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2019年12月12日 (木)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の13抜けば切る

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の13抜けば切る

奴希は支るぬ加年ハきれよ此刀
      多ゞきる事ハ(?)大事こそ阿連
読み
抜けば切る抜かねばきれよ此の刀
      ただ切る事は大事こそあれ
(ぬけばきるぬかねばきれよこのかたな
      ただきることはだいじこそあれ)

 此の歌は何を歌っているのか解らないのですが、何度も読み直してイメージが浮かんだままを歌心としてみると、そんなものかも知れないと思うようになってきました。
 居合は抜いたならば躊躇なく斬れ、相手が抜かなくても切れ、唯無心に斬る事が大事だ。と聞こえてきます。相手の害意を察するや機先を制して抜き付ける、と河野先生は正義感にあふれた手附を書かれています。害意とは、話し合いの途中でも感じる物、まして左手を刀に触れ鯉口に親指が触れる、柄に右手が向かう・・抜き始め、抜刀する。いずれであっても抜き付けるのが居合の根元でしょう。そして林崎甚助重信の居合は敵の柄口六寸に斬り込むのです。
 大森流も英信流も柄口六寸の教えを忘れた居合になってしまいましたが、柄口六寸を根元とすれば、この歌は至極当然のことを歌っていると思います。
 一瞬の躊躇が命を落とす事になるのが居合なのでは無いでしょうか。
 抜く手も見せず、とか抜刀する素振りも見せず抜き付けるのが居合の懸りなのです。当然顔にも表さないものです。

 妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝では「抜かば切れ抜かずは切るなこの刀たい切ることに大事こそあれ」この歌は新庄藩の秘歌之大事と雰囲気が違います。「抜くならば必ず切れ、抜かないならば切らずに済ませ、この刀は大義を以て切る事が大事である」と読んでみました。「たい切る」の捉え方をどの様にするか人それぞれの武道哲学によるものでしょう。

 新庄藩の寛政3年1791年の秘歌之大事「怒兼ハきる抜ねハきれよ此刀・・・?大事こそあ連」下の句が読み切れません。
 新庄藩の明治4年1912年では「抜ハ切抜可年ハき礼よ此刀たゞき類事尓大事こそ阿連(ぬけばきれぬかねばきれよこのかたなただきることにだいじこそあれ)」この歌は元禄時代に戻った様です。
 曾田本その1では「抜けバ切る不抜バ切与此刀只切る事二大事こそ阿礼(ぬけばきれぬかずばきれよこのかたなただきることにだいじこそあれ)」助詞の使いかってが違いますが元禄時代の歌心でしょう。

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