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2019年12月 3日 (火)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の4本の我

道歌
1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)元禄14年1701年
1の4本の我
本能我尓勝可居合之大事也
     人に逆婦ハ非か多奈り介里
読み
本の我に勝つが居合の大事なり
     人に逆うは非がたなりけり
(もとのわれにかつがいあいのだいじなり
     ひとにさかうはひがたなりけり)

 妻木正麟著「詳解「田宮流居合」では「居合とは心に勝つが居合なり人にさかふは非法なりけり」もう一つ「本の我に勝つがためぞといいならひ無事いふは身のあとなる」
 林崎新夢想流 新庄藩 寛政3年1791年「本乃我尓勝可居合能大事な里人尓逆不盤ひ可多成介利(もとのわれにかつがいあいのだいじなりひとにさかうはひかたなりけり)」
 林崎新夢想流 新庄藩 明治44年1911年「毛登能我尓勝可居合の大事成人尓逆ふ者ひ可多成介り(もとのわれにかつがいあいのだいじなりひとにさかうはひがたなりけり)」
 曾田本その1居合兵法の和歌「もとの我勝が居合の習奈りなき事云はゝ身の阿だと成る (もとのわれかつがいあいのならいなりなきごといはばみのあだとなる)」

 此の歌の意味は、読んだ通りと云いたい処です、「我が思いに打ち勝つ事が居合の大事と云える、人に逆らって争うなどはあってはならない」
 単純に他人の業技法に否やを言って嫌な思いをさせたり、させられたり、或いは俺が一番と思っている兄弟子などの指導に非を述べて不興を買ったりいろいろあるでしょう。ひどいのは俺の師匠が一番で他は全部だめという程の可笑しな者も居たりします。武術道場はあらゆるレベルの人の集団ですから、いろんな価値観の人がいて良い参考になります。
 中でも自己顕示欲が強く何でもしゃしゃり出て勝手な振る舞いをする輩は、大抵業技法に長けていても組織の中での人間性に欠ける者でしょう。
 然し此処では前回の神妙剣を思い出すべきでしょう。礼を盡して相手の意見を聞き、我が意見も述べてより良い道を導き出す「以和為貴」をなさなければ居合を修業したとは言えないでしょう。

 武術的観点からこの歌の心を読み込んで見れば、敵の斬り込んでくる太刀を撥ね返そうと請け太刀になり、双方力任せの押し合いに成ったりします。
 或は敵の打込みをはねのけんとして、却って外されてしまうなど慢心のなせる動作でしょう。敵に我から斬り込んで勝負を付けたいのは少し出来るようになると皆やる事です、それを敢えて敵の打込みを待って敵の打込みを外すと同時に斬り込んで勝つ。
 土佐の居合無双直伝英信流の居合にも幾つもこの様な業は残されています、例えば大森流の受流や附込などは顕著です。ぐっと力量が上がって来れば月影や稲妻などがこの歌にあう居合らしい居合です。更に上がれば一方的に抜付るのではない前や横雲を思い描きます。
 此の歌は、難題を投げかけて来ています、もっと奥深い人と人の関係における自我意識ばかり優先させず、人を立てて生かす事を教える歌心とも言えます。
  

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