引きて真向へ討込む也。

 曽田先生が古伝神伝流秘書や居合兵法極意秘訣などと共に師伝を学ぶ中で研究中とは言え考案された抜刀術の業名一本目「真向斬撃」です。現代居合の奥居合立業を基礎として稽古して見ます。記載されている業数は5本あります、一本づつ毎日連載します、業名は以下の通りとなります。
1本目、真向斬撃
2本目、追加斬撃
3本目、追加八相
4本目、四方
5本目、弛シ刀

1本目、真向斬撃
 歩み行くうち、右足出たる時左手で鯉口を切り、左足を踏み込みつつ、右手を柄に掛け刀を抜き出し、敵が斬り懸らんとするや右足を踏み込み横一線に敵の右拳に抜き付ける。敵右足を引いて我が抜き付けを外すや刀を上に抜き上げ、真向から斬り下ろす、我左足を右足の稍々前に踏み込み左肩を覆う様に敵刀を頭上で受けるや左足を引いて右身となって敵刀を摺り流し左手を柄に掛けるや敵の真向に斬り下す。
 状況から右肩を囲う様に受けるべきと判断した時は、右足を稍々左に摺り込み同時に右拳を上向きに返して右肩を覆う様に取って敵の打ち込む刀を受け右足を引いて左身となって摺り落し、左手を柄に掛けるや敵の真向に打込む。
 足踏みは左肩受け流しの場合は右足前、右肩受け流しの場合は左足前の侭、刀を右に開き、納刀。
 曽田先生は受流す際、左肩を覆って敵刀を受流し、同時に左足を引いて真向に斬り下して居ます。その際右身になっていますが正面を見ているはずです。現代居合では敵は受け流されて我が左に体を流して斬られる想定です。無双直伝英信流の真向斬り下す体勢は決して前のめりになったりすることはありません。
 受け流しの際踏み込んだ左足又は右足を引いて、真向に打込んでいますが、大きく引いてしまうと間が外れてしまいます、敵は受け流されて前のめりになる程のへぼはめったに居ないでしょう。この業は仮想敵相手に自分に都合の良い間と間合いで勝つばかりでは意味のない業です。設対者に応じてもらい充分研究するものでしょう。
 横一線に小手を切られた敵が怯まずに真向に打ち込んで来るので、左足を右足前に踏み込み左肩を覆う様に体を右身に開いて受け流し左足を引いて上段から真向に斬り下す。又は右足を稍々左に 摺り込み右肩を覆う様に体を左身に開き敵刀を右に受け流し右足を引いて上段から真向に切り下す、此の場合は右足を踏み込んでから引いているのではないので右足を引いてしまうと我が体は横一線の抜き付けの位置より一歩後退して真向に斬り下すことになります。相手との間が左肩を覆う様に受け流すよりも間が遠くなるのでここは受け流されても猶追い込んで来る敵を真向に斬る、となる筈です。或は大きく踏込んで来る敵の動きを察して右肩を覆う様に受け流し右足を退き真向に斬る。
 曽田先生もご自分で足捌き体裁きを研究されたでしょうが、一本目の真向斬撃は二本の業として稽古すべきでしょう。

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2019年11月10日 (日)

曾田本その2を読み解く50曾田本その2を読み終えて

曾田本その2を読み解く
50、曾田本その2を読み終えて

 「曾田本その2を読み解く」は平成31年2019年1月23日~令和元年2019年11月10日で読み終えました。毎日アップしていますから291日291回の読み切りとなります。
 曽田先生の恩師行宗貞義先生の居合から始まり、当時盛んであったであろう大江正路先生の居合との違いに戸惑った様です。例えば大江先生の大森流居合抜方(大江先生、堀田先生共著「剣道手ほどき」)の「前」で「我体を正面に向け正座す右足を出しつゝ刀を抜付前敵を切り更に上段にとり前面の頭上を真直に斬り血拭納刀」について曽田先生の注意書きが赤字でなされています。「註 惣じて座業にて抜付けは二星を勝つ故に首に非ず拳也 虎彦

 曽田先生は、新聞や雑誌等に記載された居合関係の記事をせっせと集められて曾田本その2のメモとして張り付けられてありました。戦前の戦争へ戦争へと駆り立てて行った様子が垣間見られ、再びこのような事のない世の中を望む気持ちが高まってきたものです。
 反面お国自慢の手前みそによる居合では近代戦には勝てるわけもないのに失笑してしまいます。80年を超える戦前の印刷物ですから経年変化で不明な文字に悩まされて、かえって曽田先生の直筆の方が読みやすかったと思ったほどです。

 曽田先生は昭和18年1943年9月14日付で大日本武徳会高知県支部長高知県知事正五位勲四等高橋三郎より大日本武徳会高知県支部居合術教師を委嘱されています。曽田先生は明治23年1890年生まれですから53歳の頃となるでしょう。亡くなられたのは昭和25年1950年60歳のことでした。
 河野百錬先生は明治31年1898年生まれで曽田先生の八つ年下です。曾田本の中でも手紙による質疑の応答や大阪八重垣会の趨勢なども意識されていた様です。
 曽田本その1、及びその2を河野先生に昭和23年頃でしょう貸し出されて河野先生はそれを書き写され昭和30年に無雙直傳英信流居合兵法叢書として原文の儘発行されています。曽田先生亡き後5年後でした。
 中山博道先生とも面識があった様で書簡が残されています。

 曾田本その1およびその2を本稿を以て終了いたします。

Img_0751 Img_0756-003
1、曾田本を河野先生に貸して置いたものを返してもらったので、河野先生からまた貸してほしいとの内容。
2、中山博道先生から年賀状の返信遅れのお詫びやらなにやら達筆で読み切れていません。
書簡は、曽田本その2の表紙裏にポケットを作りその中に入って居ました。

 

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2019年11月 9日 (土)

曾田本その2を読み解く49起請文前書

曾田本その2を読み解く
49、起請文前書

1、御流儀之居合兵法傳授之趣他人者不及申為親子兄弟共堅他言仕間敷事
1、表仕組心持含他見他言仕間敷工夫若相不終於断絶弥當流善悪之批判申間敷事
1、他流之善悪常々申間敷工夫況無免者他流之者與仕合勝負論仕間敷事
 右 条々於相背者
日本国中大小神祇別而氏尊神摩利支尊天冥罰神罰忽可罷蒙者也

年 月 日
原籍    姓名  ▢
何某 殿
(冠称 尊師 恩師 等々)

1、御流儀の居合兵法伝授の趣、他人申すに及ばず親子兄弟為れども他言しまじき事
1、表仕組心持ち、他見、他言、工夫しまじきを含む、もし終わらざるに於いては断絶するに当流の善悪の批判申すまじき事
1、他流の善悪常々の工夫申すまじく、況や無免の者他流の者と仕合勝負の論しまじき事
右の条々相背く者は 
日本国中大小の神祇、別して氏尊神、摩利支尊天に罰をくらい、神罰忽ち蒙るべきもの也
年 月 日
原籍    姓名  ▢
何某 殿
(冠称 尊師 恩師 等々)

 この起請文の出典は判りません。

 現今この様な起請文を書かせる流派や道場があって然るべきとは思いません。なぜならば如何なる人でもその力量を越えた批判や業技法を他見、他言出来るわけもなく本物であるか否かも他人が判断する事すらも出来ないでしょう。むしろ積極的に流の業技法を公開し、同じ思いの同士で本物を求めてつどい、資料を出し合い研究すべきでしょう。其の努力を怠って、まがい物を将来にわたって伝承すべきとは思えません。
「昔はこうだった」と言われるたびに「さて」が浮かんできて、昔の手附を見せてくれとせがんでもせいぜい目録ばかり。

 門人の数の多い道場では口伝口授で師の看取り稽古ならまだしも兄弟子の看取り稽古がやたら多すぎです。
 師なるもの自ら指導すべきでしょう。ある人の居合を拝見して、「之が師匠から手ほどきされた居合です」、と言われて「そうか」と思っていたのですが、その師と言われる人の動画が残って居てそれを拝見すると所作も雰囲気も違うのです。
 兄弟子と言われる人の動画を探し出してそれを拝見すると其の人の居合とそっくりなのです。その兄弟子は他派から師匠の所に移って来た人で、師匠の居合には重厚さが有るのですが兄弟子の居合は華麗ですが軽いのです。どちらが良いとか悪いとかではなく、教わるべき事を教わらなかっただけのことです。
 それでは残念ながら「師に習った」は疑問です。
 

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2019年11月 8日 (金)

曾田本その2を読み解く48刀剣各部の名称

曾田本その2を読み解く
48、刀剣各部の名称

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 曾田本その2は曽田先生のメモ帖のようなもので、この刀剣の名称もその一つでしょう。写真では読みずらいですが各部の名称は大きく違う事も無いので特筆する事もありません。

 

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2019年11月 7日 (木)

曾田本その2を読み解く48スクラップ中山範士との一問一答

曾田本その2を読み解く
48、スクラップ
中山範士との一問一答
台湾 藤田傊治郎(ふじたいんじろう)

 昭和11年8月5日中山博道範士が明治大学の学生を引率して台湾に来られた際に剣道に関する平日の疑問をお尋ねした所明解に教へられたから同志の方々にお伝へしたいと思ふ。但本稿は範士の校閲を得たものでないから文責は全く筆者に在り。
1、右拳を鍔より甚しく離して可なりや。
 答、真刀ならば鍔より5分丈離して持たざれば拳の自由を得難し。故に竹刀もその位は離して可なり。それ以上甚だしく離して持つは不可なり。
2、胴を打つ時左拳を右拳に著くまで絞りて可なりや。
 答、真刀は柄の長さが適当なるにより絞る要なし。竹刀は少し長きに依り真刀の柄の長さ位まで絞るは可なり即ち凡そ一握の間隔まで絞るは差支へなし。場合に依りては少し絞らざれば刀が反らざることあり。真刀ならば常に適当に反る長さなり。
3、相手の竹刀を自分の肩にて支ふる者あり如何。
 答、大に不可なり。真刀ならば出来ぬことなり。
4、相手の竹刀を打つは如何。
 答、不可なり。真刀ならば濫に打たば自分の刀が折れることなり。
5、間合と間との別如何。
 答、間合は相手と自分との間の隔りなり。間とは自分の防禦攻撃力の及ぶ範囲のことなり。故に自分の間をば決して相手に侵さしむべからず。敵の間をば侵すを要す。
6、心の間合とは如何。
 離れたる時は近く思ひ、近く寄りたる時は遠く思ひて常に心にて間合を調節することなり近くなりたりと思へば気あせりて失敗す。又遠くなりたる時遠くなりたりと思へば打ち得ず。
7、我より近く敵より遠き間合とは如何。
 答、例へば敵が小手を打ち来たりし時敵の剣先を自分の右へ外し己は敵の小手を打つが如し即ち敵の剣先は自分より離れ居るに依り遠し。反対に自分の剣は敵に近し。
8、審判の稽古も為る要ありと思ふが如何。
 答、大に然り。審判の決定は明瞭に「何あり」と宣告し一面記録係に知らせ他面観衆にも知らすを要す。
9、審判者が決定の理由を述ぶるの要なしと思ふが如何。
 答、大に然り。「何あり」と一言すれば可なり。又「不十分」なりといふが如きことも不要なり。只黙して居れば可なり。

 面白い質問とその回答です。1、から4などは真剣ならばやらない動作を竹刀では、やってしまう事を戒めているのでしょう。剣道は真剣を以ての勝負という事を強く意識している様です。当然のことですが、竹刀や木刀では何の躊躇もなくやってしまうのでしょう。特に4、などは何処までなのか解答は疑問ですが、相手の刀が邪魔で払う、或いは打込まれて請け太刀となるなど、古流の形稽古でも見受けるものですが、奥義は「往なす」と同時に「斬る」でしょう。無雙直傳英信流の大江居合の7本の形は受太刀の連続を平気でやってます。真剣による居合の稽古の一環として間と間合いや気の稽古程度で考えていること自体疑問です。
 5,6,7、は形稽古の中でしっかり身に着けるべきもので、早い強いの棒振りの結果の勝では「当てっこ」と言われても仕方がないことです。
 8,9、は大いに然りでしょう。

 

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2019年11月 6日 (水)

曾田本その2を読み解く47スクラップ日本刀の反り

曾田本その2を読み解く
47、スクラップ日本刀の反り
佐藤藤佐

 日本刀の姿の美しさは、その反りに負うところが多い。刃部を外にして弓形に反ったその姿は秋さり烈日を想わせる。古の名匠がこの美しさを作り出すために苦心したことを想像するに難くはない。
 実は刀鍛冶が反りのある刀を鍛造するのではなくて、水中に焼入れた瞬間に刃の部が峯よりも膨張して、あの美しい反りが現れるのである。この辺の呼吸は刀匠が一子相伝とした秘法であった。
 今日では金属学の進歩が日本刀の科学をも鮮明にしてくれた。日本刀の刃部は切れ味を良くするために炭素量約0.7%の鋼であるが、これは焼入れで堅く脆くなるから、棟は炭素量0.1%程度の軟鋼で作り、焼入れても硬化しないから粘くておれるようなことはない。
 日本刀の優秀性は実にこの両性質を備えたところにある。
 鍛錬した日本刀の焼入のために800度ぐらいに熱すると、刃も峯も大洲田と称する組織になる。これを焼入れると棟には焼が入らず、元の地鉄の組織に戻るが、刃には焼が入って麻留田という堅い組織になり、約4%の膨張をする。そのために刃部を外に下反りが生ずるのである。(筆者は、工博・東北帝大教授)
*
 このスクラップも恐らく昭和20年以前のものではないかと推測します。日本刀の反り及び刃の切れ味の研究は当時より進んでいるだろうとおもいます。
 ウィキドペディアにものっていますので興味の有る方はそちらでご確認ください。
参考に大洲田はオーステナイト、麻留田はマルティンサイトの事、戦前の事でしょうから無理やり日本語風に漢字を当て字したものと思われます。

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2019年11月 5日 (火)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の9曲尺及び奥書

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写
46の9曲尺及び奥書

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 凡そ居合術は曲尺を以て身体の所置手足の離合等を論ずるものなれば其宜しきに違(?)戻すべからず又た業を行ふ時も行なわさる時も常に身心を正しうすべし。

 居合術を学ぶ者の注意すべき点2、3を揚ぐれば左の如し。
1、人と対談する時。
1、多衆人の中に通路する時。
1、暗夜通路の時。
1、路の曲りを通行する時、

 古歌一首
劔とる道は数多に岐るれど
    敵の心を我が物とせよ

 右中傳今般貴殿に授与し広く斯道を伝授する事を許容するもの也
 明治39年秋8月27日
 大日本武徳会高知支部
 居合術講習係 行宗貞義
 中村虎猪殿

 中村虎猪への中傳の奥書になるのですが、、初めは抜き付けの絵が書き込まれ、抜き付けの正しい姿は右側の絵の様に、刀は正中線と平行に、切先は正面を向き、右手は正中線に45度となる形で、左側の様に切先が正中線上で止まるものではない。とするのです。一刀目の抜き付けで敵を制するもので、切り払えと云うことで右に流れたり、途中で止まる様では不可という事でしょう。
 この体勢に依るもので、身体の所置手足の形による離合の良し悪しを論じて、行うもので安易に流れるべきではない。またいかなる時も身心は正しくあるべきである。
 文章表現からこの様に読み解いてみましたが、異論もあって然るべきものでしょう。

 左の図は現代では全剣連居合の制定居合一本目前、或いは夢想神傳流の初発刀の形になるでしょう。是を否定しています。
 無双直伝英信流は左の図の上体が45度左へ開いて切先を正中線に並行させると右拳関節が延びた延手になるので好ましくありません。此処は上体を正面に正対させるべきでしょう。 
 その場合、刀は正中線に並行にしてしまうと切先は敵の正中線から人身幅程斬り抜くことになります。是では切先は敵の左肩の垂直線上から外れ過ぎです。一考を要する処でしょう。切手で抜付ければ、上体を正態させていれば切先は敵の方の垂直線上に納まる筈です。

 居合を学ぶ者の注意すべき点は2、3が4項目になっています。人と対談する時、大勢の人の中を通過する時、暗夜の通路、道の曲がり角を通る時、と並べています。この場所で何を注意すべきかは述べられていません。一般的に想像する、議論の食い違い、人を敬うべき態度、危険や危害を加えられやすい場所の用心。

 古歌は剣術を修業する道は多岐に渡るものであるが、敵の心を我が物として稽古せよと云うのでしょう。
 この中傳以降の免許は、中村虎猪しが授与されたものは見当たりません。中傳の目録授与という事ですが、目録に手附けが附随しているのは珍しいものでしょう。
 明治39年は西暦1906年ですから今から113年前のものです。奥書の行宗貞義先生の肩書きには無双直伝英信流とはされずに、大日本武徳会の肩書きです。何を意味するものなのか不明ですが、行宗先生は下村茂市の門人だったとされています。下村茂市より根元之巻もその他伝書の授与は受けていなかったろうと思われます。従って現職の大日本武徳会高知支部居合術講習係とされたのかも知れません。
 この、行宗先生に依る中村虎猪への中傳は、河野先生の「無雙直傳英信流居合兵法叢書」には掲載されています。

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2019年11月 4日 (月)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の8長谷川流居合術瀧落

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写
46の8長谷川流居合術
1、瀧落 敵我鐺を取り上へおしあげる所を前へたち抜くひょうしに鐺にて突く

神傳流秘書:刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して抜て後を突きすぐに右の足を踏込み打込み開き納る此事は後よりこじりをおっ取りたる処也故に抜時こじりを以て當心持有り。
大江居合:後を向き、徐ろに立ちて左足を後へ、一歩引き鞘を握りたる左手を其儘膝下真直に下げ、鐺を上げ後方を顧み、右手を膝上に置き同体にて左足を出し、右手を柄に掛け胸に當て右足を前に進むと同時に抜き、刀峯を胸部に當て、同体の儘左へ転旋して、体を後向け左足を前となし、其体の儘胸に當てたる刀を右手を伸ばし刀は刃を右横に平として突き左足を出しつゝ上段に取り、左膝を着き座しつゝ頭上を斬る、血拭い刀を納む。
細川居合:(後に座して居る者を斬る)正面より(左廻りに)後向き居合膝に座し、左手にて鯉口を握り立上がり(後者が右膝を立て鐺を握り引き止る)右足を踏出し柄を左へ突出し、左後へ振向き対手を見つつ急に左足を前へ踏越す、同時に柄を右肩の前へ引上げ右手を掛け、更に右足を前へ踏出すなり刀を引抜き鞘は後へ突込み鐺で対手を突き、刀の棟を胸部へ引付け(左より)後へ向くなり左足右足と踏み込み対手の胸部へ突込み、更に右足踏込みつつ諸手上段に冠り大きく斬込み、刀を開き納めつつ蹲踞し左足踵上へ臀部を下すなり右脛を引付け納め終る。

 後に座す敵が、我が鐺を握り上へ押し上げるなり、操作できない様に引くなりする、大江居合は我が動作のみを記述し、この業は何の為に行うのかが見えないのはどうも対敵意識が乏しい気がしてしまいます。右手で握られた、左手で握られた、強く握られた、軽く握られたなどの状況も有ろうかと思いますが、あらゆる状況での握りに応じて振り捥ぐにはどうすれば有効かを研究して置きませんと厄介な想定です。
 神傳流秘書は文章通り演じれば、敵に鐺を握られたならば、すっと立ち上がり、左足を前に踏み出すと同時に柄を胸に引き当て鞘を左足に添わせ(刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して)敵手を振り払う、柄を水平に引き戻す際敵の小手なりに鐺を打ち当てて、刀を抜き放ち同時に右足を前に踏み込む。敵退かんとするに乗じて刀の峰を胸に当て、其の足の儘左廻りに振り向き、刃を右にして右片手で敵の胸部へ突き込む。
 敵退く所を更に追い込んで右足を踏み込み上段から真向に斬り下し血振り納刀。

 細川居合の足裁きがやや多く複雑です。座した足の儘左足後ろで立ち上がり、右足を踏み出し柄を左に向け相手を見て、急に左足を前に踏み出し柄を右肩上に引き上げ、敵の握る手を外し、右足を前に踏み出し刀を抜き出し棟を胸に付けるや振り向くや左足を踏み込み右足を踏み込んで相手の胸部を刺突する。更に右足を踏み込んで上段から斬りこむ。鐺を握られた状況や、相手との間合いに依って足捌きは変わるわけで、演武会の踊りは兎も角頭は柔らかくしていたいものです。

 刀を抜き出す際、鐺で相手を打つ或いは突く教えが神傳流秘書にある訳で、現代居合では無視した様な動作、或いは過度の協調した動作など見られます。敵との間を拡げない様に足捌きは研究しませんと、形は出来ていても術が有効でない場合があるものです。形だからなどと嘯く輩とは一緒に居ても意味は無しです。

以上で、長谷川流居合の各業の行宗居合からの解説を終ります。中傳の伝書に戻ります。
 

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2019年11月 3日 (日)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の7長谷川流居合術波返

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪に授与したる中傳書写
46の7長谷川流居合術
1、波返 右同前
   鱗返:敵は真向いて抜かんとかまえる力声にてもかくれがたくさままはって抜付て勝つ

神傳流秘書:鱗返に同じ後へ抜付打込み開き納る後へ廻ると脇へ廻ると計相違也
大江居合:(浪返し)後へ向き左より正面へ両足先にて廻り、中腰となる、左足を引き、水平に抜付け上段に取り、座しながら前面を斬る也。血拭ひ刀納めは前と同じ。
細川居合:(後に立って居る者を斬る)正面より(左へ廻り)後むきい合い膝に座し、例により左手にて鯉口を切り、右手を柄に掛け抜きつつ腰を伸し左へくるりと廻り、正面へ向くなり立上り左足を一歩後へ退くと同時に(対手の右側面へ)抜付け(対手倒れる)、左足を右足横へ跪きつつ刀尖を左後ろへ突込み 諸手上段に引冠り右足踏込んで斬込み刀を開き納め終る。

波返(浪返し)は、敵は我が後ろに座し刀を抜いて切り付けんとする気配を感じ、機先を制して、刀に手を掛け左廻りに振り返って敵に向くや左足を後方に退いて、抜き付け振り冠って真向に斬り下す。
 敵の何処に抜き付けるのかは、吉宗居合も、神傳流秘書も指定していません。まして敵の動作を想定するのも「ご勝手に想像して下さい」とばかりに何も言って居ません。吉宗居合では後ろに廻って抜き付けて勝つ、なので真向からの斬り下しもあるやなしやです。
 大江居合も「座しながら前面を斬る也」と言い切っています」中腰となって左足を引けば低い水平の抜き付けでしょう。抜付けは土佐の居合は指定されなければ横一線の抜き付けです。相手の動きによってはこの抜付けでは何処に斬り付けることになるのか其処はおおらかなものです。
 細川居合では(後に立って居る者を斬る)ですから「正面向へ向くなり立上り左足を一歩退くと同時に相手の右側面へ抜き付ける」立って居る者の右側面は大雑把な目標ですが、相手の背丈や立ち方に依るゆうこうな右側面は瞬時に「自分で判断しろ」という事になります。
 此処まで稽古を続けて来た者にはこの動作だけならば大して難しくないと思いますが、実戦であれば上手に形を演じるばかりでは両断されてしまいます。

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2019年11月 2日 (土)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の6長谷川流居合術鱗返

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写
46の6長谷川流居合術
1、鱗返 敵の真向にて抜かんとかまえる力声にてもかくれがたくさままはって抜付て勝つ

神傳流秘書:左脇へ廻り抜付打込み開き納る(秘書には岩波と同じ事を記しあり口伝口授のとき写し違へたるならん)
大江居合:右に向き、左より廻りて正面に向かひ、中腰にて左足を引きて抜付け、此抜付けは水平とする事、上段に取り、座しながら斬り落すなり。血拭ひ刀納めは前と同じ。中腰は両膝を浮めて抜付けるなり。(敵の甲手を斬る)。
細川居合:(左側に座して居る者を斬る)正面より右向き、・・鯉口を切り右手を柄に掛け腰を伸しつつ左へ廻り、正面を向くなり立ち上り、左足を大きく後方へ退き、腰を低く下げ(対手の右側面へ)抜付け、左足を右足横へ跪きつつ、刀尖を左後へ突込み右上段に引冠り、更に右足を踏込んで斬込み刀を開き納め終る。

 行宗居合の鱗返しは、書写間違いなのか読み解くことが出来ませんが、敵は、右向きに座す我の右脇に座し我が方を向いて(真向)抜かんとする、「力声にてもかくれがたくさままはって抜付」は、読み解くのは勝手な憶測するのも面白くないので、状況判断から左に廻って抜き打つ。のでしょう。
 鱗返しは、敵は我が左脇に同方向を向いて並んで坐している、大江居合では道場の正面に対し右向きに座している、其の正面に敵が座し仕掛けてこようとするので左回りに正面に向き左足を引いて敵の拳に抜き付け、左足を右足に引き付け上段に振り冠って右足を踏み込んで座しながら打込む。
 細川居合は大江先生の同門の細川義昌先生が香川の植田平太郎に伝授した下村茂市定の居合を引き継いだ尾形郷一貫心の居合を梅本三男先生が纏められ広島の貫正館発行の「居合兵法無雙神伝抜刀術」に依ります。
 大江居合が立膝から腰を浮かして左回りに敵に向かい中腰にて左足を引いて敵の拳に抜き付けていますが、細川居合は腰を伸ばして(浮かして)正面に向くなり立ち上がり左足を大きく後方に引いて、腰を上げて敵の右側面に抜き付けています。敵の右側面の何処という指定はありませんから水平に抜き付ける稽古をして敵の右肩からコメカミ辺りに抜き付けるとすれば良しでしょう。大江居合は敵の拳(甲手)ですから、敵の動きの中の移動する拳への水平抜き付けは熟練を要します。

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2019年11月 1日 (金)

曾田本その2を読み解く46行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写46の5長谷川流居合術岩浪

曾田本その2を読み解く
46、行宗先生より中村虎猪氏に授与したる中傳書写
46の5長谷川流居合術
1、岩浪 敵にて左の方より我が胸を取んと両手を出す時我柄を左足の方へよぢて敵の胸乳の上へ切先上りに突込勝つ。

神傳流秘書:左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突く膝の内に引き後山下風に同じ。
大江居合:右に向き、左足を後へ引き、刀を体前に抜き直に左手にて刀尖を押へ、右膝頭の處へ着け、左足を右足に寄せ、体を正面に直し、左手と右手とを水平とし、右足を其儘一度踏み全体を上に伸し、直に体を落し、左膝を突き右手を差伸し、左手は刀尖を押へたる儘、伸ばして刀を斜め形として敵之胸を突き、右足を右へ充分引き変へ体を右向きとし、両手にて刀を横に引き、敵を引き倒し、その姿勢にて刀を振り右肩上にかざし、上段に取ると、同時に左足を後へ引き、右足を前にて踏み変へ正面に向いて上段より斬る。(左の敵の胸を突く)
細川居合:・・右手を柄に掛け腰を浮しつつ前へ俯き、左足を後へ退き刀を前へ引抜き、刀尖放れ際に左膝頭をつかへ刀尖の棟へ左手の拇指を示指で挟む様に添へ、右膝を左足に引き寄せつつ正面を向く、同時に(刃部を下へ向け刀尖を前柄は後水平に)刀を右膝横へ引付、右足を少し踏み出すと共に対敵の左横腹へ突込み、刀の腰へ左手の四指を添へ切先下へ柄頭を後上へ引上げつつ右足を右後へ退き(体は再び正面より右向きとなりつつ)対手を押倒し、左膝を跪き右足を向うへ踏出すと同時に刀尖を上より後へ振返し、双手を向うへ突き出し横一文字に構へ(視線は左正面の対手に注ぐ)左膝を右足に引き寄せ主面へ向きつつ右上段に振冠り、右足踏込んで斬り込み刀を開き納め終る。

 相手の仕掛けて来る様子が何処にも見い出せないまま相手を刺突している様です。いわゆる仮想敵は如何様でも良いのでしょう。そこへ行くと行宗居合は、敵が「我が胸を取らんと両手を出す時」に応じる前提です。河野先生の昭和13年1938年発行の無雙直傳英信流居合道の立膝の部岩浪の意義として「横列に座し居る場合、吾が左側に近接して座す敵の動向を察知し其の機先を制して、直ちに左に向きその右胸部を刺突して勝つの意なり」とされています。この文章から岩浪の敵の仕掛けは穂岐山先生からも指導されていなかった、業の動作だけが伝えられたとしか思えません。

 曾田本その2に「大阪八重垣会幹事?剣道錬士河野氏との文通質疑より質問を受けたる事項次の如し」という覚書があってその中に「居合は本来の目的よりして剣道の所謂先々の先にあらずして先又は後の先の一刀と信じますが、上意抜打ちは別とし(之とて上意と呼びてなすとする)一切敵を「ダマシ」打にする事は無之と信じますが、立膝の岩浪に於て左に向き右足トンと踏みたる時敵ハッと右に振りたる其の胸(又はのど)をさすと説くは丁度之にては「ダマシ」打ち之あり、本業の正しき解義を是▢御教示の程御願申上ます」と河野先生は曽田先生に手紙で質問されています。これに対して曽田先生は「解説、正面より我刀柄を取り押えんとするにより我先に廻り柄を右によじて刀を抜き敵を突く技にて決し「ダマシ打」にあらず、当突時足を「ドン」と踏むは突く刀勢を添ふるものなるにより(又一説には敵我刀を押えんとする其柄をふむ心持ありと)音をせずして突くもあること心懸くべし」と回答しています。(2019年9月29日ブログ掲載)

 曽田先生との文通で、河野先生は、敵が我が柄を取り押さえに来るのかと、目から鱗が落ちたでしょう。昭和17年1942年の大日本居合道図譜の立膝の部岩浪の意義は「我が左側の敵が我が柄を制せんとするを、其の機先を制して胸部を刺突して勝つの意なり」と明快にされています。しかしこれは河野先生の独創ではないかと言えるのですが、曽田先生の回答がそれを後押ししているのでしょう。曽田先生は行宗先生の弟子でした、行宗先生は敵が我が胸を取りに来るのでした。

 業の意義を追及していきますと、「敵が我が柄を取りに来るので、柄を取られない様に刀を抜き出し、敵がハッとして引き下がるに従って振り向いて胸部を刺突する」と尾ひれがついてきます。
 古伝神傳流秘書は「左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突」でした。敵の動向を察して、右足を軸に敵の方に振り向きながら刀を抜き出し左足を後方に引き抜刀するや左手を切先に添え右膝の外に付けて刺突体制をとって左膝を着くと同時に刺突しているのです。」

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