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2019年12月22日 (日)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の23金鉢の

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の3金鉢の

金鉢乃両部能二川と見へ尓希利
     兵法あ連ハ居合者しまる
読み
金鉢の両部の二つと見へにけり
     兵法あれば居合はじまる
(かなばちのりょうぶのふたつとみへにけり
     へいほうあればいあいはじまる)

金鉢は托鉢の鉢、或いは鉄兜。
両部は密教の大日如来の持つ智徳を表す「金剛界」、理徳を表す「胎蔵界」の両部のことでしょう。
金胎(こんたい)は漆器の金属製の素地。金剛界と胎蔵界を意味します。金鉢は金胎の誤認かも知れません。

 この解読は「金胎両部である金剛界の智徳と胎蔵界の理徳のぶつかり合いと見えた、意見の分かれがお互いに和することが出来なければ、居合兵法に依る決着が望まれる」。
 人間のコミュニケーションの最後の手段が武力による決着です。この神夢想林崎流が起こされた永禄2年1559年頃は戦国時代の真っ最中であったでしょう。戦わずして和する事が武術の奥義なのです。
智徳とは物事をよく理解する、賢い。
理徳とは物事の筋道、道理、尤もな事。

 新庄藩の寛政3年1791年林崎新夢想流伝書では「金鉢能両部二川登みへ尓介利兵法あれハ居合者し満類(金鉢の両部二つと見へにけり兵法あれば居合始まる)」

 新庄藩の明治44年1912年林崎新夢想流では「金鉢の両部の二つ止見へ介り兵法あ連ハ居合者し未留(きんばちのりょうぶのふたつとみえけりへいほうあればいあいはじまる)」

 曾田本その1の居合兵法の和歌では「金胎の両部と正に見へ尓介り兵法有れば居合者しまる(こんたいのりょうぶとまさにみえけりへいほうあればいあいはじまる)」

 妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝では「金銀(金胎)の両部正に見えにけり兵法有ればいあい始まる」金銀は金胎でしょう。括弧付きで「金胎」とされています。恐らく江戸時代の伝書は「金鉢」であったでしょう。

 金鉢は托鉢の時のお椀、或いは漆器の金属製の素地ですから、誤認或いは誤字による伝承でしょう。この和歌の文言としては金胎で無ければ伝わってこない、この居合の伝書は一国一人の真実の人に伝授すべきものですが、理解されずに伝承されたとしか思えません。

 

 

 

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